強制的ボス戦突入
「いやマジで吹き飛んだんだよ、今箒で空散歩してたんだけど、いつも襲撃してる辺りがバコーンて、え?めっちゃ煙出てた!」
「分かるように言え!」
「いやいやいや、そうとしか表現出来ないんだって!」
「で今どこにいんだよお前は!」
「プリメリアの部屋!」
ウィズもヒースも声を荒げるから、周りの視線を集めてしまっている。慌ててギャンギャン言っているヒースを人気のない方に引っ張った。
「待ってくれ……爆発はいつの話なんだ。」
「今さっき!で、驚いて、プリメリアの部屋に窓から入って、」
「窓から入室は止めろって、いつも言ってるだろ!」
「今それはいいからぁ!ともかくプリメリアにみんなにも連絡したほうがいいって言われて、とりあえずヒースに連絡しただけだから、僕もよく分かってないっていうか、」
いまいち要領を得ないウィズとヒースの会話を聞いているうちに、目の前に遠距離会話用の紋が現れる。慌てて応答のために杖を振れば、ガラガラと何かが崩れる音が聞こえてきた。
「カエデ?っけほ、ランタナだよ。」
名乗った後、しばらくはランタナが噎せこむ音が続いた。ただならぬ様子だったのでヒースに声をかける。遠距離会話越しのウィズ、それからどうやらウィズと一緒にいるらしいプリメリアと共にランタナの話を聞くべく耳を澄ませた。いやていうかめっちゃ咳き込んでるし、崩れる音がBGMと化してるけど、これ大丈夫?
「ごめん、土煙みたいなのがすごくて。」
「大丈夫?なんか校長室吹き飛んだらしいけど。」
「耳が早いね。僕は大丈夫。でも、校長室に校長が居たはずなんだよ。今すごい音がして来てみたんだけど、けほ、何も見えない……うわ、これ1階も崩れてるな……。」
今さっき訪れた校長室は2階の角にあったはず。そこが爆発して1階もやられたってことは、結構大きめの爆発だ。
「一旦離れた方がいんじゃない?何か爆発したなら第二波あるかもよ?
「それに足元が見えないんだろ?一階に落ちる危険があるぞ。」
「でも、ウィロー校長助けないと。」
またごほごほと噎せているみたいだ。うーん、聞いているこっちが苦しい。
「あれ……待って、この爆発ウィロー校長か?」
「え、どしたの?」
「ウィロー校長の魔力が残ってるんだ。随分はっきりした痕だな……。」
痕。私たちはウィロー校長が魔法を使ったところを見た事がないから分からないけど、ランタナは見たことがあるんだろう。1度魔法を使うところを見れば、その人の痕だとすぐ分かることは経験済みだ。
「ランタナ!」
向こうからサイネの声が聞こえた。合流したっぽい。
「ここ、って校長室、だよね。」
「気をつけて、下まで崩れてるみたい。」
「セカモアが校長に会いに行ったはずなんだけど!」
げ。思わずヒースと顔を見合わせる。ウィズが遠距離会話先で、セカモアまで!?と素っ頓狂な声を上げた。えっとつまり、何らかの理由で校長の魔力によって爆発が起きて、本人とセカモアが巻き込まれたってこと?
「俺達もそっちに行く。」
「そうしよそうしよ!ランタナ、サイネ、あんま危ないことしないでね!」
ヒースとウィズの言葉に二人から返事が返ってきたのを確認して、自室に箒を取りに走る。今日が休日で良かった。校内には私服の生徒が多いし、きっとそれは向こうの学校も同じだろう。制服を着ていなければ、向こうに行っても悪目立ちせずに済みそうだ。
飛び慣れてなくてあまり速度は出ない私は後から行くことにして、3人が飛び去るのを見送った。さっき行ったばかりだから、1人でも道は分かるけど……うぅ、2回もグリフォンから落ちたしそもそも高所恐怖症だし、幼心に空想したほど箒で飛ぶのは素敵じゃねーな。
後からちんたら行くと、瓦礫と化したPhoenix校の西側角が見える。あらかた土煙も収まり、惨状がありありと見えた。うーん、吹き飛ばした教室を思い出すぜ。近づくと、5人が近くを箒で浮きながら魔法で瓦礫を退かしている。
「遅くなってごめん!」
「あぁ、カエデも手伝ってくれ。セカモアが下で喚いている声が聞こえてるんだ。」
「喚いてるって何よぉ!」
……確かに下から声がする。しかも割と元気そうでクリアな声だ。兎も角私も見様見真似で浮遊魔法をかけて瓦礫を退かしていく。セカモアが防御魔法を張ったのか、瓦礫を退けるうちにドーム状の空間が表れた。
「私あんまり持久力ないんだよぉ、瓦礫まだ残ってる?」
覗いた空間の真ん中にセカモアが見える。ドーム状かと思ったけど、どっちかって言うと球体だ。セカモアを中心にうっすら白く光る膜が出来ていて、その中には瓦礫が入ってない。うん、これ青く光るのなら授業で見た。やっぱり防御魔法だな。セカモア自身はピンピンしているけど、彼女が抱えている人はぐったりしているようだ。……あれ、もしかしてあれがウィロー校長か?
