表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

パズルもオセロも四隅から②

「いやアナグラムっていうか、確かその頃U.N.オーエンを見て感動したんだよ。多分それだ。」

「なんだ、そりゃ。」


 メモの続きに


 U.N.OWEN


 と書き付けて、ヒースに見せる。


「UNOWEN、綴りは違うんだけど読み方はunknownと同じでしょ。これが『そして誰もいなくなった』の冒頭で出てくる、本当は存在しない招待主の名前なのよ。」

「ああなるほど。」


 ここから発想が来ているとすると……unknownは正体不明。となると他は、名無しの権兵衛とか?英語にもあったな、似たようなの。ジョン・ドゥだっけ。John Doeだから、


 J N D E E A O

 JO N D E


 ……HないしO足りないしEとA余るね。不発か。横からメモを覗き込んでいたヒースが、ジョン・ドゥって男性だよな、と呟いた。


「女性の場合はジェーン・ドゥのはずだぞ。」


 横からペンを奪ったヒースが、メモに


 Jane Doe


 と走り書いた。……お?


 J N D E E A O

 JANE DOE


「おー!」

「ピッタリだな。」

「つまり……え待って、じゃあうちの校長は『名無し人』って事になるよね?」

「……実際には存在しない?いやでも、何度も会ってるぞ。」


 そうなんだよね。ヒース達はその目で校長を見ているわけだし。でもウィロー校長には血縁で歳の近い女性はいなくて、エアオ校長は『名無し人』のアナグラム。じゃあウィロー校長とエアオ校長は同一人物?まさかな、同じ時間にどっちの学校にもいるし、第一顔も違って……顔も、違って?ランタナの話を思い出して、私は立ち上がった。


「ヒース、図書室って日曜日も開いてる?」

「あ、あぁ。スタッフはいないから持ち出しは出来ないが開いてるぞ。今から行くのか?」

「行く!」


 私の勢いに半ば押されるような形ではあったけど、ヒースも着いてきてくれるらしい。私の部屋を出て図書室に行けば、平日より人はまばらだった。


「いい?この図書館の魔導書の中には自分から自分の性格を引き離して、もう1人の自分を作る方法が書いてあるものがあるの。」

「え、」

「あるんです。」


 知らんけど。ここからは今の私の考えと、かつての私の考えが矛盾するかどうかの賭けだ。かつての私の考えと矛盾しない範囲でなら、私はこの世界を思い通りに出来るはずだってことは最初に分かっている。そう、だから私が今閃いたそれが、かつての私と同じならば。そのために必要な魔法がこの世界には存在するはずなんだ。


「魔導書の1番入口側の棚の下段1番右端の本に載っています。」


 そう宣言して図書室にずかずかと入り、魔導書の1番入口側の棚の前に立ち、しゃがんで下段に目を滑らせ、1番右端の本に手を伸ばした。「自己分離魔法」、1ページ目の説明をヒースに見せる。


「私ねぇ、そのころジキルとハイドも読んだんだよね。」

「……なるほどな。」


 自分の感情、性格などの一部を自分から引き離し、新しい人間として生成する。それが自己分離魔法だそうだ。その際つくられた人間は、自分と全く同じ容姿をしている。しかし分離してしまえばそれは引き継いだ感情や性格に加えて人格が形成され、つくった人間のコントロール下には置けない。


「で?これがドラゴンとどう関係するんだ。」

「まず、エアオ校長はウィロー校長が自己分離魔法を使って生みだしたもう1人のウィロー校長なんだよ。」


 ヒースが私と彼の周りに防音魔法をはる。歩けばついてくるシールドは、内緒話には丁度いい。そのシールドの中で、部屋に戻りながら導き出されたことのあらましをヒースに説明していくことにした。とはいえ、全部が全部分かったわけじゃないんだけど。


「だからエアオ校長には過去がない。それにウィロー校長はエアオ校長が自分だってことを隠したがっているから、事を荒立てたくないんだと思う。これが襲撃を公にしない理由だね。」

「でも、似てはいたが同じ容姿じゃないだろう。」

「髪色は魔法で変えられるし、顔も変えようと思えば変えられるんでしょ。エアオ校長が後から自分で変えたんだと思う。」


 サイネがいっていた失敗した研究も、恐らく自己分離魔法のことなんじゃないかな。それに必死にエアオ校長がウィロー校長を攻撃していることを考えると、もう一つ仮説が立つ。


