◇8◇ 俺のほうが“理想の王子様”のはずだ!【王子視点】
◇ ◇ ◇
「今日も白薔薇のように麗しいエオリア姫。貴女の美しさには及びませんが、どうぞこの花を、貴女に」
「まぁ! なんて美しい薔薇!!
今日もありがとうございます。
お会いするたびに素敵なお花をいただいて、うれしいですわ」
小鳥のように可憐なエオリア姫の笑顔が今日も美しい。
王立学園のなかには、寮に特別室を与えられている学生が、何名かいる。
この俺アトラスもそうだが、異国の王女であるエオリア姫は、〈淑女部〉の寮で一等良い部屋を与えられている。
エオリアがいなければ公爵令嬢であり王族であるテイレシアが入っていたはずの部屋だ。
寝室と応接室、勉強部屋が続き部屋になっており、エオリア王女のそばには常時3人以上の侍女がついている。
「花だけではなく、心ばかりの贈り物も用意させていただきました」
部屋の外に待たせていた付き人の手から、プレゼントの箱を受け取ると、エオリア王女の目の前で、その箱を開いて見せる。
「……これは……なんて素敵な真珠のネックレス」
「海に面している我が国では質の良い真珠が取れるのです。
朝露きらめく花のごとく美しい貴女にはきっと似合うと思い、選ばせていただきました。
どうぞ、つけさせていただいても?」
「そんな、申し訳ないことですわ」
「どうか遠慮なさらず。失礼いたします」
俺は後ろを向いたエオリアの首に、繊細な細工で彩られた真珠のネックレスをつけた。
「よくお似合いですよ、エオリア姫」
「おそれおおいですわ。もうすでにたくさん宝石もドレスも素敵な小物もいただいていますのに。
でも、わたくし、アトラス殿下にこんなに愛していただいて、本当に幸せですわ」
満面のきらめくような笑顔。
そう、女はこうあるべきだ。
わかりやすいもので喜び、素直に受け取り、わかりやすく喜ぶ。何より笑顔が美しいこと。
それでこそ男にとって贈りがいがあり、それでいて男が贈り物に頭を悩まさずに済むのだ。
まぁ、テイレシアには宝石など贈ったこともないが。
――――いや、どうした。なぜここで俺は、テイレシアを思い出す?
「どうされました?
アトラス殿下」
「いえ。貴女の美しさについ見入って呆けてしまいました。
ご無礼をいたしました」
「まぁ、そんな!!」
「そんな貴女を、つぎの休日ぜひエスコートさせていただきたく……」
間を空けず贈り物を贈り続けているのも花束も、あのオレンジ頭の山猿がエオリア王女への求婚に水をさしたせいだ。
美しいエオリア王女にふさわしい求婚の場を用意しなければならないのだ。
腹案は十分、あとは王女が――――
「――――――――すごく素敵ですわ、テイレシア様!!!!」
窓の外から黄色い声が飛んできた。
(女子学生!?)
「本当!! かっわいいです!」
「本当にお似合い!!」
「器用ですわね、ヴィクター!!」
「…………」
「ど、どうされました? アトラス殿下?」
「いえ、エオリア姫。少し中庭で羽目をはずしすぎている者たちがいるようですので、注意をしてまいります」
俺はまた邪魔をされ、気を散らされたことに、腸が煮えくり返っていた。
足早にエオリア王女の部屋を出、面食らって追いかけてくる付き人を後につれながら、中庭を目指す。
外で話しているのは女子学生たち、そしてその場にはテイレシアとヴィクターがいるらしい。
テイレシアもテイレシアだ。あんな平民の男になびくなんて、王族の誇りもないのか!?
そんな奴らが、俺とエオリア姫を差し置いてこの国の話題を独占するなど、言語道断――――思い知らせてやらなくては!!
