◇33◇ まぁもう遅かったんですけど。【ヴィクター視点】
落ち着くために、深く息を吸って、吐いた。
――――なおも、エオリア王女の悪口を言い続ける目の前の王子。
猫をかぶっていた悪女だとか、最初から俺を陥れる気だったんだ、とか……
それなりに情報を握っている自分からすると、あまりにひどすぎて、正直耳に入っても、右から左へと通りすぎていく。
それなりに表面を取り繕える人間だと、ここまで自分の愚かさを露呈する人間ではないと思っていた。
いろいろと自分を支えていた自信が今回崩壊したせいだろうか?
「……でも……あんたの自信は、テイレシア様を不当に傷つけることで成立していたものでしかなかったのに……」
「あ?……何を言っている!?」
「〈黙れ〉」
――――王子にぶつける二つ目の拘束魔法。
「!?……!!」
アトラス王子は自分の声が封じられたことに気づき、喉を押さえ、口をぱくぱくさせた。
足もまだ拘束魔法がかかっているので動けない。静かに立ったまま、もがき続ける。
これ以上この男と話すと、もう何度かぶっとばしてしまいそうだ。
さすがにテイレシア様に迷惑をかけてしまう。
エオリア王女が王子のためにがんばっていたことなんて、教えてやる義理はない。こいつは最後まで知らなくていい。
俺は手元に持っていた、二つ折りの革の証明書入れを開いて、王子に見せた。
中の証明書を見て、王子が目を見開く。
「このとおり。
テイレシア・バシレウス・クラウン公爵令嬢と、この俺ヴィクター・エルドレッドの結婚は、今朝、成立しています」
うそだ、と、王子の口が動いた。
「大司祭の署名入り、正真正銘の結婚証明書です。
これから先ずっと死ぬまで、あの方は俺の妻ですので、ゆめゆめお忘れなきよう」
足が地面から離れないまま、俺につかみかかろうと前のめりになった王子は、バランスを崩してこけた。
再び立とうと、情けなくもがく王子を見下ろした。
テイレシア様であれエオリア王女であれ、どうして一人の女性を愛しきらなかった?
どうして、自分を大切に思ってくれるひとを大切にしなかった?
そんなことを問いかけても、こいつにはきっと届かないんだろう。
「――――それでは、失礼いたします」
俺は立ち上がれないままの王子に一礼する。
テイレシア様に対してしたことで、王子にもそれなりの処罰は与えられるはずだ。
魔法をかけたまま、とりあえず王子は放置する。俺がいなくなって一定時間たてば魔法はとけるから良いだろう。
むしろ国王を待たせる方がまずい。俺は、先ほど教えられた謁見の間の方向に再び向かおうと歩を進めた。その時。
「ヴィクター!!!」
背後から声がかかり、思わずふりむいた。
「テイレシア様?」
上品な紺のドレスを着た彼女が、スカートの裾を持ち上げながら、こちらに早足で向かってきていた。
このドレスも似合っていて良かった、俺の見立てに間違いなし。……と、今はそれはどうでもいい。
「……ごめんなさい。
やっぱり私も国王陛下の報告の場にいなくちゃ、と思って」
彼女はアトラス王子を見て一瞬表情を固くしたが、すぐに顔をあげて俺だけを見る。
「邸で待っててくださってよかったのに」
「だって……」テイレシア様はひそ、と、俺に小声でささやいた。
「――――私がアトラス殿下と会わないよう、気をつかってくれたんでしょう?」
床に這いつくばる王子が、未練がましげな目でテイレシア様を見る。
その視線を不快に感じ、彼女の肩を抱き寄せた。
「私はもう大丈夫。
だから国王陛下への報告、一緒に行きましょう?」
「そうですね。
そうしましょうか」
動けずしゃべれず立ち上がれないアトラス王子は、さっきからただただこちらに顔を向けて、表情だけで威嚇する。
この王子、攻撃と嫌がらせのバリエーションだけはすごいと思う。誉める気も認める気もないが。
俺は深く息をつくと、アトラス王子に一瞥をくれて、言った。
「……王子、婚約破棄したのはそちらなので、恐い顔でこっちにらまないでください」
一瞬笑いそうになって、あわてて、自分の口を手で押さえるテイレシア様。
これまでされたことを考えれば思い切り王子を嘲笑ってやっても良いだろうに、それでも遠慮する彼女がかわいい。
すぐに抱きしめたいのをこらえて、「行きましょう、テイレシア様」と、彼女の手をとった。
――――これから先、彼女が望まない限りは、もうこれで王子との因縁も終わりにする。
これから先の人生は、大切な人のことだけを考えていたい。
まもなく俺の脳裏からも王子は追い出され、俺の腕をとり寄り添うテイレシア様のことだけで、再び満ちた。
◇ ◇ ◇
ここまでお読みいただきありがとうございます。
王子とはこれで決着とし、あと2話ほどで本編まとめられればと思います。
よかったら最後までお付き合いくださると幸いです。




