◇24◇ 黒歴史を運命と言われると恥ずかしい。
◇ ◇ ◇
「……大丈夫?
ヴィクター」
私は馬車のなかで、相当落ち込んでいるヴィクターに話しかけた。
落ち込んでいるといっても、傍目には一瞬そうは見えないかもしれない。何せ、私を膝にのせて後ろから捕まえた姿勢でうなだれているので。
後ろに手を伸ばして、ヴィクターの髪に触れる。
さわり心地がいいこの髪、安心する。
――――――――先ほどの一連の事件のあと、私は怪我の手当てをされ、そしてエオリア王女にいろいろと話を聞かれた。
すべてありのまま伝えると、王女様にはショックなのでは?
そう、勝手に気をまわした私だったけど、話しているとエオリア王女の言葉は、口調は柔らかいのに内容に隙がなく、あるがままを答えることを求めてきた。
結果的に私は、アトラス殿下のしたことを包み隠さず、お伝えすることになった。
(ショック……なのでは?)
それも、王女らしい微笑みを崩さないので、正直測りかねた。
私の印象だけで言えば、意外と冷静な様子で私の話を受け止めて、最後に手を握って、
『正直にお話しくださって、本当にありがとうございました』と、おっしゃった。
今まで彼女のことを、妖精みたいに華奢で純粋無垢な、硝子細工のようなお姫様だと、思い込んでいた。
実際にそういう、絵本に出てきそうなお姫様のようにふるまってもいたから。
しっかり話してみると、年下とは思えないほどしっかりしていて、頭の良い方だった。
『そうだったのですね、やはり。
……わたくしからも陛下にお伝えしますわ』
そうおっしゃって、深々と私に頭を下げた。
そのお顔は、どこか腹を決めたように見えた。
――――それからは、あっという間に夜がきて。
何事もなかったかのように、私の邸からの迎えの馬車が来て、2人で乗った。
落ち込んでいるヴィクターは、深く息をついた。
「おひとりで行かせてしまって、危ない目に遭わせてしまって、申し訳ありませんでした」
「ヴィクターのせいじゃないわ。
学園側の管理責任……といっても、首謀者が王子じゃ、学園側もどうにもできなかったかしら……。
私も隙があった、とは思うけれど、それでも一番悪いのはアトラス殿下だわ」
それにしても、なぜかエオリア王女がこちらについてくださって、本当に助かった。
もし、彼女がアトラス殿下の言うことを全面的に信じてしまっていたら、ヴィクターはかなり重い罪に問われてしまったのではないだろうか。
「――――言ってなかったわね。
ヴィクター。好きよ。愛してる」
抱き締めたその手をとり、私はくちづけた。
「……テイレシア様っ」
「私もひとつね、思い出したの。
あなたと昔、いつ会ったのか。
……4年前よね?
町のなかで、大人に暴力をふるわれてた」
こらえかねたように、ヴィクターは私の顔を自分の側に向けてキスをした。
なぜかすごく背徳的なことをしている気になって、心臓が高鳴る。
唇が離れる瞬間が名残惜しくて、でもそのあと無性に恥ずかしくてたまらなくなった。
ヴィクターの手が、私の髪を優しく撫でる。
「――――あのとき、親との関係が良くなくて。
10歳を過ぎた頃から家出をしては、同じ歳ぐらいの家のないこどもと、よくつるんでいました」
「私はあの日、外に出るのにカサンドラについてきてもらったの。
『鋼の乙女の英雄譚』の最後の一冊を、捨てるために……」
そうして、大通りのど真ん中で暴力を振るわれているこどもたちを見つけた。
……それは、あとから聞けば理由がまったくない暴力ではなかった。
誰からも保護されず食べ物を与えられないこどもたちは、生きるための悪事をはたらいた。大人たちはそれに食いぶちを奪われていたのだ。
(それにしたって、大人がこどもに暴力を振るうのは肯定できないけれど……)
ヴィクターは一緒にいて、そのまま巻き込まれたのだろう。
その中に、私は夢中で割って入った。
「あの時、テイレシア様がきてくださらなかったら、俺も含めて何人か殺されていたかもしれません」
「私が役に立った、というより、カサンドラのおかげだった気も……」
何せ私はといえば、本を楯に大人たちを止めようとして殴られてそのまま気絶しかけたのだ。
カサンドラが、『その娘、王族令嬢だぞ!!』と叫んで周りの大人たちが青くなって、ようやく、話を聞いてくれた……。
うん、思い出してもカッコ悪い。
ただの黒歴史だわ。
「そのとき、あなたとカサンドラ様が警察を呼んで両方の言い分を聞いて、辛抱強く交渉をしてくださいました。
結局、俺以外のこどもは施設に入って学校に通うことが決まって、俺は家に返されて……。
手元には、あなたの忘れ物だけが残りました」
「そうね、今の今まで、捨てたつもりになっていたわ」
あの時私は、『鋼の乙女の英雄譚』を捨てたのじゃなく、忘れてきてしまったのだ。
それをヴィクターが拾って、ずっと読んでくれていた、とは。
「そのときから俺はずっと、あなたと結婚したかった」
「……早くない!?」
「そうですか?」
「それに……私、結局何の役にも立っ……」
キスで口がふさがれる。
心臓がもたないから、あんまり不意打ちしないでほしい。
「……あなたとの出会いは、それこそ、俺にとって物語が始まったみたいでした」
「物語?」
「ええ。自分がもう絶体絶命だと思っていたときに、天使みたいな女の子が助けてくれて。なのに名前も聞けず、ただ、忘れていったのが一冊の物語。これは運命なのかな、って、浮かれても許されますよね?」
4年前のヴィクターは、12歳。まぁ、こどもだから、そう一途に思うこともあるのかも……。
黒歴史を運命と言われると、こちらは正直恥ずかしいのだけど。。。
「ねぇ。
まだ、私に言っていないこと、話してくれる?」
「はい」
――――――――そうしてヴィクターは語りだした。
いかにして私の素性を調べあげ、学園に通っていることをつきとめたか。
そうして、私の様子をうかがうなかで、カサンドラとどのように再会して、彼女の協力を得たか。
官吏の将来を捨て、一か八か貴族になれる戦功をあげるために、魔法を多数習得して危険な土地に行ったこと……。
話を聞いていて私は思わず、「あなた、捨て身すぎない?」と、突っ込んでしまったほどだ。




