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◇23◇ ただで済むと思うなよ!?【王子視点】



(お、俺は王子だぞ!?

 頭のおかしい奴なんて、相手にしていられるか!?)



と混乱する感情と、



(調子にのるな、この山猿が!!!)



という怒りとで、頭がぐちゃぐちゃになる。

 どうするか答えがでないまま俺は立ち上がった。




 俺が立つと、ヴィクター・エルドレッドは、すっと構えた。

 ボクシングの構えとは少し違う。

 腕の構える位置がやや高く、身体が大きいのもあってかなり威圧感を覚えた。


 殴られた衝撃が足に来ていて、まだ足元がふらつく。



(さっきのストレートを食らうと危ない……。

 距離をとって、ボクシングで闘うふりをしながら、攻撃魔法だ。無詠唱、かつ魔法名も口にせずに、俺がつかえる魔法は……防御魔法と、あと……)



「いきますよ」

「!?」



 上から撃ち下ろすようなパンチの連打が、俺を襲った。


 両腕でガードしながら、防御魔法を発動させる。



(高低差、高低差が!)



 軌道が上からだと、巨大な投石のように、俺の腕のガードを越える。

 防御魔法もあってないようなものだ。

 腕越しに受ける衝撃と痛み。

 そして俺の顔、つまり王子の顔にも容赦なく拳を当ててきて、じりじりと俺は壁のほうに押されていく。


 殴られる、痛い、息をつく暇もない。

 反撃しようとする隙も余裕もない。



 俺は腰を落とし、ようやくヴィクターのみぞおちにフックを叩き込んだ。



(!?)



 まるで大理石の神像でも殴ったような感触。

 みっちりと鍛え上げられたヴィクターの筋肉が、俺の拳にびくともしない。

 というか、俺の拳の方が、痛い!!



「……〈(フランマ)〉!!」



 ほとんど恐怖から、殺してしまうかもしれない可能性さえ頭から飛んでしまった俺は、みぞおちに触れた拳の先で炎魔法を発動させてしまった。



(!!!)


 しまった、と思った。

 しかし拳の先にできた魔法陣は、ヴィクターがなにごとか唱えると一瞬でかききえた。


 ――――魔法を、無効化された!?



(ばかな。高位貴族が独占してるはずの中級魔法だぞ!! 知っていなければ、無効化魔法などつかえないはず!!)



 疑問に思った、そして気づいたときには、相手にがっちりと首を抱え込まれていた。



 逃げられない。

 びくともしない。

 何が起きる?と思った次の瞬間。



「ぅげげぼぁッッ!!!」



胃を下からえぐられる衝撃に、口から内臓が飛び出したかと思った。


 膝だ。

 ヴィクターが、膝を、こちらのみぞおちに突き込んでくる。


 再び膝が、俺の胃を突き上げる。

 まるで水車小屋に備え付けられた、容赦なく小麦をつき砕く(きね)のように。

 何度も、何度も。



「も、やめ、はなして、くれ……!」



 言いたくもない謝罪の言葉が、口をついて出てきた。

 ヴィクターが俺を離して、床に放りなげた。

 俺は床に転がり、顔と胃に何度も食らった衝撃の残像に耐える。

 痛い。痛い。理不尽なほど、痛い。



「……テイレシア!!

 ヴィクター!!」



 駆け込んできたのは、フォルクス家の令嬢カサンドラと、見慣れない男子学生が数人だった。

 みぞおちの痛みで声がでない俺は、一生懸命口をぱくぱくさせた。

 ……おまえら、止めろ。そこの山猿を……。



「テイレシア、殴られたの!?

 手も、うわぁ跡が酷い!!

 縛るなんて!!」



 おいカサンドラ。

 もっと酷い目に遭ってる王子が床にいるんだが!!

 気づけ!!

 見ろ!!

 助けろ!!

 というか、砕けた壁にはコメントなしか!!



「うわ本当だ、痛そうですね、テイレシア様!!」

「俺、布を冷たい水で濡らしたやつ持ってきます!!」

「あと、俺、椅子をとってきます!」



 そこの男子学生ども!!

 おまえらも無視か!!


 殴られたせいばかりではなく、頭がくらくらしてきた。

 なんでこんなに馬鹿ばかりなんだ。


 おまえたち?

 俺が何者か、忘れたのか?

 王子である俺の居室の壁が砕かれ、俺本人にもこんなにひどい被害が起きてるんだぞ?


 膝げりで一瞬忘れてしまったが、ヴィクターに顔面も相当殴られ、痛いどころじゃない。

 俺のこの美しい顔も、かなり酷いことになっているはずだ。



 まずは王子である俺に駆け寄って、

『大丈夫ですか!?』

と気づかう一言だろう?




「――――女子寮立ち入り、許可を取ってきました!!

