【28】旅の始まり⑤
水面からその姿を露わにした魔物の様相は大きな蛇、といったところだろうか。
身体の半分は湖の中なので全長はわからない。
しかし、この大きさななら確実にクラス4以上の魔物とみていいだろう。
本来であればこんな少人数で挑む相手じゃないのは確かだ。
……本来ならな。
「ちょっディアさん突っ走らないでくださいよッ!」
「うるさい俺に指図するな!」
ディアとアルム少年めがけて容赦無く打ち込まれてくる人間サイズの水の塊を、ディアは闇色の細剣で両断しながら魔物に接近していく。まともに喰らったら重症待った無しなんだけど、それを切り裂くとか次元が違い過ぎて訳がわかない。そもそも動きが速すぎて目で追うのがやっとだ。
そんなディアの動きをちゃんと捉えているらしいアルム少年も流石守護者というべきか、魔物が時折放つ水のブレスを光の剣で切り裂いた挙句蒸発させたりと、規格外な活躍をみせている。
通常、騎士100人以上で対処にあたるような魔物をたった2人で翻弄している光景に、思わず乾いた笑いがこぼれた。
なぁ、このレベルの守護者が6人で挑まないといけない魔王ってなんなの?
……俺このままついていって本当に大丈夫?
一方俺達3人は、あの蛇型の魔物との戦闘が始まって以降物音かはたまた人の気配かに釣られて寄ってきたらしい魔物をひたすら屠っている。近づいてくる魔物は主にクラス2とクラス3。
通常であれば、主だって戦える人間が俺1人という状況で対処するのは自殺行為だ。しかも俺の武器は前衛向きじゃないしな。
それじゃあどうして対処できているかという話になるけれど、そこで絶大な効力を発揮するのがルーチェ嬢の女神の巫女の力である。この力はなんと、一時的に魔物を弱体化してくれるのである。
戦ってみた感じ1段階以上クラスが下がってるじゃないかな、魔弾の通りがいいのなんのって。
ルーチェ嬢曰く魔物のクラスに比例して効きづらくなるから過信は禁物だと言われたけどな。
それにしても凄すぎるわこれ。
そんなわけで、動きも体の頑丈さも弱体化された魔物相手になら、武器のリーチの長さもあってなんとか立ち回れている状況だ。少し危ない場面もあったけど治癒魔法師見習いだというミュイ嬢の治癒魔法と守護魔法もあり、今の所大した怪我もない。精神的には大分しんどいけどな。
「倒してもキリがねぇ」
「蛇、引き寄せてる」
「ディア達があいつを倒さない限りこのままってわけだな畜生!」
「オズさんまた魔物がきましたッ!」
「げぇッ、またクラス3かよ」
弱体化しているとはいえそれでもギリギリクラス2くらいなので気は抜けない。
襲いかかってくる狼型の魔物の足を弾き飛ばし、げんなりした気分でトドメの弾を打ち込んでいれば、背後で聞こえた地響きに思わず振り返った。
「うわ」
先程の音はどうやら首を失った魔物の胴体が地面に叩きつけられた音らしい。
近くには切り落とされた蛇型の魔物の頭部が無造作に転がっていた。
すぱっと気持ちいいくらいに綺麗に切られた断面からは黒くて粘度のある血液が地面にドロドロと滴り落ちていてなんとも気色が悪かった。
その光景に気を取られていたら、俺の横を何かが飛んでいき驚いてディアを見る。
「オズ、よそ見をするな」
「ごめんて」
ドスッと何かが刺さったような音のする方を見やれば、脳天を細剣でぶち抜かれ近くの木に縫い付けられた魔物の姿があった。
弱体化されてないクラス3の魔物が一撃で死んだんだけど……まじか。
ディアと自分の圧倒的な戦力差を前に虚しさを覚えつつ、俺はディア達と共に死んだ魔物の腹の中にいるであろう守護者の救出に取り掛かった。
切り裂いた魔物の腹の中から出てきたのは1人の女性。
お色気たっぷりの妖艶なお姉サマの名はリュネーゼ。
俺たちが探していた水の守護者その人であった。