「ドラゴンは確実にエアオ校長の仕業なんだよ。というか、この流れなら絶対そういう風に話運ぶ。」

「まぁ、分からなくもない。」

「それでね?君らを使って攻撃しているってことは、エアオ校長にとって、何かしらウィロー校長が居なくなると都合がいいことがある、ってことでしょ。ドラゴンが出てくるのも、エアオ校長がウィロー校長側に仕掛けた攻撃の一種なんじゃない?なかなか襲撃が上手くいかないことに焦れた、とか……。」


 ヒースは私の言葉に眉を寄せる。まぁ我ながらドラゴンの話と自己分離魔法の情報だけで多少飛躍しているとは思う。けれど、この世界には確実にシナリオってやつがある筈なんだ。全部の出来事は繋がり、襲撃とドラゴンエンドは何らかの形で因果を持つ。持たなければそれは物語には不要な要素だ。


「エアオ校長は、ウィロー校長を殺すつもりでいると?」

「君らの襲撃だけなら負傷させるくらいのつもりかもしれない、と言えるけど。でもドラゴンが本当にエアオ校長によるものならば、殺す気だと思わない?」


 しばしの間。三年間親しんだ相手が人殺し、と言われてはいそうですかとはいかないだろう。ヒースはしばらく黙って歩いていたが、そうだな、とはっきりした声で口を開いた。


「問い詰めるか。」

「え?」

「ここの校長がジェーン・ドゥなのはほぼ確実だ。それで、この世界の、この物語の黒幕がジェーン・ドゥの方なら、エアオ校長よりはウィロー校長を問い詰めた方が安全なんじゃないか?」


 それに関しては同意見。ふむ。ならまぁ……


「作戦会議だね、全員呼ぶよ。」


 部屋にいたプルメリアを引きずり出し、ヒースとウィズの部屋に連れていく。ウィズにも説明してからランタナに電話をかけ、向こうもサイネとセカモアを半ば無理やり連れてきてもらう。


「……ということで。あなた達三人に協力してもらうしかないんだよ。私達もそっちの学校に行くから、校長に会わせてもらいたい。」


 改めて襲撃のおかしさを説明し、そして今回判明したエアオ校長=ウィロー校長説を解説した上で、どうしてエアオ校長がウィロー校長を襲うのかの訳を問い詰めたい、というお願いで話を締めくくる。ドラゴンの話は出来ないから、私とヒース以外の5人にはあまり緊迫感がないんだろう。ランタナは当初から賛同してくれているけれど、ウィズとプルメリア、サイネとセカモアは何となく協力体制に抵抗を覚えているように見える。


「わか、ることは分かるんだけどさ。なんか……ね。」


 微妙な空気を代表するようにウィズがボヤく。うん、そうね。ずっと喧嘩してたんだもん、仕方ないよなぁ。どうしたもんかと腕を組んだ私の横で、ヒースがなぁ、と声を上げた。


「例えば、その、昔馴染みだったら信用できる、みたいな話をしてただろ。」


 珍しく歯切れの悪い話し方。全員キョトンとしてヒースの方を見る。


「まぁ最初から協力してくれているランタナの話ではあるから、あまり効力はないかもしれないが。……お前さ、小さい頃、ランタナって名乗ってなかったんじゃないか。」

「……やっぱり、ヒースってヒース・テイラー?」


 ランタナはヒースの質問に質問を返した。あ、そういうの1番良くない返しだぞ。質問返しってやつ。でもまぁヒースにとっちゃ答えも同然だったのか、詰めていた息を大きく吐き出した。


