7 義母の罪状と母の死の真相
宰相であるサットン侯爵が読み上げた罪状は以下の通り。
一、隣国ホールデン王国の商人との密貿易 ー 現場に突撃して両国の関係者は全員捕獲、事情聴取済。
二、隣国ホールデン王国の人身売買組織から若い男女を次々に購入し、国内で買春宿を違法運営 ー 家宅捜索して関係者は全員捕獲、保護済。
三、手抜き工事による瑕疵責任。ハートウェル伯爵領地の治水工事において業者に手抜き工事を指示し、その上前をハネて懐に入れた。それによって、想定内の雨量でありながら洪水を引き起こし、領地領民に多大な損害を与えた ー 業者の事情聴取済
四、ハートウェル伯爵夫人メリナ殺人計画 ー 直接の殺人罪には問えないが、計画を立てて実行したとの証言確認済
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五年前にハートウェル前伯爵が亡くなった時に見つかった遺書から、なんとなく感じていたアンジェリナへの疑惑がバートの中で段々と大きくなっていった。
そして葬儀に出席してくれた現国王にその話をした。国王はバートより五つも年上であったが、幼馴染みであり、以前はまるで兄弟のように親しくしていた。
しかし、バートの再婚以来、陛下は彼を見るのが辛くて申し訳なくて、彼から距離をとっていた。陛下はバートとメリナの関係をよく知っていた。彼がメリナ以外の女性を側に置ける訳がないことも。
しかし、国を戦禍か避けるために彼には犠牲になってもらうしか方法がない、と主張する父の国王に逆らう事が出来なかった。
当時シュレースライン王国は数年に渡って災害が続いて国力が弱まっていて、隣りの大国に対抗出来る力がなかったからである。
現国王はこの屈辱をばねに、即位をしてから防災を見直すと共に、富国強兵に力を入れてきていた。
国王はバートの話を聞いて、アンジェリナ及びホールデン王国の国王の罪を暴くための準備をしよう、と彼に提案した。
そして密かにホールデン王国に対する対抗策を練っていたのだが、そのうち国王は息子の王太子やその側近達が、自分が思うより有能である事に気が付いた。
しかもこの者達全員がバートの娘であるフランセスに対して負い目を感じていて、彼女のためなら何でもするという、意気込みがあった。
そして次第に、アンジェリナがやってきた悪行の数々が浮かび上がってきた。
彼らはそれをどの時点で明らかにするかを思案していたのだが、半年前に好機が到来した。なんと悪の権化だったホールデン王国の国王が、息子の王太子によって退位させられたのである。
バートは以前からアンジェリナの弟である王太子とは連絡を取り合っていた。彼は父親や姉とは違い、優秀かつまともな人間で人心掌握力も統治能力も高かった。
それ故に父親の政策では国が滅ぶと大分前から危機感を抱いていて、密かに各国とも交渉を続けていた。そのおかげで、クーデターはあっさりと成功し、その際に他国から侵略を受ける事もなかった。
フレデリック新国王は、義兄にあたるハートウェル伯爵に対し、父親と姉の非をわびて、彼の前妻メリナ夫人の死に関しても、改めてきちんと精査する事を約束し、その結果姉の罪状が確定されれば、姉にそれなりの罪を償わせると約束してくれた。もちろん、シュレースライン王国で処罰するなら、それに一切口を挟まないと公約してくれたのだった。
こうなればもう、何も恐れる事はない。
こうしてアンジェリナの断罪の舞台は整えられたのである。
ただ何故今日、最初に本来不必要なヴィヴィアンとの婚約解消の儀式を行ったのかといえば、それはけじめの為である。世間一般には彼女は王太子と婚約している事になっていたのだ。それを有耶無耶にして、元々フランセスが婚約者だと言っても、周りが納得しないだろう。
ヴィヴィアンに瑕疵責任があるとは言えないまでも、彼女には王太子妃になる素養がなかったのだと、皆に納得されなければならないのだ。そう、王太子のためだけでなく、ヴィヴィアンの為にも。
