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夜が明ければ、ヴィクターの誕生日パーティー当日。
昼はお茶会、夜は晩餐会とダンスパーティー。
平民の招待客も多いので、あまり形式ばらず楽しめるよう工夫した。
お互いの仲のいい友人たちやヴィクターのご家族、大好きな人たちに囲まれて、私たちは1日楽しく過ごした。
ヴィクターは久しぶりに平民の友人たちと会えて、とても嬉しそうに話している。
そんなヴィクターを見る私も嬉しくて、ついはしゃいでしまった。
(喜んでくれていたし、今回の誕生日のお祝いは大成功ね。良かった)
◇ ◇ ◇
────そう、完全に油断していた、ヴィクターの誕生日の翌々日の午後。
王立学園から帰ったヴィクターを迎えた時、私は衝撃的な事実を聞いたのだった。
「……もう読み終わったの!?」
「ええ。
最初は1章ずつ大事に読もうと思っていたんです。
でも本当に面白くて、空き時間に読み始めたら止まらなくなってしまって……。
そのまま1巻も読み返してしまいました」
ソファで私の隣に腰かけているヴィクターは、ちょっと申し訳なさそうに言う。
彼の手元には『鋼の乙女の英雄譚』1巻と2巻。
そっかー……そうよね。
書くのは何か月もかかっても、読むのはすぐなのよね……。
ちょっと複雑な気持ち。
だけど、
(それだけヴィクターが夢中になって読んでくれたってことよね?)
と思えば嬉しくもある。
「本当に面白くて……表紙をめくってから本を閉じるまで、本当に楽しかったです」
「それなら何よりだわ」
「やっぱりキャラがみんな好きで……みんな久しぶりに会えたな、って感じで最高でした。
前巻の第1章で処刑されてしまった魔導士の師匠いるじゃないですか。
彼の若い頃のエピソード……あの覚醒シーンが、しびれるぐらいカッコ良かったです」
「うん、うん」
「それと、死んだと思ってた勇者の親友が生きてて、だけど敵側に回っていて結局勇者自身の手で親友を討たなきゃならなかったところ……切なくて残念でしたけど、彼ららしい終わり方でしたね」
「うん、うん」
「それから……あ、そうそう、主人公の闘い方の変化も良かったです。
敵からやられたことや勇者から学んだことを、しっかりモノにしてるのがすごくアツくて良いなって。
それとですね……」
本当に子どものように目を輝かせて、どこが面白かったか、どこが良かったか、とめどなくヴィクターは語り続ける。
自分で書いた小説に受ける賛辞は、やっぱり何度聞いても恥ずかしい。
だけど、感想を話し続けるヴィクターは、まるで幼い子が親に今日一日あった出来事を一生懸命語るみたいで微笑ましい。可愛い、と思う。
この本は、世界でただ1人ヴィクターのためだけに書いた続編。
だから、特にヴィクターが好きなキャラクターの登場シーンを多めにとり、ヴィクターが好きそうな展開をガンガン入れている。
喜んでもらえたなら狙い通り。
満足した私に、「だからぜひ」と、ヴィクターは続けた。
「────ほかの人にも読んでもらいましょう、ぜひ」
「……はい?」
夫が何を言っているのか一瞬理解できなくて、理解した瞬間私は手を全力で振っていた。
「いやいやいやいや!?
ダメだから!!
ほんと!!」
「ダメですか?
前にも増してとっても面白かったですよ?
新キャラもすごく魅力的でしたし」
「だって……。
これはヴィクターのためだけに書いたものだし……。
ほかの人に読ませるつもりでは書いてないのよ?」
もっと言えば、ヴィクター以外の人の記憶からは『鋼の乙女の英雄譚』の存在は消し去ってしまいたいです。
神様ぜひお願いします。
「確かに、これを俺だけのために書いてくれたのは嬉しいです。
でも、こんなに面白い作品を、俺だけが楽しんで独占してるっていうのは、もったいないです……。
この作品に不幸にして出会えなかった潜在的な読者に申し訳ないっていうか」
「いないから!
潜在的読者とかいないから!」
「でも、1巻はカサンドラ様も読んでいたんですよね?」
「……え、うん。それは、書いてる途中でも完成してからも、彼女は読んでいたけど」
「だったら、カサンドラ様も続きがあるって知ったら絶対読みたがると思いますよ??」
ヴィクターが私の顔を覗き込む。う、近い。
それにしてもカッコいい。私の夫だけど。
端整さと野性味の奇跡のバランス……それでいて日に焼けた肌は綺麗だし、少年らしいあどけなさも残っていたりする、唯一無二の美男子。
真っすぐ私を射抜く瞳に、思わず見とれた。
「カサンドラ様なら確実に秘密は守ってくれるでしょう。
とりあえず1章だけでも読ませてみませんか?」
「……ま、まぁ、カサンドラだったら……って危ない! 流されるところだった!」
かろうじて踏みとどまる。
「残念」とヴィクターは苦笑した。
「もう……ヴィクターったら、何でそんなにほかの人に読ませたいの?」
「だってとっても面白いですよ?
自分が素晴らしく思うものは、とにかくその存在を広く知ってほしい。聖典を布教したい。そしてあわよくば語り合いたい。
それがファンというものでは?」
「聖典じゃないから!! 黒歴史だから!!」
カサンドラは私が書いた小説だから喜んで読んだのであって。
続編も渡したら喜んで読むと思う。
だけど、そのあと絶対ニヤニヤしながら冷やかしてくる。顔が目に浮かびそう。
(うん……それが嫌ってわけじゃ……ないけど……)
次回8月17日午前更新予定。




