主役が出てくるのが遅いんだよな
「確かに一見すると森に囲まれているが、直ぐに街に出られるぞ。ほら、ここを真っ直ぐ行って左に行くように道があるのが分かるか?」
「ホントだ。踏み固められてる感じ。」
ヒースとMonstrosity校の門の目の前に立ち、森の方を見る。明るいところで森を見るのは初めてだ。暗い中、しかも雨で濡れていた地面を見た時は思わなかったけれど、それなりに人の往来があるのか、思ったより道らしさがあった。
「じゃあ、行くぞ。」
今日は2度目の土曜日。ランタナと会う為に、ヒースが指定した場所までヒースと私の2人で行く日だ。ゴキブリもどきの手紙を仕込んでから4日間……一見、先週と同じ1週間だった。ただヒース曰く、ランタナは手紙を受け取ってから徹底して守りに回って、攻撃を仕掛けて来ることは無かったらしい。ウィズも宣言通り手を抜いていたし、サイネとセカモアはかなり違和感を覚えているようだった、とか。
そう、ノートを見ている限り、ランタナは何食わぬ顔でいつも通りの日々を過ごしていたんだよね。手紙を入れられたあと、彼はポケットの中で蠢き回った何かに驚いたものの誰にも言わず、自室に戻ってから読んだという記述はあったけど。それっきり。二人に手紙のことは話さなかったらしい。なんなら物語が動かなかったという認識なのか、ノートの記述も少なかった。こっちの話も2章の頭に出てきたっきりノートには登場しない。あ、そうそう、1周目と違う展開を踏んだらノートが書き変わっていたんだけど……ばっちり私も「同級生のカエデ」として登場していた。なんかいよいよ組み込まれちゃった感じがして、正直ちょっと不安だ。
「ランタナから返事はなかったんだよね。」
「まぁな。ただあの態度を見る限り、無視することは無いとみた。」
左に曲がれば森の出口が見えた。ホントだ、建物が沢山。大きな街だな、こりゃ。
「ほら、あれがPhoenix校。」
「ああー、あのでかいの。」
「そうだ。」
ヒースが指さす方を見れば、街の奥にお城のようなものが立っていた。おぉ、こりゃ正統派なお城だね。うちがホラー映画ならあっちはディ〇ニー映画。森を出て歩けば、あちこちの店先から挨拶が飛んでくる。みんな私達の制服をみて、Monstrosity校の生徒だと分かっているようだった。
「街の人って、うちの生徒やPhoenix校の生徒に対してどう思ってんのさ。」
「どちらの生徒もこの街に買い物に来たり遊びに来たりするが、良くしてくれているよ。どちらも名門校だから有名だしな。」
「坊っちゃま嬢様達はいいお客なわけね。」
「言い方。」
ヒースの話に相槌を打ちながら振り返って森を見れば、線を引いたように木の壁が出来ていた。スパッと森が終わっているのを見る限り、この街は開拓地みたいなもんなんだろう。元は森だったに違いない。
「よく喧嘩にならないね。」
「まぁ、仲が悪いことも知れ渡っているからな。自然と俺達がよく行くエリアと向こうがよく行くエリアっていうのが出来ているわけだ。」
どの辺から?と聞けばヒースはあっちは行かない方、とPhoenix校の方を指さす。いやアバウトで分かんねぇよ。思わず首を傾げると、今度箒に乗って空から説明してやるよ、とヒースは笑った。最近あんまり鼻で笑ってこないで、こうやって屈託なく笑ってくれることが増えた気がする。かぁいいなコノヤロウ。
「今回はどっちのエリアで会うの?」
「ちょうど真ん中あたりを指定した。どっちの生徒も滅多に来ない店だし、個室も多いから問題ないだろうと思ってな。」
「……個室?」
待って、何処で会うつもりなの?お高い店じゃないそれ?ジト目で見れば、わざとらしく肩を竦めてみせる。
「心配するな、ただのカフェだ。」
「……でもお高いんでしょう?」
「黙秘。」
「おい。」
「奢ってやるから。」
「そういう話じゃないでしょ。」
さすが全寮制というか、Monstrosity校の生徒は(多分Phoenix校も)ボンボンが多い。みんな金遣いが荒いんだよ、割と。私ほぼ2週間奢ラレイヤー状態だし。それにしても、確かにチラホラうちの制服がいるけど、他の制服を来た子は見つからない。歩いているうちにうちの制服も数が減っていった。
