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◇1◇

11月2日書籍発売記念に特別編を更新いたします。

全2話予定→やっぱり3話になりそうです。

(電子版は本日から配信です)




 ベネディクト王国王都。

 貴族の子女が通う王立学園の庭園は、春の花と美しい緑に包まれている。

 その庭園の瀟洒(しょうしゃ)東屋(あずまや)で、人目を避けるように、4人の貴族令嬢──女子学生たちが話していた。



「愛しのクロノス・ウェーバー様が新たな王太子殿下におなりだなんて……。

 侯爵令息のままでさえ、ライバルが多すぎましたのに……!」



 1人の令嬢が、憂鬱そうにため息をつきながらこぼすと、他の令嬢もうなずく。



「ああ、あの、どんな美術品よりもお美しいご尊顔に、アイスブルーダイヤモンドのような冷たく煌めく瞳。

 わたくしも、初めてお会いした瞬間、心を奪われてしまいましたの。

 貴族の娘たるもの、恋愛感情などご法度だとわかっておりますけれど、想いは日々大きくなってしまって……」


「お気持ちわかりますわ。わたくしもどうしても諦められませんもの。

 競争相手が多いことは承知で、王太子妃候補に名乗りを上げたいとお父様に相談したのですが…」


「わたくしもです!

 未来の王妃は無理でも、せめて愛人に……!」



 クロノス・ウェーバー。

 王立学園3年の男子学生で、〈紳士部〉生徒会長を務めている。

 公式には侯爵家の長男、その実、国王の婚外子。長らくそんな立場だったが、先日のアトラス前王太子の不祥事で事態は一転する。

 国はクロノスを国王の子として公に認め、立太子することになったのだ。


 王位継承者と貴族の結婚を貴賤結婚とする国もあるけど、この国は違う。

 歴代の王妃王配の多くは、自国の貴族の子女だ。

 であれば、貴族令嬢が王太子の妃に選ばれるのを夢見るのも普通のこと。

 だが18歳の新王太子クロノスは、その地位以上に王国一といわれる美貌で女性たちの恋心を集め、その恐ろしい競争率の高さでうら若き乙女たちにため息をつかせていた。



「それにしても」と、1人の令嬢が急に憤然とした口調で言う。

「なぜあんな女がクロノス殿下のそばに……!」



 他の令嬢たちも眉をひそめる。



「〈淑女部〉3年生の、フォルクス侯爵家のカサンドラ様のことですわね。

 まったく狡猾なこと……!

 少し前までは前王太子殿下の婚約者だったテイレシア様にべったりでしたでしょ?

 なのに王太子が交代した途端、クロノス殿下に近づこうとして……!」


「これまで自分は結婚など興味がないというふりをしておきながら、いきなり本性を現しましたわね……!!」


「あれがリュキア王国のやり方なのかしら!?

