◇34◇ 新婚生活でも卒業準備は忙しいのです。
◇ ◇ ◇
私の結婚を国王陛下に報告した数日後、驚いたことにアトラス殿下が王太子から廃嫡され、若いのに辺境の地へ隠遁したと聞かされた。
学園での不祥事、それをエオリア王女に見られてしまったことに加えて、どうやらレグヌムのレイナート君を怒らせてしまったことが大きく影響したみたい。
王宮のなかは大混乱だったけど、正直、
(これからはアトラス殿下に会わずに済むのね、良かった)
と、ちょっとホッとしたのは確かだ。
そしていきなり王太子になってしまったクロノス卿……いいえクロノス殿下は、とても大変そう。
なにせ突然、正式に国王陛下の子であると認知され、王位継承権と次期国王の重責が一気に降ってきたわけだから……しかも王太子教育も今まで受けてきていなかったのだから。
王妃様も王宮を出、名前も聞いたことのないような土地でひっそりと生活を送られることになったそうだ。
今まで担われていた仕事をいろいろな方に分担することになり、王宮はあわただしい。
そしてレグヌムのレイナート君……いえ、レイナート国王のもとには、最終的にはクロノス殿下が複数の重臣方とともに謝罪に向かった。
アトラス殿下には自分がしたことの責任を取らせたこと、また、荷担した人間や王妃様にも処分をしっかりと下したことによって、双方面目が立ったということで、国同士の関係はどうにかなったそうだ。
たぶん、レイナートくんが私とヴィクターに気をつかって、ある程度で手打ちにしてくれたのかな、と思った。
そんなあわただしい日々とともに、私の卒業式と、私たちの結婚披露パーティーも近づいている。
ヴィクターが爵位を授与される前に急いで私たちが結婚したことに、ちまたでは変に勘ぐるゴシップが流れているようだけど、何よりも私は、ヴィクターと無事結婚できたことにホッとしていた。
◇ ◇ ◇
「ううう、まとまらない……」
そして私は、学園の休日、邸の書斎で、卒業式での答辞をどうまとめるかに悩んでいる。
結婚はしたけれど、卒業まで私は学園に通い、勉強する。
成績や単位は問題ないけれど、〈淑女部〉生徒会長としての最後の仕事もしっかりやらなくてはいけない。
ヴィクターはヴィクターで、パーティーの招待者と席を照らし合わせてチェックしていた。
「お茶の時間にしますか?」
「あ……ええ。ありがとう。
頭が悲鳴をあげてるから甘いものをとった方が良さそう」
――――私たちが階下の居間に移動すると、慣れた使用人たちが、紅茶とお茶菓子をそろえて運んできてくれた。
ヴィクターの好みも加わると、お菓子のラインナップもまた変わる。
今日は季節の果物をたっぷり使ったタルト。
香りが良くてほんのり渋みの効いた紅茶ととても合う。
結婚式のあと、私たちは、長年私が生まれ育った公爵邸でふたりの生活を始めている。
この邸は、両親が亡くなってからは私(と使用人のみんな)だけが住んでいたけれど、私にとっては愛着があるので、売り払ったりせずに住んでいたかった。
長年お世話になった使用人たちも、引き続き邸で働いてくれている。
いくつかエルドレッド家の持ち家はあるそうだし、ヴィクターが18歳になったときに与えられる爵位によっては将来引っ越すこともあるかもしれないけれど、できればずっとこの邸は、手放さずにいたい。
「――――できればもう少し増築をしたいんですよね。
書庫と書棚の増築と、衣装部屋をもうひとつかふたつと……油絵用のアトリエもつくりますか?」
「……後ろの2つは、しばらくいいかな??
本棚はもう少し欲しいわね。
書籍関係のお客様も増えるのでしょう?」
ヴィクターは笑ってうなずいた。
結婚してから、ヴィクターが持っていた大量の本も邸にやってきて、我が家はちょっとした図書館なみになっている。
それに、エルドレッド商会の事業のひとつである若手の作家の支援も、ヴィクターが中心になってやっていくことになったので、きっとこれから家に、もっと本が増えることになる。
管理が大変だけど、幸せ。
「ところで新作は進んでるんですか?」
んぐ、と、液体のはずの紅茶を喉に詰まらせかけたのは、ヴィクターの言葉のせいだった。
「……進んでるように見える?」
「まったく?」
「わかってるなら聞かなくていいじゃない」
「ずっと気長に待ってるんですよ?
楽しみにしてるんですから、たまにせっつくぐらいいいじゃないですか」
「…………」
私はジトッとヴィクターをにらんだ。
もう少し、人をひるませるような目力が欲しい。
ヴィクターったら、にらまれてもなんか楽しそうに笑うんですもの。
「明日は卒業式の謝恩パーティーの衣装合わせですからね。
髪型とアクセサリーも合わせますから、答辞は今日中にお願いします。あと」
ヴィクターが大きな手を伸ばし、目にかかっている私の前髪を掬う。
緑の宝石みたいな瞳と、目が合った。
「卒業式は寝不足厳禁ですからね」
「…………っ!」
いまだにドキドキしてしまうのを何とかしたいと思ったり。
寝不足の半分はヴィクターのせいではないかしらと思ったり。
そんなこんなで、卒業までの残り少ない日々は過ぎていく。
◇ ◇ ◇




