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6 父の再婚の裏事情

話の構成上、女性差別的な言葉が含まれています。嫌いな方はどうか読むのをお避け下さい、

 フランセスは王太子シェルフォードの言葉と差し出された手を見て、固まってしまった。そしてただ目の前の人物を呆然と見上げていた。

 すると彼女がいつも会いたいと望んでいた人物の声が聞こえた。

 

「セス、王太子殿下の手をとりなさい。シェルフォード殿下は間違いなくお前の婚約者だ」

 

 セス・・・フランセスをその愛称で呼ぶのはモーガン家の家族と実父のバートだけだ。

 ヴィヴィアンが退出した方向とは反対側の扉の方を見ると、そこには見目麗しい男性が立っていて、彼女の方に向かって歩いて来る。

 確かにその男性の声は父だったのだが、容姿がいつもの父とは全く違うので、フランセスは戸惑った。

 

 フランセスの父親のバートは娘と同じ濃い茶色の髪に、やはり茶色の髭をはやしている。そして色付の眼鏡をかけている。

 しかし、今目の前に現れた紳士は眩いほど輝く金髪のまだ青年にも見えるほど美しい男性だった。ただその瞳の色は確かに父親と同じエメラルドグリーンだったが。

 

「お父様?」

 

「セス、どうしたのだ。暫く会わなかったくらいで父の顔を忘れたのか? 薄情な娘だな。父は一日たりとお前を忘るれた事などなかったというのに」

 

「でもお髭ないお顔を初めて見たし、髪の色が違う・・・」

 

 父親の胸に顔を埋め、フランセスがくぐもった声でこう呟くと、バートは小さく笑い、耳元でこう囁いた。

 

「どうせ変装するのなら、メリナやお前と同じ髪色にしたかった。特にお前とは顔を隠していても、親子であると皆に思われていたかった。長い間側に居られなくてすまなかった」

 

「お父様・・・」

 

 父娘が抱き合っている所に、アンジェリナが信じられない物でも見るような目付きでフラフラと近寄って来た。

 

「貴方、貴方はバートなの?」

 

「そうですよ、アンジェリナ王女」

 

「何故髪の色が違うの? 今の貴方は私の知っているバートとは違うわ。それに何故妻の事を王女だなんて呼ぶの? いつものようにアンジェリナと呼んで頂戴!」

 

 かつてホールデン王国の第三王女だったアンジェリナは、隣国の小国からやって来た若い外交官に一目惚れをした。

 

 彼は濃い茶色の髪とエメラルドグリーンの瞳をし、顔の半分が髭で隠れてはいたが、その美しい造作を誤魔化す事は出来ていなかった。その上背がすらっと高く、しかも程よい筋肉も付いていて、立派な体躯をしていた。

 それまで恋多き王女と渾名されるほど沢山の男性と付き合ってきたアンジェリナだったが、バートほと素敵な人はいなかった。

 その上バートは少し爵位が低いとはいえ、伯爵家の嫡男である。自国では色々面倒な事になっていて、高位貴族との縁談は無理そうだ。それならいっそ外国人の相手を見つけた方が良いのではないか? そう考え始めていたアンジェリナにとって、バートとの出合いは渡りに舟だと思った。

 

 ところがそう簡単にはいかなかった。バート=ハートウェルは既婚者だったのである。夜会の時に彼がいつも一人で誰もエスコートしていなかったのは、彼の妻が出産のために実家に戻っていたせいだったのだ。

 

 ある日の王家主催の夜会に、バートは妻を伴って現れ、会場ではその二人の美しさに、思わずあちらこちらからため息が漏れていた。

 バートの妻メリナは、夫のような華やかさはなかったが、上品で可憐で清楚な美人であった。

 二人は見つめ合い、微笑みあって愛し合っているのが傍目から見ても一目瞭然で、彼らが政略結婚で結ばれた夫婦ではないと誰しもそう思った。

 

 ところが、アンジェリナはそんな二人を目にしてもバートを諦めなかった。いや寧ろ絶対に彼をものにしてやると決心した。

 そう、簡単だ。彼が独り身になれば済む事だ。そうすれば父親である国王がなんとかしてくれる。父親は自分の願いなら何でも聞き届けてくれるのだから。

 

 アンジェリナは王女主催の女性だけのガーデンパーティーを度々開き、高位貴族や各国の外交関係者のご夫人を招待した。

 そんなある日、不幸な事故が起こった。突然の晴れていた空が真っ黒な雲に覆われて暗くなったと思うと、ドーンという爆音と稲光が走った。パーティー会場にはご夫人達の悲鳴が上がり、すぐに降り出した大粒の雨に更に驚いて、皆が右往左往して大混乱した。