「そーだよ。お前、カマラだな?」

「うん、小さい頃はそう呼ばれていた。久しいね、ヒース。」

「テイラー、ってランタナのファミリーネームじゃない。え、親戚?」


 画面の向こうでセカモアが驚いたように声を上げた。ランタナはそれにいたずらっぽい笑みで答える。


「従兄弟だよ、二つ下の。」

「二つ下ぁ?ヒース飛び級だっけ?」


 ウィズの問いにヒースは首を横に振る。だから確信が持てなかったんだよ、とボヤくヒースにランタナは声を上げて笑った。


「実は僕、みんなより二つ年上なの。」

「「え!?」」


 私達よりも、勿論向こうの二人が大声をあげる。そりゃ今まで同い年だと思ってりゃ驚きもするわな。


「カマラは体が弱くて、中等部を卒業したあと迷いの森のほうに養生しに行ったんだよ。その後どうしたのか全く知らなかったが。」

「うん、2年休んだあとにここに進学したんだ。てっきり親がおばさん達に連絡しているもんだと思ってたんだけど……まぁ、ヒースがMonstrosity校に行くから言いにくかったのかな?」


 成長期の2年間顔を合わせなかったのだ。お互いまさかな、と思いながらも確信は持てなかったらしい。ランタナはヒースの名前を知って、ヒースはランタナの出身地を聞いて、疑惑が深まったのだとか。


「名前が違うから他人の空似かと思って……でもランタナって、おばさんの名前だろ。だから繋がりがあるのかとは疑ってたんだ。」

「僕の家、代々1人目の子供の名前はランタナなんだ。母方の風習なんだけど、母さんも長女でランタナだから紛らわしくて。今でも家に帰ればカマラって呼ばれるよ。」


 この「従兄弟かもしれない」という思いが、ヒースもランタナもある程度すんなり歩み寄る気持ちになれたきっかけだと言う。確認がすみほっとしたのか、打ち解けた様子の2人に、周りの4人の緊張も緩んだ。2人に釣られたのか、はたまた友人の古い知人がいる、というのが心を許す気持ちにさせたのか。驚いたけど、まぁこれで協力しやすい空気になったならそれでいいか。


