【45】南の大陸(15)
その翌日――つまり4日目、シュゼッタの故郷まで後少しというところで2体目の特異体が現れた。
昨日よりも強い個体のようで、決定打を与えられるのはついにディアだけとなった。
特異体からいくつも生えた柔軟な腕の1つによって弾き飛ばされたアルム少年を癒すリュネーゼ。
2人に向かって勢いよく突き出された腕を風の力で切り刻んだドミニクは険しい表情でハルバートを構えた。
「切っても切ってもキリがないですねッ!」
切り裂かれた断面がぼこぼこと隆起したと思えば新たな腕を形成していく。
もうすでに何度切ったか分からない、ずっとこの調子だ。
一撃で致命傷を与えなければずるずる戦闘を長引かせるだけ、という事だろう。
ドミニクに向けられた腕に向けて大岩が激突した。
「このッ!」
不安定な守護者の力を魔物に炸裂させるシュゼッタを振り返ればその表情には焦りの色が浮かんでいる。
「どうしましょう、このままじゃ——」
シュゼッタの焦りが俺達にも徐々に伝染していくのを感じた。あまり良い兆候じゃない。
「どうせなら中から攻撃してみる?」
「リュネーゼ、その冗談はあんまり笑えませ――」
何を思ったのか急に黙ったドミニクは、魔物から距離をとって俺を見た。
「オズ、実弾って持ってましたよね?」
「持ってる、けど……」
俺のメイン武器である魔力を打ち出す魔銃、それ以外にもう1つ魔力が効かない敵用に実銃もサブで持っていたりする。魔銃よりも決定打に欠けるし銃弾の補充が面倒だからと正直使う機会はほとんどなかったけれどな。
「オズ、今から傷をつけるところにこれを打ち込んでください」
ドミニクに手渡された弾を、俺は震える手で装填した。
俺達がやろうとしている作戦は、魔物の内部に守護者の力を付与した銃弾を打ち込んで守護者の力で破裂させるといったものだ。先程ドミニクの思いつきによりこの作戦が決まったわけだけど、正直言って気が重い。何度目かわからないため息を飲み込んで俺は魔物へと銃口を向けた。
「表皮さえ破れば突破口が開けるはずです。いいですかオズ、僕達が攻撃を当てたところにそれを打ち込んでください」
「一介の兵士に無茶振りすんなよ……」
「魔物の目を撃ち抜くオズならいけるでしょう」
引き攣った笑いを顔に貼り付けながらアルム少年達を一瞥する。
ディアとアルム少年は今、俺達が狙われないように魔物を引きつけてくれているのだ。
俺は息を深く吐き出してから、目をすがめ照準を合わせにかかる。
「……準備はいいぜ」
「アルム!」
ドミニクの声に、アルムが光の斬撃を魔物に向かって放つ。その場所にリュネーゼも水の力を打ち込んだ。
「今ですオズッ」
傷ついた表皮に向け、俺は無心で引き金を引いた。
ぼこぼこと歪に盛り上がりかけた肉を抉りながら銃弾が魔物の体内へと吸い込まれていく。
そして——魔物の体内から守護者の力が迸った。
風の刃が、魔物を体内から切り裂いていく。
水の弾丸が、魔物の体内から撃ち抜いていく。
岩の剣が、魔物の体内から突き破っていく。
のたうち暴れる魔物の腕が周囲の木々を薙ぎ倒し、地面をえぐる。
俺達を守るようにしてそそり立った岩壁の隙間から捉えたのは、魔物に肉薄するディアとアルム少年の姿だった。
次の瞬間、光を纏う剣と闇色の剣——その2振りによって両断された魔物がどしゃりと地面に崩れ落ちた。
「……なんとかうまくいきましたね」
「外したらどうしようかと思ったけど」
「オズさんもドミニクさんもお疲れ様です! 治癒魔法かけますね」
「ミュイ嬢ありがと」
ド派手に撒き散らした岩やら風やらでこさえた切り傷が優しい光に覆われて消えていく。
魔物を見やれば、ちょうどリュネーゼとルーチェ嬢が浄化し終えたところであった。
「よし! このままシュゼッタの故郷に急ごう」
余韻に浸るまもなくそう告げたアルムに頷き返そうとした、その時。
そう遠くないところからドンッという爆発音と共に悲鳴があがった。
「――ッ!」
弾かれたようにシュゼッタが走り出す。
少し遅れてその後ろ姿を追いかけていけば、森の向こうから立ち登る煙が見えた。
ヘルト不在のはずなのに起きた3度目の襲撃。
当たって欲しくないもの程当たってしまうと苦い思いで唇を噛み締めた。
森が開けた先に広がっているのは、本来であれば独特な造りの木製の家屋が立ち並ぶ長閑な光景だったのだろう。
だけど俺達がたどり着いた先に広がっていたのは、火の粉が舞う森の中で倒壊した建物、そして血を流しうめき声をあげながら地面に倒れ伏す人の姿だった。ざっと見渡してみるも魔物や敵は見られなかった為、リュネーゼとミュイ嬢、ルーチェ嬢の3人に救護を任せて先に進めば、何者かと対峙するシュゼッタの姿を見つけた。
「シュゼッタ!」
駆け寄る俺達を見て、目の前の男は人懐こい笑みを浮かべてみせる。
「へぇー守護者4人ってところは変わらずか」
その笑みは、場違いな程明るかった。
「なん、で――」
ハッと息を呑むに横目で伺えば、アルム少年は幽鬼でも見たような血の気の引いた顔でぼんやりと男を見つめていた。
その後、きっと無意識に呟いたのだろうアルム少年の言葉に俺は内心驚愕しながら目の前の男を凝視する。
——うそだろ。…………にい、ちゃん
何故なら、アルム少年は震える声で確かにそう紡いでいたのだから。
お兄ちゃん、登場。