ヴィヴィアンは確かに姉を苛めたり、陥れようとしたが、母親のような悪人ではない。身の程さえ知って、身の丈に合った相手を見つけられれば、彼女の望む幸せは手に入れられるかも知れない。
その為に彼女自身に婚約者解消のサインをさせた。そして退出させたのは、彼女に無用な復讐心を生ませないためだ。彼女に全てを知らせる必要はない。
次々に明らかになる義母の罪状にフランセスは動揺が隠せなかった。特に、実母の死に義母が関与していた事実は関しては、あまりにもショックで、気を失いかけた。
フランセスは父バートに抱きすくめられ、何度も何度も謝り続けられた。
「私のせいでメリナ、お前の母親を死なせてしまった。お前から母親を奪ってしまった」
父バートは自分の容姿を毛嫌いしていたらしい。結婚して、ホールデン王国への赴任が決まった際、自国で受けた事と同じような目に合わぬように髭を伸ばし、その髭と髪の毛の色を変え、眼鏡をかけて見た目を変えた。
しかし元が良すぎるために、誤魔化し切れなかった。そのため、美男好きの王女アンジェリナに目を付けられてしまった。
フランセスは力無く頭を振った。父は悪くない。何一つ。
自分の好みだからと言って妻子持ちの男に熱をあげ、それを手に入れためにその妻を亡き者にしようとは、どこまで強欲で、残虐なのだろうか。
しかも、都合よく死んてくれればという軽い気持ちで実行されたその行いに激しい憤りを感じた。たとえ関係のない者が巻き添えになっても平気だったなんて。
シュレースライン王国では夏場の一時期、しかもたまにしか雷雲はできないが、ホールデン王国は年がら年中雷が落ちる。故にこの国の人々は雷が鳴り出しても驚いたり怖がる者はいない。そしてその対処方もわかっている。
なるべく身を低くし、小さく体を丸めてやり過ごすのがベストだ。間違っても仁王立ちしたり、高い木の下で雨宿りなどをしてはいけない。平な場所においてはそれ程の高さがなくとも、その辺りで一番高いものの上に雷が落ちやすいからだ。
十八年前のあの夏の日、ホールデン王国の王都の王城近くの公園で、王家主催のご夫人の為の野外パーティーが開かれた。暑さを避けるために、夕方の時間に始まった。
そのパーティーは自国貴族だけだはなく、各国の大使のご夫人達もたくさん招待されていた。
夕方になり、ようやく涼んできたなと思った頃、遠くで雷の音が聞こえた。そして、突然強い風が吹いてきたと思ったら、辺りが真っ暗になったしまった。
この国の貴族達はいつものことなので、慌てる様子もなく、四阿へ向かった。しかし、他国から来た大使の夫人達は皆慌てふためいた。
本来なら侍女達が客人を避難させるのが当然の事であるのに、何故か彼女達は何もしなかった。避難指示さえも与えなかったのだ。
ところが、一人の宮廷の侍女がメリナの侍女だけにこう囁いたと言う。
「間もなく雨が降ってくると思いますが、四阿はもう人で一杯です。ですからあの高い木の下に逃げ込めば濡れなくてすみますよ」
と。そしてその木に雷が落ち、メリナは死んだ。侍女はパニックになって誰の質問にも答えられなかった。そしてその後侍女は働ける状態ではなくなりハートウェル伯爵家を退職していた。
そして五年前、ハートウェル家の執事がようやくその侍女を見つけ出した。彼女は額を地面に擦り付けて謝罪したという。自分が奥様を木の下へ連れて行ったから奥様は亡くなられたのだ。私が悪かったんだ。あの時自分が死んでいれば良かったのだと。
しかし、バートはその侍女を責めるつもりはなかった。一歩間違っていたら、彼女にだって雷が落ちていたかもしれないないのだから。もう自分を責める必要はないよ、と彼女に言った。
彼女の元を訪ねたのは、その侍女に木の下へ行くようにと誘導したのが誰かを知りたかっただけだ。
ホールデン王国側の侍女の方はあちらが調べてくれた。侍女達は全員アンジェリナによって同じ指示を受けたと言う。もし雷がなったらハートウェル夫人を木の下へ誘導せよと。そこへ雷が落ちるかどうかは運次第だけれどね。これでだめらなまた違う手を考えるわと。