「もうちょい頑張って、今シールド解除したら瓦礫に埋もれるから!」
「耐えられるならいっそ瓦礫一気に吹き飛ばそうか?」
「いや、そんなことしたらこっちにも衝撃は伝わるから!」
サイネの後にしれっとランタナが杖を構えて物騒なことを言う。セカモアの全力の拒否を受けたので一気に吹き飛ばすのはやめて、瓦礫を少しずつ退かし、なんとか2人を助け出した。
「校長は無事?」
「分からない。とりあえず誰か回復魔法お願い、私はもう体力が残ってない。」
とりあえず2人をPhoenix校の医務室に突っ込む。ベッドに転がりながらセカモアが言うには、先の爆発は魔法具の誤作動だという。
「私が誤作動したならそんなでもないんだけどさぁ、校長級ともなると部屋が吹き飛ぶんだねぇ。」
ヒースがちらっとこっち見る。やめろやめろ、教室が吹き飛んだ話は!確かにこんな感じだったけど!
「なんで校長がセカモアの魔法具を?」
ランタナの問いにセカモアが得意げに腕を振り上げた。といっても、ベッドに沈んだままだからなんとも間抜けだ。
「新しく開発したのが攻撃特化の銃型でね。どのくらい魔力を貯めとけるのか試してみたくて、校長に見せたの。」
「それで?」
「説明が足りなかったのか、校長、貯め方間違えたらしくて爆発した!」
「……なるほど?」
全くなるほどと思っていなさそうな声色でサイネが相槌を打つ。
「私はちょっと離れた所にいたから咄嗟にシールド張って平気だったんだけど、校長は爆発をもろに食らったみたい。んで、上に吹き飛んだ瓦礫が重力によってこっちに帰ってくる前、かつ抜けた床から私と校長が一階に落ちる前に、なんとか校長をシールド内に引っ張りこんだって感じ。」
抜けた床というか、粉砕された床だな。さっきの惨状を思い出して頬が引き攣った。セカモア本人はケラケラと笑って、火事場の馬鹿力って本当に出るんだねぇ、なんて言ってるし。
「校長が目を覚ましたら呼んでくれ。俺たちは戻る。」
「そだね、こっちに長居すると面倒くさそうだし!」
ヒースとウィズの言葉にランタナが頷いたので、我々4人は学校に戻ることにする。やれやれ、1日が長いな。そんで寮に戻ったところを、入口でユーストマさんに呼び止められた。3人がエアオ校長から呼ばれているとのことらしい。校舎へ向かうのを見送って、私は先に部屋に戻る。
でもなんで呼ばれたんだろう。このタイミングだと碌な事がなさそうだ、なにせ向こうの学校に出かける前にヒースとウィズがさんざん騒いでたし。ぼーっと部屋にいること三十分ほど、部屋の外から階段を爆走する音がしたと思ったら、ドグシャァッ!みたいな音を立ててノックもなしにヒースがドアを開け放った。心臓に悪いな!驚いて飛び跳ねたせいで、ベッドから半ば転がり落ちる。文句のひとつでも言ってやろうと顔を上げれば、ヒースが部屋の中に入って机の上のノートを開いたところだった。
「なに、いきなり。」
「……あと1ページ。」
「は?」
「あと1ページでドラゴンエンドだ。やっぱりな。」
突き出されたノートを受け取れば、確かに空白のページは残り1ページになっている。で?何がやっぱりだって?
