【32】南の大陸②
南の大陸に着いて早々だが、1つ目の依頼――クラス4の魔物の討伐をこなすべく廃坑へと向かう。
なんで猿型よりもこっちを先に選んだかと言えば、アルム少年のいつもの勘――正確には前世の記憶に基づく知識なんだろうけど。
「解説魔のドミニク、出番よ」
「なんか釈然としませんが……まぁいいでしょう」
リュネーゼにジト目で睨みつけたドミニクは、気を取り直すようにゴホンと咳払いをした後メガネのブリッジをクイっとあげ依頼書に視線を落とした。
「この魔物はこれから向かう廃坑のように日の当たらない岩場に生息する岩蛇型の魔物です。攻撃方法は地中からの体当たりと単純ですが直撃すれば最悪死にますので気をつけてください。ちなみに表皮がとてつもなく硬いので本来はメイスなどの打撃武器推奨です」
「廃坑って事は暗いのかな?」
「オレの力を使えば問題ないと思うけど」
「お腹、減った」
「私、肉体労働は専門外なんだけど」
「貴方達……説明聞いてます?」
疲れた表情でドミニクがため息をつく。
頑張れドミニク、なんか最近苦労性キャラが板についてきた気がする。
「いいですか、この魔物の一番やっかいなところは魔物の通り道による岩場の崩落です。巻き込まれて生き埋めなんて洒落になりませんからくれぐれも注意してくださいね」
そういうわけだから今回はディアやアルム少年の力を纏わせた剣技なんかは封印だ。
基本的には飛び出してきた魔物を各々の武器で撃ち落として魔法で作った水球に閉じ込めた後は岩蛇の体の隙間に水を行き渡らせて凍らし、水の凍結膨張を利用して魔物の表皮を破壊してから討伐する戦法でいく予定である。この方法はルーベル王国で過去に行われて一番有効だった方法らしい。
「ドニミク、その戦い方なんだけど、わざわざ水に限定しなくてもどの力でもできるんじゃねぇの?」
「……何を思いついたんですか?」
「ディアって守護者の力を圧縮していつも剣にしてるだろ? だから守護者の力で球を作ってその中に魔物を閉じ込めて圧縮すれば押しつぶせると思ってさ。なぁディア」
「たしかにな」
当たり前のように頷いたディアに、ドミニクはげっそりした顔で「無茶言わないでくださいよ」と首を横に振った。
「そんな芸当ができるのはディア、貴方だけです。というか何故できるんですか」
「こう……ガッと押し固めるイメージでやったらできたんだが」
ディアが平然とやってたからできるとばかり思ってた。
どうりで皆、守護者の力で武器を作らないわけである。
思わず「流石ディアじゃん」と言ったら、ディアははにかみながらふにゃふにゃと口元を緩ませていた。
ディアのこういう表情、感慨深いなぁ……。
街を出てしばらく歩き続ければ、草木がだんだんと少なくなっていき岩場が目立つようになってきた。
そのままさらに突き進めば、ようやく廃坑が見えてくる。
この鉱山は魔鉱石が採掘される鉱山として2ヶ月程前まで現役で稼働していたらしいが年々採掘量が低迷していた事に加え、坑道内でたびたび地響きのような音を聞いたという者が現れたこともあって、安全面と採算を考慮した結果廃坑となったらしい。
数日前に魔物が出現してからは許可された者以外立ち入り禁止となっている為、当たり前だが人影はない。
けれど、ところどころにかつて人がいた痕跡が見受けられて、その光景が物悲しくもあった。
「それじゃ行こう」
アルム少年の一声を合図に、俺達は廃坑の内部へと足を踏み入れる。
湿っぽいひんやりとした空気を肌に感じた。
坑道内に明かりはなく入り口から少し進んだだけで視界が利かなくなったので、アルム少年の守護者の力をランタンがわりに岩に囲まれた通路を警戒して進んでいく。
この廃坑に住みついているという魔物は普段は岩壁の中に潜んでいるのだ。
上下左右をぐるりと囲まれたこの空間ではいつどこから襲われてもおかしくない。
