【38】南の大陸⑧
日が昇り始めて早々、俺とディアは出かける準備を済ませて部屋を出た。
ここの宿は素泊まりのみなので食事は外食か共同スペースに備え付けてあるキッチンを借りての自炊かの2択である。どうせならここでしか食べれないものを食べたいので、散歩がてら早朝からやってる屋台や店を探すつもりだ。
受付――今日はコルディさんの旦那さんだった――で外出の旨を伝えて宿の外に出ると、少し湿り気を帯びた涼しい風が磯の匂いを運んでくる。
香ばしい匂いに誘われてメイン通りまでくると早朝だというのに営業している屋台がちらほらとあった。
俺達は目についた屋台で焼き貝や魚のごった煮を見繕いその足で街の外れへと向かう。
「オズ、どこへ向かっているんだ?」
「海岸かな」
「こっちの方に海岸なんてあったか……?」
「まぁついてこいって」
風に煽られるフードを軽くおさえながら不思議そうな顔をするディアに悪戯じみた笑みを向け、草木からのぞく細い道を進めば程なくして、こじんまりとした海岸に辿り着いた。
「よくこんな場所を見つけたな……」
遠くの方から聞こえる威勢の声はここの漁師達のものだろう。
この場所はそんな賑やかさから隔離されるようにひっそりと存在していた。
「昨日チョコ屋の子に聞いたんだ。ほら、冷めないうちに食べようぜディア」
「あぁ」
砂浜に突き出しているちょうどいいサイズの岩に腰掛けて、俺達は早速屋台で買ってきたものを食べ始める。ごった煮の魚を頬張りながらディアを見れば、子供の拳サイズ程ある貝の身と格闘しているところだった。身が大きくてどう食べいいか悩むよな、それ。
「随分遠くまで来たなぁ」
「むぐ、……そうだな」
結局豪快にかぶりついたディアを横目に俺は水平線を眺めた。
波が打ち寄せる音に耳を澄ませながら思い出していたのは昨日のディアの様子だ。
心当たりといえば肩当てがひしゃげた事くらいなんだけど……それだけであそこまで心配するか?
そういえばチョコレートを突っ込んだ時にディアが何かを言いかけていたような。
怪我が云々とか、後は——。
「あのさぁディア」
「なんだオズ、食べるか?」
「後で貰うわ――ってそうじゃなくて。お前もしかしてさ、あの事件の事今もまだかなり引きずってたりするのか。例えば……同じような事で混乱したり悪夢を見たりとか」
「——なんで、急に」
箸を休めながらそう尋ねれば、ディアの表情がこわばった。顔色も心なしか悪い。
それを見てあぁやっぱりそうなのかと察した。
俺達も死にかけた野営地の魔物襲撃事件。それはディアが守護者に目醒めるきっかけとなったけど、同時に大きなトラウマになったんだろう。あの日、俺達の目の前で多くの仲間が命を落としたから。
誰も口にはしないけどあの事件は生き残った俺達の心に影を落としている。
「昨日からちょいちょい様子がおかしいんだよお前。肩当てひしゃげただけにしてはどうも過剰な気がしてさ」
「……」
言葉を詰まらせるディアに、俺は苦笑した。
今思えばあの時俺は座り込んでいたしな。その事もあってよくない方に思考が回って気が動転したんだろう。
「お前さぁ、そういうのは思い詰める前にちゃんと言えって前にも言っただろ」
「言っていいのか?……オズにとっては不愉快極まりない事だろう」
「そんな狭量じゃないっての」
というか、不愉快もなにも俺が大きな怪我を負ってもおかしくないとディアがあの場で思う事はおかしくない。俺が役不足なのはただの事実だ。
前衛としても後衛としても火力不足、できる事は魔物を引きつける事くらい。しかもクラス4以上が相手じゃいつもギリギリだ。自分で言っててむなしくなるけど、これが俺の現実。
そんなんでプライドもくそもないって。
そうか、と呟くとディアは静かに目を伏せた。
無言になった俺たちの空間に波の音が響いている。
遠くの方から歓声をあげる漁師達の声がかすかに聞こえてきた。
大漁だったんだろうか。これは食べ歩きが捗りそうだ。
なーんて事を考えていたら、ふいにディアが顔をあげた。
ベリー色の瞳には何やら決意の……ん?
いや待て『決意』?
「ならば言わせて欲しい。俺にオズを守らせてくれ」
俺てっきりお前が抱いてる不安や恐怖の事を打ち明けてくれると思ってたんだけど、どうしてそうなった!?
待て待て待てさすがにこれは——
「オズにふりかかる危険はこの先俺が全て払い除けてみせるから」
「……お、おう」
何か思い違いをしていた事に気づいたけど時すでに遅し。
絶対にお前を死なせたくない――そんな思いが詰め込まれた鮮烈なベリー色に面食らった俺は、勢いに押されてものすごーく間抜けな顔で頷く事しかできなかった。
俺は魔物とか言い出した時も思ったけど時々思いも寄らない発言するよな、ディアって。
……はは。
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[おまけ]
ディアの決意表明の後
「あらかた食べ終わったし出店を回るかオズ?」
「(やけにノリノリだな……そんなに美味かったのか。)乗り気なところに水を差すようで悪いんだけどさ」
「?」
「口の横のタレは拭った方がいいと思うぞ」
「!?」
[ディア視点の解説]
オズから目を離さず守りたいディアですが、流石にそれはやりすぎだろうとずっと抑えてました。理由はもちろんオズに嫌われたくないからです。しかし廃坑の事をきっかけに不安が噴出。
自分の考えをオズに看破されたと思い嫌われると顔をこわばらせたわけですが、予想外にもオズは構わないと受け入れ発言をかまします。
その結果、いいの!?やったー!と内心わいきゃいしながらディアはオズに守る宣言ぶちかましました。
ここでようやくオズは自分の思い違いに気づいたという。(※どう思い違ったのかは把握できていない模様)