「なに、エアオはなんて?」
「さっきの爆発に気がついたらしくてな。俺達が向こうに行ったのも見られていたらしい。まぁ、会話聞かれなかったのが幸いだな。」
ヒースは溜息をついて床に座り込んだ。
「それで、爆発がどれくらいやばかったか教えろって言われたんだ。ウィロー校長が身動き取れないってことをウィズが伝えたら、もういいから下がれ、と。」
「はぁ!?動けないって言ったの!?なんで言っちゃうかな!?」
「アイツは馬鹿正直なんだよ……。」
……つまり。そのエアオのもういい、が意味することは。
「っはー……待って来る?ドラゴン。」
「来る。多分来る。」
「なんなら、ウィロー校長がヘマったのってストーリー補正かもね。」
「は?」
ノートをパラパラと捲りながら呟けば、怪訝そうに彼が私の顔を覗き込む。いやだって、物語は起承転結が基本なんだもの。
「話を終わらせるには派手な事件、解決、ハッピーエンド。簡単でしょ。派手な事件を回避することなんて最初から出来なかったんだ。」
ドラゴンを回避なんて無茶な話だった。かつての私が想定していたことに反さない為に、ドラゴンは出てこなくてはならない存在だったに違いない。
「このノート閉じたら、ボス戦スタートだね。」
「……一旦過去に戻った方が良くないか。」
「記憶も無くなるんだもの、意味ないよ。」
ヒースが唇を噛んだ。手詰まりだ。手持ちの力で、とかくドラゴンを倒して、そしてエアオを元に戻す。それだけ。たった、それだけ。
「……ノート、閉じよう。まずはうちの生徒と向こうの生徒を全員守らないといけないね。ドラゴン自体は、事情を知ってる私達7人で何とかする。ウィロー校長には回復次第来てもらうことにして……あと……何か決めとかなきゃいけないことあるかな。」
よく回る口がこの後のプランを紡ぐのを、他人事のように感じていた。ヒースが少しの間の後首を横に振り、私の手からノートを取ってパタリと閉じた。
「……やばくなったら、絶対にノートを開けよ。」
「うん。」
そのまま箒を引っ掴んで部屋から飛び出す。と、突然走って寮に戻ったヒースを追ってきたところだったウィズとプリメリアとかち合った。
「突然どうしたのさ!」
「まずいことになる。後でちゃんと説明するから、Phoenix校の3人への言付けを頼まれてくれないか。」
「なに、
「いいよ。」
プリメリアがはっきりと答えて、ヒースに頷きかける。ウィズも一瞬言葉に詰まりつつも、ひとつ頷いた。
「ドラゴンが来る可能性がある。生徒、教員を避難させてほしい。野生のドラゴンだと説明しろと言ってくれ。」
「それが終わったら2人にも、向こうの3人にも手伝ってほしいの。本当はドラゴンは野生なんかじゃない、エアオがウィロー校長に仕掛けた魔法生物なの。事情を知っている私たちだけで処理したほうがいい。」
「分かった、後でホントにちゃんと説明してよね!」
2人を見送り、私達も学校の生徒を避難させるべく、まずは寮の門を掃き掃除していたユーストマさんに野生のドラゴンが来るかもしれないことを伝える。すると彼女は自分の鴉を呼び寄せて、
「校舎に人が残っていないか見回るのを手伝ってきてあげて。誰かいたら私じゃなくて、この子達に伝えるの。」
と話し私達に鴉を同行させることにしてくれた。道すがら鴉に
「今日見聞きしたこと、ユーストマさんに内緒にしてくれたりする?」
と私が尋ねると、鴉は私の箒の先っぽに器用に乗りながら一声鳴く。信頼出来る、と動物言語が分かるヒースが保証した。さてヒースが校舎にいたMonstrosity校の先生方に、野生のドラゴンが来るかもしれないと説明する。生徒は全員寮へ、かつ本当にドラゴンが現れれば寮にシールド魔法を張ってもらいたいと言えば心配そうな顔をされた。
「ヒース君達はどうするんだい。」
「俺らはドラゴンを何とかします。」
「危ないよ、教師陣も何人か討伐に手を貸そう。」
「いえ、こちらの都合で殺すことになるのは忍びないですから、威嚇して追い払うだけですよ。ドラゴンは基本的に穏やかな動物ですから、ご心配なさらず。それよりも先生たちはシールドに専念してほしいんです、俺達の技量では建物全体を守ることは出来ませんから。」
野生のドラゴンというのは基本的に穏やかな動物らしい。だからなのか、信頼されたトップ3といつの間にかイカれた量の魔力を持つと有名になっていた私に任せることに不安は無い様で、先生は笑顔で了承した。ごめんなさい、本当は今から相手をするのは創造生物であり、魔力暴走したドラゴンです。しかも殺せるなら殺す気です。
休日であることもあって、生徒の避難はものの十分で終わった。鴉を窓から放ち、校舎を見回ってもらう。待っている間人のいない校舎でヒースと2人、校長室へ向かうべきか、そんなことをすれば巨大なドラゴンが出来るのに巻き込まれるのかと首を捻る。と、窓枠に戻ってきた鴉がカァと声を上げた。
「あれ?誰かいた?」
「カァ!」
「ついてこい、と言っている。なんだ?」
飛び立ち窓の近くをぐるぐると回る様に顔を見合わせ、窓から私達も箒で飛び出す。鴉はこちらを振り返りながら校舎周りを進んだ。
「これ、校長室に向かってないか?」
「だよね?校長がいたからかな。」
鴉は校長室の窓からだいぶ離れた所で止まった。ギリギリ中の様子が伺えるものの、向こうからは意識しなきゃ気が付かれないだろう距離、って感じ。エアオらしき姿が見えるが、なんか……なん……黒く光る霧とでも言えばいいのかな。それが彼女を取り巻くようにあって、よく見えない。なかなか気味の悪い光景だ。
「なに、あれ。」
「……待て、まさか彼女は、」
ヒースの言葉が途切れる。私達の眼前で、人の形をしていたエアオは変形を始め、
膨れ、
部屋を埋め、
窓が割れ、
床が落ち、
天井は崩れ、
それは、校舎の一角を抉りながら立ち上がった。
立ち上がった、それは。
「私達が倒さなきゃいけなかったのはエアオが造ったドラゴンじゃない……。エアオ自らドラゴンに変わったんだ!」
「じゃあ俺らのやることは、あれを殺さずに気絶させることだって言うのかよ!」
でも、ドラゴンが黒くない。これは最後に出てきたのとはまた別のドラゴンなの?奴はのしりと歩き始め、意志を持ってPhoenix校の方向へ歩み出す。と、ヒースが大きく口笛を吹いた。茶色いドラゴンがこちらを振り返る。なぁにしてんのこの人!?
