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◇31◇ どうしてああなっちゃったんだろう【カサンドラ視点】




   ◇ ◇ ◇




「今日は王宮が騒がしいね。

 何かあったのかな」


「さぁ……それにしても、君は人の部屋で何杯紅茶を飲むんですか?」


「いいじゃない。

 あのアトラス殿下が出し抜かれたことに、本当なら祝杯をあげたいところなんだから」



 テイレシアの結婚式の翌日。

 私、カサンドラは、付き合いの長い友人であるクロノスとともにお茶を飲んでいた。

 場所は王宮の中に与えられているウェーバー家の部屋だ。


 紅茶はクロノスのそばにいる付き人、ではなく、毎回クロノスが手づから淹れてくれる。本当に美味しい。



「カシィは子どもの頃から、アトラス殿下と闘っていましたからね。

 フォルクス家の令嬢が何かやったらしい……と噂を聞くたびに、うちの兄弟はみんな心配してひやひやしていましたよ」


「いつかアトラス殿下のこと、けちょんけちょんにしてやりたくてさ。

 でも返り討ちにあったらテイレシアが泣いちゃって……私が傷つくのが嫌だったみたいで。もう、アトラス殿下に何も言わないで、って言うの。

 昔から優しかったなぁ、あの子は」


「……ほんとうに、優しい人ですよ、彼女は」


 

 バターの効いたクッキーをかじると、ほろほろと崩れて懐かしい味がする。

 昔むかし、お招きされたお茶会でも出されたこのクッキーが、テイレシアも私も、すごく好きだった。

 国王陛下の公妾を一時期務めていた、クロノスのお母様がご自身で焼いたもの。



「……だから、エルドレッドくんのような男と出会えて良かったと思います。

 愛されて大切にされるというだけでなく、彼女自身が愛している人と結婚できたのなら」


「祝福する?」


「もちろん」



 テイレシアがヴィクターを心底愛しているのを知り、幼い頃からの自分の恋心は墓場まで持っていくと決めたクロノスだったけど、まだ、テイレシアのことをふっきれてはいない様子だった。

 それでもヴィクターのことを、彼女にふさわしい男だと認めている。



「それにしても……アトラス殿下はなんでああなっちゃったんだろう。

 テイレシアに酷いことをしてきたし、婚約についても、もっと丁寧に話し合って解決するってことが、どうしてできなかったんだろ。

 単なるバカなの? それとも、とことん自分以外の人間を見下してるの?」


「――――彼を擁護するつもりはまったくありませんが……物心ついたときから王宮の悪いところに染まっていたのだとは思いますよ」



 ため息をついたクロノスが、紅茶をひとくち飲む。



「王家は『(こう)』と『()』を一体化させ、王家の人間のすべてを『公』のように扱いがちです。

 しかしどんな人間であれ、『私』の部分が守られていないと、公私の線引きが曖昧になりやすいのです」


「うんうん」



 王の血を引きながら、王家を外から見てきたクロノス。

 その目に王家がどのように映っているのか、私にも興味があった。



「どんなに清廉潔白な人間でも、『私』が削られると無意識に『自分は不当に損をしている』という思いがつもっていきます。

 一方、公私の境目が曖昧になると、『公』を『私』のために少しぐらい使っても許されるだろうと、頭のなかでもう一人の自分が誘惑します。自分は『公』にこんなに尽くしているのだから、と……。

 ――――気がつけば、自分の私欲と『公』の利益の区別がつかなくなり、すべて叶えられなければならないと思い込んでしまう。

 そうして、際限なく、私利私欲に溺れてしまう。

 晩年に『愚王』と呼ばれた王に特に顕著な傾向ですが、いまの王家の方も、その(やまい)におかされているように、お見受けします」



 私は以前、侯爵の父が言っていた話を思い出した。


 とある官吏がいた。

 その官吏はとにかく仕事熱心で(こころざし)が高く、休日も、給料の半分も返上して、仕事に打ち込んでいたのだという。

 十数年後、官吏は捕らえられた。

 自分の血縁の者と結託して、一族の私腹を肥やしていたことが発覚したのだ。



『もしも彼が、本来自分が受け取るべきものをきちんと受け取っていれば、公私を線引きし続けることができたのではないだろうか?』



 その人物のことを惜しんだ父は、そう言っていた。まぁ、当然、悪事を大目に見ることはできないけど。



「……繰り返しますが、アトラス殿下を擁護するつもりはまったくありませんよ?

