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【46】南の大陸(16)


 何者だ、というディアの問いかけへ男はにっこりとわざとらしい笑みを浮かべた。


「そうだなぁ……ここはやっぱりヘルトとでも名乗っておこうか」


 ヘルト――それはゲームでのディアを示していた名前のはずである。

 その関係性を示すかのように男はディアと同じ色を纏っていた。


「――なん、で」

「なんでって、単なる()()調()()だ。言わなくてもわかるだろ?」


 その言葉にアルム少年はこわばった顔で口を開きかけ……何かを堪えるように唇をきつく噛み締める。


「さぁて質問タイムは終いだ。もっと知りたきゃ俺を捕まえて尋問でもしてみろよ。……まぁお前ら程度に俺を捕まえられるとは思えないけどな」


 懐から取り出したナイフをくるくると回しながら、ヘルトは目をすがめ――嗤った。




 豪語するだけあってヘルトの強さはディアと互角――いやそれ以上だった。

 1対多にもかかわらず圧倒的な強さで俺達を追い詰めていく。

 次の標的にされたドミニクが守護者の力とハルバートで応戦するも、ヘルトは曲芸師も真っ青な身軽さで攻撃を次々躱すと、隙をついて脇腹に回し蹴りを食らわせて弾き飛ばした。

 ここまで、ヘルトにはかすり傷一つさえ与えられず、また疲労の影さえ見られない。


「これで3人目おーわり! 次は――っと!」


 死角をついたディアの攻撃をナイフで受け止め、ヘルトはニヤリと片頬を上げ笑った。

 闇色の剣とナイフの刃がぶつかり合い、ギリギリと耳障りな金属音が響く。


「うんうん、そうこなくっちゃ! 流石は俺の推し」

「意味のわからないことをべらべらとッ――」


 ディアの射殺すような視線にヘルトは顔を紅潮させながら闇色の剣を思い切り弾いた。


「なぁなぁなぁさっきの威勢はどうしたんだよ!」

「――ッ」


 すぐさま体勢を立て直し果敢に挑むディアだけど、どの攻撃も全部ヘルトにいなされ届かない。

 信じられなかった。

 守護者として覚醒したディアがここまで翻弄されているのを今まで見た事がない。

 ディアをフォローしようにも、目で追うのもやっとな2人の剣の応酬に俺が割って入る隙はなかった。下手をすればディアに当たる。


 このままじゃ、まずい。


 胸の内に湧き上がる焦燥と無力感に、思わず銃を強く握りしめた。

 そうこうしているうちにディアの死界に回り込むと、ヘルトはその米神にナイフの柄を打ち込んだ。


「……ぐ」

「ありゃ、まだ意識あるっぽい。加減ミスっちまったなー」


 すぐさまヘルトから距離をとったディアだが、その足取りはおぼつかない。

 ディアへ一歩近づこうとしたヘルトの鼻っ面に銃弾を打ち込みながら必死で策を巡らせる。


 この場に立っているのは俺とディアの2人だけだ。他の皆は地面に倒れて動かない。

 しかもディアはすぐには動けそうにないときた。

 実質動けるのは俺だけとか、信じたくなかった。

 どうして俺が未だ残っているのかといえば、単に今まで1度もヘルトの標的になっていないからというお粗末な理由である。……はは、弱すぎて相手するまでもないってか。流石に泣いていいか?


 バンッ


 ヘルトが膝をつくディアに視線を向けようとしたから、今度は目を狙って撃った。


「実弾ならはたき落とせねぇだろ?」

「……」


 案の定避けられたけど、もとから当たるなんておもっちゃいない。

 意識が俺に向いてくれればなんだって良かった。

 なんとしてでもここで食い止めなければならない。だから今ディアに気絶されたら非常に困るのだ。

 怪我人の救護を行っているリュネーゼ達の方に向かうのだけはなんとしてでも阻止しないと。

 内心冷や汗が止まらない俺の虚勢に、ヘルトは白けた表情でため息を一つこぼした。


「ッ!」


 次の瞬間、俺の目の前にヘルトがいた。真正面にある顔面目掛けて咄嗟に銃の引き金を引こうとしたけど、指を差し込まれてしまえばもう手詰まりだった。

 俺なんかの体術じゃ返り討ちにあうのは目に見えている。

 こいつ今どうやって移動したんだ……化け物かよ。


「せっかく見逃してやってたのにモブってどうして生き急ごうとするのかねぇ」

「生き急いでなんかねぇよ。お前、予定調和って言ってただろ?」


 激しい鼓動を押し隠しながら余裕ぶった笑みを装えば、ヘルトはうっすらと笑った。


「へぇ? なに、お前も転生者? シナリオにはいなかったはずだけどモブ転生ってやつ?」

「何、興味ある感じ?」


——かかった。


 とにかくこいつの興味を引いてとにかく時間を稼ぐ——それが俺にできる事だ。

 一か八か渾身の転生者ネタに賭けてみたわけだけど、どうやら成功したみたいだ。

 心臓をバクバクいわせながら平静を取り繕う俺に、ヘルトは目をすがめる。


「まぁいいや。じゃあ何、俺の推しを変えてくれちゃったのはお前って事? つまりお前、同担なの?」


 何がつまりなのかさっぱりなんだけど。

 俺のおしって何?

 どうおしって何?


