咄嗟の婚約者〜純潔を失った聖女の後釜は御免です〜
流行りの聖女ものをやろうとしたらこうなった。
私の生まれた国、アルバトロス王国には聖女がいる。
毎日祈りを天に捧げ、神のお告げを皆に伝え、国の端まで聖なる結界を施し、そしてその身は生涯純潔でなければならない。
けれど、昨今の聖女様は何やら伝承と異なるようで。
今代の聖女であらせられるメーディウム・カナーリエンフォーゲル様は、平民に生まれたにも関わらず聖なる魔力を所持していた。
聖なる力を持つものは限られているから、重宝されたのだ。
平民の中でも貧困層だった彼女は、急に周りがチヤホヤし出したことに、調子に乗っていた。
そして、いつも男を数人侍らせている。
なんでも、穢れのある物に触れない為に護衛が必要とのこと。
王宮の舞踏会である本日も、聖女様は我が物顔で振る舞っていた。
「わたくしが神に祈りを捧げているからこの国は繁栄できてるのよ。貴方達、誰のおかげで今日を生きていると思っているのかしら?」
「それはすべて聖女様のおかげでございます!」
フフンと鼻高々に取り巻きの中央で笑う聖女様。
それを遠くから、極遠くからこそこそ見る私。
申し遅れました。私はこの国のしがない貴族の一令嬢、エーデル・ピングイーンと申します。
本日の舞踏会は、第一王子殿下の婚約者を探すという名目の、聖女様のお披露目の場です。
第一王子殿下と聖女様は、愛し合っているともっぱらの噂。
だからこの舞踏会は婚約発表になるだろうと言われている。
「聞け! この度我が伴侶を決定した。
我が名、ヴァンデルング・アルバトロス第一王位継承者の名において命ずる。
婚約者の名を、エーデル・ピングイーン。
エーデル・ピングイーンと婚約をする!」
なんという青天の霹靂。
私は開いた口が塞がらなかった。
「なんですって! なんでそんな女なんか……殿下! 私を愛していたんじゃないのですか!?」
聖女様は不届きにも王族の前にしゃしゃり出て直訴した。
「フン! 聞けば聖女の地位を笠に着て、男を漁っていたそうだな。純潔を失った聖女など、ただのみすぼらしい女ではないか。この場にいる非礼は許してやるが、二度と俺の前でその口を開くな」
「そんな! 殿下! 殿下ぁ!」
殿下は家臣に目配らせすると、聖女様もといメーディウム・カナーリエンフォーゲルを大広間から排除した。
「エーデル・ピングイーン嬢、前へ」
呼ばれれば、私の周りにいた人々が蜘蛛の子を散らすように避けた。
私はおずおずと殿下の前へ出て行った。
「……はい、わたくしがエーデル・ピングイーンでございます」
「うむ、そなたの力は聞いている。なんでも、聖女よりも強力な聖の力を秘めているとか。その力を国の為に尽くせ。では婚約の儀を……」
「で、殿下! も、申し訳ございません。わたくし既に婚約しておりまして……」
嘘です、真っ赤な嘘です。
なぜなら殿下、貴方も女遊びが酷いと評判悪いですよね!?
なりたくないです婚約者!
誰が好き好んで、女を衆目の中あっさり捨てる人の婚約者になりますか!
ここは嘘をついてでも逃げるが勝ちだ。
「なに!? 誰だ!」
「え?」
「誰と婚約しているんだ!」
私は混乱した。
咄嗟に嘘をつくものではないと、何人もの先人が言っているのに、なぜ口から出まかせを言ったのか。
私は苦し紛れにこう言った。
「あ、あの人です!」
ええい、ままよ!
私は目を瞑りながら斜め右を指差した。
「なんだと!? お前、婚約していたのか!」
殿下の激昂が響く。
私は恐ろしくて目を開けられなかった。
「……恐れながら殿下、私はそちらの令嬢と……」
広間に響く耳に心地よいテノールの声。
私が恐る恐る瞼を上げると、指差した先には、王子殿下の側近で侯爵家の御令息、トレラント・アードラー様がいらっしゃった。
どうしよう……話したことも無ければ挨拶したこともない人だ。
私を認知しているかも怪しい。
ヤバい、詰んだ。
王家を欺くなんて重罪。
さよなら、今世。いらっしゃい来世。
私は心の中で腹をくくった。
「……そちらの令嬢と…………婚約しています」
……あれ? 聞き間違いかしら?
今、アードラー様、婚約してるって言った?
「エーデル・ピングイーン嬢は、私の婚約者です」
二度言った!?
アードラー様は声高々に宣言すると、私の横へと歩み寄り、大胆にも腰を掴んで引き寄せた。
「エーデルは私の妻となるので、殿下の伴侶にはなれません。申し訳ございません」
力強くアードラー様が言い切ると、殿下は舌打ちしながら背を向けた。
「フン! 好きにするがいい」
「ありがとう存じます」
「祝いはせぬからな」
背を向けたまま殿下は広間を後にした。
残された人々は、ポツリポツリと声を上げ、次第にその声は大きくなり私達二人を取り囲んだ。
「おめでとう! 知らなかったよ、二人が婚約してたなんて」
「でも良かったわ。あの二人には皆手を焼いていたから、今回のは良い薬ね」
みな口々に好き勝手言い募る中、アードラー様はずっと私の腰を抱いていた。
正直恥ずかしい。
だって初対面だし、お顔は有名だから知っていたけれど、話したこともない男の人とこんな密着するなんて恥ずかしいにも程がある。
「あの……」
「しっ! 今は仲睦まじいのをアピールして。王家を偽ると重罪だよ」
「は、はい!」
耳元で小さくそう言われて、私は背筋を伸ばして、周りをキョロキョロ見回した。
うん、どうやら今のは誰にも聞かれてない。
人集りもはけ、私達は逃げるように王城から出て馬車に乗り込んだ。
もちろん、アードラー様の立派で豪奢な馬車に連れて行かれて。
二人きりになり、私は意を決して口を開いた。
「なんで助けてくれたんですか?」
アードラー様は未だ私の腰に手を回したまま、隣に座っている。
「なんでって、そりゃあ……目の前で助けを求められたら手を差し伸べるものだろう?」
そんな理由で共犯になってくれるとでも!?
この人、聖人君子なのかしら。
「それに……」
「それに?」
隣のアードラー様を見上げると、アードラー様は慌てて顔を逸らした。
「ずっと話しかけたくて仕方なかった人が、オレを指差して選んでくれたら、嬉しい以外ない」
そうおっしゃるアードラー様の顔は見えなかったけれど、お耳が真っ赤だった。
舞踏会の出来事はあっという間に世間に広まり、聖女様は純潔ではないと証拠まで出てきて国を追い出された。
代わりに聖女の祈りを私がやる羽目になったけれど、そのお役目ももうじき終わる。
なにせ、私も純潔じゃなくなるからだ。
エーデル・ピングイーン、この度結婚します!
お相手はもちろん、皆様の知っているあのお方です。
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