【43】南の大陸(13)
とはいえ正直俺がアルム少年の相談相手になれるとは微塵も思っていない。
アルム少年と語れるだけの記憶を持ち合わせていないし守護者ですらないのだから、対等に話そうなんざおこがましいにも程がある。
じゃあ何をするのかって話だけど、他の守護者達に知識をうまく伝える為のフォローだとか、とにかくアルム少年が一人で抱え込まずに済むような環境をつくっていくつもりだ。
奇しくも、俺はディアの緩衝役としてここにいるわけだしな。
何故か固まるアルム少年を正気に戻して言葉を重ねていけば、こわごわといった様相なれどその重たい口を開かせる事に成功した。
時々言葉を詰まらせながら吐き出された内容はアルム少年の前世にまつわるあれそれから始まりゲームの事、そしてシナリオ——シュゼッタが仲間になるまでに起こりうるイべントの数々であった。
ある程度予想していたけど、情報量が多いのなんのって。
おかげで頭はパンク寸前である。シュゼッタ加入までの話で一旦区切ってくれたのはありがたかった。
「……整理させてくれ。アルムは別世界の前世の記憶で知り得たこの世界の未来の知識をもとに動いていた、と?」
「う、うん」
アルム少年を一瞥したディアは難しい顔で唸る。
嬉しい誤算なのはディアの理解が早い事だ。事前知識がある俺でもこうなのによくもまぁこの短時間できるなと感服するばかりである。
「この話、オズは信じるんだな?」
「実際ずっとそれに助けられてきたんだ、根拠なんてそれで十分だろ」
「……例の勘とやらか」
その問いに頷き返せば、ディアは難しい顔のまま「俺も信じよう」と小さく息を吐いた。
「そんじゃ理解が済んだところで、本題だけど――」
そう言って話を先に進めようとしたら、アルム少年が狼狽した様子で待ったをかけた。
「オレ、誰かに言ったら頭おかしいって言われるって思ってて、だからずっと悩んでたのに……」
「言ってみたら案外何とでもなるもんだろ? もっと気楽に考えろっての」
どうやら俺達があっさり信じた事を受け止められなかったらしい。
目の前の金髪頭をわしゃわしゃと撫でてやれば、アルム少年は泣き笑いのような顔でぎこちなく頷いた。
「よし、じゃあ早速これからの事を整理するぞ」
とりあえずはシュゼッタの故郷に向かうまでの事だが、起こるイベントは3度。
そのうち2度はいずれも道中に起き、襲撃犯はクラス4相当の魔物だそうだ。
「ただ、そいつはゲームじゃ特異体って呼ばれてた奴で、魔王が直々に作った魔物なんだ。だから図鑑にも載ってないし、苦戦すると思う」
「そいつの特徴は?」
「そいつはスライム……って言っても伝わらないよな、えっとうねうねしててドロっとしてて形が変わるんだよ」
俺とディアは思わず顔を見合わせる。
「……ディア」
「あぁ、おそらく」
考えている事は一緒だろう。
ディアが守護者に覚醒するきっかけとなった未知の魔物。
話を聞く限りじゃあれが特異体であった可能性は高い。
その話をアルム少年にしたところ、高確率でそいつだろうと頷かれた。
「そういやアルム少年、3度目の襲撃は魔物じゃないのか?」
「うん。えっと、その、魔王の側近って言うべきかな」
「おいおいここでいきなり側近が出張ってくるのかよ」
「や、でも今回はもしかするとそいつは出てこないかもしれない」
「何故だ?」
「それは……」
ディアに問われたアルム少年は目を泳がせながら言葉を詰まらせる。
「おい、今更何を言い淀む。さっさと吐け」
「う……」
「こらこらディア! 病人に圧をかけるな」
不服そうなディアを宥めながら、俺は頑なに口を閉ざすアルム少年を一瞥した。
側近についてだけど、実はおおよそ見当がついている。……アルム少年が言おうとしないのかもだ。
――なんでヘルトがここにいるんだよ! お前まだ時期的に魔王の手先として行動してるはずなのに
初めて会った時、アルム少年はディアにこう言っていた。
とすればこの側近というのはおそらく――ヘルトだ。
通りであの時やたらとディアに突っかかっていたわけだよ。混乱してもおかしくない。
「その側近が現れないと仮定して、じゃあ3度目の襲撃自体起きないって事でいいのか?」
「そうとも限らないんだ。森の中にあった禁制魔道具……、本来あれを設置するのはその側近だったんだけど……」
「代わりに設置した奴がいるわけか。つまりそいつが代わりに襲撃してくる可能性があると」
アルム少年は神妙な顔つきで頷いた。
「シナリオ通りならそいつによってシュゼッタの故郷が壊滅する可能性がある」
「アルム少年の苦悩の種はそこか」
「……うん。今まではなるべくシナリオ通りに進めた。だけど……今回その通りに進めたら確実に犠牲が出る。だからってこれ以上シナリオを変えたら、他の誰かが犠牲になるのかもしれない。そもそも現時点で微妙にシナリオが違うし、そうしたら頭ん中ぐちゃぐちゃでもうわけわかんなくなってさ」
想定していた以上に重たいものをこの少年は抱えていた。
そりゃこんなん抱え込んだらぶっ倒れるわ。
アルム少年のストレスを理解した気でいたけど、甘かった。
「ようするに最善手がわからず悩んでいるということだろう? 傲慢甚だしいなお前は。神気取りか?」
「おいディア!?」
「だって、未来を知ってるんだよ! だったらオレがなんとかしないと――」
「その考えが傲慢だと言っているんだ。そもそも何故その未来を辿らなければならない? お前の知る未来が最善手である根拠などどこにある」
その言葉にアルム少年は目を大きく見開いた。
アルム少年は盲目的にシナリオに沿おうとしているけれど、未来というのはなにも1つだけではないはずだ。かくいう俺も無意識にシナリオに従おうとしていたと、ディアの言葉に気付かされた。
「第一俺よりも弱い分際で他人の命をすべて背負おうなどと烏滸がましいにも程がある。それで倒れるなんて本末転倒、お粗末すぎる」
「ディア、まぁ、そのへんで」
「何故だ……む?」
アルム少年が項垂れているからもうそのくらいで勘弁して欲しい。
「犠牲を減らしたいってのは俺も賛成だな。とりあえずドニミクとリュネーゼ達には特異体と側近について情報共有しとくかな」
「そこらへんはオズに任せる。……丁度、向こうの打ち合わせも終わったようだ」
その言葉に扉を振り返れば、ちょうどガチャリと扉が開くところだった。
あとは壊滅打開策についてだけど……さーて、どうやって伝えたもんかな。
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次回はこの世界のクリスマスっぽい行事にちなんだ番外編になります。