「とりあえずドラゴンは攻撃しても弾かれるからな。避けるしかないが街の方には行かないようにこっちに気を引くしかない!」
そう叫び、再び口笛を吹いて空高く登っていく。とかく私は弱点だという首の後ろを確認すべく回り込むように飛び始めた。まだドラゴンはヒースに気を取られている。鱗がない所っつったな。いやどこよ……全身まっ茶色やし此奴……兎も角首元狙って1発入れてみるかとばかりに杖を振り下ろす。真っ直ぐ飛んだ青い光は確かに首元に当たった、けどさしたるダメージはないらしい。なんか今、つつきました?って感じでドラゴンがのっそりこっち向いた。……こっち向いたぁ!?そりゃまそうなりますよね!
「ヒース、こいつ首元狙ってもぜんっぜん効かねぇぇぁあー!勘弁してくださぁい!」
叫んで報告する間にもドラゴンがこちらに火を噴いてきたので慌てて上に逃げる。いやこれ高所恐怖症治りそう! 高いとか怖いとか言ってられない!
「どうする!こいつ黒くないけどまだ他にもいるのか!?」
「もう一匹なんていてたまるかよぉ!」
防御魔法が比較的書きやすい紋で助かる。ともあれ街に行かないように気を引いてみたり攻撃したり、時折くる火を避けたりシールド張ったりしていたけど、ドラゴン……エアオのほうが私たちが大した驚異じゃないことに気がついてしまったらしい。羽をばさばさと動かし始め……浮いた。
「やっべぇ飛んだ!」
「行かせんな行かせんな!」
「どーやってだよ!」
「分からん!」
シールドを張ったままドラゴンの進路にたち、体当たり式で足止めを試みる。
「埒あかないよこれ!先生方呼んだほうがいんじゃない?」
「だがお前の魔力で無理なら誰呼んだって倒せっこねぇぞ!」
「へいへーーい、こっちこっち!」
いやに聞き覚えのある声。そろそろシールドももたない、と思ったその時、ドラゴンの背後から呑気な声が上がった。ドラゴンが旋回して振り返る。背中見せるたぁ、まじで一切警戒されてねぇな。
「ウィズ!」
「向こうの避難も完了したよ!」
ドラゴンの攻撃を素早く避けながらウィズが答える。いつの間に来て回り込んでたのよ。ウィズを追いかけてきたのか、後ろから4人も次々と飛んできてドラゴンを囲む形になる。何発かサイネとプリメリアが攻撃をしかけるけど、まぁやっぱりあまり効いていないっぽい。ウィズが拘束魔法を使い動きが鈍ったけど、ドラゴンの力が強いのかウィズの表情はかなり苦しそうだ。しかも定期的に火を吐くから厄介。……下手すると森に引火すんな。攻撃が効かないので全員拘束魔法に切り替えるが、いつまでもつか。
「これ2人にもあげる。爆発したやつ!」
さっきのシールドで力尽きかけて、少し休憩していた私とヒースの近くにセカモアが飛んで来た。叫びながら何かを投げてきたので、慌ててキャッチする。ヒースも投げんなと文句を言いながら同じものを受け取ったようだ。……銃型の魔法具?
「ウィロー校長がブッ飛ばしたのと同じ型のやつ、まだ十個ばかしあったからさぁ!さっき魔力詰めといた!」
「引き金を引けば出るけど、1発しか出ないから気をつけて!」
ランタナが拘束魔法をドラゴンにかけながら、セカモアに続けて叫ぶ。なるほど、つまり伝家の宝刀的な。おっけおっけ。しっかりと内ポケットに入れておく。
少し休めたし助太刀せねばとドラゴンの方へ近づく、と拘束から逃れようと身をよじっていたドラゴンが大きく一声吼えた。じわり、と鱗の色が暗くなっていく。
「ねぇ待って最悪かも知んない。」
「魔力暴走か?」
「そうかも。さっきまでエアオの意識があったとしたら、倒したいのはウィロー校長なんだから、私達には手加減してた可能性ない?」
言う間にドラゴンは黒く染っていく。
「だとすると、もしこのまま魔力暴走したら、」
誰かの拘束魔法が切れた。それを皮切りに次々と拘束魔法が弾けていき、ドラゴンは魔法を振り払って高く舞い上がった。
「まずい、街の方へ行っちゃう!」
セカモアがドラゴンを追って上に上がる。あれ待てよ。ノートで火を被ったのは誰だったっけ。
「……っセカモア!避けて!」
思わずさけんだ次の瞬間、さっきまでの比じゃない大きな火が視界いっぱいに広がった。ああそうか、森に引火しないようにとか、意識がある間はエアオはその辺の調節もしてたわけ?
