◇26◇ え、これで結婚成立……では?
◇ ◇ ◇
「結婚式というか、突貫工事!だね」
私がヴィクターのプロポーズを受けた、翌々日――――。
「ご、ごめんなさい。。。
カサンドラも急で大変だったわよね??」
苦笑まじりに笑うカサンドラに、ウエディングドレスの私は手を合わせた。
長身ですらりとしたカサンドラは、大人っぽいドレスもよく似合う。
「急に決めてしまって、ごめんなさい。とにかく早く結婚を成立させてしまわないと、と思って」
「いや、正しいよ。
結婚の成立要件をさっさと満たしてしまえば、誰かさんも妨害を入れようがなくなるからね。
親類を呼んでの披露パーティーはまた、ゆっくりやろうよ」
我が国の貴族の結婚の成立要件は、
1、国王陛下のお許し
2、家長同士の合意
3、神前での誓い
4、結婚証明書発行
5、立会人による確認
の5点。
アトラス殿下に襲われた翌日、私は、やや強引に国王陛下に謁見のお時間をいただき、(襲われたことを不問にするかわりに)お許しをいただいた。
それから、無理を言って、結婚式だけ先にあげさせてもらうことになったのだ。
披露パーティーはまた後日。
私はごく質素なものでも良いのだけど、主にヴィクターの家のほうの関係者が多くて、ちょっと、いえ、かなり盛大にやることになりそう。
「それにしても、綺麗だね……。
急ぎで用意したにしては、ドレスもよく似合ってるし、宝石もかなり良いものばかり。
髪も素敵だし、美容師も、かなり腕の良い人がきてくれたんじゃない?」
「うん。
……エルドレッド商会の財力がちょっと恐くなってきたわ」
「披露パーティーのときにはどうなるんだろうね」
クスクスと、カサンドラが笑っていると、こんこん、と、控え室のドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ?」
声に応じて入ってきたのは、クロノス卿だ。
恐ろしく綺麗な顔をクールに整えて、私にこくりと会釈した。
今日は眼鏡を外し、髪型もよりフォーマルだ。美貌の破壊力が相変わらずすごい。
「ご挨拶にと思いまして……。
本当に、お綺麗ですね」
「え!?
あ、ありがとうございます??
そうだわクロノス卿、ヴィクターの件証言してくださってありがとうございます。おかげで罪に問われずに済んで、すぐ結婚許可もおりました」
「いえ、とんでもない。
――――明日の朝までどうにかアトラス殿下には隠しとおしておきたいところですね」
(え、明日の朝?
今日を乗りきれば全部終わるんじゃないかしら?)
と、疑問に思った私に、「それよりも、」クロノス卿は深々と頭を下げた。
「私の浅慮でエルドレッドくんにあらぬ疑いをかけてしまったのは、本当に申し訳ないことでした。
彼にはすでに謝罪いたしましたが……あらためて、心より、お詫び申し上げます」
「あ、いえ、それは」
確かに、いろいろと怪しく見えることをしてきたのは確かでした。もちろん悪いことはしていないけれど。
ちょっと迷って、私はクロノス卿に、にこりと微笑む。
「大丈夫です。
ちょっとぐらいデマが流れたって、私はヴィクターのことを、信じていますから」
「……幸せですか?」
「はい、とっても――――」
そんな会話をしていたら、もう移動する時間になってしまった。
ドレスの裾をただしながら、私は転ばないようにそろそろと慎重に、椅子から立ち上がった。
◇ ◇ ◇
「病める時も健やかなる時も、富めるときも貧しき時も、ここにいるヴィクター・エルドレッドを夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「………………あ、はい! 誓います!」
しまった。
神様に誓いをたてる場で一瞬、完全に隣の新郎に見とれてしまっていたわ……。
神様、ヴィクターをこの世に産み出されるとき、造形にこだわりすぎたのではないですか?
かなりの長身で体格もいいのに礼服がこの上なく似合うって何ですか? 神像さえしのぐほど輝いて見えるんですが?
私がウエディングドレスに鼻血を噴いてしまったら責任取ってくださるんですか??
