◇30◇ 国家の危機だ!!【王子視点】
「エオリア王女!! い、いったい!! どういう、ことなのですか!?」
「この政略結婚のお話は、ヒムの王宮では大変乗り気だったのですが……ひとつだけ、危惧がございました。
アトラス殿下の婚約者、テイレシア・バシレウス・クラウン様の、ご親戚の怒りを買わないかということを」
ため息とともに解禁するように、エオリア王女は、初耳な話を並べ始める。
……いや。
そもそも、エオリア王女は今回の話が当初から俺と彼女の政略結婚として進められてきたことを知っていたのか?
知っていながら、俺と国に騙されている演技を、俺に恋をしている演技をしてみせていたのか??
「ご存じとは思いますが、テイレシア様のご親戚であるレイナート・バシレウス様はレグヌム王族のなかでも最大の領地と財力を持ち、さらに最強の軍を備えた戦争の天才です。
また、南の大帝国とも強いつながりを持っていらっしゃいます。
若さと出生とを理由に、しばらくは不遇の地位を強いられていても、あと10年もすれば、レグヌムのなかでも最重要人物になるであろうと、我が国の重臣たちは予測しておりました」
「そ、そんな話は聞いていない!!」
父が叫ぶが、
「きちんと調べていれば、簡単にわかる情報ばかりでしたわ」
とエオリア王女はさらりとキツいことを言った。
「しかし、此度亡くなったレグヌム国王は……『日陰者ゆえバシレウス家への気遣いなどいらない』、と……」
「国王というのは、必ず代替わりするものですわ。今回、急死されたのは驚きでしたが……」
エオリア王女の言葉が、さっきからグサグサとささる。
「アトラス殿下からは、
『テイレシアはレグヌムの親戚の話はほとんどしない。会ったこともほとんどなく、親戚といっても他人と変わらないほど疎遠だろう』
……と、うかがったので、ならばと、我が国でも今回のお話に踏み切ったのですわ」
そんなことを言った記憶……あった気もする。
そのときは、それが大切なことだとは全く思わなかったのだ。
「……パーティーでの婚約破棄発表と聞いた際、少し不安がありましたわ。
テイレシア様のお心をいたずらに踏みにじってしまい、面子もつぶしてしまうのではないかと。
わたくし、なんとしてもそのときにお止めして、テイレシア様に適切なかたちで婚約解消のお話をしてほしいと申し上げるべきでございました」
あのかたちでの発表は、俺のなかで2つの理由があった。
ひとつは、新聞に報じさせて愚民どもに『エオリア王女との運命の恋』を支持させるため。
……もうひとつは、他の貴族たちがテイレシアに言い寄ってこないように、彼女の価値を落とす必要があったから。
しかし婚約破棄の結果、レグヌムのレイナート・バシレウスから即、強い抗議の書簡が父のもとに届いていたのは聞いている。
「まもなく、テイレシア様の婚約破棄について、バシレウス様が激怒されている、と……ヒムの諜報機関がつかみました。
しまった、と思いましたわ。
慎重に慎重を期すべきであったと。
正式にアトラス殿下と婚約を結ぶ前に、どうにか関係を改善できないかと、この2か月、接触をはかっていたのです……」
「それで……正式な婚約を遅らせていたと!?」
「ですが、ヒムの方にもすでに、同じ書簡が届いたそうですわ。いまからでは、遅いと思われますわね……。
わたくしは国に早急に戻り、今回の件の収拾に当たります。もしレグヌムとの関係がこじれてしまえば、わたくしが責任をとらなければ。
殿下に贈っていただいた宝飾品は、すでに王城に運んできましたので、お返しいたしますわ」
そう言いきって、深く深く、エオリア王女はため息をついた。
「国益のためには、これ以上ない結婚と思っておりましたけれど、このような結果になり、大変残念ですわ。
――――政治的都合だけで、ひとかけらの愛情もなく結ばれた婚約は、神の御意思にかなうものではない。
あの夜、アトラス殿下がおっしゃった、そのとおりだったのでしょうね」
「エオリア王女……。
私を愛していなかったと!?」
微笑みを浮かべたエオリア王女。涙がぼろりとその頬にこぼれた。
「――――失礼いたしますわ」
エオリア王女がきびすをかえし、謁見の間を出ていく。
父の表情がどんどん険しくなり、はぁぁあっ、と乱暴に息をはいた。
「――――責任を、取る者が必要。
そのとおりだ」
「へ、……陛下!?」
「アトラス。
そなたはいまこの時をもって王太子の地位と王位継承権を剥奪する」
「なっ……陛下、まさかそんな!!」
「何がまさかだ!
まだ本格的に公務にもあたっておらぬ若輩者が、ただ結婚をするだけのことで他国との関係にひずみをうむなど!
――――思えば、そなたはずっと、テイレシアに対して何をしても良いとでも言いたげな態度であったな。
その慢心が、何よりも細心の注意と誠意を尽くすべき婚約の解消という事案においても、最悪のかたちで出てしまった。
そんな者に、国王など務まるわけがなかろう!!!」
「………そんな!!!!」
母の方を見る。
目を見開き蒼白な顔で、父を見つめていた。
次の瞬間、堰を切ったように泣き出した。
いや、泣き出すのは早いのではないですか!?
もう少し、息子の王位継承権について闘ってください!?
「王妃もまた謹慎処分とし……今後二度と政務には携われぬようにする。
レグヌム新国王即位ののちに、すぐに謝罪を……こじれ具合によっては私もまた責任をとっての退位となるやもしれぬ。あるいは何年後の退位と定めるか……」
――――王位継承権剥奪、母が政治から離れ、父が退位する?
誰か、これは悪い夢だと言ってくれ!!
「――――クロノス・ウェーバーを呼べ!!
いまこの瞬間から、クロノスが王太子、次期国王だ!!
早急に王太子教育を開始する!!」
父の絶望的な宣告に俺は、自分の未来が完全に閉ざされてしまったことを知った。
◇ ◇ ◇
(いったい、俺の何が間違っていた?)
婚約破棄したことか?
しかし、テイレシアよりも有益な相手との結婚を……というのは、俺だけじゃなく、王宮の中の人間たちが賛同していたことじゃないか。重臣たちだってそうだ。
なぜ俺だけに責任を負わされる?
では、婚約破棄のしかたが悪かった?
どうしたら良かった?
ヒムとの政略結婚の話があがった時点で、テイレシアとの婚約を白紙化し……新聞にどう書かれようが関係なく、普通に政略結婚してみせたら良かったのか?
それとも?
ああ、頭が混乱する。
ふらふらしながら、俺は王宮の廊下を歩いていた。
「――――――――あ」
廊下の遥か先、歩いてくる男の姿が目に入った。
長身のオレンジ頭の、男。
ヴィクター・エルドレッドだ。
それに気づいた瞬間、俺はヴィクターに向かって走り出した。
「ヴィクター・エルドレッド!!!
たのむ!!!!
国家の危機だ、危機なんだ!!
俺にテイレシアを、テイレシアを返してくれぇぇぇぇぇ!!!」
◇ ◇ ◇