それがさっきの魔力暴走で、
じゃあ拘束魔法なんて使わない方が良かったのか、
でも止めずに行かせたらウィロー校長は、
一瞬の間に思考が絡まって転がってカラカラと虚しくまわる。対照的に体はすっかり硬直してしまった。熱風に煽られて、やっと事のまずさが脳に到達する。
ドラゴンが口を閉じたと同時に、セカモアが箒ごと下へ落下していく。
視界の端で炎が当たったのか校舎が燃え上がる。
1番近くにいたウィズがセカモアを受け止めて、そのまま共に落ちていく。
ランタナが校舎に水を放って火を止めようとしている。
ドラゴンはもう一度吼え、私達のことをギロリと見渡した。恐らくもう、最初の予定なんてエアオの頭から抜け落ちてしまったんだ。暴走した獣の脳裏にあるのは、目の前で自らを害そうとする邪魔者の排除のみ。
「カエデ、ノートだ!開け!」
ヒースの叫び声で我に返り、慌ててノートを開い、あっ?
また目の前が、弾
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
うっわぁ、捨ててなかったんだっけ、これ。ダンボールから引っ張り出したのは、昔小説を書き込んでいたノートだ。ドブに捨てた気でいた黒歴史の登場に、思いきし顔を顰めた。即刻ゴミ側に放り投げて次の物の選別に移ろうかとも思ったけど、ちょっと怖いもの見たさがあって開き、目を滑らせる。
こうやって片付けが上手くいかなくなるんだよなぁ、と思いながら腰を据えて読み始めたものの、思ったよりもすぐに話は途絶えた。なんだ、こんな冒頭しか書いてなかったんだ。ぱらぱらと白紙のページを捲れば、後ろの方にまた書き込まれているページが出てきた。あー、最後のほうの展開は決めてたのか。でも肝心のオチはない。ドラゴンを前に完全に劣勢になっているところで終わっている。
キャラにちょっと同情心が湧いて、せめてこっからハッピーエンドまで持って行ってあげようとシャープペンを手に取った。ドラゴン相手ならドラゴンスケールのもの連れてくりゃいっか、と最後の所から先を書き足す。
『「ちょっと、どこ行くの!?」
突然ドラゴンと反対の方向へ走り出したヒースにサイネが声を上げる。
「対抗できるものがないんだ、あれを止められるものを召喚する!」
叫びながらヒースは走り去ってしまった。』
うん、これでヒースが何か連れてきてくれるから、それまで時間を少し稼いで、ぉあ?視界がグラッと揺れて、ブラックアウト。体が投げ出されたような浮遊感の後、地面に放り投げられる。ん?地面?待って、土と草の感触が。ねぇ私今室内にいるはず、
「お前が、ドラゴンに対抗出来る奴、なのか?」
上から声が降ってくる。慌てて起き上がると、何故か森の中で、目の前にはピンクヘアの美人がいた。なんで?……いや、なんで?
「いや、どなたさま?てかここどこ?」
慌てて立ち上がると、目の前の美丈夫は深くお辞儀をした。曰く突然知らない世界に呼び出して申し訳ないが、力を貸して欲しい、と。
「俺はヒース・テイラー。貴方には、」
「タイム!」
今ヒースっつった?さっき見たばかりの名前に驚き、思わず片手を上げて続きを止める。
「待って、もしかしてここPhoenix校の、」
「いやここはMonstrosity校の近くだが、」
「どっちも同じようなもんですわ!えっ待って待って。」
幸い握っていたノートはそのまま手にあったから、それを慌てて広げて目の前の御仁に見せてやろうと、思っ、たんだが。
そんなことより。
開いた瞬間に音が止まった。
ザワザワと煩かった森がピタリと黙った。
開いた瞬間に風が止まった。
頬に感じていた冷たさが消えた。
は?