一応前兆として地鳴りが聞こえるらしいから、それが聞こえたら頑張って避けろって事だな。
坑道の道幅はだいたい横縦それぞれ大人1.5人分程度といったところだろうか。
こんな狭い道で無茶言うなよ……。
地下1階に降りてみれば、空気が先ほどよりも少し澱んでいる気がする。
吸排機の魔道具はまだ稼働中だと依頼書には書いてあるけど、ちゃんと機能しているのか怪しい。
前を歩いていたドミニクも同じ事を思ったらしく、真剣な表情で「この件もギルドに報告すべきでしょうね」と呟いていた。
地鳴りを聞き逃さないよう皆の口数は少なく、坑道内には7人分の足音だけが響いている。
程なくして地下2階の階段を見つけ降りた後はまた次の階段を目指して進行中だ。
「目的の魔物は地下3階よね?」
「えぇ。坑夫が忘れ物を取りに戻った際に発見した書かれていたはずです」
「それならもう少し急いでもいいんじゃないかしら。……空気が悪いしさっさと終わらせて外にでたいのだけど」
時折カビ臭さが入り混じる湿気った空気に、リュネーゼが顔を顰めながらぼやく。
「魔物がいつ引き寄せられて姿を見せるかわからないんですから警戒はしっかりするべきです。しっかりと警戒してるアルム達を見習って……アルム?」
「えっ、ああなに、ドミニク」
「大丈夫ですか?」
ドミニクの心配そうな声音に俺達の視線がアルム少年へと集中した。
光に照らされたアルム少年の顔はひどくこわばっているように見える。
「警戒はもちろん大事ですが、過ぎた警戒は精神が疲労してしまいますから程々に」
「……うん。気をつける」
本当に、魔物に対しての警戒だろうか?
「オズ?」
「問題ねぇよ。さ、行こうぜディア」
「あぁ」
それから何事もなく順調に歩き続け、地下3階への階段にたどり着いた。
階段を降りていく度、空気に混じる埃っぽさとカビ臭さが少しずつ増していく。
空気の湿っぽさも増しているようで肌にまとわりつくような空気に気持ち悪さを感じた。
リュネーゼじゃないけど、あまり長居はしたくないな。
「魔物、でてこないわね」
「守護者がこれだけいるにもかかわらず……気配さえもないのは少々不気味ですね」
「多分、…………ろ……だ」
「アルム少年?」
その瞬間。
グワンと地面が、壁が、天井が、一斉に――揺れた。
「今すぐ上走ってくださいッ!」
ドミニクの鋭い叫び声に急かされるように、未だ揺れが続く坑内を俺達はひたすら駆け戻る。
「ちょっと!? 魔物の地響きじゃ――」
「この揺れ方は魔物の前兆なんかじゃありませんッ!」
「ひっひぃぃぃいぃ揺れてるうぅぅう」
「ミュイ、落ち着けって!」
もう皆、半分パニックだ。
忙しない足音と混乱混じりの声が反響して坑道内はもうしっちゃかめっちゃかだ。
だからこそ、その小さな異変に気づけなかった。
地下2階を駆け抜けて地下1階へ登る階段に差し掛かったところで、俺は誰かに思い切り後ろに体を引かれた。
「うわっ」
「ッ!? オ――」
次の瞬間、俺の目の前で、巨大な何かが地面を突き破ったかと思えばその勢いのまま天井をぶち破っていく。
突然すぎて、何も見えなかった。あれがまさか今回の魔物かよ!?
呆然と硬直しかけた俺を現実に戻したのは天井からパラパラと降ってくる砂だった。
反射的に後ろに下がれば、天井が崩れ一瞬で目の前が土砂と岩で埋まる。
「……うそだろ」
まさに一瞬の出来事だった。
もしあのまま場所にいたら間違いなく埋まってただろう。
俺の心臓は口から飛び出すんじゃないかってくらいバクバクと激しく鼓動を打ち鳴らしていた。
先程まであったはずの階段はなく、今目の前に見えるのは土砂と岩で覆われた行き止まりだけだ。
出口は――ない。
いつの間にか揺れは止まっていたけど、そんな事に気づけないくらい俺は目の前の光景に衝撃的を受けていた。
「はは………まじ、かぁ」
パラパラと砂と小石が降ってくる坑道の内に俺の乾いた笑いが虚しく響いた。
まずくね?