 

 そしてそれから間もなくして、ドドーンという物凄い落雷の音と共に、バリバリッという樹木が裂ける音がして、広い庭園内はパニック状態に陥った。

 

 しかしその数十分後、突然やってきた黒い雨雲は、やはり突然どこかへ行ってしまい、空には光がすうっと差し込み、再び明るさを取り戻した。その瞬間、ご夫人達の悲鳴が再びあがった。

 広いガーデンの中央に一本だけ天高く伸びていた針葉樹が縦に裂けていた。そしてその根本に、一人のご夫人が倒れていたのだった。

 

 

 

 幼い頃から一緒にいた愛する女性、己の半身を突然失って、茫然自失していたバートがようやく我に返った時、いつの間にかアンジェリナ王女との再婚が決まっていた。

 何が何だかわからなかった。

 バートにとって妻はメリナだけである。彼女以外の女性を妻にするつもりなどはなかった。しかし、彼の意思は無視され、両親によって勝手に話を進められてしまったのだ。

 バートの両親は国王の信奉者で国王の命令、いや依頼は絶対に断らない。しかもそれは国を戦禍から守る為という事ならば尚更である。息子の思いなど彼らにとっては大した事ではなかった。

 

 息子の酒に薬を混ぜて酩酊させ、来訪していたアンジェリナを寝室に忍ばせたのも彼の両親であった。既成事実を作ってしまえば、息子も逃げられまいと。

 しかし後になってアンジェリナに子供が出来たと聞かされた時は、さすがにしまったと思った事だろう。どう考えても一人で歩行も出来なくなる程酔っていた息子が、事をなせる筈はないのだから。

 

 ハートウェル伯爵家を他人、しかも外国の人間に乗っ取られてはたまらない。伯爵夫妻は息子の前妻メリナの実家に預けられていた孫娘のフランセスを連れ戻し、正式な跡取りとする申請をしようとした。しかし、娘を蔑ろにしたハートウェル伯爵家の仕打ちに腹を立てていたモルガン侯爵家はそれを突っぱねた。

 

 そこで彼らは孫娘を取られたと国王に訴えた。自分達は王命によって、王女とはいえあんな隣国の売女のような女を嫁にしたのだ。だから力を貸して欲しいと。

 

 しかし、国王はその願いを聞き届けてはくれなかった。なぜなら、つい先日神殿の聖女のお告げにより、生まれたばかりの国王の孫の妃として、ハートウェル家のフランセスが選ばれたからだという。どのみち伯爵家の跡を継げないのだから、フランセスの身の安全のためにはモルガン侯爵家にいた方が良いと。

 

 そんな馬鹿な。いくら国王陛下に柔順な彼らも怒りが込み上がってきた。陛下の命であんな屑嫁を受入れたのに、我が家の存続が危ぶまれる状況に陥らせるなんて、あまりにも酷いではないか!

 

 しかし、国王はハートウェル伯爵が何故それ程不満顔なのか理解できなかった。

 

「そなたの孫娘が未来の国王の妃になるのだぞ。何が不満なんだ。跡取りなら、まもなくアンジェリナ夫人との間に子が生まれるであろう? それにまだ若いのだから、いくらでも子は望めるではないか。 何も問題あるまい」

 

 問題はある。大いにある。

 まもなく生まれてくる子供は絶対に息子の子ではない。そして、今後も子供が生まれる可能性は無いだろう。息子のバートがメリナ以外の女性と関係を持つ訳がないのだから。そう、そんな事はわかっていた筈なのに・・・

 しかし、その事実を国王に訴える訳にはいかず、伯爵はすごすごと引き下がるしかなかった。まさか自分が息子を罠に嵌めたと告白する訳にはいかなったのだ。

 

 その後ハートウェル伯爵夫妻は急激に老け込み、バートに爵位を譲った後、アンジェリナの生んだ娘の顔を見なくて済むように領地に引き篭もった。そして二度と王都に戻る事なく、失意のうちに相次いで亡くなった。

 

 

 

 バートは結婚後は妻子を王都に残したまま赴任先へ赴き、滅多に自分の屋敷には戻らなかった。

 彼は生まれた娘ヴィヴィアンが自分の子供ではないと確信していた。子供には罪はないと頭でわかってはいても愛せるとはとても思えなかった。ただ、血の繋がりがなくとも父親として最低限の事はしてやろうとは思っていた。

 