顔を上げれば、同じように驚いた顔の彼と目が合う。しばらく周りを歩き回り、ノートを開けたり閉じたりして確認し、私達はこのノートのせいで時間が止まることを確信した。まぁこれで焦らず説明が出来る、とスーパーポジティブシンキングで彼……ヒース、なのかほんとに。まぁヒースと名乗っているからヒースと呼ぼうか。ヒース君は私にドラゴンを見せようと歩き出した。
道すがら彼から、ヒース君達は今とある事情でドラゴンと戦っており、自分たちでは歯が立たないのでドラゴンに勝てるものを呼び出したと説明を受ける。……はぁーん、なるほど?そうやって書いたな、私が。マジでここノートの中かよ。
そして呼び出された私は、ドラゴンを倒さない限りヒース君の使い魔、らしい。この世界の使い魔が何かは覚えてないけど、一通り厨二病とp〇xiv中毒を経験している人間なので察しはついた。召喚される前の世界に戻るには、使い魔の契約を解消する必要がある。つまり目的達成……ドラゴンを倒さなくちゃいけないってわけ。
「でも私なんも出来ないよ?ドラゴン倒すなんて絶対に無理なんだが。」
「このノートで何とかならないのか?」
「うーん、私も全然このノートの役割が分かんないんだけど。」
時間を止めている間は、周りに干渉しても意味が無いことはさっき確認した。つまり時間を止めた隙にドラゴンをタコ殴りにする訳にもいかないのだ。困った。とりあえず読んでみようとノートを開いて、最初の方を示す。
「ヒース君はこれがどんくらい前の話かとか分かる?」
「俺たちの学校の話ではないから確かじゃないな。サイネ達に聞けば分かるかもしれないが。」
「あ、でも『そろそろ3月』って、」
言いかけた時に体が前につんのめる。しまった、日頃の運動不足が祟って足が上がってないから、木の根に足を取られた。私自身はバランスを取り戻したものの、手から放り出されたノートが地面に落ち、て、
そして私はMonstrosity校の前で目を覚ましたのだ。何も覚えていないまま再びノートと向き合い、そして何気なくノートの最後の文字を読み上げもう一度ノートを閉じた瞬間、木の根に足を取られノートを落としたところに戻っ……いや、進んだ。
「今の、なんだ。過去に戻った……?」
「のかな?でもさっきまで、ヒース君に会ったのすっかり忘れてたんだけど。」
「俺も普通に授業を受けていて、なんで時間が止まるのかさっぱり分からなかった。」
ノートを拾い上げ、もう一度開く。さっき読み上げた直後に時間が飛んだのだから、恐らく同じ方法で過去に戻れるのだろう。
「一か八か、戻ってみるか?」
「え?」
「今の状態じゃドラゴンには勝てそうにない。でももしかしたら、過去に戻れば過去の俺たちが、記憶をなくしたままノートの終わりを見て、対策を講じるかもしれない。それなら、1ヶ月程の猶予があるだろう?」
運任せといえばそれまでだ。でも、正直それ以外に案があるわけでもなかった。
「……おっけー、さっきの所に戻りたい。……これで閉じりゃいいのかな。」
「文を読み上げなくていいのか?」
「さぁ?でももっかい泥に平伏しているところから始めたくないから。私がノートの最後を読み上げて閉じたところに戻る!」
大声で宣言して、パタンとノートを閉じて。そして、私は視界の歪みを覚えながらも、全てを忘れて物語を頭から進めてきた、という話。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「っあー……思い出したねぇ。」
「ああ、思い出した。」
「つまり私達は図らずも、使い魔解消に動いてたわけか。んで、どうします?対策講じきれませんでしたけど。」
現にセカモアは戦線離脱した。爆発で吹っ飛んだ私が生き返った世界だから、首さえかっ切られたりしていなければ回復魔法で何とかなるだろうけど、モロに火を浴びたのだ。回復に何日かかるかしれたもんじゃない。ウィズも彼女についているだろうし。
「あ、今のうちにドラゴンの弱点を確認しよう。せっかく時間が止まるんだから。」
そう言ってヒースは箒で進もうとしたので、慌てて呼び止める。いやノート片手に箒発進したくないんだけど。少し迷ったあと、ヒースは空中に足を踏み出した。そーいや歩けるんだったね、空中。
「この方が勝手がいいな。よし、行こう。」
2人でテクテクと空気を踏み歩く様は、なかなかにシュールだ。方向をイメージしながら歩けば、自由に進むことが出来るのは便利だけども。ドラゴンに近づき、2人でその首元に降りる。
「お?もしかしてここか?」
「ほんとだ鱗無い……いやせっま。」
「無茶がすぎるな。」
相当近づかないと分かんないくらいの幅で、確かに皮膚が露出している所があった。狙うにはせめて1m以内には近づく必要があるだろう。どうりでさっきは上手くいかなかったわけだ。ここまで近づくのなんて、時を止めていない状態じゃ……ん、待てよ?近づけるかもしれないな。
「ねぇ、今こいつ暴走した結果ちょい馬鹿になってるでしょ?」
「ついにこいつ呼ばわりか。」
