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数日後の昼。
私はヴィクターと馬車で王宮にむかった。
着ているのはお気に入りのデイドレス。馬車を下り、王宮の玄関ホールへと入っていく。
歩きながら、この間の新聞記事の話をしている。
「なんか……想像だけで物を書くような酷い記者もいるんですね」
「そうね~。『女の闘い』はなかなか笑ったわ」
「良いんですか?
読んだ人がテイレシアのことをすごく誤解するかもしれませんよ?」
「もともとゴシップ多めのタブロイド紙だもの。
誰も信じていないわよ」
記事の中では、私とヒム王国のエオリア王女が、なんとアトラス王子をめぐって熾烈なバトルを繰り広げたことになっていた。
しかも『関係者によると、一時は王立学園全体の空気がギスギスするほど一触即発の状態になったらしい』……とか、『そんな2人が間もなく再会。バトル再開は必至と、王宮周辺は胃を痛めている』……とか。
一体どこの誰に訊いたの?みたいなことを書きたい放題だ。
私は爆笑してしまったのだけど、ヴィクターは結構憤慨しているようだ。
「私はともかく、エオリア王女殿下に“女の闘い”って……イメージなさすぎよね。
殿下、あれからすごく大変だったでしょうけど、お元気だったかしら?」
「ヒム王室では冷遇されていると聞きましたけど、国民には今も人気みたいですよ。
兄が言っていました」
「ああ、ヴィクターのお兄さまはヒム王国と行き来なさっているのよね」
このすぐ後、ヒム王国のエオリア王女殿下と、私たちは久しぶりに顔を合わせることになる。
ヒム王国からの留学生を招いたお茶会が開催されるのだ。
アトラス王子とエオリア王女の結婚が頓挫してから、私たちの国ベネディクト王国とヒム王国の関係は、気まずいものになっていた。
だけどお互い、位置関係的にも経済的にも政治的にも、なくてはならない相手だ。
どうにか関係を改善したい、と、あらゆる分野の人が努力し、試行錯誤してきた。
そんな中、お互いの国への留学を希望する学生が多かったことから、留学生交換に力をいれていこうということになったのだ。
今日のお茶会交流はその一環というわけ。
王族の私は、夫のヴィクターとともに出席する。
そのヴィクターは……なぜか、私の顔を覗き込んできた。
「テイレシアは、エオリア王女に会っても大丈夫ですか?」
「? 平気よ? 婚約破棄のことはもう何とも思っていないし。
むしろ、あの時アトラス殿下のしたことを証言してくださって、エオリア殿下には感謝しているぐらいよ。
だってあのおかげでヴィクターが罪に問われずに済んだんだもの」
「……まぁ、それは俺もありがたかったんですが。
もし一緒にいて、嫌な記憶がよみがえってしまったりしたら……早めに失礼しませんか」
「ああ、そっちを気づかってくれたのね。
それも大丈夫だと思うわ。ありがとう」
私は微笑んだ。
ヴィクターはいつだって私に優しい。
そんな夫と毎日暮らせているのだもの。
たまにはちょっとぐらいがんばらないとバチが当たるわ。
「――――あ」
「ヴィクター、どうかした?」
「いえ……さっきの新聞記事の件です。
何が腹が立つって、あの記事、テイレシアがアトラス王子のことを好きだっていう前提で書かれてるんですよね」
「そうなるかしら?」
「ということは、ですけど」
「!?」ヴィクターが私をグイっと抱き寄せて額にキスをした。
「な、なになに!?」
「夫婦が仲睦まじいところを皆さんに見せれば、誤解もとけるんじゃないでしょうか?」
「ちょっ……ちょっと、ヴィクター! 大真面目な顔して何言ってるの!?」
「あ、額じゃ足りなかったですね」
「待っ……ここ、王きゅ……!」
果たして冗談なのか本気なのか。
謎めいた瞳でヴィクターが私の顎をくいっ……と持ち上げたその時。
私たちをさえぎるように、わざとらしい咳払いの音が聴こえてきた。
