【30】旅の始まり⑦
それからなんやかんや――具体的にはドミニク絡みのひと騒動があったり、リュネーゼの師に薬草を届けたりだ――ありながらも俺達は無事隣国の王都へ到着した。
最初はどうなる事やらと思っていたドミニクも今では結構俺達に馴染んでいる。
話してみれば、案外ノリは悪くないし真面目だし悪いやつではなかった。まぁ真面目すぎて融通がきかない時もあるけどな。
宰相殿に胃を痛めながらこまめに報告をした甲斐あって、到着からほどなくして隣国の王族へ謁見が行われることとなった。
謁見とはいえ内々的なものだからと言われ、俺とディアが身に纏ったのは式典用の騎士礼装ではなくいつもの騎士服だ。
見慣れた騎士服に袖を通すのは実に11日ぶりくらいだろうかなんだけど、旅の内容が濃すぎてなんだかすごく久々に感じる。
ちなみにアルム少年、ミュイ嬢、ルーチェ嬢、リュネーゼは貸し出されたタキシードとドレスを身につけての謁見だ。ドミニクはもちろんルーベル王国の騎士服だった。
ガッチガチに緊張するアルム少年やミュイ嬢を励ましながら案内の騎士に着いていけばシンプルななつくりの応接室に通される。一息つくまもなく王族の入室に片膝を立て顔を下げていれば、顔をあげるように声が掛かった。
「給仕を終えたら君たちは外へ行きなさい。護衛の騎士達もだ」
「畏まりました」「……畏まりました」
ふいに聞こえたのは懐かしい声。まさかと思い顔を上げれば予想通りの人物がそこにいて、俺は硬直してしまった。
「やあ初めまして。私はルーベル王国第3王子、ウェインズ・ステイル・ルグ・ルーベル。以降なにかと関わることになるだろうからよろしくね」
着ている服は身分にふさわしい上品なものだし、髪型もあの時とは違うけど。
そこに居たのは確かに、養成学校卒業後隣国に戻った友人の1人——ウェンだった。
養成学校にいた時も、やたらと所作が綺麗だったから、貴族のご落胤とかかなとか思っていたけどとんでもなかった。隣国の王族とか嘘だろ!?
混乱したまま横目でディアを伺えば、驚きのあまりぽかんと口を開いたまま固まっていた。
そうだよな、そう思うよな。
卒業してから5年とちょっとぶりに再会した友人がまさか他国の王族だったなんて誰も思うまい。
「いやぁ、君たちの驚く顔が見れて僥倖だねぇ。ディアがこんなに驚いたのなんてオズがケーキで馬鹿でかい城を作った時くらいじゃない?」
「あれは確かに、驚いたな……」
「あれ以降一部から城ケーキ職人って呼ばれてたよねぇオズ」
にやにやと笑いながら人の黒歴史を平気で掘り返してくるところも、全く変わっていない。
「ウェ、インズ殿下――」
「内々的な場だと言っただろうオズ。常識的に考えて友人に様付けと敬語はつけないよねぇ…………今更だけど僕はまだ君たちの友人だよね?」
少し不安そうに付け足された最後の言葉に、俺とディアは軽く吹き出した。
旧友との再会という思わぬサプライズを体験した後、俺達はウェンの持つ守護者の手がかりをもとに今後の旅程について考えていた。
「2国の情報網をもってしてもこの大陸から守護者の手がかりはなかったよ。だからこの先は南か西の2大陸に向かうべきだろうね」
机の上に広げられているこの世界の地図——そこに描かれている大陸の数は全部で4つ。
1つは地図の中央から東に横長に位置する大陸——通称中央の大陸だ。俺達の国もこの大陸に存在している。その大陸から南方に丸を少し崩したような大陸が1つ、西方に複雑に入り組んだ形状の大陸が1つ、そして少し東よりの北方には南の大陸と似た様な大陸が1つ。それぞれ順に、南の大陸、西の大陸、北の大陸と称されている大陸だ。
「悪いけど、各大陸の情報は流石に時間がかかるから見つけしだい追って連絡するよ。君たちの方からは何かあるかな? 例えばそう……光の守護者君の直感、とかね?」
どうやら宰相殿への連絡の一部はウェンにも伝わっているらしい。
急に話を振られたアルム少年はびくりと肩を跳ねさせると、おそるおそる1つの大陸を指さした。
「えっと多分、南から行くべきかなって思……います」
「ふぅん……それなら南に向かった方がいいだろう。というか、情勢的にも南をすすめするよ」
「西が荒れてるって話は聞かないけど」
「いやぁなんでもね、最近反守護者を掲げる組織が出たんだよ」
「「「「「「!?」」」」」」
お披露目しなくて大正解だったねぇとウェンがにこやかに笑う。
だけどその目は全くといっていいほど笑っていなくて、彼の苛立ちが伺えた。
「西の大陸って馬鹿しかいないのかしら?」
「ははは、ほんとそう思うよねぇ? これも目下調査中だから詳細が分かり次第連絡しよう」
この後少し話をしたのち、謁見はお開きとなった。
すでに日没後ということもあって、今日は城の客室を借りて休息をとり翌日早朝の出発する予定となっている。
案の定というか城内でディアへ向けられる視線は厳しいものばかりだ。
宿場町でも同様だったがこことは違いローブマントを被れたので多少はマシだったはずだ。
さすがに城内では被るわけにはいかず、そうなると必然的に文官や騎士、使用人達、そして登上してきた貴族の目に触れることになる。
――他国でのラシュラムの髪色に対する忌避感は未だ根強いと聞いている。この機会に世界中の認識も変えてきたらどうだね?
ディアへの悪意に苛立ちを覚えながら、改めて宰相殿の言葉を痛感した。
とはいってもあの言葉通りに認識を変えるのはこの短時間じゃいくらなんでも無理だ。
以前は自分と関わりのある人がディアの事を分かってくれたらいいや……なんて気持ちでいたけど、それじゃあ駄目だ。やっぱり、変えていたいと思った。
それができるのはきっと、魔王討伐後の話になると思うけど。
その夜、慣れない布団の中で俺は騎士を続ける以外の未来を少し考えてみた。
夜が明けてまた日が昇り、そうして迎えた翌日。
俺達は少し寂しげに微笑むウェンに見送られながら南の大陸への旅路についた。