「2個年上ねぇ……私みたいに途中から入りゃ良かったのに。」

「3年勉強しておきたくてさ。」

「カマラ、随分派手な色に染めたな。それもあって別人に見える。」

「ヒースも人のこと言えないでしょ。」


 にへ、と笑う顔は確かにヒースに似ている。ヒースがじゃあ改めて、と声を上げた。


「親戚がいた、ってので、親近感は湧かない、だろうか。」


 おずおずと言った彼に、ウィズが少し不貞腐れ多様な声色で、


「まぁ今の見てたらさぁ、ただ違う学校に進学しただけって言うのをまざまざと感じたよねぇ。僕別に、3人のパーソナルなことは何も知らないもん。」


 と答える。画面の向こうでサイネも苦笑いを浮かべた。


「そうね。私の知ってるランタナが、信頼出来るっていうヒース君が信頼してる友達……って時点で学校にこだわる必要は無いのかも。」


 プルメリアがそれに頷くと、セカモアが仕方ないなぁと1つ伸びをした。


「ランタナに免じて信用しようかな。じゃ、異論がないならちゃっちゃとウィロー校長をゆする方法考えよっか!」


 いやゆするて。言葉が不穏なんだけど。ただまぁやることは確かにゆすりのそれだよな。


「聞き出すことは2つか。何故ウィロー校長はもう一人の自分をつくったのか。そしてエアオ校長、つまり彼女の半身が何故ウィロー校長を攻撃しているのか。」


 ヒースが指を折りながら言うと、全員が頷く。プルメリアが問題は、と呟いた。


「どうやったら誤魔化されない、か。」

「そーだねぇ。絶対に逃がさないように聞かないと。」


 セカモアが腕を組み唸る。自白魔法で何とかなるのかなぁとかまた不穏な単語を呟く彼女に、サイネが肩をはたいた。


「ウィローおばさんに私達の自白魔法が効くわけないでしょ。」


 アッ自白魔法を諌めてくれる訳じゃないのね。そんでなにやら他のみんなが「どうやったら我々の力でウィロー校長に自白魔法がかけられるか」っていう方向に話を進めていく。


「魔法具を使えば7人分の魔力が一気に使えるんじゃないか。」

「あ、確かに。それなら逃げ場を無くすのも同じように考えればいいよね。」

「魔力を貯められると厄介だし、まずはウィロー校長の魔法を封じる必要があるよね。」


 次々繰り出される方法は完全に犯罪会議。お互い抜かりなく部屋に防音を施しているとはいえ、いやぁ……考えることがえげつねぇ。


「うん、じゃあ魔法具作れたらまた連絡するから!」

「今週の襲撃はお互い上手いこと躱そうね。」


 取り敢えずセカモアの魔法具開発を待つことになり、1度解散。私達も各自自分の部屋に戻ることにする。


「ドラゴンに繋がるヒントも得られるといいね。」

「あぁ……絶対にカエデを解放する。」

「うん。私も、絶対にこの世界をハッピーエンドにするからね。」


 小さな声で約束を交わして、グーをぶつけた。この世界に来て半月。ノートの進みは早くなったり遅くなったりと定まらないから、残り時間は分からない。当初は、余裕で1ヶ月は持つだろうと思っていたけれど、もうノートは半分を過ぎようとしていた。クライマックスに文量が割かれることを考えれば、急がなくてはいけないかもしれない。

 週末にはPhoenix校から連絡は来なかったけれど、私とヒースはノートのお陰で3人が魔法具の開発にしっちゃかめっちゃかになっているのを知っていたのでさもありなん、という気持ち。ウィズとプルメリアは心配そうだったけれども、のんびり待とうと言いくるめていた。

 ことが動いたのは、それから1週間と3日……私がここに来てから4回目の水曜日の事だ。放課後、ランタナから電話がかかってきた。ちょうど4人がいつものように集まって夕食をとっているところ。ナイスタイミング。


「魔法具、出来たよ!」


 映像を繋ぐと、昼の戦闘時同様白衣を着たセカモアが画面いっぱいにうつる。曰く、白衣は彼女が魔法具を作る時と使うかもしれない時に着る勝負服、だそうだ。


「無力化、自白魔法、部屋全体の隔離。この3つで大丈夫かな?」

「うん、作戦通りだね!」


 ウィズが惜しみなく画面の向こうへ拍手を送る。セカモアで見えないけれど、ランタナの声が、


「あとは僕らの演技力と君らの素早さにかかってくるよ。」


 と告げた。今週末が、勝負の日だ。


『……

 ノックし校長室のドアを開けたランタナは、中にいるウィローと目が合うと軽く会釈して手元の紙の束を掲げた。


「失礼します。頼まれたプリントを持ってきました。」

「ありがとう。」


 ランタナに続き、サイネリア、セカモアが紙の束を持って部屋に入る。両手が塞がっているからか、入口のドアは開けたままであった。三人はそのままウィローの後ろに回って、テーブルの上に持ってきた紙を積む。ウィローが三人の方を振り返った。


「随分沢山ありますね。」

「全校生徒用だからな。すまないね、いつも雑用を頼んで。」

「いえ、たいしたことじゃありませんし。」


 サイネリアとランタナがウィローと談笑している間、セカモアはウィローの座っていた机の正面に回り込んだ。


「校長、これなぁに?」


 机の前にしゃがみこみながら声を上げたセカモアに、ウィローが再び正面を向いた瞬間。ウィローは首に何かが当たる感触に驚き振り返った。同時に入口のドアが閉まる音がする。部屋中に魔法がかかった気配がして、ウィローはただ目を白黒させた。

 ……』


「校長、これなぁに?」


 セカモアの声を合図に、私達はドアから部屋に滑り込む。私がドアを閉めた瞬間、ウィズがセカモアから預かった銃型の魔法具で部屋の隅を撃った。部屋中に魔法が走る。これで、部屋から人も物も音も出入りできないらしい。ちらと確認すれば、ウィロー校長の首にはしっかりと魔力無効化の魔法具が嵌っている。


