◇29◇ 父上も賛成されたではないですか!!【王子視点】
◇ ◇ ◇
「――――テイレシアに結婚の許可を出した!?」
父である国王陛下からその旨知らされた俺は、ただ呆然とした。
「そなたがしたことを不問にするかわりに、今すぐ結婚したいと申してきた。まだエルドレッドは爵位を得ておらんので貴族と平民の結婚となるが、特例でも、さすがに認めざるを得ぬ」
「し、しかし……」
「エオリア王女に見られたそうだな、大馬鹿者が。
王女からは、婚約については考え直したいと伝えてきたのだぞ? 引き留めるのに、どれだけ骨を折ったか!!」
「そ、それは……誤解なのです!
私はテイレシアに何もしておりません、すべてはあの、ヴィクター・エルドレッドが」
「フォルクス家の令嬢のみならず、クロノスまでが嘘の証言をしているというのか?」
(…………!!!!)
父のなかで俺の評価が地に落ちてしまった。学園の外でテイレシアをさらうべきだったか。
しかし、隙を突くには、やはりあの手しかなかったのだ。
「しばらくは、休学の上、謹慎せよ。
ヒム王国との交渉は引き続きこちらで行う」
「あ、あの、エオリア王女からはなんと……」
「言ったであろう、婚約は考え直したいとのことであった。
そこから引き留めるべく、根をつめて話した。しかし、ならば故国の判断をあおぎたいという。
……おそらくは、温情をかけて猶予を与えているように見せて、婚約交渉をヒムに有利に進めようとしているのであろうな。
かなり強かな姫君だ」
強か……?
あんなにもたおやかで折れそうな、妖精のような少女が?
ぐらんぐらんと頭のなかが混乱する。
俺はいったい、何を間違えてこんなことになってしまったのだ。
いったい……。
「――――――――陛下!!
急ぎの使者が!!!」
俺が考えているというのに、衛兵がやかましい声で焦りながら謁見の間に駆け込んできた。
「やかましいぞ、無礼者!!
下賎の者から、王に話しかけるな!!」
俺は反射的に衛兵を一喝する。
すると、陛下が目を剥いた。
「何を申すか!!
一見して緊急事態とわかるであろうに、そのようなことを申す馬鹿者がどこにおるか!!」
「!?!?」
「使者はどこからだ」
「は、はい!!
征魔大王国レグヌムからです」
レグヌム、といえば、テイレシアの祖母の実家のある国だ。
そこからの使者……いったい、何なんだ?
◇ ◇ ◇
「――――レグヌム国王、王太子、ともに大事故で死亡だと……!?
バ、バカな!?」
謁見の間に通されたのは、長身の軍装の男だった。
現役の剣と魔法の国の住人らしい、いまどき冒険小説の中ぐらいでしか見ない革鎧を着たひげ面の男は、手紙を国王陛下に渡しつつ、淡々とレグヌムで起きた事件を伝えた。
「間違いではございません。
それゆえ、王族の、王位継承権保持者のなかで唯一存命であった我が主、カバルス公爵レイナート・バシレウスが、レグヌム国王に即位いたします」
「嘘だろ……」俺の口から本音がこぼれた。
テイレシアの親戚であるレイナート・バシレウスといえば、国のなかでもどんどん影響力が低下し、日陰者扱いだったと聞いている。
それが、他に王位継承権保持者がいない、などという理由で、国王になるだと……?
「つきましては戴冠後、我が主が改めてお伺いしたいことがあると」
「な、何をだ!?」
「我が主の縁者でいらっしゃる貴国のテイレシア・バシレウス・クラウン公爵令嬢と、アトラス王太子殿下の婚約破棄の理由についてです。
以前のお手紙にもお答えいただいていない。
改めて、どうして婚約を破棄されるに至ったのかの納得のいくご説明をいただきたく」
「!!!」
国王陛下は、わなわなと震えた。
「それでは失礼いたします」
と退出していく使者。
その後ろ姿が見えなくなるや否や、
「この、大馬鹿息子!!!!」
と、陛下は俺を怒鳴りつけた。
「そなたの……そなたの婚約破棄のせいで、レグヌムを敵に回したではないか!!!!」
「し、しかし。
父上……国王陛下も、レグヌムよりもヒム王国との関係を強化したいとおっしゃったのでは……」
「いち王族を敵に回すことまでは想定しておっても、一国の王を敵に回すことなど想定しておらん!!
元々、レグヌム王家とは、距離はあってもそれなりに良き関係ではあったのだ。
それが……かの日陰者めが国王の座についたという一事をもって、テイレシアの価値は恐ろしく跳ねあがってしまった。
この情報を、もうほんの少しでも早くつかんでおれば……!!!!」
そのとき、息を切らして謁見の間にやってきたのは、母である王妃だった。
「こ……婚約破棄を撤回いたしましょう!! テイレシアとの……」
「母上!? それでは、エオリア王女との結婚が……」
「そうだ、下手をしたらレグヌムとヒム、両方を敵に回してしまう」
「では、どうしたら……!!!」
親子三人で混沌きわまりない会話をしていた俺たちは、その場に、さらなる人物が入り込んできたことに、すぐには気づかなかった。
「お取り込み中に、申し訳ないのですが、お声をおかけしてよろしいですか?」
「「「!?」」」
3人そろって振り向いた。
そこにいたのは、今日も妖精のように美しいエオリア王女と、その付き人たちだった。
「我が国ヒムの王より指示がございました。
婚約のお話を即刻停止し、すぐにヒムへ帰国せよと」
「!!!???」
「わたくしたちが一番敵に回したくなかった方を敵に回してしまった、その対処をしなければならなくなりました」
可憐で庇護欲をかきたてる笑顔ではなく、しっかりとした面持ちで腹に力をいれたようにしゃべる。
まるで別人のようだ――――とか、いってる場合じゃない。
「エオリア王女!!
い、いったい!! どういう、ことなのですか!?」




