◇25◇ 人生には決断が必要です。
そこまで話を聞いたところで、私は半分、もしヴィクターが私の婚約破棄を狙ってヒム王国を動かしていても許せるな、と思ってしまった。
(……いや、それでは、だめね)
ちゃんと事実を知らないと、何かあったときに私はヴィクターを守れない。
そう思い直して、確認することにした。
「エルドレッド商会は、ヒム王国とつながりはあるの?」
「あ、ああ――――その、はい。ほかの国とも、あります」
少し、ばつが悪そうな声になるヴィクターに、一瞬、心臓が冷える。
「……うちの商会は前から、各国またいで取引をしているなかで、そこで得た情報を王家から聞かれることもありました。各国の王族の婚活状況の情報も同様に、王妃様から聞かれるだけ伝えてもらっていました。
ヒム王国はその中でも、強く政略結婚を望んで、積極的に働きかけてきたので、印象に残ったんだと思います」
「あ、なるほど……」
婚約破棄の一因になった、とは言えなくもない。
とはいえ、結局私が婚約破棄されるかどうかはヴィクターに決定権があるわけじゃなく、あくまで一因になったにすぎない。
だから、アトラス殿下がヴィクターにかけた疑いは、やっぱり的はずれだ。
確かにヴィクターは、よからぬ企みをして、私との結婚にこぎつけた、といえる。
でもそれは、私との結婚それ自体を望んでくれてのものだ。私はそれを邪なものとは思わない。
今後王宮から何か余計なことを言ってきたときは、私がヴィクターを守らないと。
「わかったわ。問題ない。
明日からのことを考えましょう。
明日、授業が終わったら正式に国王陛下に結婚の許可をいただくわ。そのあと結婚発表してしまいましょう。
カサンドラの持っている新聞社なら協力してくれるはずよ」
「……卒業を待たず、今すぐ結婚というわけには?」
「――――ええと……それはさすがに?」
「ダメですか?
結婚披露のパーティーは、ご親戚も呼んで盛大にするとしても、結婚の手続きだけでも、できるだけ早くできませんか」
ぎゅ、と、ヴィクターが私を抱き締める腕に力が入る。
「うーん……それは、今のままじゃ、私の身が危ないって言いたい?」
「正直、そうです。
エオリア王女が証言してくださるとはいえ、アトラス王子にすぐ処分が下るのか、わからないですし。
……俺としては、明日学園にテイレシア様が登校することすら、正直恐いんです」
ヴィクターの言いたいこともわかる。
今回のアトラス殿下の犯行は、私を結婚させないためだから、正式に私とヴィクターの結婚が成立してしまえば手を出せなくなる、ということだ。
それに、私が未婚でいるうちは、国王陛下が私の後見人だ。
たぶんアトラス殿下とまったく同じ考えを持つ方ではないけれど、それでもアトラス殿下の父親だもの。何かあったときに、殿下の肩を持つ可能性はある。
(でも、学園を卒業する前に結婚……結婚してからも卒業まで通わせてもらえるのかしら??)
ヴィクターの腕のなかで、首をひねっていたら、馬車は私の邸についた。
「まぁいいわ。ヴィクター、食事をしながら話しましょう」
「大丈夫ですか、テイレシア様?」
「大変なときこそ食べないと、踏ん張れないからダメなんですって」
親戚のレイナートくんの教えだ。
今日はいろいろあったし、精神的ダメージもかなりあった。
いまはヴィクターがいてくれるから大丈夫でも、あとからくることもある。
だからこそ今日の私は、美味しいものを食べるべきだ。
レイナートくん、誕生日プレゼントは届いたかな。今年も誕生日は戦場で迎えると言っていたけど、今日もまだ戦場なのかしら。
「ヴィクターのぶんも用意しているはずよ。食べていくわよね?」
「そうですね。せっかくですから、いただいていきます」
好青年な姿は彼自身、演じていたというけれど、腹が据わっているのは変わらないみたい。
笑顔になってくれると、ホッとする。
馬車を降りた私たちは邸の中にはいる。
と――――父の生前から仕えてくれている執事が、息を切らして私たちを迎えた。
「どうしたの?」
「いえ、レグヌムのバシレウス家より、ついさきほど、早馬の使者が……」
そう言って私に、手紙を渡す。
「レイナートくんから?
珍しいわね、何かしら?」
まさか、戦死なんてことは……と、ぞわりと背筋の冷たい思いをしながら、受け取った手紙を開く。
良かった、間違いなく彼の筆跡。
でも書かれていることは――――
「…………うそでしょう」
しばし、私は呆然としてしまった。
「どうなさったんですか、テイレシア様」
「いえ、その」
なぜこんな大ニュースがこの国で一番最初に私のところにやってくるの?
もちろん、その理由はわかっていたし、ここで真っ先に私に知らせてくれたのはレイナートくんの心遣いだとも思ったけれど、最新情報を一人握ってしまったプレッシャーは、大きい。
「…………ヴィクター。さっきの話」
「テイレシア様?」
「…………可及的速やかに、結婚の要件を満たして、結婚証明書を確保しましょう?」
ヴィクターには国王陛下より先にこの情報を教えることはできない。
でも、得た情報をつかって、真っ先に自分のために立ち回ることぐらいは許されるはずだわ。
「手紙の中身は教えられない。
でも、何があっても、私、あなたと結婚したいから、いま決めたの。
だから……」
ぎゅーっ、と、ヴィクターは、私を正面から抱きしめる。
顔が見えないけど、このハグは全身で嬉しいときだわ。
なんだかもう、彼の感情が身体でわかるようになってしまった。
「でも順番……。
求婚を先にさせてください?」
「あ、ごめん、ちょっと焦ってしまって」
執事と使用人のみんなは、気を利かせて?すすっ、と下がった。
家の玄関ホールで求婚されるなんてちょっとおもしろいわね。
まぁ、正式にはあのアトラス殿下の誕生日パーティーの夜にもう求婚してくれているのだけど。
ヴィクターは、すっとひざまずいて、私の手を取った。
「――――――――結婚してください」
「喜んで!!」
ごくごくあっけないそのやりとりのあと、私たち2人は、抱き締めあいながら、思いっきり笑ってしまった。
◇ ◇ ◇




