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【10】騎士時代-副都⑤


——むしろ俺も嬉しかったっていうか……お節介じゃなくてホッとしたというか


 そう伝えたらディアがなにやら考え込んでしまった。なんか変な事を言ってしまっただろうかとディアの様子を伺っていれば、何やら決意したようなベリー色の瞳に見上げられて思わず面食らう。


「俺も、その、ずっとお前に会いたかった。オズに似てる後ろ姿を目で追いかけてしまうくらい、ずっとずっと、会いたかった」

「ディ、ア?」

「今日、オズは帰らないといけない事はちゃんとわかっている。だから、その、お前に用事がないのなら、それまでは俺といて欲しい。それと——お前の連絡先を……教えて欲しい」


 不意打ちでディアの超弩級なデレを喰らった俺は、しばらく固まってしまった。

 多分相当勇気を振り絞って言ってくれたんだろう、俺の腕を抱き抱えるディアの手が僅かに震えている。


 早く返事をしなければと分かっているのに、うまく言葉がまとまらない。そうこうしているうちにディアの瞳がだんだんと諦観と絶望に染まっていくのを目の当たりにして、俺は慌てて激しく上下に首を動かした。


 ディアはいつも受け身だ。養成学校時代も行動するのは俺からで、ディアが自発的に何かをする事はほとんどなかった。その事に関して思う事はなかった。

 だってこれはディアが自分を悪意から守るための処世術だから。


 そんなディアが今回初めて自ら動いたのだ、嬉しくないはずがなかった。


「ふふふふふふ……」

「何を笑っているんだ気持ち悪い」

「だから辛辣だっての。嬉しかったんだよ、ディアもそう思ってくれていた事がさ」

「……変な奴」


 眉間に皺を寄せながら俺が手渡したメモを受け取ったディアだが、その手つきはまるで壊物を取り扱うかのようだった。そのギャップに思わず吹き出してしまい、拗ねたディアの機嫌とりに苦労した。


 その後はディアの部屋で2人並んで座って、この半年間の事を話していればあっという間に日が暮れた。

 名残惜しいけど、俺はそろそろ副都に戻らないといけない。

 見送りはいいと伝えたけれど、ディアはどうしても乗合所で見送ると言って聞かなくて結局一緒に王都の街を歩く事になった。


 朝の様子から何となく察していた通り、ディアに向けられた視線は気持ちの良いものではなかった。

 本人は慣れた様子で無関心を貫いていたけど、平気なわけじゃない事は流石に分かる。


「ほら急げ。乗り遅れたら洒落にならないぞ」

「わかってるっての」


 馬車へ一歩二歩……と踏み出したところで立ち止まる。

 なんとなくこのまま普通に別れるのは面白くないと思った。どうせなら視線も気にならなくなるくらいの思い出を残して帰りたい。


 勢いよく振り返った俺は丁度俺に手を伸ばしかけていたディアを視界に捉えると、思いっきり抱きしめた。


「オ、…………オズ?」


 腕の中で固まるディアに、つい悪戯心が疼いた。


「なぁディア、また会いにきてもいいか?」

「ん……あぁ」


 耳元に唇を寄せてそっと囁けば、ビクンと肩が跳ね眼下の耳が面白いくらいに朱に染まっていく。


「手紙も送る。何か会ったら俺に相談して?」

「わ、分かったから耳元で喋るなっ!」


 ディアは抱きつく俺をベリっと引き剥がすとそのまま俺を強引に馬車へ押し込んだ。


 これでディアの気が多少なりとも紛れてくれればいいけど。そんな事を考えながら馬車の窓から顔を出せば、耳を押さえ顔を朱に染めたディアに涙目で睨まれてしまい、思わず目を逸らした。まさかあそこまで耳が弱いとは。流石に調子に乗りすぎたと少し反省した。