「このあたりは俺もあまり来ないな。ただ、プルメリアの実家がこのあたりで、たまにお邪魔するんだ。」
「へぇ。やっぱりこの町出身の人多いの?」
「いや、少ない。首都から来る奴が多いし、まぁ『お前みたいに』地方から越してきた奴もそれなりにいる。」
わざとらしく強調してきたので思わず肩を叩く。はいはい、親が仕事でね、引越ししてね、はいそういうことになっていますとも。
「ここだぞ。」
「うへぇ、立派な洋館だ。絶対お高い。」
「つべこべ言うなって。」
なかば引きずられるように建物の中に入る。ねぇー、もうカフェって感じじゃないよぉ、お高いホテルかレストランかなんかでしょ。ヒェ、ロビーみたいだし従業員給仕服だぁ。高いレストランだ知ってる。見たことある。ロビーの隣が食事のスペースなんだろうね、ここからでもテーブルが見える。でも、話し声からしてそんなに多くの人がいる訳ではなさそう。十時だと昼には早いからかな。
ずかずかとカウンターに近づいていくヒースの後ろに慌ててくっついていく。多分何回か来ているんだろう、スタッフの方もヒースを知っているようだった。
「お久しぶりです。」
「お元気そうでなによりです。お嬢様は相変わらずですか。」
「えぇ、彼女も元気です。仲良くやっていますよ。」
ここも誰かの実家なんかな。にこやかに受け応えをするヒースを思わず恨めしげににらみつける。なんも聞いとらんぞ、私。
「今日のことは聞いていますか?」
「ええ。ただまだお見えになっていないみたいですよ。」
「そうですか。では彼女とテラスにいますから、来たら伝えてください。」
手招きされるままに隣の部屋に移る。部屋の壁のうち一面が全てガラス張りになっていて、外にもいくつかのテーブルが見える。ヒースは迷わず窓の方へ進み、ガラス戸を引いた。ハァー毎回こういう時自然にドアを抑えて私を通してくれるのはなんなの?最初やられた時はレディファーストとかか?と思ったけどうちの生徒みんなこれするんだよね。最初の人がみんなを通してあげんの。ここのマナーなのかしらんけど、やられる度ときめく。みんなやたらスマートなんだわ。かっこよ。すこ。
ガラス戸を通って外に出る。庭はそんなに大きくはなかったけど、手入れが行き届いていて美しい。奥の方には白い花が見えた。
「時期が合えばバラが咲いているんだ。毎年、綺麗に。」
手頃なテーブルに近寄り椅子を引きながらヒースが呟く。バラかぁ。そりゃ、印象もだいぶ変わるんだろうな。見てみたい、けど。花が咲くのは4月……いや、バラは5月くらいか。2ヶ月先、ね。それまでこの世界にいるのかな私。彼の向かいの椅子を引いて座る。黙り込んだ私の考えが読めているのか、ヒースがうすく微笑んだ。
「もしも春まで元の世界に帰れなくても、花が見られると思えば少しは気が楽かと思ったんだが。」
「……うん、そーだね。見てみたい。」
「その時はプルメリアが解説してくれるさ。」
ん?プルメリアって花詳しいんだっけ。首を傾げると、ヒースがニヤッと笑う。あっヴィラン顔。
「ここ、プルメリアの実家。」
「……えっあっそういう?」
あー、この辺りにプルメリアの実家があるって言ってたし?スタッフとも知り合いだったし?お嬢様とは仲良く?はーなるほど、色々納得はした、けど。
「いや言ってよ、先に。」
「萎縮するのが面白かったもんだからな。」
「こいつ……。」
まぁ、プルメリアの実家って聞いていても違う意味で萎縮した気もするけど。
「そういや、何時にランタナを呼んでんの。」
「十一時だ。こちらが呼ぶのに遅れるのは悪いと思って、1時間前に着くように来た。」
「なるほどね。」
「だからまだ三十分以上あるな。何か飲むか?」
私が返事をする前に、彼は体をねじってガラスの方を向いた。部屋の中にいたスタッフが手を上げるヒースをみてこちらに来て、メニュー表を渡してくれる。え、これ注文言うまでここにいてくれんの?めっちゃやりづらいな。まぁ確かに他に中にもスタッフ入るしお客さん少ないけどさ。
「ヒースのオススメある?」
「よく頂くのはハーブティーだな。ここのは香りが飛んでなくて美味しいんだ。」
ハーブティー……あ、色々ある。ルイボスは聞いたことあるな。飲んだことないけど。ローズヒップ、ベルガモット、エトセトラエトセトラ。多くない?そして味が想像できない。くそ、いつも粉コーヒーとパックの紅茶だけで生きてきた人間には未知の世界だ。