そんな罰当たりなことを考えていたら、顔になにか出てしまったのか、ふふっとヴィクターがごく軽く笑った。
出席している彼の友人たちは、ヴィクターが何かやらかさないかと保護者みたいにハラハラした顔で見ているけど、ごめんなさいね。完璧にそつなくこなしてる、こっちが彼の素なのよ。どちらかというと私のほうが何かやらかしそうな気がするわ。
だんだん私の緊張もとけて、式の進行を粛々と終えていく。
あとは……最後の難関が待っている。
「――――――――では、誓いのくちづけを」
言われ、私は、ただ目をつぶる。
みんなに見られてしまう……というのは断固考えないことにした。
あとはまかせました、旦那さま。
ヴィクターの大きな手が私の顔に触れた感触がした。
少し顎を持ち上げるようにされ、なめらかな唇が、ぴったりと重ねられた。
(うわぁぁぁぁ……)
はじめてじゃない、けれど、まだ慣れない。
いまさらだけど、結婚式って、なぜみんなが見ている前でキスをするのだろう……恥ずかしい……でもこれが必要なんだから、がんばれ私……。
……というか、ヴィクターさーん?
ちょっと今日のキス、長くないですか??
私が何度か心のなかで抗議をしていると、やっと、ヴィクターが唇を離してくれた。
羞恥心で全身が熱い。
「では、ここに、お二人の結婚証明書を作成いたしました」
司祭さまがにこやかに書面を見せながら言う。
そう、これを受け取ったら結婚成立だわ。
私がそれに手を伸ばそうとしたとき、司祭さまはパタリと、分厚いバインダーのようなもので証明書を挟んでしまった。
「それでは、こちらは明日の朝のお渡しに」
明日の朝?
どういうこと?
「本当に、ありがとうございました」
ヴィクターは最高の笑みで、深々と司祭さまに頭を下げる。
これで結婚式、自体は終わりよね?
明日の朝って、どういうこと?
◇ ◇ ◇
「おつかれさまー!!
テイレシア!!
式はまず、いったん終わりだね!」
「え、ええ……」
駆け寄ってきたカサンドラに、私は応じる。
「結婚証明書は明日の朝か。
えーと、とりあえずがんばって?なのかな?」
待って。
これで結婚成立、ではなかったの?立会人は式に出席していたわよ?
「……ねぇ、カサンドラ。
いまあなた、何をがんばれって言ってる?」
「え、だって――――結婚の要件の最後のひとつ、つつがなく初夜を終えたことを立会人が確認して、結婚が成立するじゃないか」
「………………え?」
「過去、ちゃんと初夜を終えられていなかったからって理由で婚姻無効にされたケースもあるから、大切だよー?
がんばっておいで」
一瞬凍りついてから、
(なんですってえええええええっ!!!)
と、脳内で思い切り叫んでしまったのだった。
◇ ◇ ◇
「――――――――え、じゃあ式が終わるまで、ぜんっぜん意識してなかったんですか?
ひとかけらも??」
ベッドの上で大笑いするヴィクターを「笑わないでよっ!」と私はにらむ。
信じられないぐらい、まだ日の高い時間。
私たちはそれぞれ結婚衣装のままで、ヴィクターの邸のベッドルームにいた。
天蓋つきの、私の家のベッドよりも一回り以上大きなベッドにふたり、座っているのだ。
……それにしても、純白のウエディングドレスで殿方の部屋のベッドの上にいると、背徳感がものすごい。
「で、これからで大丈夫ですか?
夜まで待っても良かったんですよ?」
「よ……夜まで、その……無理」
夜まで心臓がもたない、と言いたかったのだけど、あれ、なんだかこの言い方だと私、すごく初夜が待ちきれなかったみたいじゃない!?と、ひとり混乱する。
式のなかで緊張はとけたはずなのに、ああもう、また緊張で口から心臓が出そう。
「……で、でも、このドレスを汚してしまうとダメよね。
どうしましょう、わたし、先に、着替えて」
おたおたしながらベッドの上から降りようとした私は、後ろからギュッ、とヴィクターに捕まえられた。
耳元で、一言。
「着替えないでください」
低温の振動が、耳の奥にゾワッと響く。
「俺の花嫁と、実感しながら愛したいんです」
「…………」
こういう素を見せられると、ドキドキして抵抗できなくなる。
だんだん私もヴィクターに毒されてきたのかもしれない。
「……仰せのままに、旦那さま」
――――明日の朝、誰か着替えを用意してくれたりするかしら?
頭の隅でふわっとそんなことを思って、私はヴィクターのキスを受け入れた。
◇ ◇ ◇