 治癒魔法をかける前に、私も一発殴ればよかったと思っています」


「あ、うん。

 私も蹴り入れてやりたかった」



 ふだん暴力などは絶対使わないクロノスでも、やっぱりアトラス殿下には本当に腹が立っていたのだ。



「政治的な都合で勝手に決められた婚約で、一番つらい思いをしてきたのはテイレシアだ。

 本当に……ああ、王子だけじゃなくて、王宮にも本当に腹が立ってきた……」


「ただでさえ政略結婚は心身に相当な負荷をかけるものです。

『国のため』?

『家のため』?

『あなた一人さえ、我慢すればいい』?

 自分の感情を無視され続けることに、大抵の人間は、長期間は耐えられないのですよ」



 そう、そもそもそれが、新聞が政略結婚を批判した理由だった。

 なのに今回、アトラス殿下の乱暴な婚約破棄の口実にされ、テイレシアを傷つけるのに利用されてしまった。悔しい。



「うまくいった政略結婚がまったくなかったわけじゃないけど、個人の資質や、お互いの良心があったからだよね」


「加えて周囲のケアでしょうか。

 会った瞬間に恋に落ちるとか、それなりに夫婦らしい情が芽生えれば、それに越したことはないのですが……そういうご夫妻は、歴史を見ても多数派ではないですからね」



 国王陛下の命令により公妾となったものの、クロノスを産んでから公妾をやめ、二度と国王陛下の(ねや)にあがらなかったお母様。

 妻を一時期国王に奪われてしまったのに、クロノスを我が子同様に可愛がってきたお父様。


 もちろん、それがなければクロノスはこの世に産まれなかったわけだけど。

 ウェーバー夫妻も、『公』たる王宮――――いや『公』を装った国王陛下の私欲の被害者ではある。



「『公』に『私』を混ぜ込まずに保ち続ける心の力は当然誰しも持つべきものです。

 ただ、いまの王宮は、気高い心や優しい心をもった人間ほど心が折られやすく、私欲に走った方が生きやすい場所なのですよね。

 いろいろ考えると、私としては、王宮内に根本的な改革が必要なのではないかと思うのです」


「そうだね……。

 この王宮でテイレシアがもしアトラス殿下の妃になってたらと思ったら、ぞっとしたもの。改革が必要、というのは私も賛成だよ。

 というわけで、クロ。

 ――――王にならない?」



 ごぶっ、と、クロノスが紅茶を吹いて咳き込んだ。



「私、変なこと言った?」


「……自覚がなかったですか?」


「キミが次期国王の座を取りにいくって、ダメかな?」


「さすがに……アトラス殿下に罰はあるでしょうが……それとこれとは」


「そうかなぁ。いまの国王陛下といますぐ替わってもいいぐらいだと思うんだけどなぁ」


「不敬ですよ、カサンドラ」


「――――遠慮していたら、守れないものもあるんじゃない?

 アトラス殿下がそこそこの罰で許されて将来王位につくなんて、キミは許せる?」


「……………それは」



 言葉につまるクロノス。

 困らせてしまったかな。私がそう思いながら、5枚目のクッキーに手を伸ばそうとした時。


 あわただしく、この部屋のドアがノックされた。




「――――クロノス・ウェーバー様!!!

 国王陛下がお呼びです!!!」



   ◇ ◇ ◇

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