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◇7◇

「マナガルム様、無茶を言わないでください」


 ヴィクターが呆れたように口を挟んだ。


「小説だろうと絵だろうと、ひとつの作品を作り上げるのにどれぐらい時間がかかるかわかってます?

 しかも職業作家じゃないのに結末を他人に指定されて書けなんて」


「……そ、それはっ」とマナガルム君は言葉を詰まらせた。



「テイレシアの立場的にも、エオリア王女殿下のためにそんなことをする義理はありませんよね」

「…………そう言われると身も蓋もない。だが……」



 ヴィクターのために書き上げた『鋼の乙女の英雄譚』第2巻のラストでも、主人公と勇者は結ばれていない。


 勇者は、主人公のピンチの時には再び必ず駆けつけることを誓う。

 主人公は、勇者が守りたい弱い民のために力を尽くすことを誓う。

 そうして2人は笑顔で別れ、それぞれの場所に戻っていく。


 もし、カサンドラが読んだら『なんで2巻まで書いたのにこの2人くっつけなかったの?』って突っ込まれそうな気がする。


 じゃあ、2人が結ばれるように2巻を最初から書き直せるか、というと……?



「……書こうと思えば、書けなくはないかもしれないわ」



 再び私が1巻を読み直して羞恥心漬けで何か月も七転八倒する前提だけど。



「……でも、作品の雰囲気もそうだけど、主人公も勇者も周りの人も、人格が変わってしまうのじゃないかと思うの。

 たぶん読者にも伝わってしまうぐらい。

 『鋼の乙女の英雄譚』を好きで読んでくれた人なら、なおさら、同じキャラだと感じられないんじゃないかしら」


「……そ、そうなのですか……?」


「最初から結ばれる前提で書いていたのなら、設定も世界観もそれにあわせて作ってあるからストーリーも人格も破綻しないんだけどね。続編ってなると……。

 私にもっと力量があればできたかもしれない。

 だけど、少なくとも今の私にはできないわ。ごめんなさい」



(うわあああ……ド素人のくせになんか一端の作家っぽいこと言ってしまってごめんなさいごめんなさい……)



 誰に謝っているのかわからない謝罪を内心しながら、できない理由を説明すると、マナガルム君は目を伏せ、「やはり、難しいのですね……」と低い声で呟いた。



「わかりました。無理難題をお願いしてしまい、まことに申し訳ございませんでした」


「お役に立てなくてごめんなさい」


「いえ。では、私はこれで失礼いたします。お時間をいただき、ありがとうございました」



 マナガルムくんは立ち上がって一礼した。


 部屋を出ていこうとする彼に「マナガルム様」とヴィクターが声をかける。



「エオリア王女を元気づけたいなら、まず何よりご自分で優しい言葉をかけてあげることじゃないですか」



 マナガルム君はまるで胸を突かれたように足を止め、首から上だけわずかに振り向いてヴィクターを一瞥(いちべつ)した。

 そのときの表情をなんと表現すれば良いのだろう。すねたような、諦めたような、それでいて爆発しそうな感情を無理矢理抑え込んだような。



「……俺は貴様とは違う」



 短い言葉を残して、マナガルム君は出ていった。



   ◇ ◇ ◇



「……ガルム君って、エオリア王女殿下のことが好きなの?」



 疑問というよりは半ば確信をもってヴィクターに聞くと「まぁ、察しますよね」と彼はうなずいた。



「〈紳士部〉のうちの学年では有名でした。

 本人はかたくなに否定していましたけど」


「男の子同士でも恋話(コイバナ)するのね……」


「しますよ。実際には恋愛なんて縁がないからってこともあるでしょうけど……俺の友達も情報収集とか協力してくれていましたし。

 ちなみに、テイレシアが男子学生にどれだけ人気があったか聞きます?」


「……ふぇ!?

 は、恥ずかしいからやめて。

 それよりガルム君の話……」


「……すみません、そうですね。

 さっき仰っていた読書会、高位貴族の家の学生たちが互いに本を渡しあって、普段読まないような本を読んでみる、っていう趣旨の会で、留学してきて間もないエオリア王女のために開かれたそうです。

 あの人〈紳士部〉の生徒会役員でしたから先生から参加するように言われて、そこでエオリア王女と知り合ったようです。

 間もなくエオリア王女はアトラス王子と公然の関係になって、マナガルム様はそれを遠くから何も言わずじっと見ている、そんな感じでした。

 王女が急に帰国した後は落胆して、ちょっと荒れていましたよ」


「全然、知らなかった……私たちの結婚式にも来てもらったのに……」


「生徒会とか先輩たちに会う時はいつも通りピシッとしていましたから。カサンドラ様にもさとらせなかったんじゃないかなと思います」


「そうだったのね……じゃあ今回、ガルム君にとっては久しぶりの想い人との再会だったってこと?」



 ヴィクターはうなずく。



「……『俺は貴様とは違う』か。

 そんなに違いますかね。

 むしろマナガルム様は高位貴族の家の生まれですし、母君はリュキア王国の王女だからそっちから見れば王族でもあるわけで。

 身分差はテイレシアと俺ほどじゃないと思うんですが」


「まぁヴィクターは……私が言うのもなんだけど、とても特殊な例だから」


「でも、すぐ近くで話せる立場にいて、また再会することができて、相手の視界に自分が入っていて……。

 好きな人に近づけもしなかったいつかの俺から見れば涙が出るぐらい、恵まれてる状況なのに。

 そこでなんでテイレシアの小説頼りなんだろう、告白はしないとしても、好きな人を元気づけるのになんで自分の言葉で話さないんだろうって、俺は思ってしまいますよ」


「そうね……そうよね」



 ヴィクターの言葉にそううなずきつつ、私はマナガルム君の気持ちもわかった。


 たぶんマナガルム君がエオリア王女に気持ちを伝えたとしても、エオリア王女は応えることはできないだろうから。

 王家が恋愛結婚を装うことを考えるほど国民からの政略結婚への批判が高まっているとしても、王女に自由な恋なんてさせられないのが王家の本音だ。

 そのうえ、マナガルム君がリュキア王家の血を引いていることさえ、逆に事態をややこしくしてしまう。

 …………臆病になってしまうのは、よくわかる。



 それとは別に、私は『鋼の乙女の英雄譚』2巻のことについて、ある考えが浮かんでいた。


 ヴィクター以外の人に見せるのは恥ずかしい。

 他の人からは『鋼の乙女の英雄譚』の記憶が消えてほしいと今でも思う。


 でもその恥ずかしさと同じぐらい、小説について浮かんでしまったアイデアを消してしまうことができなかった。

 これもド素人が一端の作家みたいなことを言って恥ずかしいのだけど。



「…………あのね、私……2巻に少しだけ、手を加えてみようと思うの」


   ◇ ◇ ◇

本日パルシィ様にて連載第2回更新されています。

よろしくお願いします~。


特別編次話は23日中に更新できたらします(24日になるかもしれません。なったらすみません)

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