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「テイレシアー!
これありがとー! 面白かったよ!」
年末、領地に向かおうと準備をしていた(普通は秋に領地に帰るのだけど、ヴィクターは学校があったので)私たちのもとに、はじけるような笑顔のカサンドラが遊びに来た。
「そ、そう? それは良かったわ」
「でも、『黒歴史だから永久封印する!』って言っていたのに続き書いてくれたんだね。
心境の変化?」
「……あはは……まぁ……ね……」
彼女が手に持っているのは『鋼の乙女の英雄譚』第2巻。
ヴィクター流に言うと、『第2巻の2刷り』ということになる、少しだけ書き換えた2巻。
迷ったけれどカサンドラの分も本を作り、ヒム王国から帰ってきた彼女に手渡したのだった。
「一度は私も手伝ってみんな燃やしてしまった本だから、永遠にもう会えないと思ってたよ。
こうして2巻が読めるとやっぱり嬉しいね」
にこにこしているカサンドラに「渡して良かったですね」こそっとヴィクターが私にささやいた。
カサンドラをティールームに通し、私たちはお茶とお菓子をいただくことにした。
「……どうだった?」
「面白かったよ!
主人公がだいぶ大人になったね。
あと、それからエンディング! やっとデレたね、この主人公!
ほんと焦らしまくったなぁ!」
「え、えーと……焦らしてたわけじゃないのよ?」
「まぁ、これだけ死線をともにしてるんだし……読者的には『姫君、もっと素直になりな?』と突っ込みたくもなるけれど。
でもこの主人公なら、これが限界だよね?
自分から勇者の頬にキスできただけでも、すごい勇気を振り絞ったんだろうなぁ」
楽しそうに語るカサンドラ。
彼女の語り方は、まるで『鋼の乙女の英雄譚』の主人公が実在の人物かのようだ。
ちょっとホッとして、私はヴィクターと顔を見合わせた。
2巻の改稿は、ヴィクターに何度も意見を聞いて、ストーリーはほぼ変えずにキャラがぶれないように注意しながら、慎重に恋愛的な伏線をくわえた。
そしてラスト。
お互いに誓い合って別れるのは最初の通り。
だけど、主人公が迎えの馬車を前にして、不意に勇者の頬に口づけをする。
戸惑う勇者を主人公は見つめ、「……どうか、元気で」と柔らかな笑顔で言い残し、馬車に乗り込み、去っていくのだ。
勇者は思わずその馬車を追い、見えなくなるまで見送る。
最後まで彼女に言えなかった言葉を口にして。
私が思いついた改稿のアイデア。
それは、読み手の想像力に託して、
『もう2人は二度と会わない、だから主人公はせめてもの想いを口づけに託して伝えた』
とも、
『やっと気持ちを伝えられた主人公。きっとこの2人はもう一度再会する。そしてそこから恋を始め、どんな困難も乗り越えるだろう』
とも受け取れる書き方だった。
実は、エオリア王女殿下やカサンドラのためにそうしたというわけじゃない。
アイデアを思いついたら書き直さずにはいられなくなってしまったのだ。
そして書き直してしまったら、黒歴史のはずなのに愛しさが込み上げてたまらなくなり、そのテンションのまま本をつくってエオリア王女殿下にお送りしてしまった。
結ばれるストーリーにはできなかった。
けれど、キャラクターたちを生かしつつ作品の雰囲気も保ち、それでいて未来の2人を想像することもできる着地点になったのは良かったと思っている。
昨日届いたエオリア王女殿下のお礼の手紙も、とても情熱と喜びのこもったものだった。
続きが読めたことが本当に嬉しかったということ、2人の関係に希望を残してくれて嬉しい、とも。
(……でも、ロマンス描写って、自分で書くとなんであんなに恥ずかしいのかしらね……。
読む分には何も考えず楽しく読めるのに)
その上、慣れていないロマンス描写をヴィクターに読まれて感想を言われるという、なかなかな羞恥プレイを味わってしまった。
ヴィクターが意味ありげな笑みをこちらに向けている。
……私の表情を読みとられた気がする。
カサンドラと私たちはそれからしばらくおしゃべりした。
ここのところずっと忙しかったカサンドラとゆっくり話せるのは久しぶりのことだ。
年明けにはいよいよ王太子殿下とカサンドラの国際会議デビュー。私までドキドキしてしまう。
「……それで、うちの父も準備に追われているんだけど、そんな中、急にガルムがヒム王国に留学するって言い出してさ」
「ガ、ガルム君が?」
「しかも先にエオリア王女殿下に留学希望を話してしまったんだって……この前ヒム王国に行ったときにたまたま会ったからだとか。
頭の固いあの子にしちゃ珍しい、思いきったことするもんだよね」
「そ、そ、そうね??」
それは確かに思いきったことをしたものだ……。
ヒム王国は学校そのものが男女別に分かれているそうだから、学校でエオリア王女殿下に会うことはきっとないだろうけれど。
せめて少しでもそばにいられればと、思ったのだろうか。
◇ ◇ ◇
カサンドラが帰った後、ヴィクターに「マナガルム君のこと、どう思う?」と私は尋ねた。
「がんばれ、って思います」
「…………そうね。そうよね」
応援したい、でも、たぶん叶うことはない恋。
だけどガルム君なら恋におかしくなって相手を傷つけるようなことはしないと信じている。
大切な人のそばにいたいという尊い気持ち、どうか彼も幸せな着地点を見つけてほしい。
「今回は……ありがとう、ヴィクター。
いろいろとアドバイスとか……とても助かったわ」
「いえいえ」
私を優しく抱き寄せて、ヴィクターは頭に口づける。大きな身体が温かい。
「俺はテイレシアの世界一のファンですからね。続編を読めた誕生日からずっと幸せでした」
「ふふっ。ありがとう。
やっぱり続きを書いて良かったわ」
「もう黒歴史って言わないでくださいね?
俺にとっては、そのおかげでテイレシアと出会えた大切な作品なんですから」
「うう……善処します」
抱き締めたまま、ソファに腰かけて私を膝にのせるヴィクター。
ん? このちょっと愛玩するようなスキンシップ過剰さ、何か言いたいことが他にもありそう。
「強いて言えば、あれから外に出掛ける回数が減って……2人きりでいられるのは嬉しいんですけど、なかなか2人が仲良いところを人に見せつけられないなーとは思います」
「ちょっ……まだ新聞記事気にしてたの?」
「デートに行きたい場所だって、まだまだあるんですからね。出かけましょう、たくさん。
ところで年が明けたら、またゼルハン島に旅行に行きませんか。
エルドレッド商会が新しいホテルを造ったんです。
綺麗な青い海が部屋から楽しめるらしいですよ」
「ほんと? いいわね!」
ちなみに変な記事を書いたタブロイド紙の会社が、あまりにデタラメな記事ばかりで抗議が殺到して潰れたのは少し後のこと。
ちょうど、私とヴィクターがゼルハン島の青い海と美味しい料理を楽しんでいる頃のことだった。
【了】
特別編、これにて完結です。
お読みいただきありがとうございました。
コミカライズは引き続きパルシィ様で連載中、他媒体で読める時が来ればこれも活動報告等で告知いたします。小説版の書籍についても同様です。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




