◇21◇ こんなところで役に立ちました。
◇ ◇ ◇
「――――――――なんの真似ですか」
続き部屋になっている、奥の寝室に、私はアトラス殿下に引きずり込まれた。
取り巻きの男子学生たちは、外で見張りをしているらしい。
本当に、何をしているのか。
こんなこと、発覚したら、おうちも大変なことになるのに。
その上で私は、パークス先生が使っていたであろう、古いベッドの上に押し倒されていた。
両腕は頭の上で縛り上げられてアトラス殿下の手に押さえ込まれ、両足は殿下の体重で動けない。
「…………何をしていらっしゃるかと聞いているのですが」
男性に上に乗られると、重い。
重いだけで、痛い。
そして、吐きそうなほどの嫌悪感。
殿下は「不敬だな」と、私の口を押さえ込んだ。
痛い。……あごの骨が割れそう。息ができない。
(……なにこの馬鹿力。おなじ生き物なの?)
「何をしていらっしゃるか、だと?
身分の低い者から高い者に話しかけてくるなどマナー違反だと、習わなかったのか?」
「!!………!?……」
「もがくな。暴れるな無礼者が。
王太子に恥をかかせるのか?」
まさか、と、思った。
私の襟元のボタンに、アトラス殿下の手がかかった。
「女は何もしなくていいんだ。
じっとしていればすぐに終わる」
「――――!!」
必死で私は頭上の腕を振り下ろしてアトラス殿下にぶつけた。
けれどちょっと痛そうな顔をしただけで顔色も変えず、
「俺がもし、いにしえの王なら、今ので首をはねられたところだぞ?
貴族とは王に仕えるもの、王に仕える女なら褥に王が入ってきても悦んで受け入れるもの。
おまえは本当に臣下として心構えがなっていない」
などとあざわらって、肩がはずれるかと思うほど乱雑に、私の縛られた腕を頭の後ろに無理矢理折り込んだ。
「……いずれにしろ、殿下はエオリア王女がお好きで、私に関心などないでしょう?
だったら、放っておいてくだされば良いではないですか?
私は、ヴィクターが」
「思い出させてやろう。
ヴィクター・エルドレッドが18歳になれば、爵位を与えられる。
それはつまり、この俺に仕えるということだ」
「…………」
アトラス殿下の指が、思わせぶりに私の唇をなぞる。
まるで気持ち悪い虫にでも這われているようだ。
「それとも貴族の身分など捨てるか?
であっても、エルドレッド商会の力を頼ることになるな。
俺が将来得る力なら、潰すなど造作もないことだ」
王の器だとは到底思えない言葉を吐く。
「……泣き寝入りはしませんよ」
「責任は俺が取ってやるに決まっているだろう?」
ダメだ、話が噛み合っていない。
「それに、騒いでる愚民どももいずれ気づくだろうさ。
公爵令嬢と平民の出の男が結婚するなんて貴賤結婚もいいところだ、とそのうち手のひらを返す。
公爵令嬢が王の公妾になるほうが、愚民どもも最終的に納得するのさ。
…………さぁ、焦らすなテイレシア。エオリア王女はもう初夜まで待つことに決めたが、おまえごときが王子を焦らすなど許されるか」
再び、私のボタンをはずし始めるアトラス王子。
私は、恐怖よりも怒りが強くなってきていた。
何を考えているのか。
人をなんだと思っているのか。
こんな人の言葉に動揺した自分が馬鹿だった。
私は――――ヴィクター・エルドレッドの婚約者だ。
嬉々として胸の下までボタンを外し終わった殿下が、胸元を開こうと顔をこちらに寄せてきた次の瞬間。
背筋と首の力で思い切り跳ね上がり。
額の中央を、アトラス殿下の鼻にぶち当てた。
アトラス殿下が鼻を押さえる。
腰を浮かせた。足をぶんと思い切り跳ねあげて太股を股間にぶつける。
蛙が潰れたような声を出して、アトラス殿下は股間を押さえて丸まった。
私はぐるりとベッドの上を転がって、落ちながら座った体勢になり、どうにか縛られたまま身体を起こして、立った。
「き、さま………」
「わからないなら、言ってあげましょうか。大嫌いです。
私、あなたに言われ続けてきたこと、心底ヘドが出るんです」
どうして私が言うことをきくと思っていたのか、彼の脳内は正直理解したくない。
ただ、いま言わなければと思った。
言わない気持ちは、ないことにされてしまうのだから。
「なんだと、おまえ……!!」
壁につかまりながらよろよろ立ち上がる殿下を横目に、ドアまで走って、縛られたままの手でガチャガチャとノブをひねる。開かない。体当たり。どうにもならない。
がばりと、後ろからだきしめるようにアトラス殿下が私を捕まえにきた。
力強くてもあくまでも優しいヴィクターのそれとは全然違う、乱暴なアトラス殿下の腕。
ずるずると、ベッドに引き戻されそうになる……その時。
びき。
びきびきびきびき………
不吉な音が響くと。
壁に一面大きなヒビが入り始めた。
(………??)
何だろうと思ったその時、熱い爆風が壁を吹き飛ばした。
瓦礫が砕けて飛んでいく、白い煙のその向こう側。
廊下に立つ、拳を握りしめた見慣れた長身の少年が、壁に向けて魔法を撃ち込んだままの姿勢でいるのが私に見えた。
「ヴィクター!!」
私は思い切り、彼の名を呼んだ。
◇ ◇ ◇