「手荒な真似をお詫びします。」


 ……うわぁ1ミリも思ってなさそうな声。ランタナが爽やかな声で校長に詫びを入れる。詫びながら、校長の腕に素早く別の魔法具をつけた。あれが自白魔法具だね。

 7人全員、ウィロー校長の前に並ぶ。ウィロー校長はしばらく驚いたように固まっていたけど、自分の腕と首元の魔法具に触れたあと、ふかい溜息をついた。


「毎度毎度よく出来ているね、セカモア。」

「お褒めに預かり光栄。」


 にっこりと笑うセカモアに苦笑いを浮かべて、校長は机に頬杖をついた。諸々諦めが着いた、という表情に見える。


「で?7人がかりで何を聞きに来んだい。そっちの4人はMonstrosity校の生徒かな。」

「えぇ。毎度の襲撃をお詫び申し上げますが……その襲撃について少々お伺いに参りました。」


 ヒースが内ポケットから写真を取り出す。昨日……金曜に、図書館のパンフレットからうつしたものだ。それを校長の机の上に置く。


「Monstrosity校校長、エアオ・ジェンダについて。」


 ヒースはここで言葉を切った。予定通り、残りはサイネが引き継ぐ形で校長に尋ねる。


「ウィローおばさん。私達が聞きに来たのは二つ。何故貴方はエアオ・ジェンダというもう一人の自分を造ったのか。そして彼女は何故あなたを攻撃しているのか。」

「どうして、彼女を造ったことを知っているのかい。」

「彼女は来歴を持ちません。一校の校長でありながら、経歴というものが一切ない。それに元は貴方と同じ顔だったと容易に推測出来る顔立ちですから。」


 校長の問いには私が答えた。アナグラムは「作者」が「読者」に仕掛ける遊びだから、ここで言及する必要は無い。


「極めつけに、Monstrosity校の書類上の持ち主は貴方です。」


 内ポケットから紙を1枚引っ張り出し、校長に見えるよう掲げる。あの後ふと思い立ち、プルメリアに調べてもらったことがある。まぁ厳密に言えばプルメリアが親に頼んで調べてくれたこと、なんだけど。やはりというか、彼女の親は結構な地位の方だった。おかげで文書の確認が出来たのは良かったけどね、ちょっとビビったよね。

 調べてもらった結果、予想通り文書上学校を経営しているのは2校ともウィロー校長になっていた。Monstrosity校のほうは「代理人が管理」することになっていた、らしい。にしては代理人の名前も何も無い当たりガバガバ感が……やっぱり時代設定結構古いんかな。ま、アガサ・クリスティ読めるけどな。時空の歪み?小学生の考えた世界なので考えたら負け。


「だからエアオ校長の正体は分かったんです。あとはなぜ貴方が自己分離魔法を使ったのか、そして彼ら6人はどうして喧嘩させられているのか分からない。……教えてください。」


 はっきりと私が言い放てば、校長はすこし口籠ったが、すぐに手元のブレスレットが控えめに発光した。校長がそれに気がついているかはさておき、彼女はゆっくりと口を開く。


 ウィロー校長の話はこうだ。話は7年前、サイネがウィロー校長と連絡を取れなくなった頃に遡る。予想通り、ウィロー校長……いやその頃は校長でもないのか。ウィローさんが取り掛かっていたのは自己分離魔法の研究だった。

 何とか上手いこと、分離した自分をコントロール出来るようにならないか。その方法を模索していたのだという。研究中、作り出した自分を自分の中に戻す方法を卓上で作り上げた彼女は、実際に試してはコントロール出来ないものを戻す、という方法で実験を続けた。その過程で、エアオが生まれた。コントロール出来なかったゆえに、いつも通り戻そうと思ったのだが、上手くいかなかったのだという。理由は単純で、何らかのミスによりエアオがウィローさんより強い魔力をもっていたのだ。


「未だに理由は分からないんだ。私の魔力が減った訳では無いし、コピーされた訳でもない。なのに、何故か私よりも強い魔力を持っていた。コントロールできないなんて言うレベルの話じゃなかったよ。」

「エアオは、あなたから何が分離した存在なんですか。」


 サイネの問いに、ウィロー校長は目線を落とした。少しの間の後、小さな声で彼女は呟く。


「いうなれば夢だな。」

「夢?」

「そう……願望。」

「それって、どういう意味ですか。」


 問いには答えず、ウィロー校長はひとつ溜息をついて話を再開した。エアオは数日間大人しくしていたものの、じきにひとつの部屋に閉じ込められることに反発を始めた。そして遂に実験室から逃げ出してしまったのだ。


「私の振りをしてあちこちで仕事を探して回っていたらしいね。実験室を出る時に、毎回毎回『お前と違って私には仕事がある』と言っていたから、仕事があれば外に出てもいいのだと思ったのかもしれない。」


