◇17◇ ヴィクター・エルドレッドの婚約者として。
「何か話したいことがある?」
そう尋ねると、ヴィクターは顔を少し離して、私の両肩に手をおいたまま私の顔を見た。
「はい」
「そう。聞くわ」
「――――オレ、昔、テイレシア様にお会いしたことがあるんです」
「え?」
その時、コン、コン、と生徒会長室のドアがノックされた。
私はあわてて机の上からおりた。
「はい、どうぞ??」
「テイレシア・クラウン様。
パークス先生がお呼びです」
来訪者は、ドアの向こうから伝えてきた。パークス先生は〈淑女部〉の寮の管理を担当している女性の先生だ。部屋は、寮の最上階の一番奥。
「自室にてお待ちだとのこと」
「わかりました。
伝達、ありがとう」
ドア越しのやりとりののち、来訪者はそそくさと帰っていったようだ。
「テイレシア様、すみません。
生徒会のお仕事がありますよね」
「そうね。
あと、3時間くらいかしら」
「夜、お時間をいただけませんか?
夕食でも」
「わかったわ。
うちの邸でいい?」
約束をすると、ヴィクターが私の額にキスをした。
邸に今夜の来客の連絡をして、ヴィクターとわかれ、私はパークス先生の部屋に向かった。
◇ ◇ ◇
……向かったはず、なのに。
《淑女部》の寮の中に入り、パークス先生の部屋のドアをノックしたとき、一瞬、不穏な気配を察した。
(……??)
ドアは私が開ける間もなく、向こうから開いた。
中にはパークス先生がいない。
そしてここにいるはずがない、男子学生たちが複数いる。
その真ん中にいたのは、アトラス殿下だ。
「!!」
ドアを開けた男子学生が、私の腕をつかんで部屋の中へ引き込む。同時に背中を強く押された。誰か外にも隠れていた?
ガチャリ。後ろで鍵をかけられる音がした。
肘掛けのある椅子に座るアトラス殿下と向かい合うように、椅子がおかれている。
私は警戒しながら、そこに座った。
「どういうことですか。
パークス先生は?」
「昨日部屋を替わらせた。
ここの隣はエオリア王女の部屋だからな。結婚までうまくいくように細かいケアをしたいと伝えれば、何も問題はなかったぞ」
替わらせた、じゃないですよ!! 先生に向かって!!
あの方は、ものすごくたくさん書物を持っていらっしゃるのに……。
無理矢理が過ぎる。
「では、殿下が私をお呼びだったんですか」
「おまえが話を聞こうとしないからだ。自分の婚約者の話だろうに」
「ですから、ヴィクターのことは本人から聞きますから。
殿下から聞く必要はありません」
「なんだその態度は」
ふつふつと私の中に怒りがわいてきた。
でも、できれば平和に終わらせたい。
殿下の取り巻きの男子学生たちも、それぞれ高位の貴族の子弟だ。
アトラス殿下は特別に許されたのかも知れないけれど、彼らまで女子寮に堂々と入り込んでいるのは、けっこう大きな問題になってしまう。
「――――おとなりは、エオリア王女のお部屋でしょう?
元婚約者の私がここにいるのは、問題なのでは?」
「エオリア王女は今日は不在だ。
心配は無用。
それよりテイレシア。
おまえは、あのヴィクター・エルドレッドがどれだけ恐ろしい男か、知っているのか?」
「…………?」
「俺は、あの、国を裏切った極悪人から、おまえを救おうとしているんだ。これでも聞く気は起きないか?
国家反逆の罪で、あいつを調べさせてもいいんだぞ?」
言っていることは気にはなったけれどそれ以上に、私の反応をちらちら見ながら脅している態度が腹立たしかった。
こんな人に、どうして婚約者として尽くそうなんて私は考えていたんだろう。
「……よくわかりませんが、殿下。
このテイレシア・バシレウス・クラウン、ヴィクター・エルドレッドの婚約者として、将来の夫の名誉にかかわるお話であれば、伺って潔白を証明する助けにしたいと存じます」
せいいっぱいおなかに力を入れて、殿下をにらみながら私は言い返した。
一瞬、気圧された顔をしたアトラス殿下。
そうだわ、この人。外面がいいだけで、自分で言うほど強くないんだわ。
「……そんなことを言っていられるのも今のうちだぞ、テイレシア」
アトラス殿下は口の端をいびつにゆがめて、続けた。
「あいつは、入学からどころじゃない。おそらく何年も前からおまえを狙っていた」
「何年も前……って、ヴィクターはまだ16ですよ?
その頃はまだ、こどもじゃ……」
『オレ、昔、テイレシアにお会いしたことがあるんです』
さっきのヴィクターの言葉がよみがえり、そこでふっと、思い出したイメージがあった。
強い目でこちらを見据える、オレンジ色の髪の男の子。
あれ、確かにどこかで、会った気がする……。
「百歩譲って、ヴィクターがそれだけ前から私のことを思ってくれていたとしたら、それが、どうして国を裏切る話になるんです?」
「結論を急くな、順番に話を聞け」
「謂れなき疑いなら、そうだとはっきりさせないと。私は彼の婚約者ですから」
そしてアトラス殿下は、露骨に舌打ちする。
「エオリア王女がこの国に来たのが、エルドレッド商会のせいだったとしても、おまえは同じことが言えるのか??」
「!! まさか??」
※2月13日少しだけ加筆しました(内容はほぼ変わっていません)




