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◇27◇ これで結婚成立ですね。【ヴィクター視点】




   ◇ ◇ ◇



 ――――ああ、この肖像画の方か?

 お綺麗な方だろう。

 まぁ、公爵令嬢さまだから、うちとのお取引も今後あるかもしれないが、変な期待はもったらいかんぞ。

 我々平民には、絶対に手が届かない姫君だ。



 ――――結婚をやめさせる手はないかって?

 何を馬鹿なことを言っているの?

 王子さまとの結婚なんて、どの女の子も喜ぶに決まってるじゃない!

 王子と、悪ガキのあんたじゃ、雲泥(うんでい)の差よ。諦めなさい。




 ……あまり寝覚めのよくない夢を見て、目を開いた。



 目に入ったのは、エルドレッド家の(やしき)の自分の部屋の、毎朝最初に目に入るいつもの天蓋(てんがい)

 本当はこれまでのすべてが夢で、なにも変わらない1日がまた始まってしまうんじゃないかという気がして、背筋が冷たくなる。



「ん……」



 鼻にかかる声で甘く鳴くのが耳に入り、俺はおそるおそる、目を、右側に送った。

 夢じゃない。

 彼女が、そばで眠っている。

 一晩中愛した、俺の花嫁が。




「テイレシア様……」




 声をかけるも、身じろぎもしない。身体をすっと起こして、俺は彼女の顔をもっとよく覗き込む。

 なめらかな肩がのぞく。すぅすぅとたてる寝息がいとおしい。よく眠っており、目を覚ます気配はまったくない。


 昨夜化粧はぬぐいおとしたけれど、透明感のある素顔は、ずっと見ていたい。

 ベッドの上に散るダークブロンドの髪を一束拾って、くちづけた。


 テイレシア様が最後まで気にしていたドレスは、型崩れしないように椅子にかけてある。



 こん、こん、と遠慮がちにノックの音がした。

 俺は起き上がり、素肌の上にガウンを羽織ってベッドからおりた。


 鍵と扉をあけると、使用人とともに、立会人が立っていた。

「昨夜は、つつがなく?」と事務的に確認する。

 あまり詳しく話す気もなかったので、ただうなずくと、立会人は書類にさらさらとサインをした。



   ◇ ◇ ◇



 ――――――――4年前。

 大人たちに半ば殺されかけたところを、少し年上の、名も知らない可憐な少女に助けられた悪ガキの俺の手に残ったのは、『鋼の乙女の英雄譚』のタイトルが刻まれた、一冊の本だった。


 親に死ぬほど叱られて、しばらく家から出してもらえなくなった俺はその間、『鋼の乙女の英雄譚』を読んでいた。


 単純に娯楽に飢えていたからだけど、読みながら、あの勇気のある女の子の姿を、何度も思い返していた。



 自分も冒険がしたい。

 きっとあの()も、この物語の姫君みたいに英雄になって活躍するのかもしれない。

 魔法をつかえるようになって冒険の旅に出掛けたら、あの()にまた会えるだろうか?


 そんな妄想をしていたところに、

『いや、女騎士なんて実在しないからな?』

と5歳上の兄貴に無粋な一言をぶつけられ、大喧嘩になった。



『現実の貴族の姫君は、こんなふうに逃げだせっこないの。粛々(しゅくしゅく)と政略結婚するしかないから』


『――――こんな高価そうな本を持ってるような良家の娘で、しかもどうやら権力のある家っぽかったんだろ?

 冒険なんか実際にはできるわけがないから、こういう物語を楽しんでたんじゃねぇの?』



 自分なりに兄と一生懸命戦ったのだが、年齢差もあって、結局言い負かされて終わった。



 彼女と偶然“再会”したのは、それからかなりたって、新聞にとある訃報(ふほう)が載ったときだった。



 王の従兄弟にあたる公爵夫妻が亡くなり、ひとり、令嬢がのこされた、という記事。


 その挿し絵の少女が、彼女に似ていると思った。


 確認したいと思った。

 王族の肖像画を見られる場所はないかと何度も親にきくと、『王宮の一角に肖像画がある場所があるから……』ということで、一度だけ、仕事のついでに連れていってくれた。



 王宮にかかっていた肖像画の一枚は、まさしく彼女だった。



   ◇ ◇ ◇



「そこから、学園を見つけ出して、待ち伏せして、カサンドラ様に会って……本当に、いろんなことがあったなぁ」



 何よりも、賭けにでたのは、2か月前、王子の婚約破棄の瞬間だ。



 あの頃は、毎日毎日、いつ婚約が白紙に戻るだろうか、と、あらゆる可能性を考えていた。


 同じ学園の中と言っても〈淑女部〉と〈紳士部〉は空間が厳格に分けられていて、俺は入学から2月まで、テイレシア様と話す機会も得られなかった。


 ただ、遠くからテイレシア様を見ていた。

 友人たち全員が全員『気持ち悪いから気づかれるなよ、絶対?』と言ってくるぐらい、ずっと見ていた。


 それと同じぐらい、アトラス王子の動向も注視していた。

 ヒム王国の王女との婚約を考えているらしいというのも動向を観察するなかで予測した。



 だけど、王子の婚約解消がなければ、こちらはテイレシア様に求婚することはできない。

 いつその時が来ても、大丈夫なように、ずっと俺は覚悟を決めていた。



 そして、やっとそのときが来た。



   ◇ ◇ ◇




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