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後日談3:貴婦人たちの悪だくみ。前編【テイレシア視点】



   ◇ ◇ ◇



 8月も終わりに差しかかる頃。


 朝からヴィクターが寝室で、私の髪を丁寧にとかし、ひんやり冷たい水で濡らしたタオルで、私のうなじの汗をぬぐってくれた。

 とても冷たくて気持ちいい。すうっと汗が引いていく気がする。



「ありがとう、ヴィクター。かわるわ」

「いいですか、テイレシア。お願いします」



 ベッドのそばに用意されていた、冷えた水と替えのタオル。

 目を閉じた彼の顔や首筋を、濡れたタオルでぬぐう。

 一つ一つのパーツさえ、それだけで彼のものとわかる自信がある。全部いとおしい。

 拭き終わると、ぱちっとヴィクターが目を開いた。

 見慣れているはずなのに、それでもドキッとする。正面から見つめられたときの瞳の破壊力は健在です。好き。



「いよいよですね。クロノス殿下のお誕生日パーティーは」


「そ、そうね。正式に王太子としてのお披露目ね」夫にドギマギしながら私は返事をした。



 今日はクロノス殿下の誕生日。

 この日のパーティーは、カサンドラのお父様のフォルクス侯爵と、クロノス殿下のお義父様のウェーバー侯爵が中心になって進めていた。


 カサンドラも今回は裏方に徹するようで、

『たぶん会えないと思うけどパーティーは楽しんでね!』

という手紙をくれている。



「あ、あのね?

 今日、私から贈り物があるの」


「贈り物??

 嬉しいですけど、どうしたんですか?」



 サイドテーブルの中にそっと隠していた箱を取り出して、ヴィクターに向けて開けて見せる。



「気に入ってくれたらいいのだけど……今日の服に合わせるのに、どうかと思って」



 男性がジャケットの胸に飾る、チェーンブローチだった。

 ゴールドの地金に、紋章、大粒のバイオレット・サファイアと細かな宝石をあしらったもの。

 どうかしら。気に入ってくれるかしら。

 ドキドキして反応を待つ私。

 ヴィクターは目を見開いて、それからこぼれるような笑顔を見せた。



「ありがとうございます!

 ここの細工飾り、うち(エルドレッド家)の紋章ですよね。

 俺のためにデザインまで考えてつくってくれたんですね」


「ええ。職人さんからもいろいろ提案してくれたの」


「ありがとうございます。

 大切にします」



 ほどよく重厚でほどよく華やかなデザインは、きっと使いやすいと思う。

 ヴィクターの好みにも合えばいい。お願いだから、合ってほしい。

 そう祈る私の額に、ヴィクターは口づけた。優しい唇の感触が甘い。



「早速今夜つけて、皆さんに自慢しますね」

「じ、自慢??するほどでも??」

「しますよ。これ、テイレシアの瞳と髪の色に合わせてつくってくれたんですよね?」



 ――――――――……一瞬でバレた。



 そのとおり、自分のダークブロンドの髪に見立てたゴールドの地金と、(すみれ)色の瞳に見立てたバイオレット・サファイア。

 独占欲丸出しの恥ずかしすぎる贈り物をしてしまい、さらにその意図まで夫にあっさり見抜かれてしまった。



「テイレシアだと思って大事にしますね」

「え、ええ……喜んでくれるなら嬉しいわ」



 こんな『この人は私の夫ですー!』とみんなに主張するような贈り物をしたのは、実はわけがあった。



   ◇ ◇ ◇



 それは一か月ほど前。

 とある夜会に出たときのこと。


 その夜、私は、ヴィクターが選んでくれたなかでも特にお気に入りの、グリーンのドレスを着ていた。

 表面を美しいレースがふわりと覆い、裾は巧みに計算された美しいラインを描く。鏡を見るのも楽しみで、ヴィクターのそばで浮き浮きしながら夜会を楽しんでいた。


 ……ある会話を聞いてしまうまでは。



「……なんで婚約破棄された立場の女が、あんな美男子の夫を捕まえるのよ!!」



 少し化粧直しに出たあと会場に戻る途中、聞き覚えのある声がした。



(――――クラリサ?

 こんなところで何を話してるの?)



