【48】南の大陸(18)
翌朝、シュゼッタを案内役として俺達はミスカの森へと出発した。
かすかに残る血の匂いに魔物が集落に誘き寄せられる可能性があるので、アルム少年とドミニクそしてミュイ嬢の3人が集落に留守番という事になっている。戻ってきたら集落が……なんて洒落にならないからな。
アルム少年といえばヘルトと会って以降、どこか上の空だから心配だ。
兄ちゃん、か。また思い詰めていないといいけど。
「集落に向かう時と違って全く魔物が出ないわね」
リュネーゼの声に思考を切り替え、改めて周囲を見渡してみる。
確かに考え事ができるくらいには魔物との遭遇率が低かった。
時々魔物に遭遇はするけど、クラス2がほとんどだからディア達の敵ではない。
「大方、ここ数日である程度間引けたのだろう」
「すごい数だったもんな。確か3桁超えだっけか?」
「あぁ。切り捨てるだけとは言え数が多くて疲れた」
「ほんとよねぇ」
クラス3を切り捨てるだけとか言えるのはお前らだけだっての。
本当に規格外だな守護者って。
「このペースなら夕方には着くはずだ。何事もなければだが……」
「何かある前提で言うのやめようぜシュゼッタ。女神を祀る神殿だってあるんだろ? 守護者も女神の巫女もいるんだしなにも起きないって」
「オズ、あなたってたまに楽観思考よね」
「考えすぎるのも良くないって小さい頃悟ったんだよ」
あの頃の俺はいつ死んでもおかしくないくらい身体が弱かった。
両親は最悪を想定してかいつも悲壮感を漂わせていて、それが幼心にしんどかった。
そういうわけで、なるべく先の事をあれこれ考えすぎないようにしている。
「あっそういえばミスカの森は守護者ゆかりの地でもあるんだろ? ってことは例の石みたいなものがあったりするんじゃないか」
「可能性としてはあると思う。修理の依頼ついでに尋ねてみてもいいだろう」
「なんにせよ……エルフか」
森を愛し森と共に生を歩む森の民――エルフ。
寿命70年程度の人間とは対照的に数百年生き続けると言われている長命の種族だ。
彼らの特徴といえば人よりも細長く尖った耳と、森と大地を彷彿とさせる新緑色の髪と琥珀色の瞳。
あとは顔面偏差値が総じて高いらしいけれど、これに関して真偽は不明だ。
まぁなんにせよ彼ら彼女らに会える日がくるとは。人生何があるか分からないもんだ。
「シュゼッタはエルフに会った事があるのかしら?」
「あぁ。1度だけだが」
「なぁ、エルフって美人だった?」
「ええと……顔は整っていたように思う」
リュネーゼとディアの「前から思ってたけどオズって面食いよね」「きれいめの美人が好きらしい」「へぇー……」なんて言う会話が聞こえてきたけど、無視だ無視。……別にいいだろ。
「今までよく見つからなかったわよね」
「普段は人避けが施されているんだ。今はお婆様が合図を送ってくださったから進めているが」
「なるほどなぁ。まぁ、人避け以前にこれだけ霧が濃ければ見つかりにくいよな」
「霧? 霧なんてどこにも……まさかオ――」
焦ったようなシュゼッタの声が、突然ぷつりと途切れた。
「えっ、シュゼッタ? おーい………………あれ?」
一歩先すら見えない程の霧に覆われた視界で、俺は乾いた笑いを浮かべた。
なるほど、霧が人避けだったわけか。
待てよ、よりによって俺だけ避けられたとか……嘘だろ!?
どうしようかと途方に暮れていれば、ものの数分であれほど濃かった霧が嘘みたいに綺麗さっぱり晴れていく。
そうして気づけばただ1人、俺は森の中にぽつんと取り残されていた。
「もしかして守護者関係者以外は立ち入り禁止ってか?」
たとえそうだとしても、魔物が出る森の中で置き去りにするのは切実にやめて欲しい。
もしこんな時にクラス3が現れたら……。
なんてことを考えていたのがいけなかったのか、背後の草木がガサリと揺れた。
顔を引き攣らせながら魔銃を構える俺に向かって、草むらから飛び出してきたのは――。
「オズッ、無事か!?」
必死な形相で頭に葉を乗せたディアだった。
ため息を飲み込んで、代わり映えのない景色の中をディアと2人で歩き続ける。
はぐれ防止のつもりなのか、ディアにガッチリと掴まれた右腕が少々痛い。
「つーかよく見つけられたな俺の事」
ディア達からすると突然俺が消えたように見えたらしい。
一体どうやって見つけたのかと尋ねてみれば、一言「勘だ」と返ってきた。
……ディアの直感どうなってんの?
「転移みたいなものか? 銃声で位置を知らせる事ができるといいんだけど……」
「魔物は俺が引き受けるから心配するな」
「いや、もう少し歩いてからにするわ」
何が起こるかわからない以上、できるだけ魔力は温存していきたい。
色の濃い木の実をつぶしてその果汁で適当な木に印をつけつつまっすぐ進み続けているけど、人避けのせいかいつの間にか曲がっていたりする。
「一応進めてるっぽいけど……一体どこに向かってるんだか」
「待てオズ。何かある」
「なんだあれ?」
森の中から現れたのは定間隔に立ち並ぶ円柱に囲まれた石造の建造物だった。
「女神の神殿、なのか? ディアは何だと思う?」
「何だろうな。神殿にしては随分と飾り気がなさすぎるような気もするが」
ディアの言う通り、建物の表面には装飾の類は一切見当たらず、ただ四角い石を積み上げただけといった様相だ。ぐるりと建物を1周してみたものの、4面とも同様である。
唯一見つかったものといえば、出入り口くらいだろうか。
「一応入ってみるか。何か分かるかもしれないし」
「そうだな」
ディアと2人で内部に足を踏み入れれば、そこは壁一面に絵が描かれた小部屋だった。
古めかしさは感じるものの部屋自体は小綺麗なようだから、定期的に人の手が入っているのだろう。
独特なタッチで色鮮やかに描かれた壁の絵の題材は、おそらく御伽噺だ。
「ディア、やっぱりこの部屋は女神の…………あれ、ディア?」
周りを見渡せど、一緒に入ったはずのディアの姿はどこにもない。
「嘘だろ……またかよ」
あのディアが俺を置いてどこかに行くとは考えられないので、となれば何らかの要因でディアが外に追い出されたとみるのが妥当か。
外に出ようと振り返った――ちょうどその時。
視界の端に夜色を捉えた。
「ディ――」
『シスル兄さん』
その声に、喉まで出かかった声を慌てて飲み込んだ。
視線で追いかけた先にいたのはディアではなく、夜色の髪とベリー色の瞳のお嬢さんと彼女に優しく笑いかける青年だった。