「ヒースだって途中から校長って言わなくなったくせに。」
「まぁな。」
時間が止まっているとはいえドラゴンの肩に乗っかりながらドラゴンを悪くいうのは如何なものかと思わんでもないけどね。
「てかそこじゃなくてね、今の状態なら気を引いているうちに近づくことが出来んじゃないかなって。」
考えたアイディアをヒースに説明すれば、ヒースはかなり渋い顔をした。ヒースが囮役を任され、1番ドラゴンに接近する方を私がやるのが不満だというけど。でもこれは合理的な選択なんだ。まず、囮をする間シールドを持たせるには私の体力が足りない。それに箒を使わずに飛べるほどの浮遊魔法を出力できるのは私かプリメリアくらいで、ヒースには無理だ。で、プリメリアはドラゴンの弱点をその目で見てない。私がヒースを浮かせればいいという話もあるけど、私は囮をしながら彼の動きを操れるほど器用じゃない。だから、これがいいんだ。説き伏せて、ヒースに手伝ってもらって浮遊魔法の紋を覚え込んだ。
作戦をもう一度確認した後ノートを閉じれば、箒の上に瞬時に戻る。ノートを閉じる前に相談したとおり、ヒースは私に自分の銃型魔法具を放った。片手をあげて受け取り、内ポケットに収める。先程までの様子を見れば、火を吐いたドラゴンが再び吐くまでには時差があるはずだ。そう何回も連続してはけるものじゃないらしい。
校舎の消火を続けるランタナと、ウィズを追いそうになっていたサイネとプリメリアに、ヒースが大声で叫んだ。
「森の方を向かせるな、せめて校舎側に火を吐くように気をひけ!いいか!ランタナは消火を続けてくれ!」
3人がヒースの言葉に頷く。ドラゴンはヒースの声にすら反応を示さず、苛立ったように辺りを旋回し始めた。ランタナ以外の2人とヒースが、ドラゴンに攻撃を掛けながら気を引いていく。予想通り、というべきか。目の前をヒラヒラと飛び、時に攻撃し、拘束魔法で動きを制限する3人にドラゴンはかなり苛立っているようだ。さっきまでの理性も目的を失ったドラゴンにしてみりゃ、私達の攻撃が効くとか効かないとかは今やどうでもいいことなんだろう。とかく目の前をうろつく目障りな何かを排除することで頭がいっぱいのようだ。
お陰で、ドラゴンにさしたるダメージは無さそうだが一時的に拘束することや攻撃に気を取らせることは出来るようだった。私は一度ドラゴンから離れ比較的安定していそうな木の枝に降り立つ。有難いことにドラゴンは森側に一切の注意を払っていない。
箒を後で拾うことにして地面に落とし、木の枝に腰掛けたまま自分自身に浮遊魔法をかけた。複雑な紋だったけど、時を止めている間にヒースから教わり叩き込んだものだ。まぁなんつうか、魔法具を使うために手を開ける必要があるけど、箒では両手が塞がってしまうから、これが最善の方法だと思ったわけ。何せSですから出力は十分。問題は持続時間だ。ここからは時間との勝負になる。
ヒースから受けとった魔法具と、自分に渡された魔法具をそれぞれ手に持ってから木の枝に立ち上がる。意識を集中させて、飛び立った。ぐいぐいとドラゴンの方に近づく。奴はまだ気がついてない。
十メートル、五メートル、一メートル。
手を伸ばして、首筋に狙いを定める。両手で同時に2つの引き金を引いた。魔法具だから、反動はない。放たれた魔法が2発、確かに狙った位置に入った。途端、凄まじい吼え声と共にドラゴンの体がのたうつ。
眼前に暴れた体が、黒い鱗が迫ってきて、咄嗟に反応出来ない。ガシャン、と途轍もない衝撃が全身に走り、ドラゴンの体に弾かれたのだと分かった時には魔力の限界が来ていた。
やっべまたかよ。落ちっぞ、これ。
なんて冷静に考えることが出来たのも束の間で、私の体は降下を始めた。思わず強く目をつぶった瞬間、ぐいと体が引っ張られる。強い力で引っ張られるのに驚いて目を開いた直後、誰かに抱き止められた。下で、ドラゴンが落ちたのか凄まじい音がする。セカモアとウィズは平気かな、なんてぼんやりと考えていれば、頭上から大きな溜息が聞こえた。
「俺が前のより強い、使い魔用の手網の魔法を覚えておいたことに、感謝して欲しいな。」
「……巻き上げ式的な?」
「そういうことだ。」
前回私の全体重を腕二本で支える羽目になったからか、別の魔法を覚えていたらしい。いつの間にか屋上に降り立っていたヒースに、前回より楽に引っ張り込まれた私は、無事落下を免れていた。抱きとめた状態からそっと降ろされたので、改めて周りを確認する。
ランタナは消火を終えたらしく、ヒースの隣に立っていた。サイネとプリメリアは箒に乗ったまま下の様子を伺っている。見下ろせば、ドラゴンが木を数本巻き込んで倒れていた。
「おぉーい!終わったぁ!?」
森の中からウィズの声がする。あぁ、2人が落ちたあたりからだ。相変わらず馬鹿でかい声が出るもんだよ。
「終わったよー!セカモアは無事!?」
「大丈夫!火傷はあらかた直したよ!」
サイネの叫び声に帰ってきた返事に皆が安堵の息を漏らす。と、Phoenix校の方から誰かが箒に乗って飛んできた。