 その途中で、壊れていた家屋を修繕したらしい。と言ってもウィローさんも直接それを見た訳ではなく、ケロッとした顔で帰ってきたエアオの話を聞いただけだというが。その修繕魔法の上手さ、魔力の強さなどをみた役人が、エアオに話をもちかけてきた。


「全くなんでその日に限って国の役人の視察と被ったんだか。……元々、その時期に新しい学校を立てる予定だったらしい。その創立に関わらないかと打診されたんだな。」


 勿論ウィローさんの名を名乗っていたエアオであるから、役人は次の日にウィローさんの研究室を訪ねてきた。致し方なく、現状を説明して話を断ろうとしたらしいんだけど。役人はむしろウィローさんがエアオのことを隠したいのをいいことに、半ば脅迫する形で話を進めてしまった。


「なんでか知らないが、エアオは闇魔法しか使えないんだよ。通常魔法すら使えない。一方私は、元々光魔法と相性が良かった。どうせなら両方利用しようって訳だな。」


 それで、Phoenix校とMonstrosity校の設立へと話は進んでいく。


「エアオは自ら容姿を変化させて、校長として表舞台に立つことを決めた。私も止めなかった……と言うよりは、止めるすべもなかった。まぁ、数ヶ月はそれでも何とか上手くいったんだよ。」


 今までの経験といったものがないエアオをサポートしながら、ウィロー校長はなんとか学校を回していた。しかし、別人として人生を歩みだしたエアオは自分に「過去」がないことに不満を持ち始める。


「だから私が邪魔なんだよ。私さえ居なくなりゃ、私の過去をまるっと貰うことが出来ると考えてるんだな。それでこっそり生徒をこっちにやるようになった。……そういう話だよ。」

「貴方を殺したら、彼女はそのあとどうするつもりなんでしょうか。」


 ヒースが問いかければ、校長は腕を組んで唸る。彼女とて、もはや別人と化した片割れの思惑を理解しきっているわけじゃないんだろう。


「あぁ、もしかするとここを壊しにかかるかもな。」

「ここって……Phoenix校を?」

「昔は私をピンポイントで狙わずに、学校全体を攻撃してきていたんだ。ただ私が学校全体に保護をかけるようにしてからは、校長室ばかり狙うようになった。まず私を撃った方が早いと思ったんだろ。」


 2人に別れてから「ウィロー」がしたことは全部抹消したいんじゃないか、というのはあくまでウィロー校長の推測ではあるけど。まぁかなり的を射ている気がする。


「エアオをウィロー校長に戻すには、何か手はないんですか?」

「私よりあいつの魔力が落ちればいいんだがね。もしくは戻すことを諦めてあいつを屠るか。」


 ランタナの問いに、出来たらとっくにやっているとウィロー校長は苦笑いを浮かべた。聞きたいことは聞けたので、何かいい手があれば協力するという事を伝える。ウィロー校長からも今まで隠していたことの詫びと、口外はしないで欲しいという願いを伝えられた。彼女から魔法具を取り外し、部屋の魔法を解除して、深く一礼してから私達7人は校長室を出る。お互いまた何かあれば連絡する事として、それぞれの寮に戻ることにした。


「カエデ、何か思い出したか。」

「今回の話で?」

「そう。」


 今回は特にノートも開かず、土曜日の午後を私の部屋での会議で潰すことにした。まぁ防音魔法かけときゃ何話すにも気兼ねはないし。午前中の気疲れもあって、2人とも床に溶けている様な状態で、ヒースの質問を頭の中で転がす。


