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8 城址公園の秘密の地下室

王太子シェルフォードの過去回想です。

 八年前、王妃主催の子供達のミニハイキングの催しがあった。

 

 一度王城に集められた子供達は、王城の女性騎士達に引率されて、王都の外れの小高い丘へと登って行った。入学前の高位貴族の子供達が触れ合うためというお題目の行事だ。

 

 しかし本当の目的は王太子の側近に相応しい子供を見極める事だった。家柄だけではその子の能力は測れない。突然の思いがけない事態に陥った時、いかに機転を効かせ、素早く判断して、行動が出来るかが重要なのだ。

 

 街中の石畳を歩いている時は、子供達は皆殆ど固まって歩いていたが、石で舗装されていない山道に入ると、少しずつ散らばり始めた。そして傾斜が少しずつきつくなっていくと、子供達は益々まばらになっていった。

 

 シェルフォードは先頭を歩いていたが、ふと鼻歌が聞こえている事に気づいて振り返った。すると、少し後ろから女の子がついてきていた。

 赤系のチェック柄シャツを着て、薄いグレーのニッカポッカをはいて、やはりグレーのハンチング帽を被っている。男物の服装をして眼鏡をかけていたが、濃い茶色の髪は2つの編み下げにし、色白でとても可愛い女の子だった。

 

 その子の後方にも数人の子供達がいたが、女の子はその子だけだった。

 

「君、女の子なのに凄いね。君以外の女の子は皆脱落したみたいだよ」

 

「えっ?」

 

 その子は振り返ると驚き、少し困った顔をしたので、どうしたのかと尋ねたら、妹も参加していたので心配だと言った。だから、子供一人につき護衛が一人付いているから大丈夫だよ、と教えてやった。すると女の子はほっと安心したように微笑んだ。

 その笑顔があまりにも可愛らしくて、シェルフォードの胸がドキッと音を立てた。

 

 それから二人は横並びになって山道を登って行った。そして色々な話をした。

 最初にどうして男の格好をしているのかを尋ねると、彼女は不思議そうな顔をしてこう答えた。

 

「男の人の格好というか、山登りに合う格好を選んだらこれだっただけです」

 

 と。今日のイベントが前もってハイキングで、しかも目的地が小高い丘の上にある城址公園だとわかっていたから、動きやすい服装を選んだのだという。

 彼女に言わせれば、いくら淑女だとはいえ、ドレスを着てヒールの高い靴を履いて悪路を歩こうなんて正気の沙汰ではないらしい。

 

「女性騎士の皆様がドレスを着ていらっしゃいますか? TPOを弁えないと他の方にご迷惑をかけます」

 

 なるほど、とシェルフォードは納得した。当たり前の事が案外気付かないものだなあと。

 

 出発前に城の庭に集められていた時、女の子は妹を含め他の女の子達から蔑むよう目で見られたという。しかし、彼女からすれば、馬車に乗って行くならまだしも、ハイキングだというのに何枚ものペチコートをはいたドレス姿で山道を歩こうとするなんて、とても信じられなかったという。

 

「それにヒールのある靴を皆履いていたんです。皆さん捻ったり転んだりしていないか心配です。

 私はローシューズが好きです。本当はドレスの時もこれを履きたいくらいです。大人になると何故ハイヒールを履かないといけないのかが不思議です」

 

 女の子はよほどハイヒールを履くのが嫌なのか、少し頬を膨らませた。それが可愛らしくて、シェルフォードの胸がまたドキッとした。

 

 それから二人は目的地である城址公園の概要や歴史について話をしながら、山道を登って行った。

 古い城跡はシェルフォードの遠いご先祖様が建てた城で、もちろん王家の所有物だが、前国王が公園として整備して、広く国民の為に開放したのだった。

 

 シェルフォードはこの前国王、つまり祖父を大変尊敬していた。だから、この城址についても勉強していてよく知っていた。

 女の子はシェルフォードの話を頷きながらとても楽しそうに聞いてくれた。そして時々質問してくるその内容が鋭くて、彼女が本気で人を話を聞いてくれているのだと感じて嬉しく感じた。

 初めて合ったのに、まるで幼馴染みのパウエルやマックスと話している時と同じくらい話が盛り上がり、とても楽しかった。

 

 しかしあと少しで城址公園に到着するという所で、突然空が暗くなった。そして稲光が轟音と共に走った。

 