 ……で、これは……?」



 遅れて走ってきたクロノスが、ようやく気がついてくれたようだ。


 崩れた壁をまたいで部屋のなかに入り、うずくまる俺のもとに、ひざまずく。



「殿下、これはいったい?」



 最初に俺を助け起こそうとしたのがよりによってクロノスだというのは気にくわないが、ようやく俺も胃の痛みが落ち着いてきた。


 まだまだ気持ち悪いが、起き上がれそうだ……。

 不本意ながらクロノスの手につかまり、どうにか立つ。



「おい、おまえ、たち。

 こんなことをして、ただで済むと、思ってないだろうな?」



 自分の口から出た言葉が、なんとも三文小説の小悪党っぽく、自分で嫌気がさす。

 本当なら王子としてカッコよくふるまい、最初から暴漢は退治していたはずなのに。

 このヴィクター・エルドレッドさえいなければ、テイレシアにこんなことしなくても良かったのに。



「おまえたち、何とか言ったらどうだ!?

 王子である俺を襲った重罪、裁判次第では死刑にも該当するからな!! 

 わかっているのか!?」



 がなりたてたのは、誰一人俺に平伏するようすがなかったからだ。

 「ヴィクター、謝んなくていいぞ?」とか後ろで小声で言ってる男、おまえ、顔覚えたぞ。



「どうにか言ったらどうなんだ!!

 どうにか………」


「まぁ!!

 いったいどうなさいましたの、これは!?」



 俺は心臓が止まるかと思った。



 いるはずのない人間の声が、こんなに恐ろしく聞こえるとは。

 落ち着け。隣の部屋の、エオリア王女だ。

 予定より早く戻ってきただけじゃないか。


 部屋の惨状を目にし、両手で口をおおうエオリア王女。俺は背筋を伸ばし、咳払いをする。



「お騒がせして大変申し訳ないことです、エオリア王女。

 このとおり、私を狙って暴漢が――――」


「テイレシア様!!

 どうなさいましたの、このお怪我!!」



 何故か、エオリア王女は俺ではなく、自分のすぐ近くにいたテイレシアに真っ先に声をかけた。

 ……そうだった。

 俺がさっき、テイレシアを殴った。

 その傷は、はっきり残っていたのだ。



「お顔に、なんて怪我を……それに手に酷い縄のあと。

 何者かに殴られ、縛られたのですか?? おかわいそう!!

 わたくし付きの医師をすぐ呼びますわ。

 アン、急いで呼んできてくださる?」



 エオリア王女にいつもついている侍女がうなずき、どこかへ走っていった。



「まっ、待ってください、エオリア王女。

 私も怪我を――――」


「え、アトラス殿下も、お怪我を?

 大変! どこを怪我されたのですか??」


「どこって………」



 そんなの一目瞭然だろうに、と、言いかけて、俺は気づいた。

 顔も胃も、痛みがなくなっている。

 ――――怪我が、治っている。


 治された?

 いままででいったい、誰が。



(クロノス!!)



 俺は銀髪の気にくわない男にバッと顔を向けた。

 クロノスは、特に動揺したようすもなく、眼鏡を押し上げた。絶対にこいつだ。


 俺を助けおこしながら、証拠隠滅とばかりに、俺が気づかないうちに治癒魔法をかけて負傷を治してしまったのだ。


 こざかしい。これで王子の顔を殴った事実が消えるなんて思うなよ!? 貴様ら、まとめて……



「そういえば……女子寮は、殿方は許可なく立ち入りは禁止でしたわね」


「!!」


「アトラス殿下はもちろん許可をおとりになっていると思いますわ。でも、この、廊下に転がっている男子学生の皆様方は、いったいどうなさったのかしら??」



 なんでそんな、俺に都合の悪いものにばかり気づくんだ、エオリア!!!


 いつもの柔らかく可憐な声と口調のまま、妙に鋭いところばかり突く。

 やめろ、やめてくれ!!



「アトラス殿下の身に起きたことですし、大変な事件ですわ。

 わたくし、自分の目でいま見たものについて、ヒムの父にも報告をし、また国王陛下には丁寧な調査をお願いしようと思います」



 “いま見たもの”?


 …………テイレシアの胸元が開いていたのまで、まさか見ていないよな!?

 見ていないと、言ってくれ!!



「いったい、なにが起きたのか。

 わたくし、テイレシア様にもお話をうかがいますわね?」



 エオリア王女の、柔らかで美しい聖女のような微笑みが、そのときの俺にはただただ恐ろしかった。



   ◇ ◇ ◇

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― 新着の感想 ―
[一言] エオリア王女流石です!( 、ᴗ ᴗ)、 ヴィクターの愉快な仲間たち、最高ヽ(´▽`)/
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