「思い出したこと……」


 正直思ったよりもドラゴンに関するヒントは得られなかった。んだけど。1個何となく思い出したことがある。確かウィロー校長が死なないのにドラゴンは出てくるのだ。


「ドラゴンさ。多分あの話だとウィロー校長が死ぬ、邪魔者がいなくなる、Phoenix校ぶっ壊すにゃドラゴンが一番楽、みたいな手順で登場すると思うわけね。」

「そうだな。」


 選ばずに垂れ流した言葉にヒースが頷く。いつもなら言い方を考えろと言われそうなもんだけど、ヒースもまぁ疲れているんだろう。


「でも、ウィロー校長が死ぬことはなかったはずなのね。」

「へぇ?じゃなんでドラゴンが。」

「考えたんだけど、私が来なかったら君らって手を組む理由がなかったろ?」

「確かにな。」


 あくまで元のプロットでは私はいないはずだった。で、その環境下でウィロー校長が死なずに、かつドラゴンが発生し、そんで6人が手を組む流れ。


「でこれは仮説なんだけど。まず何らかの出来事でウィロー校長が死んだ、ってヒース達3人が勘違いして、それをエアオに伝えて、ドラゴンが発生する。」

「なるほど?」


 溶けていたヒースが座り直した気配がする。立ち上がる気にならなくて、私は転がったまま話を続ける。


「次に、うちらの学校からやってくるドラゴンに驚いたランタナたちが、実は瀕死で生きていたウィロー校長を問いつめ、今日の話を聞く。」

「ふむ。」

「その話を受けて、こっちの3人に協力依頼してドラゴンを倒しエアオを校長に戻すべく……みたいな。」


 ヒースが立ち上がって、私にせめてベッドに転がれといいながら台所へ向かった。紅茶のパックどこだったかといいながらあちこちをひっくり返している音がするので、棚の右の下、とベッドに移りながら答えた。


「で、そうだとすると。そのウィロー校長が死にかける出来事がいつ起こるか分からないし、それまでずっと俺達も誤魔化しながら喧嘩しているわけにもいかない。いっそ嘘をついてドラゴンエンドを発生させたほうがいいような気もするが、ドラゴンを倒す策もエアオ校長をどうにかする策もないぞ。」

「そこなんだよなぁ。」


 ベッドに腰掛けて、そのまま後ろに倒れ込む。ヒースが戻ってきて、カップを置いてくれた音がする。


「全然思い出せない、どうやって戻したんだろ。エアオを殺したらダメだよね?」

「戻すのとは話が違うな。その感情が永遠に失われる……夢、だったか。」

「魔力を無くせばいいんだよね確か。」

「つってたな。」


 起き上がって紅茶をもらう。クッキーでも食べるかと立ち上がれば、後ろでヒースが腹減ったと独りごちた。


「クッキー食べる?」

「それより昼食べてないぞ。」

「そーいやそうだったね。なんか買ってくる?」

「食堂で食おうか。」

「日曜日もやってると便利だねぇ。」

「全寮制だからな。」


 食堂に向かう道すがら、ふと思い立ってヒースを見上げる。私よりだいぶ背が高いヒースだから、どうしたって立っている時は見上げる形になるのだ。


「ねぇ、今の……えっと彼女には夢がないってことだよね。」

「そうなるな。」

「どんな感じなんだろ。」


 ヒースは前を見たまま、少し考え込むように遠くを見つめた。私も倣って前を向き、自分の夢を思い出そうとしてみた。夢。願望。なんだっただろう。


「さぁ……あまり自分の夢を意識することもないからな。」


 少しの間の後に出されたヒースの結論は、私にしっくりくると同時に十代にしては意外な答えだった。そのまま無言で食堂まで行き、食べている間は他愛のない話を続ける。人の目があるし、もしかしたらエアオの目があるかもしれないから。食事を終えたあと、ヒースが図書室に行こうか、と呟いた。なんでか聞こうかとも思ったけど、ここでは言えない理由だから言わなかったのかもしれないし、黙って頷く。

 図書室に着くとヒースがノートを開くように促してきたので、適当に空いている席を見つけてノートを広げる。ありがたいことに日曜日だからか周りに生徒は少なくて、たくさんの人が固まっているという気味の悪い光景を再び見ることは避けられた。アレ結構怖いんだよね。