「キャー!!」

 

 女の子は大きな悲鳴をあげて座りこんだ。

 この国で雷が鳴るのは珍しい事だった。しかもまだ春だというのに。たまに雷雲が出来るのは夏だ。

 

「雨が降ってくると濡れちゃうから急ごう! 公園には屋根があるところがあるから」

 

 シェルフォードはそう言って女の子を先に進ませようと促した。しかし、女の子は首を激しく振って嫌がった。

 

「怖い、怖い! お父様、助けて」

 

 シェルフォードは女の子の手を握った。そして言った。

 

「大丈夫、ぼくが側にいるから。絶対にぼくが守るよ」

 

 女の子が顔を上げたので、シェルフォードは笑いかけた。そして女の子の手を掴んだまま、彼女を立たせると、そのまま走り出した。

 

 二人は城址公園まで駆け上がり、石畳を走り抜け、石造りの宮殿跡に飛び込んだ。

 

「ここなら大丈夫だよ。雷は落ちないし、雨が降っても濡れない」

 

「雷落ちない?」

 

「うん。絶対に」

 

 シェルフォードは自信満々で自由な方の手で胸を叩くと、女の子はようやくほっとした様子でニッコリと笑った。しかしその瞬間、大きな雷鳴が鳴り響いて辺りが真っ暗になった。

 

「キャー!」

 

 驚いて外へ飛び出そうとした女の子を捕まえた瞬間、シェルフォードは石壁に膝を打ち付けてしまった。

 

「痛っ!」

 

 シェルフォードの声と共に『ギギギーッ・・・』という、聞いたこともない音がしたと思った瞬間、二人はスゥーッと気持ち悪い感触がして、下方へと落ちて行った。

 

 しかし二人は痛みを感じなかった。枯れ草のベッドの上に落ちたからだ。そこは石の壁、床、そして天井で出来た広いの部屋だった。百人くらいは入れそうだなぁとシェルフォードは思った。

 

 地下室の筈なのに明るい。壁に等間隔に灯りがついている。そして部屋の真ん中には噴水があって、水がボコボコと湧き出ているし、花壇には可愛い花や実をつけた野菜まで植えてあった。

 

「なんだ、ここ?」

 

「魔法部屋?」

 

 あんなに怯えて泣きじゃくっていた女の子が、泣きやんで興味深そうに辺りを見渡していた。ここには雷の音が聞こえない。雷は怖いのに、こんな訳のわからない所に落ちた事は平気なんだ・・・恐怖の基準がわからないとシェルフォードは思った。

 

 やがてシェルフォードが壁の一部に違和感を感じて近寄ると、そこには何か文字が刻まれていた。古代文字である。しかし、古代文字を学び始めたばかりの彼には、まだそれを読む事が出来なかった。どうしたものかと振り返ると、女の子はどこからか本を見つけてそれを読んでいた。

 

「何の本?」

 

「この国の歴史書みたいです。古代語で書かれてあります」

 

「もしかして読めるの?」

 

「はい。この間古代語検定の一級に合格しました」

 

「君、何歳なの?」

 

「九つです。でも、もうすぐ十歳になりますけど」

 

「・・・・・」

 

 シェルフォードは驚いて声が出なかった。この子だったのか。

 彼の二つ年上の幼馴染みのマックス=スタンレーが先日、やはりこの検定試験に合格していて、史上最年少合格だねと喜んでいたら、二つ下の女の子が合格していたと聞かされた。それ以前の最年少は十四歳だというから、九歳で合格する事がいかに凄い事かがわかる。

 

「私、歴史が大好きなんです。ですから古代語がわかるようになれば、古代文字で書かれた昔の本をたくさん読めるかなと思って」

 

 女の子は自慢する訳でもなく、何でもないようにこう話した。最年少で絶対に合格してやる!と意気込んで気負っていたマックスとはえらい違いである。

 

「歴史が好きなの?」

 

「はい。お父様がお好きなんです。私、お父様とあまりお会いできないんです。ですから、お会いした時に楽しくお話出来るように、たくさん歴史の本を読んでいるんです」

 

 父親とコミュニケーションを取りたくて勉強しているのか。あまり会えないって、なんか複雑な家庭なのかな。無理に明るく振る舞っているのかな、とシェルフォードは思った。

 

