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◇3◇

   ◇ ◇ ◇


 1か月後。



「クロノス、久しぶり……」

「どういうことですか」



 王宮、王太子の執務室。

 本来王政関係者しか入ってはいけない場所に呼び出された私は、アイスブルーの冷たい眼光に迎えられた。


 彼の手元には、届けられたばかりらしい書面がある。

 手に力が入ったのか書類にしわが寄っているのが、クロノスにしては珍しい。

 たぶんそれは、官僚・官吏の人事案だろう。

 その中には発表されたばかりの、王政関係の試験の合格者の一覧も含まれているはず。



「なぜ君の名前が、王宮事務官候補生の合格者一覧に入っているんですか?」



 王宮事務官。

 王政を担う官僚の一種で、主に国王や王族の公務の事務方や秘書業務を担う。

 つまり、常にクロノスの近くで働ける仕事だ。


 王宮事務官になるには試験に合格した後、候補生として最低3年学ばなければならない。

 だけど、その段階でも()()に携わることができる。学び舎も王宮の中だ。



「えっと。試験受けて合格したから?」


「馬鹿な。

 基礎は全部〈紳士部〉のみの科目ですよ。

 〈淑女部〉の君は授業を受けていないはずです」


「うん、さすがに苦労したよ。

 〈紳士部〉3年分の教科書とノートを人に借りまくって、試験科目の専門書の内容と、過去問の論述問題の模範解答を頭に叩き込んで……。

 独学で勉強していた分野と結構かぶっていたのはラッキーだったけど、この短い期間じゃ、丸暗記が限界だったな」


「…………」


「予知魔法は使っていないよ?

 というか試験問題は魔法対策もされているはずだけど」


「…………首席合格です」


「あ、やった」


「………………」



 クロノスが文字通り頭を抱えた。

 ものすごく厄介な案件を抱えでもしたような顔。

 ちょっと心外なんだが?

 私ががんばったのは、ひとえにキミへの友情ゆえだぞ?



「どうして、こんなことを?

 フォルクス侯爵は?」


「父さんは『せっかくだからおまえの優秀さを王宮の老害どもに見せつけてこい』って」


「君はいくつも事業を手掛けていたでしょう。

 それはどうするのですか」


「全部売却した。もう私には必要ないからね」


「…………なぜそこまでして…………」


「キミを守りたかったから」



 クロノスが少し目を見開く。

 眼鏡の奥の変わらぬ綺麗な瞳が、水面(みなも)のように揺れる。



「……()()に、あまり会えなくなりますよ」

「新婚家庭にあんまり押しかけちゃ迷惑だ。むしろちょうどいいよ」



 はー……っ、と、目の前の形のいい唇から洩れたため息。

 陥落した、と見て、私が笑んだ時、クロノスはこちらを見た。



「暗殺未遂の主犯と依頼者は逮捕しました」


「……え?」


「君が首を突っ込んでくる前にも、元々王宮警察の方でも情報は掴んでいたのです。

 あの、君から受け取った瓶も証拠として使用していますが。

 今後、時期を見て公表することになるでしょう」


「そ……そうなんだ? 良かった。それは安心した」


「〈予知透視(プロヴィシオ)〉は何十、何百の未来を一度に疑似体験すると言っていましたね。

 君はその中で一番最悪の未来になってしまう可能性を恐れたのでしょう。

 もう少し王宮警察を信用してください。

 王宮の中で働くなら、自分の能力に頼った独りよがりは一番の敵ですよ」


「……はーい」



 しおらしくうなだれてみせたけれど、最後の一言は聞き逃していない。

 とにかく、今回の毒殺未遂事件は解決しそうで良かった。

 そして私が今後王宮補佐官候補生としてクロノスのそばにいれば、これから先、危険があっても予知で回避することができ……。



「では。上長の一人として、候補生である間は君の予知魔法の使用を禁止します」


「え! 待って!

 それじゃ私、候補生になった意味!」


「仕事で見せてください、仕事で。

 それとも本来の王宮事務官の仕事には自信がないんですか?」


「は? 誰に言って――――」



 ――――私も、王太子殿下のそばに誰か信頼できる方がついてあげた方がいいとは思うの。



 テイレシアの言葉が胸によみがえる。



 ――――いきなり大任を背負うことになったんだもの。

 ――――気丈にがんばっていらっしゃっても、精神的にはきっときついと思うわ。



 長い睫毛に縁どられた、貴族令嬢たちが焦がれる、美しいアイスブルーの瞳が私を見つめている。

 虹彩の放つ複雑な光は、丁寧にカットし磨き上げられた最上級の宝石のよう。

 ああ、本当に綺麗だな。

 見とれながら、私はゆっくりと息を吐いた。



「……わかった。本来の仕事でがんばります、王太子殿下」



 仕事で実績を積めば、たぶん将来的にはクロノスの補佐官にだってなれる。

 誰より近くで彼を支えられる立場だ。

 予知魔法が使えないなら、別の形で彼を守ってみせる。


 そういう私の心に気づいているのかいないのか、「……それから、今度からは先に相談してください」と、ほんのり拗ねたような口調でクロノスは言うのだった。



【おわり】

11月2日、書籍発売しました。

デートシーンの加筆や後日談の書き下ろしなどしております。

詳細は活動報告をご覧ください。

また、これまでWebで『王子、婚約破棄したのはそちらなので、恐い顔でこっちにらまないでください。』を読んできてくださった皆様に心よりお礼申し上げます。

皆様に良いことがありますように。。。。

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