 あの容姿のせいで、やたら目につくのが苛立たしいですわ!」



 ────東屋の陰で私カサンドラ・リュキア・フォルクスは、苦笑いしながら、なおも続く自分の悪口を聞いていた。


 特に近づこうとはしていない。元々近い関係だ。たぶん王太子になる直前の彼と行動する機会があったから、それを見られたんだろう。


 南の大陸にあるリュキア王国の王女を母に持つ私は、女としては背が高く、こちらの大陸では珍しい褐色の肌に漆黒の髪。

 そんな私が、銀髪にアイスブルーの瞳に雪のような白い肌のクロノスの隣にいれば、それはまぁ目につくことだろう。

 面白がってはいるけれど、私は別に自分の悪口を盗み聞きするのが趣味というわけじゃない。

 ある目的があって、ここでその時を待っていた。



「そ、それで……お約束の品は手に入りましたの!?」



 4人中3人の視線が、1人の令嬢に集中する。

 彼女は、手に提げていた小さな(かばん)を開き、指ほどしかない細い小瓶をいくつも取り出す。

 その中には妖しい色の液体がたぷたぷと波打っていた。



「このとおり4本、確かな筋から手に入れましたわ」

「良かった! ではお金はまた別途届けさせますわ」

「4人のうち誰が射止めても恨みっこなしですわよ」

「では、こちらを……」



 彼女たちの手がそれぞれ小瓶を手に取る前に、小瓶はすべて別の人間の手に奪い取られた────私の手に。



「カ……カサンドラ・フォルクス!?」

「な、何をなさるの!?」



 奪った瓶をポケットにしまい込み、私は彼女らに笑いかける。



「失礼。王太子殿下の大切なお身体に薬物を盛られてはたまらないのでね」

「「「「!!!」」」」



 彼女たちの目が、わかりやすく泳ぐ。



「な、なんのことですの……?」


「昨今、媚薬と称して怪しげな薬を売る悪徳商人がいるというのは、王政関係者の間でも話題に上っているんだ。

 キミたちも、おかしなものを王太子殿下に飲ませて、毒殺を目論んだと疑われたくはないだろう?」


「「「「…………」」」」


「それに」



 私は先ほど薬をバッグから取り出した令嬢の顎を、くいっ、と持ち上げ、彼女と目を合わせる。



「!!!」

「綺麗な瞳だね」

「………あのっ」

「こんなにも麗しくて魅力的な淑女が、自分の魅力を信じないで薬に頼るなんて悲しいな」



 低音を意識した私の声に、彼女の頬がみるみる赤く染まる。



「えと、あ、あの……っ」

「ちょっと!何を顔を赤らめているんですのっ!?」



 私の瞳は、この大陸では珍しい金色。

 眼鏡をかけていない時はじっと見つめられるとドキッとする、神秘的な印象だと親友テイレシアにも言われる。

 あとクロノスほどじゃないが、顔と声にも自信があった。



「可憐な乙女の道を誤らせる、罪深いこの薬の出所について調べているんだ。

 少し話を聞かせてもらえるかな?」


「は、はいっ!

 あの、この薬は王都の北端にある薬屋が、極秘に調合しているものでっ!

 店の名前はっ……」



 目を潤ませて、しゃべりだす令嬢。

 他の3人は興醒めしたようにそそくさとその場から散っていった。

 必要なことをひとしきり話した彼女の手をとり、「ありがとう」と騎士のごとくそっと手の甲に口づける。

 彼女は仔猫のような声をあげて、へなへなと東屋の椅子にへたり込んでしまった。


 私は庭園を後にし、建物の中に入る。



「結婚詐欺師にでも志望替えしたんですか?」



 名手が弾く上質の楽器のように響く美声。

 声の方に目を向けると、細身に銀髪の幼なじみの青年が腕組みして、その眼をこちらに向けていた。



「見てた?

 ごめんね、キミのファンを()ってしまって」



 にやりと笑って私は彼に――――いまやベネディクト王国新王太子となったクロノスに、そう返した。


 瞳の美しさはもとより、華やかさとクールさをあわせ持つ形の眼に、つやつやの長いまつげ。

 シャープかつ気品漂う絶妙なラインを描く鼻筋。

 シミ一つないきめ細かな肌、無自覚な色気を放つ唇。

 奇跡のバランスの美貌は、王子様どころか神族と言われても納得しそう。

 そんな彼がいま私に向けているのはいわゆるジト目だったが、ネガティブな表情さえ魅力に変換されている。

 本人が女避けのつもりでかけている眼鏡も、残念ながら効果は薄そうだ。


 周囲に目をやると、数名の護衛が少し距離をとりながらも彼を警護している。

 今の彼の窮屈な立場がそれだけで伝わろうというものだ。



「ねぇ。クロ。これ、見て」



 私は真顔になり、さっき令嬢たちから取り上げた小瓶を、クロノスに見せる。



「貴族令嬢たちに流れているという怪しげな“惚れ薬”だよ────おそらくはキミを毒殺するための」



いつもお読みいただきありがとうございます。

小説書籍およびコミカライズの詳細は、このページの下の方か活動報告をご覧ください。

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