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◇6◇ 世界の色が、変わりました。



   ◇ ◇ ◇



 ――――王子の誕生日パーティーから3週間後。



「“傍若無人(ぼうじゃくぶじん)なる求婚者の恋、成就(じょうじゅ)するか!?”

 “前代未聞のロマンスの行方は!!”

 ねぇ……また新聞に載っているけど、あなた、本当に大丈夫なの?

 アトラス殿下から何か嫌がらせされたりしていない?」


「ええと、3回ぐらい?

 暴漢らしきものには()いました」


「遭っているんじゃない!

 というか、今日、額が赤いわ。

 どうしたの?」


「ああ、今日待ち伏せされたのはちょっと強い大男で、最初パンチが避けきれなくて、額で受けたんです」


「額で!?

 痛かったでしょう?」


「痛いのは痛いですけど……

 額の正面、ここが頭蓋骨(ずがいこつ)で一番固いんです。頭突きするときもここを使ったりとか」


「……頭突きって何?」


「え? 首の力で相手に頭をぶつけて攻撃……いえ、そんなの、テイレシア様が聞かなくて大丈夫です」



(結局、暴漢に、どう対処したのかしら?)



 正直、聞くのが恐い。

 そういえば彼は、『鋼の乙女の英雄譚』に私が登場させた魔法のうち半分ぐらいは習得して使えるようになったらしい(読者恐い)。

 なにかオーバーキルな魔法を使ったりしていないでしょうね?




 ――――今日、ヴィクターと私は、一緒に演劇を鑑賞し、そのあと帰りに食事をしている。



 あれから国王陛下にヴィクターからの求婚のことをご報告し、まずは交際を考えたいとお話しした。


 国王陛下は、ものすごく渋い顔で

『いまは平民だが、良いのか?

 あの男は18歳までは、平民だぞ?』

と、繰り返された。


 普段だったら、公爵令嬢が平民からの求婚を受けたいなど非常識だと、即、却下されたと思う。

 ただ、タイミングがタイミングなだけに、こちらの非常識を(とが)めきれないようだった。それだけは、アトラス殿下に感謝しても良いかも。


 一方、王妃陛下は、なぜか国王陛下より強く反対してきて、酷く罵倒されたけれど、心を無にしてその場を乗りきった。


 かくして、結婚前提の交際の許可はおり、私はいま、ヴィクターと堂々と外出している。



 ……交際といっても、図書館で一緒に本を選んだり、文学者のサロンに参加させてもらったり、一言でいうと、とても仲の良いお友達がやっていることばかりなのだけど。




 ただ、ヴィクターと仲良くなったその感想を、一言、言わせてほしい。大声で。





 ―――生きてて、楽しい!!





 カサンドラや侍女とだとなかなか行けないような場所にも、ヴィクターとだったら行ける。

 本の感想なんかも、ヴィクターとなら言い合える。


 それにヴィクターの家が、事業のひとつとして成長途上の作家を応援しているらしく、有望な若手作家の小説などを読ませてもらえたりもする。


 同じ本を読んだとき、好きな登場人物や好きな場面が同じ時も、違うときも、語り合うのが楽しくて、ヴィクターがいるだけで、読む楽しみが何倍にもなった。


 抑圧していたものが解放された感覚。

 私の目に見える世界が、今までより明るく、ずっと色鮮やかになった。



(……その楽しさが、ヴィクターの我慢の上で成り立っていなければいいけれど)



 ところで、新聞について話を戻そう。

 おかしなことに、今や、アトラス殿下とエオリア王女の恋よりも、平民出身でしかも弱冠16歳の男が公爵令嬢を射止められるか?のほうが、国中の話題をさらっているようだ。


 だからだろうか。

 最近学園や王宮ですれ違う際、アトラス殿下はいつも、ものすごい顔でにらんでくる。


 そのお顔、エオリア王女に見られたらどうするんですか?

 というか、婚約破棄をしたのはそちらですよね?



「テイレシア様。

 オレの話をしていただいてから後は、国王陛下から何か言われたんですか?」


「いいえ? 婚約破棄が正式決定してからは、何も……」


「やった!

 それなら、もうテイレシア様は自由にしていいってことでは」


「どうかしら」



 近頃の貴族たちは、中産階級や下層階級が力を持ち始めたことを警戒し、『行き過ぎた平等』とか『平尊貴卑』などと、攻撃する。


 そういう意味では、ヴィクターの私への求婚もまた、『傍若無人な平民の思い上がり』として、貴族たちは良く思っていないはずだ。



「でも、アトラス殿下には、酷いこと言われたり、小説、破かれたり焼かれたりしたんですよね。

 いい加減テイレシア様も、自由にさせてもらえばいいんですよ。

 何かアトラス殿下にばちが当たれば、もっといいですけど」


「あはは、当たると嬉しいわ。

 ほんっと、そんなに私の小説が大嫌いなら読まなければ良いのにね」



 ワインが回って、口も軽くなってきた。



「『鋼の乙女の英雄譚』の時は、『女騎士なんて“くっ、殺せ!”と言いながら酷い目に遭わされるのがお約束なのに、なんで主人公にしたんだ』とか言われたのよ」


「????」


「学園を舞台にした恋愛小説を書いたときは『悪役令嬢を悪役にするとかバカか』って」


「????」


「別に、流行(はや)りと違う小説書いてたっていいじゃない!!

 それから――――あ、そうだわ。

 “真実の愛”も普通は揶揄(やゆ)の対象だって、酷くけなしてたのよね」


「最後のものだけ、ずいぶんと詩的ですね」


「詩的。面白い言い方するわね。

 ヴィクターだったら、どう考える?」


「うーん……」



 問われ、ヴィクターは首をひねる。

 少し下の角度から見上げる、シャープなあご。

 考えているときの伏せた目、と、まつげ。

 無意識にあごに添えた、手袋を外した手の、血管。手の甲に走る筋。長い指。



(永遠に見ていられるわ)



 血管や爪や骨格。全部好き。あらゆる造形を視界にいれていたい。もしいつか時間ができれば、油絵で描いてみたいぐらいだ。



「……愛や恋って、いろいろ、人によって違うと思うんです。

 そんな中で『これが本当の愛だ』って誰かが示しているのを見ると、それとは違うものを愛として大切にしていたら、自分を否定された気になる人も、いるのかな? と思いました。

 だから、その言葉自体を嫌いな人も、いるのかな……って」


「なるほど……慧眼(けいがん)だわ」


「でも、テイレシア様がまた小説を書き始めてくださってよかったです。

 この前、読ませてくださった、ダンジョン?に迷い込んで、モンスターの王と友達になる少年の話。

 あれ、短いけど楽しい話でしたね」


「この国では45年前に最後のダンジョンが埋められたけれど、他の国ではダンジョンがまだ残っているところもあるのよ?」


「へぇ……わりと最近まであったんですね。

 じゃあ冒険者も他の国ではまだ現役なんですか?」


「ええ。

 レグヌムの親戚のところにも、元冒険者の部下がいてね。

 前に聞いた話をモデルにして、書いてみたの」



 同盟国レグヌムの王族で現在公爵となっているレイナートくん。

 昨年の夏に大伯父様が亡くなって、その爵位と領地を継承した彼も、もうすぐ18歳になる。



「婚約破棄の件は、その(かた)には?」


「式に出席予定だったから、手紙で伝えたわ。

 あなたのことも書き添えて。

 それでも返事の手紙では、王子に対して激怒していたけれど」



   ◇ ◇ ◇

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