◇19◇ テイレシアが見当たらなくて【カサンドラ視点】
◇ ◇ ◇
「……あれー?
テイレシアはいったいどこなんだろう??」
私こと〈淑女部〉生徒会副会長のカサンドラは、生徒会長室にテイレシアがいないので首をかしげながらあちこち探していた。
今日はずっと所用で外出していたので、某王子がいらんちょっかいをテイレシアにかけてやしないだろうか……と気になって。早く彼女と話したかったのだ。
が、いない。見当たらない。
(図書館かなぁ。
この時間、彼女があちらに行くことは珍しいんだが…)
そんなことを考えながら図書館に入った。
……ら、入り口付近で、ものすごく不穏な光景に出くわしてしまった。
2人の男子学生がにらみ合って、というか、1人が1人につかみかかって喧嘩寸前である。
1人は〈紳士部〉生徒会長、クロノス・ウェーバー。
もう1人は、1年生ヴィクター・エルドレッド。
私より少し高いぐらいの身長体格で細身のクロノスに、かなり長身かつ筋肉でがっちりしているヴィクターが絡んでいる図は、絵面的にいろいろとまずい。
そうして、周囲の人間たち―――1年生男子。ヴィクターの友人たちが多いのか?―――が、ひどくオロオロしている。
「ヴィクター?
その不穏なポーズはいったい何なんだい?」
焦った内心を隠して、私は斜に構えた体勢でヴィクターに声をかける。
あくまでも余裕で。
それでいて、私を誰だと思ってるんだ従わなければただじゃおかないぜ? という言外の含みを伝える。
事業の中で大人と交渉しながら身に着けた“圧”は、ヴィクターにも通じ、こちらを見たヴィクターは、渋々手を放す。
「……カサンドラ様、すみません」
「謝罪は後で聞く。
クロ。キミ何を言った?」
同じく侯爵家の人間で、実はテイレシアよりも私と付き合いの長いクロノスに尋ねると
「……人前でそんな呼び方をするのは、淑女としてどうなんですか??」
と、にらみながら眼鏡を押し上げた。
「事実を述べたまでです。
いくらテイレシア様が王位継承権を持つ御方でも、自分も王族の仲間入りができると勘違いをするな、と」
「そうか。
ずいぶん典型的な当て馬のセリフを吐いたんだな、この悪役令息は?」
「――――調べれば調べるほど、この男は怪しい。
下手をすれば敵国のスパイの可能性もありますよ。
君ともあろうものが、親友の付き合っている男の身辺も調べなかったのですか? カシィ」
こどもの頃の愛称で言い返してくれるとは、ちょっと嬉しいが、どうもクロノスがヴィクターに対して多大なる誤解を抱いてしまっているようなのはまずい。
「それは、彼の習得魔法とか経歴について言っているのかい?」
「行動履歴を言っているのです。
どう考えても、ゼルハン島の事変を先に知っての上で行動したとしか思えない。
動機はおそらく、貴族の仲間入りをし、さらにテイレシア様と結婚することで王宮の機密を盗める立場を狙ったのではないか。
となれば――――」
ああ、人が集まってしまったなぁ。
通りすがりにスパイ疑惑を耳にしてしまった人や、ヴィクターがつかみかかったところだけ見た人もいるかもしれない。
ヴィクターもまだ顔が殺気立ってる。顔が男前なだけに、怒ると迫力がある。
ここは、ヴィクターの名誉を(通りすがりの人も含めて)回復しておかなくては、と、私は大きく息を吸い込んだ。
「そりゃ知ってたよ?
だって私が彼に教えたんだもの」
「……は?」
「正確には予知魔法と知っていた情報の組み合わせだ。
ゼルハン島が危ないと、何年も前から私が父を通じて王宮に進言していたのに、国王陛下は取り上げてくださらなかった。
仕方がないから私は以前に、会う機会があったエルドレッド商会の息子に教えておいたのさ。
ヴィクターはゼルハン島で仕事を手伝う際に、それを念頭に置いておいたから必要な準備ができていたんじゃないかな」
――――よし、つじつまを合わせられた。
あとはヴィクター、ぼろを出さないでくれよ?
彼は落ち着いたらしく、殺気も収まっている。
「……しかし、婚約破棄の直後の、あまりにもタイミングが良すぎる求婚は」
「ずっと、あの人を見ていました」
(ヴィクター!!
願った端から思い切りぼろ出してる!!)
私の祈り空しく……真剣な顔になったヴィクターは、言葉をつづけた。
「俺はずっと、あの人が好きでした。
婚約者がいるのは知っていましたから、結婚しないようにと、ずっと願っていました。
できる限りのことはしたし、その幸運がもし起きたらどうあの人に自分の思いを伝えるか、ずっと頭の中で試算してきました。
だからあの時あの場で、俺は」
……ヴィクター??
キミが学園で演じてきた好青年的キャラがいま、囲んでいるみんなの中で、音を立てて崩壊しているぞ??
そうハラハラしながら、そのくせ私はなぜか、ヴィクターの本音吐露に、妙な爽快感を覚えていた。
「ヴィクター・エルドレッド、君は……」
クロノスが、言葉をつづけられない。
彼がこどもの頃からテイレシアのことをずっと好きだったのは、私も知っていた。
テイレシアの立場が弱くなってきて、アトラス殿下に別のお相手を探そうという提案を重臣たちがし始めたころからずっと、……王宮の人間たちにはたらきかけて、自分との婚約に変えられないかと動いていた。
愛情のない結婚なんて当たり前の世界で、クロノスはテイレシアを愛している。
それが叶っていれば、貴族令嬢としての比較的普通の幸せが手に入ったかもしれない。
でも、すべては王妃様とアトラス殿下に妨害され。
私はクロノスではなく、ヴィクターに賭けた。
テイレシアの物語を誰よりも愛した、ヴィクターに。




