【25】旅の始まり②side:A
「まったくいい加減にしなさいよねバカアルム!」
「……悪かったよ」
ぷんすかと怒るミュイの説教を神妙な表情で聞きながら思い返していたのは、さっきまでのオレの様子だ。ヘル――じゃなかったディアさんを見た後のオレの行動は今思えばあんまりにもお粗末すぎて、恥ずかしさのあまり地面を転がりたくなってくる。ああもう何やってんだよオレの馬鹿!
魔王の手下とかいきなり言われたディアさんからすれば、オレの言いがかりはさぞ不快なものだったと思う。
申し訳なくは思うけど、でも。
あの時オレはそれさえ思い至れない程いっぱいいっぱいだったんだ。
かく言うオレには別の世界で過ごした記憶がある。いわゆる転生者ってやつだ。
思い出したのは6歳の時、何の前触れもなく突然自分がアルムとして銀英の世界に転生している事に気づいた。
銀英は何度もプレイしてシナリオもばっちり覚えるくらいには遊び尽くした大好きなRPGだったから最初は憧れのゲームに転生できた事を純粋に喜んだりもした。
そんな喜びなんてすぐに吹っ飛んだけどな。
当たり前だけど、ここはゲームではなく現実だ。
ゲームなら魔物の攻撃を受けてHPが減っただけでも、ここでは生身の肉体が傷つくわけで。魔物に襲われて傷を負った村の人を初めて見た時、オレは衝撃のあまり吐いた。
命は1人につき1つだけ。当然、コンテニューなんてできやしない。
そんな当たり前の事を浮かれていたオレは全然理解できていなかった。
危険と隣り合わせの世界で、シナリオ通りならオレは光の守護者として魔王と戦わなければならない。
世界中、何百、何千、何万、すべての人間の命がオレの行動に委ねられる事になる。
その事に気づいて、ゾッとした。
それからは周りが不審に思うくらい必死に強くなろうとした。いずれ巻き込まれるであろう幼馴染のミュイを守らないとって思ったし、強くなれば、傷を負う事も痛い思いをする事も減るはずだから。
正直、平和ボケした前世を引きずるオレには重すぎる役目だ。
主人公なんて、なりたくなかった。
弱音を吐きたくても、前世の事を話せる人がいなくて……誰にも話せない。
しんどい。
怖い。
もう嫌だ。
まだ何も始まっていないのに今からこんな感じでやっていけるのかな、オレ。
ゲームのアルムは重すぎる役目を抱えながらあれだけ明るく振る舞ってたんだから化け物だと思う。
あっという間に月日は過ぎて、ついにシナリオの開始時期を迎えたわけだけど。
序盤で会うはずのない闇の守護者に会って、オレの知ってるシナリオじゃない可能性に気づいた。
そのせいで、心の中に燻っていた感情——魔王と戦わなければいけない不安だとか、未来がわからなくなる恐怖だとか、オレの他にも転生者がいるんじゃないかとか、そいつが何を企んでいるかとか——が一気に爆発した。
オレ自体あの時何を言っていたか、あまり覚えていない。
ハッと我に返った時、周りから向けられる厳しい視線にすごく肝が冷えた事だけはよく覚えている。
ガタンゴトンと、馬車が揺れる。
あれから少しして説教に疲れたミュイは背もたれに身を預けてのんきにうたた寝中だ。
うららかな日差しに青々と広がる草原。
先程から平和すぎるくらい魔物の襲撃はない——正確には襲撃はないと錯覚しているだけだけど。
普通に魔物はいる。けれど、それらが馬車に近づく前に全て処理されていた。
人知れず処理しているのは誰かなんて――ぶっちゃけそんな芸当が可能なのはディアさんしかいない。よく目を凝らしていれば魔物を屠る瞬間をかろうじて捉える事ができたけど、どうやら守護者の力を剣状にして飛ばしてるっぽい。
てかそもそもこの魔馬車って時速50キロくらいで走ってるんじゃなかったっけ。なんでこの人そんな中で正確に魔物処理できるんだよ。しかも本読みながらとか意味わかんないんだけど。
そんな事を考えていたら無意識にガン見してしまったらしく、めちゃくちゃ睨まれて冷や汗が出た。
「さっきは、その。…………すみません、でした」
「オズの害にならないなら別にいい」
ふん、と不機嫌そうに鼻をならしたディアさんは、もう話すことはないとばかりにまた視線を本へと戻した。また室内に静寂が戻る。
ディアさんの視線が一瞬、睡魔に負けて船を漕ぐオズさんへと向けられた事に気づいた。
その眼差しがひどくやわらかいことに驚いた、と同時に理解する。
ああやっぱりこの人はゲームのヘルトとは違うんだな、って。
だってヘルトなら絶対にこんな表情はしないはずだから。
闇の守護者——ヘルト。
人でありながら人に裏切られ、魔王に与した守護者。
結局魔王にも裏切られた事がきっかけで物語終盤で主人公達のパーティーに加入するんだけど。
その目的は復讐、だった。
馬車に揺られながらこれからの未来を考える。
確かにゲームと同じ未来は歩めなくなったけど、序盤から闇の守護者が仲間だなんてむしろ難易度が下がっている様な。
なんていったって闇の守護者は銀英随一のぶっこわれ性能と名高い強キャラだ。
先程のトンデモ技を見るに、その強さはここでも変わらないだろう。
大丈夫、きっと大丈夫。
あの人の口癖を呟きながら俺はディアさんの隣に目を向けた。
オズ・クローセム。この国の騎士でディアさんの友人――らしい。
ゲームでは影も形もなかった人だ。
ん?クローセムってなんかどっかで……いや気のせいか。
オレはこの人も転生者だと怪しんでいたけど多分違うかな。
だってこの人全然シナリオ分かっていなさそうだから。
わかってたら、呑気に寝こけてなんていないだろう。
だってルーベル王国に行く前に守護者との遭遇イベントがあるはずだから。
にもかかわらず馬車を止めるそぶりさえない。
外を見れば、相変わらずのどかな光景が広がっている。
シナリオ通りならそろそろだ。自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。
この知識がどこまで役に立つのかわからないけど、頑張らなければ。
だって俺は主人公なんだから。




