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2話予定でしたが、3話になりそうです。
「どうして君がそんなことを知っているのです?」
「あー……ええと。まぁ、それは……」
「また、あの魔法を使ったのですね」
「いや、仕方ないじゃないか。
君に王になれと言ったのは私だけど、こんなに急に事態がうごくと思わなかったんだから」
「だからと言って……〈予知透視〉は脳に負荷がかかることには変わりないでしょう。
昔、使い過ぎて倒れて生死の境をさまよったのを忘れたのですか?」
「う」
フォルクス侯爵家は代々とある魔法を継承している。
〈予知透視〉。
未来を……といっても、未来のごく一端を見ることができる魔法だ。
クロノス暗殺の企みを知ったのは、私がこれから先のクロノスのことが心配になって、未来を見たからだ。
今日の彼女らの会話も先に予知した上で、私は張り込んでいた。
「そ、それより! この媚薬を謳った毒だよ。
先日別の女の子から同じものを手に入れて、鑑定の結果、毒が見つかった。
新王太子をこれで落とせると、吹聴して売っている人間がいるんだ。
“惚れ薬”だと信じて買ったたくさんの女の子のうち誰か1人でも、クロノスの飲み物や食べ物に混入出来たら犯人の目的達成というわけだ。
女の子は知らずに、想い人であるキミを殺してしまうことになる」
「想い人、ですか。
どんな成分だろうが、人の飲食物に異物を混入する時点でどうかと思いますが」
「ま、もちろんそうだけどさ……」
そもそも、人に意図しない薬物を飲ませたり、飲食物に異物を混入する行為は、一般的なイメージ以上に命にかかわる。
他人の把握していない病気や体質など、何があるかわからない。
とりわけアルコールは、薬物全般『混ぜるな危険』だ。
なのに昔から『惚れ薬』だとか『媚薬』だとか、ありもしないものに騙される人間の多いこと。
クロノスは瓶をしばらく見つめていたけれど、不意に私の手から4本の瓶を掴み取った。
「クロ?」
「私が預かり、対応は王宮警察に任せます。
君はこの件から離れてください」
「え? ちょ、ちょっと待って」
私はクロノスの肩を掴む。
「犯人、まだわからないだろ? だから私が……」
「君はまだ予知魔法を使い続ける気ですか」
「こんな時に使わなきゃ意味がないだろう」
「死にますよ。今度こそ」
有無を言わせない口調で私の反論を封じると、クロノスは私の手を払う。
そのまま踵を返して歩き去ろうとする。
「待ってよ、クロ……」男の子にしては細いその肩に思わず手を掛けると、クロノスはほんの少し振り返って一言。
「君は彼女のそばにいてあげてください」
「待っ……」
言うだけ言って、クロノスはさっさと行ってしまう。
そうして、ぞろぞろと護衛たちも彼についていくのだ。
ああ、もう。
苛立って私は「この冷徹メガネ!」という言葉を、細身の背中に投げつけた。
◇ ◇ ◇
「……だからね、酷いんだよ、クロノスが」
「うーん……詳しい事情がわからないから、何とも言えないわ」
〈淑女部〉生徒会長室。
手元で仕事をしながら私は、テイレシアに愚痴っていた。
といっても暗殺計画云々のことはさすがにテイレシアにも言えないので、
『クロノスにかかわる大事なことを〈予知透視〉で見たので報告したけど、これ以上かかわるなって言われた』
とだけ説明していた。
事情を伏せられながら愚痴を言われるテイレシアも、困った顔をしている。ごめん。
「でも、王太子殿下が心配されるのは仕方ないんじゃないかしら。
私だって〈予知透視〉はあまり使ってほしくないもの」
「テイレシアまで……!」
「だって子どものころ、あなた倒れたじゃない」
「う」
「私、本当に心配だったのよ。
このまま死んじゃうんじゃないかと思って」
「ああ、その時のことは、本当にごめん……」
あの時、目が覚めたらベッドの脇に泣きはらしたテイレシアがいた。
私が目覚めるまでずっとそばにいたらしい。
「〈予知透視〉は、使い手の脳に負荷がかかるから、王家が危機に陥ったときの切り札として大事にとってあった魔法と聞くわ。それに、ご兄妹弟の中で〈未来視の瞳〉を持つのはあなただけなんだし」
「それは……そうだけど」
私はなんとなく、魔道具の眼鏡を外す。
〈予知透視〉を使えるのは、〈未来視の瞳〉を持って生まれた人間だけだ。
それを持って生まれた私は、赤ん坊のころから、無数の未来の幻影を細切れに見ることができた。
といっても、たとえるなら、空中のホコリに光が反射してキラキラしているのをただ見ているような感じだ。
そのままだと断片すぎて何もわからない。
だけど予知魔法〈予知透視〉を使うと、それら、これから起こりうる未来の幻影が一斉に何十重もの映像として私の脳内で再生される。
つまり、クロノスの言葉を借りれば『脳に負荷がかかる』。
けど、クロノスの命が脅かされているのに、使うなというのは……。
目が疲れてきて、魔道具の眼鏡をかけなおす。
未来の幻影が見えなくなり、視界がクリアになった。
「それでも何か、できないかなぁ」
「そうねぇ。
私も、王太子殿下のそばに誰か信頼できる方がついてあげた方がいいとは思うの。
……いきなり大任を背負うことになったんだもの。
気丈にがんばっていらっしゃっても、精神的にはきっときついと思うわ」
「それは……そうだ」つい気軽に『王にならない?』とか言ってしまった自分を反省する。
「私も、アトラス殿下の婚約者として、王族として、国際会議や外交の場に出たことはあるけれど……正直、緊張とプレッシャーで毎回吐きそうだったわ。それが将来の王となると、重圧も桁違いでしょうね」
「そっか……」
多分クロノスは弱音を吐かずに頑張るだろう。
『公』と『私』について線引きを保つために『私』の領域も守るべき。そんなことを言っていた彼だけど、たぶん自分自身はすごく苦手だ。
きっと実際には『公』のために『私』を犠牲にしてしまう。
(どうしたら良いのかな)
考えていた私は、ふと、テイレシアの手元にある書類の文字に目を留めた。
「それは何?」
「ああ、これ?
〈紳士部〉の進路関係の書類よ。
ちょっと資料として借りたの」
「へぇ。〈淑女部〉じゃ見られない資料ばっかりだね。
ちょっと見て良い?」
「ええ、どうぞ」
複数枚の書類の中の1枚を取り出す。
それは、とある試験に関する告知だった。
貴族の子女でも、男子と女子では将来期待されるものが大きく異なる。
〈紳士部〉の学生は爵位を継ぐ者もいれば官吏や研究者の道に進む者もおり、士官学校や大学に進学したりもする。
一方、〈淑女部〉の9割は卒業後に結婚し、就職や進学はしない。
だから〈紳士部〉と〈淑女部〉ではカリキュラムもまるで違うのだ。
元々私は〈淑女部〉1割のほう、つまり、結婚を選択肢に入れないで、大学に通いながら事業を続けようと考えていたんだけど……。
「…………これだ」
「え?」
「ありがとう! これ返す。内容はもう覚えた。ちょっと進路指導室行ってくるね」
「ちょっと、カサンドラ!?」
テイレシアの声を背に、私は生徒会長室を飛び出した。
◇ ◇ ◇
書籍は明日発売予定です。一部書店様ではもう入荷されているようです。




