表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/52

◇6◇

   ◇ ◇ ◇



「……落ち込んでるんですか? テイレシア」



 お茶会からの帰り道。

 ヴィクターは馬車の中で私を膝にのせ、慰めるように頭を撫でていた。

 まるで子どもに還ってお父様の膝の上で甘えているような体勢。

 それは19歳の淑女がするにはあまりに恥ずかしいものだったのだけど、今日は落ち込みすぎていたから、ついヴィクターの手にされるがままになっている。

 髪を撫でる大きな彼の手、温かい。


「俺、エオリア王女に余計なことを訊いてしまいましたね。

 ただ自分と同じように『鋼の乙女の英雄譚』を好きな人の感想が聞きたかっただけだったんですが」


「ううん。ヴィクターは悪くないわ。だけど……」



 私は深くため息をついた。



「そういうつもりで書いたんじゃなかったのに……。

 私が書いた小説のせいで、エオリア王女があんな風に自分を追い込んでいたなんて」


「仕方ないですよ。

 同じ物語を読んでも、人の解釈はそれぞれ違いますから。

 読む人がどういう影響を受けたか、どういう選択をしたか、書き手の想定を越えてしまうことだってありますよ」



 『鋼の乙女の英雄譚』の中で、姫と勇者は結ばれない。

 だけど私の中では、それは『恋を諦めた』のじゃなくて、2人が自分のやりたいことを貫いた結果だった。


 運命とか義務とかじゃない。

 主人公の姫騎士は、旅をし、力ない人々の苦しみを目の当たりにし、自分の力で助けたいと考えた。

 最終的に、自分の姫としての立場を使って人を救う、それが彼女のやりたいことになったのだ。

 そしてお互いを想いながら、お互いを縛らない道を選んだ。


 その証拠に姫は、最初に逃げ出すきっかけとなった政略結婚については、最後まで突っぱねている。

 もし姫が運命に従ったのなら、政略結婚を受け入れる結末を私は描いただろう。


 ヴィクターには伝わっていたようなんだけど……エオリア王女には伝わらなかったみたい。



「……確かに、気にしてしまうのは(作者)の勝手よね。

 小説がきっかけになっていたとしても、エオリア殿下はご自分でご自分のことを決めていらっしゃるだけだもの。

 私が口を出す余地なんて……ないのよね」


「もし、テイレシアがどうしても気になるなら、続き、読ませてみますか? エオリア王女に」


「…………」



 ヴィクターへのプレゼントの本を作ったとき、装丁も本文も予備をいくらか注文している。

 もう1冊作るぐらいならすぐに問題なくできると思う。

 私が作者であることも、ごまかせるんじゃないかしら。

 だけど。


 私が書いた続編は、勇者と再会して、再び主人公が騎士として危機に立ち向かうもの。

 主軸は冒険と闘いだ。

 エオリア王女が期待した内政ものとは違う。



(読みたいと思っていた続編が、期待したものと違ったら、失望してしまうんじゃないかしら?)



 作者として、それは、恐い。


 だったら、いっそ、続編の存在を知らないままの方がいいんじゃないかしら。

 エオリア王女は今日を含め、たった3日しかベネディクト王国にいらっしゃらないのだから……。



   ◇ ◇ ◇



 馬車が私たちの邸の敷地内に入ったとき、私はおかしなことに気がついた。



「────あら?

 フォルクス侯爵家の馬車があるわ?」


「カサンドラ様は、まだ帰国していないですよね?」


「フォルクス侯爵がいらしているのかしら?

 特に何もお会いするご用はないのだけど」



 私とヴィクターは馬車を下りる。

 玄関の前で待っていた執事が、私たちに礼をした。



「おかえりなさいませ。奥様。旦那様。

 フォルクス侯爵家のマナガルム様がお見えです」


「ガルム君が?」


「奥様とお話ししたいとのことです」



 同じお茶会に出ていたはずなのに。

 馬車で王宮を出て、まっすぐうちに来たのかしら。



「応接室にお通ししております」

「わかったわ。すぐに行きます」



 私とヴィクターは、外套(がいとう)を預けてそのまま応接室に向かった。

 部屋に入ったら、ソファにかけていたマナガルム君が立ち上がる。

 ヴィクターを見て一瞬嫌そうな顔をしたけれど、そろそろ彼が私の夫だという事実に慣れてください。

 応接室のテーブルに紅茶とお茶菓子が並んで、私は紅茶のカップを手に取る。



「お時間をいただいてしまい恐縮です、テイレシア様」


「どうかしたの? ガルム君。さっき会ったばかりよね?」


「ひとつご相談があって参りました」


「相談?」


「あの……失礼を承知でご相談したいのです。

 テイレシア様。

 どうか、『鋼の乙女の英雄譚』の続編を書いていただけませんでしょうか?」



 ゴブッ!!

 本日2回目、カップに紅茶を吹いてしまった。



「な、な、……なんで……」



 ヴィクターが手際よくハンカチで口元を拭いてくれる中、うめくように私はマナガルム君に問いかけた。



「はい。

 姉と同じく私も5年前、テイレシア様に『鋼の乙女の英雄譚』をいただきました。

 〈紳士部〉〈淑女部〉1年生の合同読書会で、エオリア王女殿下に本をお贈りしたのは私です」


「えっ……ちょっ……人の! 黒歴史を! 広めないで!」


「す、すみません。も、もちろん、あれがテイレシア様の作品であることは誰にも漏らしておりません。

 それで、その……エオリア王女殿下は今日、続編を読みたい理由をあのように仰っていたのですが……私は殿下の本心は違うのではないかと考えております」


「……本心?」


「殿下は、読書会で『鋼の乙女の英雄譚』をお読みになっていました。

 その時、結末まではとても楽しそうに読んでいらっしゃったのです。

 まるで子どものように目が輝いていました。

 ですが最後、勇者と主人公が別々の道を行く場面を読む時、あの美しい青い瞳が……悲しんでいるように見えました」



 その言葉は最初から最後まですごく主観的だったけど、マナガルム君の真剣な瞳のせいで、妙な説得力があった。



「エオリア王女殿下は、本当は、主人公と勇者が結ばれてほしかったのではないかと思うのです。

 現実はままならないものです。特に王女殿下ともなれば。

 せめて物語の中だけでも、ハッピーエンドで終わってほしい。

 そうお考えになったとしてもおかしくないと思うのです」



 エオリア王女殿下がアトラス王子に本当はどんな感情を抱いていたのか、私には知る由もない。

 もしも彼女が、国の決めた結婚でも想い想われる関係になれるかもと期待していたとしても、現実のアトラス王子はああいう人だったし、ああいう結末を迎えてしまった。


 そして今日、エオリア王女殿下は『結婚はしない』と仰ったけれど、それさえ、国がまた政略結婚を決めれば従わないといけなくなるだろう。



「えっと……要するに、マナガルム君が私にお願いしたいのは……」


「はい。『鋼の乙女の英雄譚』の、主人公と勇者が結ばれる続編を書いていただけませんでしょうか?」

21日は更新をおやすみいたします。

次回22日更新予定。

あと3回ぐらいで終わります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あなたの秘密を知っている。それはそれとしてちょっとこの仕事やってくんない? なんていわれたら性質の悪い脅迫だよね
[一言] 『鋼の乙女の英雄譚』が某俺妹のように複数EDものになってしまうのか、現在の2巻の改定や3巻の執筆で対応するのか、はたまた違うのか、ともあれどのように対処するのか楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