◇32◇ あんたが言いますか、それを?【ヴィクター視点】
◇ ◇ ◇
(披露パーティーは卒業式のあとにするとして、場所はどうするか。
普通は、新郎新婦どちらかの屋敷に招待するんだろうけれど、ホテルをまるごと借りきるか……。
いっそ、別荘の城か。湖畔で景色がきれいだし、馬も乗れるし施設も充実してる。衣装部屋も十分あるから、何着ドレスを着てもらっても問題ない。
それとも、テイレシア様が海の方が良ければ、船上というのもありかな)
……結婚式翌日の午後。
国王に無事結婚式を終えたことを報告するため、王宮に出向いていたのだが、少なからず浮かれていたことを許してほしい。
荘厳な宮殿の長い廊下を歩きながら、これから先の楽しいことばかりが頭に浮かんできていた。
(卒業式のあとにもダンスパーティーがあるんだったか……。そっちのドレスと宝飾品も用意しないと)
経験のなかったダンスも、最近はそれなりに自信が持てるようになってきた。
彼女と踊るのを想像するだけでわくわくする。
――――――――テイレシア様を正式に妻にできただけで、こんなにも安心感が違うものか。
本当なら、婚約破棄の時点で、アトラス王子には何もテイレシア様に言う権利も求める権利もなくなっているはずだ。
だが、俺と王子では身分も立場も違いすぎる。持っている権力も。
いつまた彼女を奪い返されるか、心配は常に消えなかった。
それに、盲点だった、生徒会長のクロノス・ウェーバー卿。
テイレシア様を騙していたわけではないとわかってくれたから良かったものの……たぶん、クロノス卿が本気を出していれば、正直危うかったと思う。
テイレシア様はまったくクロノス卿の気持ちに気づいておらず、クロノス卿は、テイレシア様の気持ちを尊重してくれた。
最終的に選ばれた俺は、誰よりも彼女を大切にする。
◇ ◇ ◇
ところで、王宮に出かける前、兄に声をかけられた。
『どうやら、ヒム王国は引き上げそうだ。ひそかに本国から帰還命令が下ったのか、王女様の周りがあわただしいぜ』
ひやりとしたが、それでも、無事にテイレシア様との結婚が成立していることに安堵した。
今回の、婚約破棄を結婚にまでつなげてくれた陰の立役者の一人が、兄だ。
エルドレッド商会の貿易関係を取り仕切っているので、各国の動向をいち早く掴むことができた。
『――――ねばっていた王女様の想いも、叶わなかったというわけだ。かわいそうだけどな』
そう、少し同情するような口調で兄は言った。
……ヒム王国は、レグヌムにいるテイレシア様の親戚をかなりの重要人物と見なしており、彼を激怒させた情報をつかむと、とたんに怯んだ様子だったという。
火の粉が降りかかる前に、知らぬ顔でエオリア王女を国に戻させようとし、なんならわざと婚約交渉を決裂させようとしているという噂もあったとか。
そんな中で、エオリア王女は、『それは国として道理に反している、知らぬ顔をすべきではない』という理由で、ヒム本国を相手に粘り、表面上はアトラス王子との交際を続けながら(贈り物も疑われないように受け取り続けながら)、外交での解決を模索させていたのだそうだ。
もし早々にヒム王国がフェイドアウトを決め込んでいたら、王宮は違う動きをしたかもしれない。
本当に、エオリア王女が最大のキーパーソンだったのだ。
……もしヒム王国の国益だけを考えるなら、さっさと安全かつ厚顔無恥な選択をしても良いところだっただろう。
でも、王女はそうしなかった。
兄からの情報を聞く限り、本当はかなり聡明で、国に対して忠誠心の厚い王女。
だが今回は、なぜかテイレシア様を傷つける王子の共犯者となり、さらに、ぎりぎりまで王子の理想の姫君を演じつづけた。
そうした理由は、おそらく……
◇ ◇ ◇
ふと。俺のほうに向かってくる耳障りな足音に、顔をあげる。
「ヴィクター・エルドレッド!!!」
ぎょっとした。
王子が半泣きの顔で、すごい勢いで俺にダッシュしてくる。
「たのむ!!!!
国家の危機だ、危機なんだ!!
俺にテイレシアを、テイレシアを返してくれぇぇぇぇぇ!!!」
まさかとは思ったが…………本当に言ってくるとは。
先に結婚してしまって良かった、と心底思った。
一度破棄した婚約を戻せという理不尽きわまりない要求、普通の人間ならまず口にしないだろう。
でも、この王家は、するのだ。
そしてテイレシア様も、王家がそれをやりかねないと思ったから、レグヌム新国王即位を知って、タッチの差で結婚してしまおう、という判断をしたのだ。
――――それにしても、国家の危機?
テイレシア様の親戚レイナート・バシレウス公には俺も婚約時から手紙を送っており、テイレシア様と俺との結婚も、問題なく祝福していただいている。
その親戚がつい先日レグヌム国の王位についた、という予想外の事態はあっただけだ。
王子の接近を警戒した俺は、
(――――〈止まれ〉)
無詠唱での拘束魔法を使う。
「なっ、ま、また、足が動かない!!」
「その距離からお話をうかがいます。いったい、何が危機なんですか?」
「テイレシアとの婚約破棄によって、レグヌムの王を怒らせ、敵に回してしまった!!
あっちは戦争の天才なんだそうだ!
我が国に戦争をしかけられたらどうする!?
今からでも、婚約をもとに戻して……」
「落ち着いてください。
何事もなかったように戻せるわけないでしょう。
――――というか、いま、かなりの機密情報をさらりとおっしゃってませんでしたか?」
俺は独自の情報網で先につかんでいたけれど。同盟国の首脳交代の情報って、普通はかなり取り扱い注意ではないのか?
「かまうものか!!
まもなく、征魔大王国レグヌムの国王に、テイレシアの親戚の、レイナート・バシレウスが即位する!!
俺とテイレシアの婚約解消が大きな問題になっているんだ!!」
「落ち着いてください。
機密をペラペラしゃべっているのはともかく、テイレシア様のご親戚がお怒りなのは、おもにあなた方のやり口と、テイレシア様への仕打ちの酷さのはずです。
まずは丁寧な説明と謝罪をするべきことではないですか?」
「お、俺は、騙されたんだ!!
エオリア王女に…………」
俺は眉をひそめた。
――――あんたが言いますか、それを?




