◇14◇ さびしがれよ、テイレシア。【王子視点】
◇ ◇ ◇
「何をしているの? テイレシア」
「う、うん。護身術というか、暴漢に手首を掴まれた時のはずし方。
相手の親指を攻めるように、ひねり回転させて、こう?抜くんですって」
「へー……じゃあ私、掴む役をやってあげるよ。こう?」
「うん……こう! 外れた!
手が逆の場合はどうするのかしら?」
おい、テイレシアにカサンドラ。
おまえたち貴族令嬢だろう。
学園の授業の移動中に、いったい何をやっているんだ?
「あと結局、ヴィクターから頭突きのやり方を教わったんだけど、狙うなら相手の鼻を思いっきり、って言われたわ」
「ヴィクターはキミに何をさせたいんだい?」
本当に、何をさせたいんだ? あの山猿は。
しかし、おまえたち。
なぜ俺の話をいっさいしないんだ?
あの、頭の空っぽな―――少しばかり眼光は妙に鋭い、でかい山猿の話ばかりで。
テイレシア。
おまえは俺に惚れていたんだろう?
いつも俺の機嫌を損ねないようにこちらの様子をうかがっていた。嫌われたくなかったんだろう?
俺に拙い菓子をつくってきたことだって、あったじゃないか。
どうして、俺の話をしない。
どうして、さびしがらないんだ?
あんな下賎な男に、まさか心を奪われたなどとよもや言うまいな?
「――――アトラス殿下?」
物陰からクソ忌々しい女ども2人の動向を見張っていた俺は、まったく意識していない方向から話したくもない奴の声がかけられたことに、心底驚いた。
「――――な、なんだ!!
いきなり!?」
「いえ。殿下ともあろう御方がこの上なく不審な行動を取られているので、何かあったのかと」
早口で淀みなくきっちり嫌味を込めてくる、この銀髪の、女みたいな美形の細身の眼鏡男。
「き、貴様ごときが、この俺に話しかけるな!! 不敬な!!」
「なるほど。貴族社会では、身分が低い者から話しかけるべからず…………とは申しますが、では国王陛下より殿下にお伝えすべきことをお預かりしております場合は、いかがすればよろしいでしょうか?」
生徒会長、クロノス・ウェーバーだ。
立場上は侯爵令息、そして、父の愛人が産んだ子。
俺より半年早く生まれたこいつを、俺は兄だとは絶対に認めない。
「……何だ、父上から?」
「ええ。明日の午後3時から王宮にて謁見の時間を取るので、いらっしゃるようにと。
ところで、エオリア王女は?」
俺は舌打ちした。
エオリア王女と俺の事情を察しているのか?
クロノスの、整いすぎた仏頂面の奥の本音を探る。
「……本日は外出されている」
「さようですか。国王陛下からはエオリア王女とのことを詳細にご報告をとのことでございましたので、よろしくお願いいたします」
◇ ◇ ◇
―――翌日。午後3時。
俺は父たる国王陛下に謁見していた。
「エオリア王女の様子は?」
「万事つつがなく。
大変お元気です。
また交際も順調に進められております」
「そうかそうか。
して、求婚のお返事は」
「求婚は大変嬉しく、気持ちとしてはお受けしたい。
しかし、王女たる自分の結婚について、自分ひとりの気持ちだけで答えることはできない。
ヒム国王より正式にお返事をお伝えする――――と。
以前お伝えしたものから、まったく変わりありません」
そのように俺は父である国王陛下に報告する。
エオリア王女の言葉は、王女たる立場としてはしごくまっとうで、正しい返事だ。
何度、手を変え品を変え、宝飾品やドレスを貢ぎながら俺が確定の返事を迫っても、エオリア王女は微笑みながら折れず、時折そばについている侍女どもに割って入られるなどした。
「なるほど。エオリア王女だけでも『はい』と返事をしてくだされば、それが言質になると思ったのだが……」
渋い顔をし、露骨にがっかりした声を出される国王陛下。
俺も我が国も、婚約の返答を焦らされている状態にある。
「ヒム側とは婚約条件の交渉を続けておるが、まことに百戦錬磨。
持参金は値切り倒し、息をするように、こちらに不利な条件を次々に足してくる。
いやならば婚約はなしでよいとばかりの態度。
……それもこれも王女殿下の言質がないゆえ。
そなたなら早々に王女を意のままにできると思うたが、期待外れであったか」
つまり、唇を奪うなり処女を奪うなりの既成事実をつくり、俺に嫁ぐ以外の選択肢を彼女から奪え……と。国王陛下はそう、神の倫理に反することをおっしゃっている。
ちなみに当初俺も、その気満々だった。いまでも変わらない。あの可憐な唇を、ドレスの下の身体を楽しみたい。
しかしそれは、毎度見事にかわされている。彼女の完璧な王女としての振る舞いと、鋼の忠誠心を持ち決して買収されない侍女たちによって。
力ずくで無理矢理奪うことも考えた。王女であろうが、処女を奪われれば俺に嫁ぐ以外なくなるだろう、と。しかし、そういう目で見たとき、エオリア王女は一切の隙がなかった。王女とはこういうものなのか?
さらにやんわりと付き人らにも威嚇される。
我らが王女を粗雑に扱われては困る、何か王女を傷つけることがあればこのお話はなかったことに、といっさい妥協を見せない。付き人風情が。
「繰り返すが、金はそなたの使える範囲でいくらでも使うがよい。人も言えば寄越す」
「は………はい!!」
「テイレシアとの婚約破棄の際のように、足元をすくわれるでないぞ?」
俺は再度、頭を下げた。
しかし、どうしてもこの際確認をしておきたいことがあった。
「恐れながら……国王陛下におかれましては、何ゆえ、テイレシア・バシレウス・クラウンと、かの平民との婚約をお許しになられたのですか?」
国王陛下は、ぐっと眉を逆立てられた。
「――――何か不満か?」
「い、いえ。しかし……。
先にご相談しておりました算段と大きく狂いが生じることになり……」
「どの口を開けて、そう申すか」
苛立ちを言葉にダイレクトにのせて、国王陛下はおっしゃる。
「エオリア王女は完璧な淑女であるが、唯一、華奢なお身体で出産にどれだけ耐えられるかが不安である。
妃一人のみでは、王位を継ぐ子を成せるか、こころもとない。
ゆえに念には念を入れ、結婚後に、公妾をおきたい。それも王位継承権を持ち、必要な教育を受けてきていたテイレシアが適任である。
テイレシアはアトラスを心底慕っており、また閨のつとめのみならず外交や社交をになう公妾という仕事にやりがいを感じ、引き受けるであろう…………そう申したのが、王妃とそなたであったな」
陛下はジロリ、と、こちらをにらむ。
「――――笑止千万。なにが心底慕っている、だ。
テイレシアから、かの平民との婚約と交際を希望し、申し出て参ったのだぞ? それも満面の笑みで」