「……こ」

「?」

「………………今度は、俺が会いにいく」


 小さな声だったけど、その言葉はしっかりと俺の耳に届いた。


「それなら副都の入り口に『ようこそディア』って旗立てて盛大に祝——」

「絶対にやめろ」


 やがて定時を迎えた馬車が馬のいななきの後に動き始める。


「またな、ディア」

「あぁ。また」


 ディアが見えなくなるまで手を振った。

 これでしばらくお別れだ。


 こうして俺の短い王都旅は幕を下ろしたのである。





『兄ちゃん、全然勝てないんだけど⁉︎』

『はー今日も俺の推しは輝いてるなぁ。闇堕ち系美青年とか最高では?』

『あーはいはい。そんな事より攻略ヒント教えてよ』

『やなこった。自力で見つけたまえ弟よ』

『兄ちゃんの意地悪!』



 ハッと目を覚ます。

 ガタゴトと木製の椅子から伝わる振動にここが馬車の中だという事を思い出した。


「……兄ちゃん、ねぇ」


 多分、前世に関する夢だ。

 見知らぬ兄弟がリビングで和気藹々とゲームをしているだけ。

 テレビに映る映像はモヤがかかったように見えなかったけど、何となく銀英のような気がした。


「そういやあれから3年か」


 今のところ守護者や魔王が出現したと言う話は全く聞こえてこない。本当にあの未来が訪れるのかだんだん疑問に思ってきた。

 それならそれで構わない。世界の危機なんて起きないに越した事はないのだから。


 でももしあの未来が本当にだとしたら――その時は俺もディアも騎士として多くの魔物との戦う事になるんだろうか。


 窓の外を見上げれば、ディアの髪を彷彿とさせるような夜空が広がっていた。


「このままじゃ、まずいよな」


 今日ディアとの話に、同僚の話題が一切出てこないところをみると孤立しているんだと思う。いくらディアが群を抜いて強いからといって、1人じゃ限界はある。

 それにこんな状態が続いていたら、ディアを持て余した上層部が何をするか分からない。現に上層部に目をつけられて追いやられた人の話を結構耳にする。

 今だってディアは一年目の騎士としてはあり得ない程魔物の討伐任務を命じられているらしいのだ。

 そのうち単独で上位クラスの魔物の討伐任務を命じられるかもしれない。


 胸の奥底でゆらゆらと渦巻く不安を吐き出すように、俺は深くため息をついた。

 正直俺にできる事なんて高が知れているけれど、何もしないのは性に合わない。

 俺なりにできる事を考えていこうと思った。

 ひとまず副都に戻ったらあれを試してみようか。




 1週間程経った頃突然魔物色の騎士(ディア)に恋人ができたという噂が王都から流れてきて、俺は心底驚いた。

 いつの間にという困惑とディアを支えてくれる人がいたという安堵、そして寂しさのようなものに浸っているうちにディアからの初めての手紙が届いた。

 ディアらしい端正な文字で宛名が綴られた灰色の封筒を開封して柄にもなく緊張しながら手紙を読んだ俺だったが、綴られていたのは俺に対する罵詈雑言。

 予想外すぎる内容に理解に時間を要してしまったのは仕方ない。


「なんでだよ」


 どうもあの日、俺の悪ノリを目撃しあろうことか勘違いしてしまった人がいたらしい。加えてその噂の信ぴょう性を高めてしまったのがあのバレッタだそうだ。

 というか俺があげたあれ、毎日律儀につけてくれてたんだな……。なんかごめん。

 手紙は『お前も同じような思いをすればいい』という一文で締めくくられていて、銀色に紺色のラインがあしらわれたシンプルなリング状の髪留めが同封されていた。

 ディアは仕返しのつもりだろうけど、俺は普段からそういうのを身につけているから期待に応えるのは難しそうである。ともあれ贈り物は贈り物である。


 髪留めの礼と、紺色のラインがディアの髪色みたいで気に入ってる事、あとはちょっとした近況報告を添えて送ったら、すぐさま『そんな意図は断じてない!』とだけ書かれた手紙が返ってきた。丁寧さをとっぱらった殴り書きにディアの慌てっぷりがありありと目に浮かんで、俺は思わず吹き出した。


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