 そして、両親の死後見つけた父親の遺書の中に真相が書かれてあり、ヴィヴィアンが実の娘ではない事が確定した。その事に対してバートは今更ショックを受けはしなかったが、メリナを裏切っていなかった事だけには安堵した。

 ヴィヴィアン本人は何の罪もないので、バートはそれまで通りにヴィヴィアンと接していた。

 

 しかし、その後バートは完全にヴィヴィアンを見限る事になった。それは、ヴィヴィアンが彼にとって何よりも大切なフランセスを蔑み、見下し、隠れて苛め、その挙げ句、妹を思って善意で勉強など面倒をみようとしたを逆恨みし、フランセスを悪役令嬢に仕立てたからである。

 

 

 アンジェリナはバートに夢中になって、あらゆる汚い手を使って彼を自分のものにした。しかし彼女が結局手に入れたのは、隣国の伯爵夫人の地位だけだった。夫は単身赴任で、他国へ行っきり、自国の屋敷には殆どいなかった。

 

 それでも彼女は案外とその暮らしに満足していた。家の事は夫の信頼が厚い執事が全てやってくれるので、彼女は手伝う必要がない。社交も自分が好きなもだけに参加していても、文句を言われない。

 しかも男性関係も大目に見てもらえて、彼女は自由を満喫できた。ただハートウェル家は質素倹約主義で、金銭が自由にならない事が不満だったが、それは自分でなんとかする事ができたし。

 

 そして娘と王太子殿下の婚約も、ホールデン王国の国王である父が後押ししてくれたおかげで、無事に成立した。

 王太子殿下には生まれながらの婚約者がいるだなんて、わかりやすいでまかせを言っていたけれど、信じるわけがないではないか。その相手の名前さえも言えないなのだから。それにもし本当にいたって関係なかったわ。こんな小国が父に逆らえる訳がないのだから。

 

 それなのに、今、娘のヴィヴィアンが婚約を解消された。いや、そもそも最初から婚約が成立していなかったという。何故なら王太子には本当に婚約者がいたからだ。しかも、それがあのフランセスだなんて、そんな馬鹿な! 信じられない。何故夫はそんな重大な事を隠していたのだ!

 

 

「アンジェリナ王女、私と貴女はもう夫婦ではないよ。先程、離婚が成立したのでね。と言うより、私達は元々白い結婚、いや灰色の結婚であったから、最初から他人同士だったんだけどね」

 

 灰色の結婚とは互いに納得した偽装結婚とは違い、片方が一方的に騙された結婚を言う。

 夫から灰色の結婚などと言われる事ほど屈辱的な事はない。しかも勝手に離婚したなどとは言語道断である。

 

「なんて無礼な! 先程から私を王女と敬称で呼んでいらっしゃるけれど、その通りよ。もし離婚が成立したというのなら、大国ホールデン王国の王女に対して、こんな真似をして許されるとでもお思いなの?」

 

 アンジェリナは鬼のような形相で叫んだ。体全体が怒りで震えている。

 すると、それに対し、バートではなく国王が口を挟んだ。

 

「許されるもなにも、君は罪人だからね。この国で犯した罪はこの国で裁かねばならないよね。ホールデン王国など関係ないよ」

 

「私が罪人ですって! 何を馬鹿な事を。ホールデン王国の王女である私を犯罪人呼ばわりして、父が黙っていると思っているのですか!」

 

「ああ、思っているよ。そなたの父親は半年ほど前に王太子であった現フレデリック国王に王位を譲られている。もう、下らない横槍や無理強いは我が国には出来ないよ」

 

 国王の言葉にアンジェリナは高笑いした。たとえ隠居したとしても、生きているうちは父が一番の権力者だと。

 しかし今度は国王が高笑いをした。

 

「そなたは本当に世間に疎いんだな。王女として生まれながら社会情勢に気を配る事をしないなんて、ただの税金泥棒だったんだね。しかも手当り次第男に手を出すただの色狂い。高級娼婦どころか場末の売女とかわらないね。

 そなたの父親は臣民の怒りを買って、クーデターによって無理矢理に退位させられたんだよ。そしてその先頭に立ったのが、そなたの弟君であるフレデリック陛下だ。

 我が国だけでなく、自国でも好き放題浪費の限りを尽くし、多くの家庭を壊し、散々臣民に迷惑をかけていたそなたを、わざわざ陛下が助けるとでも思っているのかね?」

 

 シュレースライン王国の国王の言葉に、アンジェリナは茫然自失となった。

 そしてそれはフランセスも同様だった。


読んで下さってありがとうございます。

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