 廊下の途中で3人の女性が立ち話をしている。


 その一人はやっぱり、母方の従妹(いとこ)のクラリサだ。

 私の1歳下で、私と同じダークブロンドの髪、少しだけ顔が私に似ている。

 亡き母の実家だった公爵家出身で、今は侯爵夫人になっていた。



「だいたい、おかしいですわ。

 アトラス殿下に婚約解消されたその場で求婚されるだなんて……

 ちょっとできすぎたお話じゃございませんの?」


「きっとテイレシア様は、アトラス殿下の御心が離れているのを知って、保険をかけてあの方をたぶらかしたのですわ」



 クラリサに同調する2人の女性。

 いずれも若い既婚者だ。


 クラリサは私の一つ下なのだけど、なぜか子どもの頃から何かにつけて私に張り合ってきた。

 自分のドレスの方が高価だとか、自分の髪型は最新流行なんだとか、そんな些細なことも含めた何から何まで。私から注意しても、周囲の大人にたしなめられても、やめようとしなかった。

 (婚約者)よりも自分の方が美人だと公言して、アトラス殿下に公然とアプローチしていたことさえある。


 ……そんなクラリサだけど、アトラス殿下にふられた(←殿下から聞かされました。聞きたくなかった)あとは、花嫁修業に邁進(まいしん)

 去年16歳で、社交界でも美男子だと人気だった30歳の侯爵と結婚して、学園も辞めた。



(あの時は、あれだけいろんな人に新郎の素敵さを惚気(のろけ)たり自慢したりしてたのに……)



 そんな私の心でも読んだように、話が切り替わる。



「……わたくしの夫ときたら、わたくしの実家よりも家格も財産もぱっとしないくせに、女遊びばかり。

 少しばかり素敵に見えた外見も、エルドレッド氏やクロノス殿下に比べれば、もう見劣りしかないわ。

 どうしてあんな夫を選んでしまったのか……本当に父も母も、見る目がありませんでしたわ」


「わたくしの夫もですわ! あちこちの女に目移りして……!!」


「なんで殿方というものは……!!」



 ……そ、そう、ですか……。

 それは何も言えない。

 そうですか、としか。



(でも私がヴィクターとの結婚報告をしたときは、『平民と結婚するなんて』って散々馬鹿にしてきたのになぁ……クラリサ)



 というか、



『平民の求婚を受けるなんて、それでも王族ですの?

 下賎の血の親戚の影響でも受けたのかしら??』



 ……と、レイナートくん(※国王就任後)のことまで含めて罵倒され、私も内心かなり腹が立った。

 このままじゃヴィクターにも直接酷いことを言われるかもと思ったら正直ゾッとしたので、その時改めて私は、クラリサとは完全に付き合いを断つことを決めたのだ。


 なのに今、なんの話をしているの……??



(まぁでも、よくわからないけど……今、私の悪口を言ってるのなら、それだけヴィクターが素敵でカッコいいってクラリサたちも認めざるをえなかったってことよね……?)



 せめてそこだけ意識して溜飲を下げることにしよう。



(もう関わらない人たちだものね)



 そう思い、離れようとした私の耳に、聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。



「それでも殿方というものは、自分のものになった婦人には関心を徐々に失うものですわ」



(!?)



「そ、そうよ。

 わたくしの夫も、3か月を過ぎる頃にはわたくしに見向きもしなくなったわ。

 男というものはおしなべて、そういうものなのだわ」



(!!?? 3か月は早くない?? 早いわよね??)



「16歳とまだ若いのだし、どうせテイレシア様以外女性を知らないのだから、いくらでも誘惑のしようはありましてよ」



(!!!???)



 ちょっと待って、この人たち……まさかヴィクターを狙ってる??

 不倫しようとしてる??



 ――――たしかに、基本的に貴族の結婚は家のためなので、相思相愛の相手と結婚することができる人はほとんどいない。


 その反動で、

『だったら()()は結婚してから()(妻)()()()相手とすれば良い』

と割りきる貴族が男女ともいるのは知っていた。


 知っていたけど…………まさか、こんな近くに??



 冗談であることを祈るけど、冗談半分で話していたとしても、人の夫に対して酷すぎる。

 一言言ってやろうと、私が姿を現して声をかけようとしたら、


「クロノス殿下がいらっしゃいましたわ!!!」

「え!! 本当!?」


と、3人とも私に気づかないまま、ものすごい勢いで会場に戻っていってしまったのだった。



   ◇ ◇ ◇



 もちろんヴィクターのことは信じているし、私のことを裏切ったりなんて絶対しないと思う。

 なのになぜか、あれから不安がつきまとう。

 あの夜、ガツンと言えなかった後悔かもしれない。



 ヴィクターに贈った宝石は、せめてもの牽制だ。



『この人は、他の誰でもない、私の夫』



 その意思表示。


 それでも彼女たちが直接何か言ってきたら、今夜こそは闘おう、と思う。

 今夜のパーティーにも、彼女たちはやってくるはずだから。




【後編に続く】

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― 新着の感想 ―
[一言] プライドだけは高いおバカ三人娘はしょうもなっと置いといて テレイシア、可愛いなあ⸜(*ˊᗜˋ*)⸝
[良い点] 時間を作ってもう一度一話から一気読みをしようと思います。続き待ってます! [気になる点] すべからく× ことごとく おしなべて あたりが妥当かと思います。
[一言] 読んだばかりなのに、続きが気になります。
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