アンジェリナが恐ろしくて逆らえなかったと皆が告白したと言う。成功する確率が低かろうと、彼女に明確な殺意があったのは間違いなかったのだ。
そしてシュレースライン王国で行った犯罪をどのようにして暴いたかというと、それはとても簡単だったという。ホールデン王国から連れきた侍女に自白するように、ウォルター=ゴールドンが自白魔法をかけたらしい。
宰相のサットン侯爵が罪状と証拠を全て提示した後、国王陛下は判決を言い渡した。
「アンジェリナ=ホールデン、お前を国外追放し、ホールデン王国へ引渡す」
軽すぎると皆が思ったし、アンジェリナ本人もほっとしたようだった。自国へ戻れさえすれば自由になれると思っているのだ。
しかし、それは間違いだとすぐにわかるだろう。彼女はむしろ母国の人間達から忌み嫌われているのだから。恐らく二度と日の目を見る事はないだろう。
あんな女を一生牢獄にまで入れて世話をするなんて馬鹿らしい。それよりあちらに手渡して、賠償金を貰った方が得策というものだ。それが国王の考えだった。
もう、ホールデンの顔色をうかがう必要がない。あちらは前国王の失策で国力を落として再建の途中なのに対し、こちらはレアメタルが発見され、各国からの引き合いが殺到しているのだから。
アンジェリナは逮捕され、後ろ手に縛られて地下牢獄へ連行された。彼女が最後に目にした夫の真の姿は、彼女が追い求めていた理想の男性像そのものだった。十七年すぐ側にいたのにその事に気づかなった。隠されていた。その事実に彼女は自分の愚かさをようやく悟ったのだった。
ざわついていたサロンが平静さを取り戻すと、陛下はこう言って解散を命じた。
「予定より随分と時間がかかってしまった。ブルーナの事は王族で対処する。そして、王太子の婚約発表はいずれまたする事としよう。遅くなったが各自昼食をとってくれ」
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フランセスは王宮のサロンを出た後、父親や養父、従姉と共に近くのレストランへと向かった。その前に、食事が済んだら城址公園に来てくれ、と王太子に耳元で囁かれて真っ赤になった。
レストランの中で、何故父がずっと変装していたのか、娘はその訳を悟った。女性連れだというのに、誰も彼もが父親に視線を送ってきた。中には声をかけてくるつわものさえいた。
「噂通りですね、叔父様」
フランセスの従姉であり義姉であるジェーン=モルガン侯爵令嬢が、面白そうにクスクス笑った。
ジェーンはフランセスの二つ年上で、実の姉であり親友と言ってもいい存在だった。今は王宮でシェルフォード王太子の妹のローレン王女の家庭教師をしていた。それで先程の王宮のサロンの断罪の場にも父親であるモルガン侯爵と共に参加していたのだ。
「叔父様の素顔を見てどう思う? セス」
ジェーンの問いにフランセスは真っ赤になり、下を向きながら、
「素敵です」
と答えた。本心では綺麗だ、格好いいと言いたかったけれど、さすがに男性である父親に対して失礼だと思った。
「でしょう? だから、あなたも変装させたのよ。あなたは父親似だから」
フランセスは従姉の言っている意味が全くわからかった。
「ジェーン嬢、今までフランセスを守り、愛してくれて本当にありがとう。モルガン侯爵も。私の依頼のせいで侯爵家の皆さんを酷い風評被害に晒させてしまい、本当に申し訳ない」
バート=ハートウェル伯爵は深々と頭を下げた。
「セスを守るためだから当然だよ。セスは私の大事な娘でもあるのだからね」
侯爵は優しく微笑んだ。フランセスは話している内容はよくわからなかったが、養父の言葉が嬉しくて涙ぐんだ。
「でもこの変装も今日で終わりよね。私今から腕がウズウズするわ。今夜の卒業パーティーではみんなをあっと言わせてやるわ。楽しみ〜」
ジェーンはまるでいたずらを企んでいる子供のように、ワクワクしながらそう言ったのであった。
間もなくクライマックスです。
読んで下さってありがとうございます。