「さてと。ともかくこの間見つけた自己分離魔法の本をもう一度確認しないか?そもそもどういう方法で戻すのか確認しておきたい。」

「そーだね。えーっと、魔導書の1番入口側の棚の下段1番右端の本!」


 歌うように言えばヒースが苦笑いながら頷いて、例の棚に近づいた。1冊抜き出し、パラパラとページを捲っていく。


「あぁなるほど。相手を気絶させる必要があるのか。」

「え、じゃあ魔力がどうのっていうのは、」

「実力行使で気絶させることが出来なかった、つーことだな。」

「めっちゃ思考回路が体育会系。」

「まぁつまり、どんな手を使おうとドラゴン止めてエアオ校長を気絶させることが出来れば……」


 そこまで言ってヒースは顔を上げた。目を合わせて数秒、どちらから示し合わせることなく


「「無理だろ……。」」


 と呟きが漏れた。


「え、ドラゴンでしょ?しかもノート見る限りアホみたいにデカかったよ。」

「しかも黒いのは魔力暴走なんだろ?理性のない相手を説得することは出来ないぞ。」

「待って待って、ドラゴンを説得出来なくてもドラゴンを操ってるエアオの方を説得出来れば、」

「いやだからエアオの言うことをドラゴンが聞かない状態なんだよ。」

「詰みだね。」

「ドラゴンが出てくる前にエアオを気絶させるべきか?」

「どうやって?」

「……どうやって?」


 怒涛のように、というかもはやコントの速度で掛け合い、結局戻ってくるのは「How to」の話。しばらくフリーズしていたけど、ヒースがよし、と手を打った。


「最悪を想定しよう。俺らがドラゴン登場前にエアオを気絶させることに成功出来なきゃ、ドラゴンを倒すこととエアオを気絶させることを両方こなす必要があるんだろ?」


 改めて文字化されると凄まじいミッションだ。うげ、と顔を顰めると、実際そうなんだからと窘められる。


「まぁ、そうなりますね。」

「だろ?だからまずはドラゴンを倒すことを前向きに検討する。」

「前向きに……」

「そう、前向きに。」


 その言葉を受けて、私はうーむと腕を組んで目を瞑る。ということは次にすべきなのは。


「魔法生物学の1番入口側の棚の下段1番右端の本にドラゴンの生態及び弱点についての本があります。」

「1番入口側の棚の下段1番右端大好きかよ。」

「分かりやすいでしょうが。」


 今度は魔法生物学の方の棚まで行ってみたものの、棚を埋めた本の背表紙に文字がない。……え?全部ない!


「うわ、待ってなにこれ。」

「おい見ろ、全部ないぞ。こっちの棚も……今まで気が付かなかったのが不思議なくらいだ。」


 改めて本棚を見れば、今まで私達が開いた本以外の背表紙には何も書いてない。コピーペーストを繰り返したみたいな本棚に頭痛がした。こりゃなかなか……SAN値にくるね。


「……開くと出てくる。」

「え?」

「開いたら、中身はちゃんとしている……それにほら、背表紙が。」


 ヒースが手に持っていた本を私に見せて本棚に戻した後、その隣にあった本をとり、背表紙の方を私に向けてパラパラとめくる。じわりと背表紙が滲むように現れた。


「なかなかに気色悪ぃ……。」

「口が悪いぞ、カエデ。」


 1度席に戻り、ノートを閉じる。本棚に戻ると、全ての本に背表紙が現れている。認識しようと思えば読めるのだが、遠目に一望するとぼかしが入ったようにはっきりしない。


「1番入口側の棚の下段1番右端……違うな。」


 ヒースが引っ張り出した本はグリフォンの躾方の本。やはりノートを開いている間の発言は適応されないらしい。


「じゃあ改めまして、魔法生物学の1番入口側の棚の下段1番左端の本にドラゴンの生態及び弱点についての本があります。」


 2人同時に目線を左に滑らせる。……おぉう、「ドラゴンの生態」。


「あったね。」

「なるほどな。」


 パラパラとめくって内容を見ていくと、確かに弱点についての記述がある。……うん?いやでもこれ、


「ヒースさんや、ドラゴンは首の後ろが1番弱くて、鱗に覆われてないから『他の部分より比較的』弱い力でも攻撃が通るそうですよ。」


 気になるところをわざと力強く読めば、ヒースの左頬がひくりと動く。笑うしかないけど笑えない、みたいな表情。


「……比較的?」

「……ってどんくらい?」

「さぁ。」


 本に視線を落として固まっていると、ヒースの目の前に青い紋が表れた。……遠距離会話だ。慌てて図書室から出て、先ず音声だけ繋げる。


「あ、ヒース!?やっばいよ、Phoenix校の校長室消し飛んだんだけど!」


 ウィズの声が飛び込んでくる。……内容を把握するのに数秒。


「「は!?」」


 本日二度目のハモリが廊下に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