「ねぇ、君この壁書かれてある文字を読める?」

 

 シェルフォードが壁の文字を指し示した。すると女の子は意味はわからないけれど読めると言って呟き始めた。

 

「▽□○◇☆△♢◁▷▽○・・・」

 

 すると、壁がスゥーッと横に開いた。パッと光が差し込んだ。魔法でつくられた灯りではなく本物の太陽の光だった。雷雲は消えたらしい。

 

 シェルフォードは女の子の手を引いてその扉から外へ出た。そこは山の中腹だった。シェルフォードは助けを呼んでくるからここで待っていてと女の子に言うと、自分も登るという。

 

「あなたと一緒なら、何でも出来るような気がするんです。だから私も連れて行って下さい」

 

 女の子はシェルフォードを見てニッコリ笑った。今日会ったばかりなのに、シェルフォードも何故か同じ事を思った。この子となら、どんなに辛い事も、困難にも打ち勝てるんじゃないかと・・・

 

 

 

 それなのに、女の子はシェルフォードの事を忘れてしまった。ウォルター=ゴールドンの魔法によって。そしてそのきっかけを作ったのは兄のように慕っていた幼馴染みのマックス=スタンレーと従弟のブルーナ=オールポートだった。

 

 また魔法で記憶を取り戻せと命じたが、記憶とはそんなに自由に操れるものではないと謝られた。

 マックスとウォルターから一生かけて償うと言われたが、許せる訳がなかった。体の半分がむしり取られたような痛みを感じた。

 

 その上、好きでもない女の子と婚約させられてしまった。

 シェルフォードは荒れに荒れた。

 

 そんなシェルフォードにもう一人の幼馴染みのパウエル=サットンがこう言った。

 

「失われた思い出は戻らないかもしれませんが、思い出というものはこれからいくらでも作れるんですよ。今のような殿下を見たら、あの方はどう思われるでしょうか?」

 

 確かに今の自分を見たらあの女の子は幻滅するだろう。でも、どうせ好感を持ってもらえても好きにはなってはもらえない。自分には婚約者がいるのだから。どうせ結ばれないなら、いつそ嫌われた方がいい。

 

 シェルフォードはどこまでもマイナス思考に陥っていた。すると、いつもクールなパウエルがとても嬉しそうな顔をしてこう言った。

 

「殿下、『為せば成る、為さねば成らぬ何事も』ですよ。諦めたらそこで終わりです。あの方への想いはそんなに簡単に諦められるくらいのものだったんですか!」

 

「違う! ぼくには彼女しかいない! 彼女じゃなきゃ嫌なんだ!」

 

 シェルフォードがこう叫ぶと、

 

「そうでしょうとも。殿下とあの方は天が定めしパートナーでいらっしゃいますからね」

 

 とパウエルは微笑んだ。意味がわからずシェルフォードが首を傾げると、パウエルこう教えてくれた。

 

「殿下とあの人の婚約は成立していません。ですから、あの人は殿下の婚約者なんかではありません」

 

「でも婚約誓約書が作られて神殿に納められていると聞いたけど」

 

「誓約書はあるのですが、陛下と伯爵のサインがされていないので、正式には婚約は成立していないんです。何故サインをなさらなかったのかと言うと、殿下には生まれながらに当時の聖女様の予言によって定られた婚約者がいられたからです。そして正式に婚約をされて、その誓約書は既に神殿に納められているからなのです」

 

「その真の婚約者というのはもしかして・・・」

 

「そうです。殿下の想い人フランセス嬢ですよ。聖女様の予言されたカップルとは、たとえどんな困難に出会おうが、必ず最後は結ばれるのだそうですよ」

 

 宰相の息子であるパウエルはこの一年、こっそりと父親の書斎の書類を密かに探っていたのである。シェルフォード殿下を救う方法が何かないかと。ばれたら廃嫡されるのも覚悟で。

 

 シェルフォードはパウエルの友情に涙したのだった。

 

江戸時代以前に造られた山城跡が好きです。高く険しい山の上に、小さな町のようなものができていて感動します。特に命の水をどうやって確保するか、城ごとに工夫されているのを見るのが好きです。雨水をためる溜め池以外にも、そこそこ高い山でも湧き水が溢れ出ている城もあります。今回はその山城を少し参考にしてみました。

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