◇ ◇ ◇
「ほら、手鏡をご覧になって、テイレシア様!!」
中庭のベンチに座ったテイレシアの周りに、女子学生たちが4人も集まっている。一人が、テイレシアに手鏡を渡す。
(――――――髪か)
いつも、簡単なまとめ髪のテイレシアが、凝った編み込みもいれながら、女らしく華やかな髪型になっている。
そうなっている原因は、テイレシアの後ろにある。
彼女をベンチに腰かけさせながら、あの山猿、ヴィクター・エルドレッドが、そのダークブロンドの髪を編んでいるのだ。
「ねぇ、ヴィクター……。
こんな、人前で髪を編んでもらうなんて、ちょっと、恥ずかしいわ……」
「わがままを言っていいとおっしゃったのはテイレシア様のほうですよ?」
「そ、そうだけど……!!」
「素を出して良いということなので、これからは遠慮せずいかせていただきます」
ニコッと微笑むヴィクターに、「うーん。。。」とうなるテイレシア。
「大丈夫ですわ! テイレシア様、お美しいからとっても似合いますわ!」
「そうですわ。こんな素敵な髪にしてくださる旦那様がいらっしゃるなんて、うらやましいことですわ!」
(……まて、女子学生ども。
おまえたち本気で言ってるのか?)
「で、仕上げにこちらを」
パチリ、という金具の音とともに、最後にテイレシアの髪を彩ったのは、大粒の緑色の宝石をダイヤモンドが取り巻いた髪飾りだった。
「素敵!!」
「テイレシア様に似合いますわ」
――――この国の宗教から言えば、元来、未婚の男女は空間から区分けされるべきものだ。
俺は適当に女と遊んではきたが、さすがに学園のなかで異性とはしゃいだりはしない。
この学園の中でふざけあうとは、なんて不道徳なことか。
一喝してやろう。この俺が叱れば、涙目でひれ伏すだろう。
そう思って俺は彼らのほうに向かって歩きだそうとした。
………足が動かなかった。
(…………!!??)
口を開こうとした。
口は開いたが、喉の奥から声が出てこない。
いったいなぜ!?
俺は焦った。
どうしたんだ、何が起きたんだ。
何だ?
魔法を使われている?
まさか?
思わずヴィクター・エルドレッドを見、タイミング悪く目があってしまった。
(――――――――………!!??)
女どもは誰も気づいていないだろう、あまりに鋭い、鍛え上げた鋼の刃のような眼光に、俺の背にぞくりと悪寒が走る。
一瞬だけのことだったが、俺の記憶に刻まれ、頭から消えない。
なんだ、こいつ……?
いったい、何なんだ??
◇ ◇ ◇
どれほどの時間、俺は動けずにいただろうか?
まもなく、テイレシアとヴィクターは、女子学生たちと分かれ、こちらに歩いてきていた。
俺に気づき、軽く会釈するテイレシア。
俺を見るたびおどおどしていたくせに、今日は隣にヴィクターがいるせいか、背筋をぴんと伸ばしたまま、堂々とまっすぐにこちらを見る。
(――――こいつ、こんなに美しかったか?)
彼女が通りすぎる一瞬、その髪から嗅いだことのない香りがした。
そして、髪を彩った髪飾りに、俺は瞠目する。
見事な大粒のエメラルド。質の高いダイヤモンド。精緻なプラチナの細工。宮廷晩餐会につけるクラスのクオリティの宝飾品だ。
ヴィクターがすれ違い様にちらりと俺のほうを見た。
これだけのものを自分はテイレシアに贈ったのだと誇示しているのか? テイレシアも髪につけられたから、その宝石の質の高さに気づいていないのか?
(クソッ……)
彼らが通りすぎていったあと、俺は地面を蹴りつけた。
(クソッ、クソッ、クソがぁッ……)
離れた位置で待機していた使用人が戸惑ったようにこちらを見ている。
何故、見下されなければならない。
俺のほうが見下すべきだろう?
誰が見ても俺のほうが、俺がやっていることのほうが、“理想の王子様”のはずなのに。
◇ ◇ ◇