◇16◇ 嫉妬する理由はまったくないんだけど。
◇ ◇ ◇
その日は、朝からカサンドラが不在だった。
――――だからだろうか、授業開始前に、待ち伏せていたアトラス殿下に捕まったのは。
「……あのぅ……エオリア王女は?」
「おまえが気にすることじゃない!」
「まずいと思うのですが?
殿下も私も、すでに新しい婚約者がいる身ですし、私たちが話すというのは」
『新しい婚約者』と言うと、ピクッ、とアトラス殿下が神経質に眉をあげた。何かまずいことを言ったかしら。さすがにもう、エオリア王女と婚約してるわよね?
「……二人きりではないから問題ないだろう??」
「ええと……」
確かに殿下の後ろに、最近はあまりお見かけしなかった、殿下の取り巻きの男子学生たちがついてはいますが。
すみません、本音はもうあなたとお話ししたくないんです。なんて言えない。言っても良いのかな。首をはねられないかしら(さすがにないか)。
「おまえのためだ、テイレシア。
おまえが知らなければならないことを教えにきてやったんだ」
「はぁ。でも、授業前ですし、あとになさっては?」
せめて教室に向かって歩きながら話してほしい。
……と言ったら、たぶん〈紳士部〉の教室に向けて歩かされるのよね。困った。
「授業がどうした。
こちらの話の方が大切だ。
おまえの婚約者についてのことだからな」
ますます聞く気が失せた。
なぜヴィクターのことを、アトラス殿下から聞かなくてはならないのか。
「私のためとおっしゃるなら、それこそあとでかまいません。
私は授業が大切ではないとは思いませんし、殿下にも授業に遅れていただきたくはありません」
「聞きたくはないのか?
ヴィクターのことなどどうでもいいというのか?」
「――――もし、必要なことがあれば、本人から聞きますから」
それ以前に情報ソースがまったく信頼できません。
それから、歩こうとしたら進路を塞がないでください。
これは話し合いではなくて、ほぼ物理的な拘束ですよね?
(誘眠魔法とか、有益そうな魔法教えてもらっておけば良かった!!)
逃げる手段が思いつかない。
さぁ、どうする?? どうしよう??
「テイレシア様、こちらでしたか」
「ヴィクター!!」
助かった。取り巻きの1人をぐいっと押しのけて、ヴィクターが割り込んできてくれた。
「お、おい、貴様!」
アトラス殿下の怒声。
私の身体は、ぐっとヴィクターに抱き寄せられる。すっぽりと胸に埋まってヴィクターの匂いに包まれる。ドキッとするのに同時に安心する。不思議。
「3年生も、授業前ですよね?
テイレシア様はオレが教室までお送りしますので、ご安心を!」
そうヴィクターが言うと、アトラス殿下は何かを言いかけて、グッ、と詰まった。
珍しい。
普段ならもっとキレ散らかしていてもおかしくないのに。
「では、早く参りましょう。テイレシア様。遅れてしまいます」
ヴィクターが、私の肩に手を回す。力が強い。
周囲の目が恥ずかしいけど、まぁ、婚約者だとギリギリあり? ダメな気もするけど?
「え、ええ」
助けにきてくれたけど、何だか普段より仏頂面っぽい? 機嫌が悪そう。ちょっと顔が恐い。
そう思いながら、いつもより力の入ったヴィクターの手に守られ、私は教室へと向かった。
◇ ◇ ◇
そして、放課後。
「ほんっ、とうに、ごめんなさい。。。。」
「えっと……ヴィクター?」
私が生徒会長室にやってきたヴィクターを出迎えると、ひどく落ち込んだ様子の彼に、いきなり正面からギュッと抱き締められた。
(確かに、遠慮はしなくなった……のかしら????)
……とは思うけど、それでも一応ここ学校なのだけど?? わかってますかーヴィクターさーん?
「すみません、本当に」
「ええと、謝りたい内容を具体的に言ってもらってもいい?」
「さっき、不機嫌ですみませんでした!!」
ああ、自覚はあったのね。
「理由がなんであれ、機嫌が直っているなら良かったわ。
別に人間、つねに機嫌がいいわけではないものでしょう」
「いえ、その……。
テイレシア様と、アトラス殿下が話しているのを見ると、頭に血が上ってしまって」
「そうね。あれは話しているというよりも、拘束されている、だったわ」
「もちろん! アトラス殿下が無理矢理テイレシア様をつかまえているのはわかっていましたし、女性のテイレシア様が1人で、相手が男複数だと逃げようがないのもわかっていました。……頭では」
ぎゅ、と、私を抱き締める手に力が入る。体温高い。
「大丈夫だから、ね?
手、放してくれる?」
でも、そのお願いには抱き締めたまま首を振るヴィクター。
私は、抱き締められたまま少し後ろに下がった。
ちょっとお行儀が悪いけど、机にお尻をのせて軽く腰かける姿勢になった。少しヴィクターの身体との間に空間ができて、心臓が落ち着く。そのまま、ヴィクターの抱擁を受けつづけることにした。胸がどうしても触れてしまうのが恥ずかしいけど。
でもこの体勢だと、まるで大型犬とか馬に甘えられているみたいで、なんだか急に、ヴィクターがかわいく思えてきた。
「どうしたの? ヴィクター?」
私は手を回して、ヴィクターのオレンジの髪を撫でた。毛並みのいい犬みたいに、撫でるとすごく気持ち良かった。




