◇5◇ なんでテイレシアなんかに求婚する奴が現れるんだ?【王子視点】
―――誕生日パーティーの夜―――
「アトラス殿下、わたくしたちのしようとしていることは、本当に正しいのでしょうか……?」
涙のにじんだ目で俺を見上げるエオリア王女の可憐な美しさに満足しながら、彼女の滑らかな肩に優しく手を置いた。
「大丈夫ですよ、エオリア王女。
心に逆らい、愛のない結婚をすることこそ、神の御意思を裏切る行為。
結婚まであと4か月、準備は進んでいますが、逆に言えば、いま破棄するしかありません。
遅れれば遅れるほど、傷つける人を増やしてしまう」
「そ……そうですわよね」
華奢な美少女は、俺の腕をつかみ、「お慕いしております、アトラス殿下」と呟いた。
すでに両親や閣僚への根回しは十分に終わっている。
テイレシアの処遇についてもおおむね、意見がまとまっている。
あとは、どれだけ、婚約破棄をドラマチックかつ、反感を買わないものに演出するか、だ。
まず、タイミングとして、結婚予定の日までの時間は十分にある。
相手としても、テイレシアよりもエオリア王女のほうが、身分が高く、かつ、国益にかなう。淑女の作法を十分に身に着け、語学にも長けており優秀だ。
そして根回し。結果、両親とも、また重臣たちも、テイレシアよりもエオリア王女のほうが良いと認めた。
これだけ、整っている。
そのうえで、王子である俺がエオリア王女と愛し合っているとなれば、鬱陶しい新聞書きの連中からしても、文句を言う要素はないだろう?
そのあたりは、テイレシアと違って、愚民どもの考えもよく研究し、理解しているこの俺だからこそ、婚約破棄において何が愚民どもの反感を買うか、きちんと押さえているのだ。
テイレシアには決してできない、完璧な計算である。
失敗のしようがない。
そして、この夜のことが新聞に書かれ、“禁断の恋”はやがて王に認められ(るという体をとり)、俺たちは、国民に祝福される結婚をするのだ。
◇ ◇ ◇
「テイレシア。どうか、理解してほしい、この真実の愛を。
君との婚約を破棄させてくれないだろうか」
一言一句間違いなく、完璧な演技で、告げてみせた。
青ざめたテイレシアの顔。
それは、こんなに完璧で王子という俺から婚約を破棄されれば、本当にショックだろう。
かわいそうに。俺に惚れていたんだろう?
おまえが異国の姫君ででもあったら、結婚してやってもよかったんだがな。
だが、俺には、国のため民のため、国益をもたらす結婚をするという義務があるのだ。おまえが妻ではダメだった。
「――――婚約破棄を、受け入れますわ」
さすが、我が婚約者どのは、きちんと空気を読む。口もとがほころぶのが抑えきれない。
では、テイレシアを慰める言葉を。
そして、エオリア王女への求婚を。
俺が口を開いた、その時。
「はい!!
ハイ、はい!!!
じゃあ、オレ、平民ですけど新しい婚約者に立候補します!!」
馬鹿みたいな大声が、俺の声をかき消した。
(……なんだ? いったい!?)
混乱している間に、その声の主が前に駆け出てきた。
俺よりも背が高い、それでいてやや童顔の。なんだこの男は。
「何なんだ君は、どこの」
「かねてよりお慕いしていましたテイレシア様、下賤の身であるうえ、王子殿下が婚約者であるならばとあきらめておりましたが、千載一遇のこの機会、ぜひテイレシア様に求婚させてください!!!」
乱入者は、一息に言い切った。
(……は?)
なんでテイレシアなんかに求婚する奴が現れるんだ?
オレンジ色の髪。不吉な赤毛だ、俺は隠さず舌打ちした。
想定外だが、この世にはこういう変わった生き物もいるのだろう。
そうだ、さっさとテイレシアが断れ。
そうすればこいつはつまみ出せるし、俺は、エオリア王女への求婚に戻ることができるのだ。
「――――あ、あの……」
どうした、テイレシア?
国王陛下の許可なくおまえが結婚できるわけがない。
おまえがすべきは、いますぐその赤毛の山猿を、貴族令嬢らしく無礼者と一喝することだ。
おまえらしくないぞ、テイレシア?
もしかして、混乱している?
「……どちらさま、ですか?」
誰かが吹き出した……のに釣られ、その会場の中は大爆笑に包まれてしまった。
割れるような笑い声のなか、俺は、その場の空気がここから二度と元には戻らないものであることを思い知った。
◇ ◇ ◇