◇9◇ 彼の欲しいものは、ちょっと難しい。
◇ ◇ ◇
――――もう、3月も終わろうという頃。卒業まであと3か月。
「これもお似合いですよ! 深い青の宝石が合うんじゃないかしら?」
「は、はいっ」
休日の私は、ヴィクターのお邸で、お母様のおすすめするドレスを次々に着るという事態に見舞われていた。
ラベンダー、ピンク、スカイブルー、淡い黄色、ピンクベージュ、淡いオレンジ……。
いずれもとっても素敵です。
が、大丈夫ですか、これ、商品じゃないんですか……?
合わせていただいている宝石も、そんなに軽々しく出していいお値段のものではないような……?
「ああ、オーダーメイドでつくっているものではないのですわ。
貴族の皆様も、富裕層の皆様も、無限にお金が使えるわけではありませんもの。少しだけお財布に優しくおしゃれを楽しめるように、既製品としてつくっておりますの。
サイズは、ご購入いただいた際、お客様に合わせて少し調整をするのです。
今後は、有料貸し出しという手も考えておりますわ」
「へぇ……でも確かに、収入がなくても体面を保たなくてはならなくて大変な家もたくさんありますから。
これだけ素敵なドレスが既製品で購入できたりレンタルできれば、みんな嬉しいのじゃないかしら」
だいたいの貴族はお金に困っている、と言って良い。特に令嬢がいる家は、着飾らせて社交界に出して結婚させるためにも、持参金にも、たいへんな額のお金が飛んでいくらしい。
私のように、もともと財産も持っていて、かつ王族で公爵令嬢だということで少なくない額の年金を王宮からいただいている例は、たぶんほとんどいない。
「そう言っていただけると嬉しいですわ!!
いずれは……まぁ、なかなか難しいかもしれないのですけど、下層階級と言われる方々も、一生に一度ぐらいは手に届くようなドレスがつくれたら……という野望がありますの。
夫は高級志向ですので、そこだけは意見が合いませんけれど」
「そうなのですね。
でも、いずれのドレスもとても素敵です。
ドレスはふだん一着一着つくりはしますけれど、こんなに好きなだけ着替えて楽しむことができたのは、生まれて初めてのことでした」
「あら!!
でしたらよかったですわ。
こちら、ヴィクターがテイレシア様のためにと用意したものですの」
「はい!?」
少し離れたところで私たちのやりとりを見ていたヴィクターが、こちらに軽く手を振っていた。
いつもなら無邪気な笑顔に見えたそれは、お母様の言葉の後からは、してやったり、な、笑顔に見えてしまった。
「あの子からお代は取り立てていますからご心配なく」
「いや、え? でも金額」
「あの子はあの子で、いつぞやの国王様からのご褒美にくわえて商売で稼いだりして、一財産持っていますから」
出会ってから期間が短いからだろうか、それにしても、予想外の情報がいっぱい出てくるものだ。
◇ ◇ ◇
「ヴィクター……あなた、誕生日いつ?」
「12月1日です」
「遠いわねっ……」
ドレスをひとつひとつ収納しながら(これらは後ほど、うちの邸に送られることになった)、私はヴィクターの返答に率直な答えを返してしまった。
……それにしても、この間頂いてしまったエメラルドの髪飾りといい、ヴィクターは私にかなりの贈り物をしてくれている。
確かにこの国の(この国に限らず、この大陸全体的に、だが)男女観はそういうものだ。贈り物をするのは男から女へ、そういうものだと。
その理由は、この大陸で支配的な一神教が、
『男女には生来の役割があるので、その区分を犯すな』
と、あらゆる局面において説いているからだ。
信仰と男女の区分の議論はひとまずおくとして、私の本音は、
(とはいえ、プレゼントくれすぎじゃない!?
こんなにたくさんもらってしまうのはちょっと気がひける……)
だった。
私は無神論者じゃないけど、頂きっぱなしは、ヴィクターに悪い。
そもそも私、公爵令嬢という相当恵まれた側の女だし。
とはいえ……殿方のほしいもの、喜ぶものも、実はよくわからない。アトラス殿下にお贈りしたものはあとでだいたいケチをつけられたので、正直自分の感性に自信がない。
何を贈れば、今までもらったものに釣り合いがとれるのかしら?
島でも買って贈らないとダメなぐらいじゃない?
「気にしないでください、ね?」
「それにしても……親戚への誕生日プレゼントにもあなたの意見を聞かないといけないぐらい、私、殿方の喜ぶものを知らないのよ?」
そう、4月に誕生日を迎える、親戚のレイナート君の家(城)に、先日私は誕生日の贈り物を送った。今年はヴィクターの知恵を借りたのだ。
「……だから。
私のためにもあなたのためにも、欲しいものがあれば、普段から教えておいてくれると嬉しいわ」
「欲しいもの……そうですね」
少し考えている様子だったヴィクターは、不意に、後ろから私の両肩に手をおいた。
背中に体温。後ろに立たれるのは、体格差もあって、妙にどきどきしてしまう。
「本気で答えたら、困りませんか?」
息が、とまった。
ヴィクター、こんなに声が低かったっけ?
「……こ、困らないぐらいでお願いします!」
なんだかわけもわからず、恐くなって、動揺が思い切り言葉に出てしまった。何を言っているのか。
「困らないぐらいで、か」
ヴィクターが呟き、私の頭の上に何かが載った。感触ですぐにわかった。彼が顔を私の頭に埋めている。まるでキスするように。
身長差があるから、触れたところに軽く彼の体重がのってくる。妙な重みが、どきどきを増す。
「――――悩んでほしいです」
「え?」
「何をオレに贈ればいいか、あれがいいかこれがいいか、誰にも聞かずに、その親戚の男にも聞かずに、テイレシア様がひとり悩んでほしいです。
オレがそうしているように」
「?????」
私はヴィクターが何を言っているのかまったくわからなかった。
「待ちなさい??
それ、ものすごく危険じゃない? 私、自分でも自分のセンス全然信頼してないのに!!」
「危険でも全然かまいません。
その結果贈っていただいたものが、道端の石ころだろうが読めない文字の本だろうが」
「さすがにそんなもの贈らないけど!!」
「テイレシア様が悩んで時間をかけて考えて答えを出してくださったものなら。その間、オレのことだけ考えてくださったものなら。
うれしいですよ」
やっぱり、意味がわからない。
そう返そうとしたときに、不意に後ろからぎゅっと抱き締められた。
(――――!!??)
彼との会話に気が緩んだのを狙ったかのような不意打ちに、心拍数が一気に上がる。
力が強い。きっと抵抗しても絶対に逃げられない。吐息が、髪越しに伝わる。
「ヴィクター…ここ……おうち……」
私が言っても、なかなかヴィクターは腕を離してくれなくて、壁の時計を見つめながら私は、たくさんの感情が頭のなかでぶつかりあって、脳が焼ききれそうだった。
◇ ◇ ◇