(……?)音がした方に目をやる。
(………………)
思いっきり知り合いだった。
漆黒の髪に褐色の肌の美男子が、目のやり場に困るんだが……みたいな顔をしていた。
……見られてしまった。
神様。彼の記憶、ちょっと消せないでしょうか。
「あ、あのー。お、お久しぶり、ガルム君」
「……お久しぶりです、テイレシア様。
息災のご様子、何よりです」
「カサンドラの名代で出席なんでしたっけ。今日はよろしくね」
「よろしくお願い申し上げます。
……それより」
姉そっくりの華やかで大人っぽい美貌に、姉とは正反対の生真面目な表情。
ヴィクターほどではないけれど、かなりの長身に長い手足。黒の礼装。
そんな彼はつかつか近づいてくると、ヴィクターをベリッと私から引き剥がした。
「エルドレッド、貴様わきまえろ。近すぎる。
テイレシア様は本来ならこの国の王妃になられる方だったのだ。
貴様などが気安く触って良い女性ではない」
「ちょっと、ガルム君……」
「あいにく俺は夫なんですが?」
「隣を歩くなど恐れ多い。三歩後ろをつつましく歩け。同じ空気を吸えるだけで神に感謝しろ」
「相変わらず面倒くさいですね…………(こそっ……)テイレシア、この人、この前の王立学園の武術大会で俺に負けたこと、いまだに根に持ってるんですよ」
「だっ! 誰がっ!!」
私は苦笑いした。
彼……フォルクス侯爵家三男マナガルム・フォルクスは、カサンドラの2歳下の弟だ。
クロノス王太子殿下とも幼なじみだし、もちろん私も子供の頃から彼を良く知っているし、小さい頃は一緒に遊びもした。
そういう関係なのだけど、2月の求婚事件以来、マナガルム君はわかりやすくヴィクターに突っかかってきている。
それは私とヴィクターが結婚してからも変わらずだ。
『姉を取られたみたいで悔しいんじゃないかな? 私よりテイレシアに懐いていたし』
『テイレシアのこと崇拝していますよね、マナガルム様』
カサンドラとヴィクターはそんな風に分析していた。
「……ま、まぁまぁガルム君。
今日はエオリア王女殿下もいらっしゃることだし、友好的に行きましょう。ね?」
「そうですよマナガルム様。
エオリア王女に嫌われますよ?」
「エルドレッド。貴様はいちいち……!」
ガルム君がなぜか舌打ちをする。
そして、ビシッ、と人差し指をヴィクターに突きつけた。
「もう一度言っておくぞ、ヴィクター・エルドレッド。
俺は貴様をテイレシア様の夫だと認めてはいないからな!」
え、今さら?
「……まったく……クロノス王太子殿下なら、誰がどう見ても似合いだったものを……」
(ん、何でここで王太子殿下が出てくるのかしら?)
「……マナガルム様? 後ろ、後ろ」
「なんだエルドレッド。後ろ?」
近づいてくる人物を警告する、ヴィクターの声掛け。
マナガルム君が後ろを振り返ろうとしたその瞬間。
ガシッ、と、彼の肩を白く細い手が掴んだ。
「――――クロ……王太子殿下……」
「あちらで少し話しましょうか。ガルム」
銀髪にアイスブルーの瞳のクロノス王太子殿下は、今日も独身女性陣の人気を独り占めしそうな美男子ぶりだったけれど、今は眼鏡の奥の瞳に不穏な光が宿っている。
……なんか怒っている?
王太子殿下の有無を言わさない態度。
マナガルム君はビクッと肩を震わせたのち口を押さえ、まるで何か良くないことをうっかり言ってしまったかのように、うなだれる。
そしてそのまま、完全服従の様子でついていくのだった。
「えっと……どうなさったのかしら?」
「……聞かないであげてください」(主に王太子殿下のために)
ちょっと歯切れの悪い口調でヴィクターはそう言うと、「さぁ! 早く行きましょう」と私の肩を抱き寄せた。
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次回は8月19日午前更新予定。
特別編と、パルシィのコミカライズの方、お読みくださった皆様ありがとうございます。




