後日談2:私の親友は意外と凝り性。【カサンドラ視点】
◇ ◇ ◇
「久しぶりに遊びに来たけど、テイレシアはいったい何をつくってくれるの?」
「それが、俺にもずっと秘密なんですよね…。
昨日の夜から台所でこっそり何かつくっていて」
ヴィクターは整った顔を、キッチンのほうに向けて様子をうかがう。
私、カサンドラ・フォルクスは、学園時代の友人3人とともに、新婚のテイレシアの邸を訪問していた。
……のだが、お招きしてくれたテイレシアが、なぜかなかなか出てこない。
私たち4人の来客は、夫のヴィクターに迎えられている。
場所は、クラウン邸の綺麗な庭園を見ながらお茶を楽しむことができるテラス。
平民出身のヴィクターも、すっかり紳士としての所作が身について、屋敷の主人として慣れたように私たちを応対しているけれど……良く考えるとこの子、まだ16歳なんだよなぁ。末恐ろしい。
「飲み物のおかわりはいかがですか?
紅茶はあと8種類、それにハーブティーも各種あります。
ジャムやスパイスを加えても楽しめますよ。
それにホットチョコレートも、最近開発された新製法のものが」
チョコレート、と聞いたとたん、友人たちが目を輝かせる。
南国のカカオの実のペーストに、ミルクと砂糖を入れたこの飲み物が、私の友人たちはみんな大好きだった。ほろ苦さと甘さに、カカオの香りがとろけるように魅惑的なのだ。
それにしても、さすがエルドレッド商会の品ぞろえ。
お店ですか、ここは?
「そういえば、最近外国では固形のチョコレートが開発されたんでしょう?
その製法が入ってくれば新しいチョコレート菓子が大流行するだろうな……。
あ、もしかしてもうカカオの輸入ルートを確保してたりする?」
「今後力を入れるのは確かですね。
いまカサンドラ様が飲んでる珈琲も産地を増やす予定ですよ」
「本当???
仕入れてくれるのなら私、各種木箱単位で買うよ?」
そう私が言うと、侯爵令嬢のヘスティアが「どれだけ飲まれるんですの?」とあきれた目を向けてきた。
南の大陸出身である私の母は、昔からよく珈琲を淹れてくれたので、私にとってはなじみのある飲み物だ。
でも、わが国では昔、『悪魔の飲み物』だとか『身体に良くない』とかいう風評被害が広まったせいで、いまは、なかなか飲めるお店が少ないんだよね。
「それにしてもテイレシア様、何をつくられているのでしょう?
今度、修道院の慈善イベントで出すお菓子の試作品と伺いましたけれど」
と、ヘスティア。
「孤児院の子どもたちのためなんでしょう?」
「気合いがすごいですわね」
そう続けたのは、マイアとエレクトラの双子の伯爵令嬢。
いずれも私たちと同学年。
彼女たちはわりと最近のテイレシアしか知らないから、ちょっとびっくりしてるみたい。
子どものころのテイレシアはね、絵でも小説でも、何か作り出すとめちゃめちゃ凝り症だったんだよ。本人は黒歴史だって言って隠すけど。
「先日ご親戚から、お土産として、南国のドライフルーツやナッツをたくさんいただいたので、それもつかっているようですよ。
あ、出来上がったみたいですね??」
使用人が台所に向かうのに、ヴィクターが気づく。
しばらくしたら、満面の笑みのテイレシアが顔をだした。
「お待たせしてごめんなさい! でも自信作なの!
私はすぐ着替えてくるわね!!」
「いいよ、待ってるから」私は声をかけた。
やがて急いで着替えてきたらしいテイレシアがやってきて、ヴィクターの隣に座る。
間を合わせたように、侍女2人がかりで、何やらワゴンを押してきた。
ワゴンの上に載っていたのは………
「すごい!!
お菓子の家だ!!」
私は思わず声をあげた。
「え、すごすぎないですか?
子どもの頃、夢見たままのお菓子の家です」
ヴィクターがあっけにとられる。
「かわいい!!」
「美味しそうですわ!」
「なんですの、これ??」
ヘスティアたちも立ち上がって近くで見ようとする。
ふんわりとしたフィナンシェを並べて敷いたのを地面に見立て、そこに、主に平たく細長いクッキーを、蜂蜜かキャラメルか何かでつなぎながら立て、三角屋根に煙突付きの家を建てている。
小さなクッキーや色とりどりの飴、ドライフルーツなどで飾られていて、見た目にとてもかわいい。
ドアもある。庭には練ったプラリネでつくられた小さな植木?が並べられている。
ヴィクターは横から家を観察する。
「細かいですね。
窓とかもきれいに描いて……これ、アイシングですか?」
「ええ!」
「童話の本に出てきそうですね」
「でしょう??
絶対子どもたちがよろこぶでしょ??」
お菓子でできた家と魔女が出てくる童話は、もともと平民のものだ。
だけど二十年ほど前に、各地の童話を編纂した子ども向けの本が大ヒットしていて、私たちは、それを読んで育った世代だった。
「小さな子でも取りやすいように小さいパーツを組み合わせて、一気に壊さなくても少しずつ分けて食べられるようにしたの。
好きなところから選んで食べて」
「この黒いクッキーは……チョコレート入りですわね?
では、わたくしはこの屋根をいただけますか?」
「ドアが可愛いから、私はドアが欲しいです!」
「私は地面と植木を!」
侍女たちがお菓子を、それぞれに向けて取り分けていく。
相当手間がかかってるけど、これはなかなか楽しい。
――――と、私はふと、あることに気がついた。
「……ヴィクター。
固形チョコレートもう手にいれてるんだ?」
「あ、ばれました?」
「カサンドラ、気づいた??
ほら、このあたりの細かい模様とか、チョコレートで描いたの!!
美味しいから食べてみて!!」
テイレシアが嬉しそうに指差す。
白いアイシングだけじゃなく、綺麗なチョコレート色でも細かい装飾が描かれている。
これは液体のチョコレートではなく、加熱したら溶けて冷えたら固形になるチョコレートだから描ける。
なるほど。(まだ入ってきていないという意味でだけど)この国の王族や貴族でもまだ食べられないようなお菓子を、平民の子どもたちのために大胆に使ってしまうあたり、実はこの夫婦、似てるんだなぁ。
もっとも、子どもたちは関係なく楽しく食べるだろうし、きっと思い出にも残るだろう。
「――――じゃ、私、ここの模様が入ってるところちょうだい!」
「ああ!ズルいですわ、わたくしも」
「「私たちもチョコレートのところ食べたいです!」」
……などと、楽しい争奪戦を繰り広げながら、私たちは子どもに還ったようにお菓子の家を平らげたのだった。
【後日談2 了】




