◇22◇ いったい何なんだ、こいつは!?【王子視点】
◇ ◇ ◇
テイレシアをベッドにくみしきながら、俺は彼女に説いていた。
王族貴族だったら誰でも納得するはずの、しごく、常識の話を。
「騒いでる愚民どもも、いずれ気づくだろうさ。
公爵令嬢と平民の出の男が結婚するなんて貴賤結婚もいいところだ、とそのうち手のひらを返す。
公爵令嬢が王の公妾になるほうが、愚民どもも最終的に納得するのさ」
そうだ。いまは『政略結婚なんて』と騒いでいる愚民どもだって、自分たちと同じ平民出身の男が貴族の令嬢と結婚するのを、最終的に受け入れられるわけがない。
今後あの男に爵位が与えられると言っても、せいぜい子爵か男爵というところだろう。一代限りの爵位かもしれない。
そんな身分で公爵令嬢を妻にするなど、非常識だ。
俺は当たり前の話をしているだけなのに、テイレシアは、こちらをぐっとにらみつける。
貞操さえ奪ってしまえば、俺に従うだろう……そういう自信が揺らぎそうなほど、そのテイレシアの顔が美しいと思った。
俺の前でオドオドして、怒らせないようにと気をつかっていた女はどこにいったのか。
手放せない、という感情よりも、俺はその美しさに欲情した。
――――なぜ婚約破棄などしたのか。
不意に浮かんだ後悔に似た感情を、俺は内心で打ち消した。
婚約破棄をする前もした後も変わらない。
テイレシアは、俺のものなのだから。
「…………さぁ、焦らすなテイレシア。エオリア王女はもう初夜まで待つことに決めたが、おまえごときが王子を焦らすなど許されるか」
その言葉には嘘が混じっていた。
いま俺は、エオリア王女ではなくて彼女を抱きたかった。
そうだ、元々俺は、彼女に関心がないわけじゃなかったんだ。
俺に好かれようと努力する姿勢は好ましく思っていたし、気づかないうちに気配りをしてくれている態度も見事だった。
書いている小説も、どんな内容のものを書いているのか興味があった。興味と期待が高かった。感想だって詳しく言ってやった。俺ほど彼女の小説を読んでやった人間はいないだろう。
将来テイレシアは妻として俺に仕えるのだから、甘やかすと良くないと思い、時には厳しいことも言いはしたが、俺との年月を思い出せば、必ず俺への愛を取り戻すはずだ。
そうだ、おまえは――――
ほどよく肉がついたまろみのあるテイレシアの身体。
夢中で、前身頃のボタンを外し、胸の膨らみをギュッと押さえているコルセットに手をかけようとした、その時。
俺は、目の前に火花が散ったのを感じた。
(…………???)
頭突きだ。
頭突きを食らったのだ。
さらに、股間に激痛。
蹴られた!?
テイレシアが、俺の股間を、蹴った!?
一瞬息ができなくなるほどの痛みに悶絶して、俺は転がる。
さほど蹴りなれていなかったのか……本当に危険な箇所をピンポイントでやられていたらもっとまずかっただろう。
だが、痛い。耐え難いほど痛い。
「き、さま………」
「わからないなら、言ってあげましょうか。大嫌いです。
私、あなたに言われ続けてきたこと、心底ヘドが出るんです」
(なんで、そんなことを言うんだ!?)
俺が、何をしたというんだ!?
いや、違う。
あの男が、なにか余計なことを吹き込んだんだ。
縛られたまま、鍵のかかったドアを何度も押して、出ていこうとするテイレシア。
(行かせるか!!!)
立てるようになるや否や、彼女をだきしめて部屋にとどめようとした時。
なぜか部屋の壁が一面、すべて砕けた。
◇ ◇ ◇
そして俺は今、ヴィクター・エルドレッドと対峙している。
(――――――――こいつ、頭がおかしいのか?)
自室の壁を一面ぶち壊された俺のなかに、真っ先に浮かんだのは、怒りよりも当惑だった。
仮にもここは、王子の部屋だ。
この俺に危害を加えようというのはいうまでもなく、重罪だ。
その部屋の壁を、魔法を使って壊すとは。
こいつは、王家が怖くないのか?
頭がイカれているのか?
気づけばテイレシアが、俺の手をすり抜けて逃げて、ヴィクターの向こうに回っていた。
2人が見つめあった一瞬、頭が沸騰した。
「テイレシア様、遅くなってすみません」
「……見たまま以上のことはされていないわ、大丈夫」
オレンジ頭の山猿は、俺から目を離さないまま、脱いだ上着でテイレシアの上半身をくるむ。
そしてテイレシアの手を縛った縄に触れて
「――――〈切断〉」
一瞬で魔法で切断した。
……こいつ。
平民のくせに、どれだけ魔法を使いこなすんだ。
怒りのまま俺は、ヴィクター・エルドレッドに向かった。
自信はあった。
王子として護身の武術はたしなんでいたし、優秀だとずっと誉められてきた。
それに、上流階級の間でも最近流行し始めたボクシングでも、俺は負けたことはない。
「っ!!!」
しかしジャブを撃つタイミングにきっちり合わされて拳を食らったのは、俺だった。
大砲で撃たれたような重さのパンチに、頭が吹っ飛ばされたんじゃないかと思った。俺の身体は後ろに飛び、ベッドに背中をぶつける。
「………な、……なにが…?」
呆然とした思いが、そのまま口から出てしまう。
いや、起きたのはごくごく単純なことだ。
カウンターを食らわされたのだ。この俺が。平民に。
(この男……躊躇なく、なんの遠慮もなく、俺を殴った? 王子の顔を?)
砕けた瓦礫が落ち着くと、廊下のようすが視界に入ってきた。
見張りに立たせていたはずの連中が、外で倒れて転がっている。
彼らもヴィクター・エルドレッドにやられたのか?
なんなんだ、いったいなんなんだ、この男は?
「立ってください、王子」
ヴィクターが、指をくいくいと上げて、立てよというジェスチャーをする。
目が、また鋭くなっている。
殺すべき敵を前にした、冷徹な狼のような。
ぞくりと、背筋に寒気が走った。




