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【5】養成学校時代⑤


「どうよラシュラム。俺の華麗なる演技は」


 校舎を背もたれに座るディアの隣に腰を下ろせば、隣から大きなため息が聞こえてきた。


「余計な事はしなくていい」

「下手に返り討ちにしたらあいつら負け惜しみで変な噂流しそうじゃん?」

「変な噂、……な」


 探るような視線を向けられて思わず首を傾げれば、ディアは言いづらそうに『夜の君』と呟いた。

 おっと本人に届いちゃってたか、それ。

 俺の反応に、ディアは「やはりお前か」と呆れ混じりの吐息をついた。

 正確には俺が流したわけじゃないんだけど、俺の力説が原因なのは間違いない。


「なぜこんなものを夜と呼ぶ。不可解だ」


 そう言ってディアは忌々しげに自分の髪を摘んだ。


「なぁ、ラシュラムは本物の魔物を見た事があるか?」

「ない。そういうお前は?」

「あるぞ。小さいのからでっかいのまで色んな奴がいたし、なんなら襲われた事もある」

「!?」


 ディアはきっと王都周辺で暮らしていたんだろう。

 王都を中心にある程度の地域は常に騎士が巡回して魔物を狩っているのでよほど運が悪くない限り魔物を見る機会はないのだ。


「魔物の毛はなんていうかこう、見ているだけで呪われそうなくらいおどろおどろしい黒なんだよ。ラシュラムの髪はほら、光に透かすとうっすら紫がかって見えるじゃん? それが夜空みたいでさぁ、初めて会った時あまりに綺麗で見惚れちゃったんだよな。っと、話がそれたけど、とにかくこれは断じて魔物色じゃない」


 テンションが上がった俺は、吸い込まれるように大きく見開かれたディアの瞳を覗き込む。


「あとラシュラムの瞳だって全然違う。魔物のは目が痛くなるほど毒々しい赤色なんだ。お前のは熟れたての瑞々しいレントルベリーって感じ。あ、レントルベリーっていうのは食べる宝石なんて呼ばれてる俺の故郷の特産物なんだけど——……あーラシュラム、大丈夫?」


 気づけばディアの顔が熟れたベリーみたいな色になっていて、思わず額にそっと手を伸ばした。……うん、熱くはない気がする。


「おーい、ラシュラムさーん?」


 もう一度名前を呼べば、ゆらゆらと揺れる瞳が俺を捉えた。


「それで呼び名の事だけどさ――」

「……か」

「か?」

「——ッ、勝手にしろっ」


 頬を朱に染めてヤケクソ気味に叫ぶディアを前に、俺は気を抜くと緩んでくる口元を慌てて引き締めた。

 この美少年、照れ隠しが下手くそすぎてめちゃくちゃ可愛い。


「おい、言いたい事があるなら言えばいいだろうッ!?」

「ラシュラム、お前って可愛いな」

「――ッ、このッ、もうしゃべるなタラシ野郎ッ!」


 潤んだ瞳で睨まれても怖くない。むしろご褒——危ない扉を開きそうだったのでこれ以上考えるのはやめた。





 あの日を境にディアとの距離感が近づいた。

 俺が絡みにいけば「またお前か」と言いながらも俺が座れるように隣の荷物を移動させてくれるし、手を振れば小さく振り返してくれる。

 あと時々だけど俺の名前を呼んでくれるようになった。呼ぶ時にはにかんでいるのが大変ツボだ。

 この状況を例えるならそう、誰にも懐かなかった野良猫が少しだけ歩み寄ってくれたような感じだろうか。


 今日も今日とてディアのもとに顔をだした俺は、指定席となったディアの隣にすとんと腰をおろす。

 ディアがいつもいるこの校舎裏は人気がなくとても静かだ。加えて鬱蒼と茂る草木に初夏の陽光がいい塩梅に遮られ過ごしやすい。

 少し薄暗い事にさえ目を瞑れば大変居心地が良いのでディアがここに入り浸るのも納得だ。

 耳をすますと草木のさざめきや虫の声に混じって時々本をめくる音が聞こえてくる。


 最近面白そうな魔法の学術書を見つけたらしく、ディアはそれを読むのが日課なんだとか。ためしに見せてもらったら小難しい内容が羅列してあって寝そうになった。


「ところで……今日も持ってきたのか、それ」

「うん。食べる?」

「ん、いただく」


 持参してきたパウンドケーキをいそいそ取り出せば、ディアは何故か感心したような表情をケーキへと向けた。


「毎日よく飽きないな。作るのが好きなのか?」

「んーどっちかって言うと食べてもらうのが好き?」

「……お前らしいというかなんというか」

「はいディアの分」

「感謝する。今日はチョコレートか」

「ベリーが良かった? お前ベリー好きだもんな」

「ングッ」


 ケーキ片手にゴホゴホ咽せ始めたディアの背中を大丈夫かと軽く叩けば、涙目で睨まれた。

 ……なんだか見ちゃいけないものを見たようないたたまれなさを感じて、誤魔化すように水筒のお茶を押し付ける。


「そ、それにしてもさすが国運営の養成学校だわ。厨房で余った端材を分けてもらったんだけど、どれもいい材料で驚いたのなんのって」

「候補生には上位貴族の子息もいるからな」

「なるほど。今俺の中の貴族の価値が上がったわ」

「オズワルト、お前は結構現金な奴だな」


 そう言えば、ディアの目尻がほんの少しだけ緩んだ。

 笑顔と呼ぶには程遠い、ほころぶ寸前の蕾のようなその表情に、またひとつ距離が近づいたような気がして心が踊る。

 この蕾が花開く瞬間を待ち遠しく思った。



 毎日ディアのもとへ通いつめる俺に何を思ったのか、友人達も便乗して近寄ってくるようになった。

 俺にくっついてきた彼らに最初は毛を逆立てた猫みたいになっていたディアだったが、友人達と俺の阿呆なやりとりに毒気を抜かれたらしく打ち解けるまでそう時間はかからなかった。


 俺と友人達とディアとで行動するのが当たり前になった頃、ディアの笑顔を初めて見た。

 その事に感極まっていたら友人達に爆笑された事は未だ根に持っている。


 騎士になる為鍛錬に励む傍らで友情を育んだ青春はなんだかんだあっという間に過ぎていき――2年後。


 俺達は養成学校を卒業した。


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