「そ、そうだけど?」

「そうかそうか……やっぱりそうかぁ! 日向の道を歩む推しを見るためにシナリオ改変たぁよくやったわお前、俺もヘルたん探そうとしたけれどどこにいるか全くわからなかったんだよなぁ。あー裏山けしからんわ」


 名前に気を取られたせいで頭の中に全然言葉が入ってこなかった。

 へるたんって誰?

 まさかディアの事?

 うらやまって何?

 何言ってるか全然わかんないんだけど時間稼げるのかこれ!?


「お前ヘルたんといつどこでどういうシチュで会ったんだよ。ほらほら早く情報共有!」

「は、え、……14の時の騎士養成学校だけど」

「ファッ!? 14!? 嘘だろマジかよちっさいヘルたんとかどちゃくそ見たかったわ! つーか騎士なヘルたんとか最高かよ。はーぁ、騎士服ヘルたんとか格好いいに決まってるわ……いいなぁお前。しっかしまぁ俺以外の転生者ねぇ、初耳なんだけど。あの駄女神管理杜撰すぎんだろ、ったく後で問い詰めとかないと」


 ヘルトの言葉にギョッとする。

 女神? 今こいつ女神問い詰めるって言ってなかったか?


「なぁ、お前は――」


 刹那、俺達の真横からぶわりと広がった殺気に言いかけた言葉を飲み込んだ。

 ヘルトが「やべっ」と焦り顔で俺から離れた瞬間、俺の視界が夜色一色に染まる。


「オズは、怪我はないな?」

「あぁ。お前はこそもう大丈夫なのか?」

「おかげさまでな」


 俺を庇うように立ったディアは、剣とともに射抜くような眼差しをヘルトへ向けた。


「先程はしてやられたが……もう遅れは取らない」

「いやいや流石に無理っしょ――っておいちょっと待て何しれっと第2覚醒してんだ!?」


 ナイフを片手で弄びながらせせら笑っていたヘルトが何故か急に顔を引き攣らせる。

 ヘルトの視線を辿れば、ディアの闇色の剣にいきついた。

 よく見ればその剣の柄には銀色に鈍く輝く細身の茨が巻き付いている。

 銀の茨の英雄譚(タイトル)の銀の茨って、まさか――。


「嘘だろ試練は? えっなにコレ俺が試練代わりなわけ!? はぁああああ? あのヘルたんが復讐以外で覚醒とかハピエン二次創作にも程があるじゃねぇかちくしょう尊――ぶねっ!?」


 ヘルトが慌てて後ろへ飛ぶのと同時に、その体すれすれをディアの剣先が掠めた。


「ちょっタンマ! しゃべってるタイミングで切りかかってくるなよ容赦ないなっでもそんなところも推せるっ!」

「ベラベラと訳のわからない事を! どうせなら魔王について吐けこの不審者ッ!」

「悪いけどそれは無理だな——っと」


 ヘルトはディアの剣を靴の裏で受け止め、蹴り飛ばす。その反動で頭上の木の枝へ飛び乗ると、追い縋るディアの眼前目掛けて球体をばら撒いた。


「ッ」


 瞬間、バッと閃光がほとばしり、耳をつんざくような爆発音と共に視界が真っ白に染まる。


「名残惜しいけどそろそろ行かなきゃなんで、ここらでお(いとま)するわ。んじゃ、またなー!」

「んの待て――」

「また次のイベントで会おうぜ推しと同志!」


 光にやられた目がある程度回復した頃には、ヘルトの姿はもうどこにも見当たらなかった。


「オズ! 大丈夫かッ」

「まさかの閃光弾かよ。……うへぇ、まだ目がチカチカする」

「あのような危険な真似はするな、心臓に悪い」

「大丈夫だって。あいつ、予定調和って言ってただろ。多分アルム少年と同じ転生者だ」


 3度目の襲撃で守護者一行は誰も死なないとアルム少年は言っていた。

 あいつがヘルトの役割を果たす為にここへ来た転生者なら、守護者一行を手にかけてシナリオを崩壊させるような事をする可能性は限りなく低い。

 とはいえ、シナリオにいないらしい俺に対してヘルトがどう行動するかは結構賭けだったんだよな。

 ……ディアに気づかれたら過保護が加速しそうなので言わないけどさ。

 あいつを警戒するディアを宥めながら、気を失っている仲間達の様子をうかがえば皆大した怪我はなく、ほっとした。ヘルトは随分と手加減してくれたんだろう。


「オズ、ヘルトがまだ潜んでいないか探してくる」

「まぁ待てって。あいつ、次のイベントでとか言ってたし大丈夫だろ。それよりも倒れた皆を運ばないとだけど——」

「悩む必要なない、後ろを見ろ」


 ディアの言葉に集落の方を振り返れば、そっちから数人駆けてくるのが見えた。

 その中にはリュネーゼ達らしき姿も混ざっている。

 どうやらあっちはあっちでひと段落したようだった。


「ひとまず、危機は去ったみたいだな」

「次にまみえた時はこの屈辱を倍にして返す」

「ほどほどにな」


 息巻くディアを宥めながら、俺は近づく人達に向けて手を振った。







お兄ちゃん、最推し(ディア)を前に大暴走の巻。

推しに格好いいところ見せたいあまりはっちゃけてた模様。

あの後、自分の黒歴史っぷりに奇声上げながら地面転げ回ってると思います。

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