「あれ、ウィロー校長?」
ランタナの呟きに改めて人影を見つめる。……ホントだ、校長だ。
「みんな大丈夫かい?」
「とりあえずは。ほらウィロー校長、早くあれ戻しちゃってください。」
ヒースが下にのびているドラゴンを指さし、あれがエアオですよと言うと、ウィロー校長は目を見開いた。とりあえず、起きる様子が無いドラゴンの近くに私とヒースと校長は降り立つ。他の4人には、セカモアをPhoenix校に運びこむことをお願いした。何しろほら、Monstrosity校はちょい燃えちゃったしね。保健室に行くにも向こうのほうかいいだろう。
「……このまま殺してしまった方がいい。」
しばらくの沈黙の後、ウィロー校長はドラゴンを見上げてハッキリと言い放った。思わずヒースと顔を見合わせる。
夢。願望。
「こんなもの持ってなくても困らなかった。いらないものだ。」
それはダメでしょう、と言葉が出かかって喉元で引っかかる。薄っぺらい引き止めの言葉ならいくらでもあるけど、そもそも自分の夢も分からない私が「夢を捨てないで」なんて言えない。
「自分のやりたいことに突進して、手段を選ばない。君らもこいつの醜態を見ただろ。」
「……どんな夢だったんです。何に願望を抱いていたんですか。」
ヒースが静かに問う。ウィロー校長は少し目を泳がせたあと、ひとつ大きなため息をついた。
「忘れたよ、そんなもの。」
「闇魔法はあまりお得意じゃないんでしょう?だからエアオは闇魔法が上手かったんでしょうね。」
「……かもな。」
理想の体現。ふとそんな言葉が過った。その結果生まれたものは、ウィロー校長の人生を乗っ取ろうとしたものだったけれど。見境なく職探しに走り出したのも、人を助けたのも、エアオだ。自分のやりたいことに突進して、手段を選ばない。そんな、半身。
「ウィローさん。三年間、特にこの年に入ってから、俺はエアオとかなり会話してきましたけどね。」
「……ああ。」
「融通効かないし、ワンマンだし、やってられないと思うこともありましたけど。いい、人でしたよ。」
ヒースの言葉に、ウィロー校長は何か言いかけて、そのまま地面に視線を落とした。
「校長、今のお仕事はお好きですか。」
問いかければ、ウィロー校長は私の方に視線を投げる。
「勿論。」
「なら、受け入れてあげてください。今のお仕事を拾ってきたのは、彼女なんでしょう。……貴方は彼女をコントロール出来ないわけじゃないでしょうし。」
「現に出来なかったさ。」
「それは切り離されたからでしょう。」
しばしの沈黙。彼女は黙ったまま自身の杖を取りだした。
「……かもな。」
空に書いたそれは本で見た自己分離魔法の解消紋。紋がドラゴンの方へ飛び、当たる。ドラゴンはみるみる崩れてゆき、その破片はウィロー校長の胸に吸い込まれて消えた。
「やはり、いけ好かないな。」
そう呟いて小さく笑った校長に、私もヒースも笑みをこぼした。
「それにしてもこれ、どーすんだよ。」
色々終わったとはいえ、燃えた校舎やら事情を聞きたがる教師生徒、突如消えた校長エトセトラ。問題しかないまま曖昧に誤魔化し一日を終えたところで、私とヒースは最後の仕事のために、私の部屋で向かい合っていた。
「だぁいじょうぶ。物語の中では、必ずめでたしめでたしで終わったその後は、末永く幸せに暮らせんだから。」
「そう、だな。じゃあ。」
1番最初に来ていた服に着替え、ノートを握りしめて。真っ直ぐヒースを見返す。
「……さようなら、カエデ。」
「さようなら、ヒース。」
「ドラゴンは無事倒された。これをもって、契約を解消する!」
ヒースの声を最後に、視界がぐにゃりと歪み、ブラックアウト。
は、と意識が浮上した。重い頭を持ち上げて、何度か瞬きをする。なんだかぼんやりとして、周りの景色を捉えるのに苦労した。
「カエデー!片付け終わりそう?」
遠くから姉貴の声がする。……引越しの荷造りをしていた、部屋。戻っている。恐る恐るノートを開けば、白紙だったはずのページにぎっしり明朝体が刻まれていて、先程までの光景が夢じゃないことを伝えてきた。
「……ごめーん、もうちょいかかる!」
「一旦降りてきて休憩しなー!」
「うん、今行くわ!」
叫び返して、改めて部屋を見渡す。そうそう、大学卒業が近いから、実家を出ていく荷造りをしていたんだった。それにしても、なんつー、妙な経験。ふと思い立って、ノートの1番最後のページを開く。ドラゴンがウィロー校長に戻ったところで記述は終わっていた。ふむ。シャーペンに手を伸ばしかけて、その隣のボールペンをとる。
『そして、Phoenix校とMonstrosity校の関係は修復され、どちらの学校もウィロー校長が指揮を執ることとなった。セカモアも無事回復し、6人は平穏な学園生活に戻った。皆何事もなく、末永く幸せに暮らしたという。めでたしめでたし。』
我ながら陳腐な文に笑って、そっとノートを閉じる。引越し先に持っていく方のダンボールにそれを放り込んで、体感1ヶ月ぶりにリビングに顔を出しに行くべく立ち上がった。
了