「……飲みやすいやつってどれ。」
「クセがないものってことか?」
「そんな感じ。というか、味の想像がつかなくて。」
「あー、なら……林檎が嫌いじゃないならジャーマンカモミールはどうだろう。風味が林檎に似ている、と俺は思う。」
「じゃあ、ジャーマンカモミールをお願いします。」
オウム返しみたく、黙って横にたっていたスタッフに伝える。もはやメニューすら見ない。ヒースもメニューを見ずにモカを頼む。スタッフは注文を繰り返して一礼してから、ガラス戸の向こうに戻った。
「ここ、コーヒー豆選べるんだ。」
「ある時と無い時があるけどな。コーヒーの方が良かったか?」
「ううん、大丈夫。コーヒーはそこまで詳しくはないけど、まぁ味は知ってるから。せっかくなら新しい味に挑戦するよ。」
コーヒーは割と好きだ。ここに来る前は、基本は粉コーヒー、所謂豆も何もない市販のやっすいやつ飲んでた。でも時々ドリップでモカとかキリマンジャロとかも飲むからね。モカ美味しいよね、私一番好き。それにこっちに来てからは粉コーヒーもドリップもないから豆を買って挽いているから、少し詳しくなった。まぁ極論コーヒーの味がすりゃなんでもいいから、こだわりは無いんだけど。
ハーブティーはホントに初めてだ。元の世界でもこっちでも飲んだことがない。うん、美味しかったら向こうの世界に戻ってからも試してみよう。戻れたら。やべ、またテンション沈んできた。
私の心配を知ってか知らずか、ヒースはうろ覚えだが、と前置きした上でお茶が運ばれてくるまで庭の花を教えてくれた。奥の方に咲いている白い花がプルメリア、つまりここのお嬢様であり我らが友人の姉さん、プルメリアの名前の由来の花。そしてテーブルの近くの茂みが、さっき言っていたバラらしい。ちなみに少し前までクリスマスローズが咲いていたらしいけど、枯れたのか見当たらない。ヒース曰く、枯れている花は庭師が素早く回収してしまって、まず見られないんだそう。
「枯れて、種が落ちて、勝手に繁殖するのが植物の面白いところだと俺は思うけどな。まぁ店の庭ともなると枯れているものが人目に付くのも、勝手に種を落とすのも嬉しくないことになるだろうが。」
ヒースがそう言って肩を竦めるのに頷く。管理されていない美しさ、管理された美しさそれぞれに魅力があるよね。ここには徹底して人の手が入っているからこその美しさがある。
そうこう話していると、十分せずに飲み物が運ばれてきた。あ、ホントだちょっと林檎っぽい香りがする。少し前に、貰い物のフレーバーティーパックの中にあったアップルティーを飲んだけど、それに似てる気が。……まぁあれは匂いがついた紅茶だけど。
「そういや、ヒースはランタナに会わないんだよね。」
「ああ、俺はここで待ってる。」
「じゃあ困ったらノート開いてここ来ればいっか。」
「それもそうだな。」
常にローブの内ポケットに杖と一緒に突っ込んであるノートを触る。やたら大きい内ポケットで助かったよね、ホント。
「話すこと、一応確認していい?」
「ああ。ともかく第一に、手紙の返事だな。」
「向こうの意図、だよね。」
「そう。何故、誰がってやつだ。」
「5W1H。」
「そこまではいらないだろ。」
三十分あるとなるとそんなに焦る気もおきない。出会ってから2週間で、ここまで軽口を叩くくらい人と打ち解けるのも珍しいけど、まぁどうせ嘘が付けないということがお互いの気を楽にしているのかもな。私にはノートがあるし、ヒースには使い魔の魔法がある。強制的な信頼ってやつ?
「他になんか聞いとくことある?」
「いやどうだろう……俺は特にないかな。」
「そう?」
「ただ……」
ヒースの目が少し泳ぐ。何、私もなんか気まずい気持ちになるんだけど。
「ただ、何?いいよ、なんでも言って。聞くかどうかは私も一緒に考えるし。」
「……出身を。」
「え?」
コーヒーに目線を落としたまま、小さい声で彼は続けた。
「ランタナに、出身を聞いてみてくれないか。」
「出身?え、どこで生まれたかって?」
「というよりは、Phoenix校に来る前にはどこにいたのか、だな。」
「別にいいけど……」
なんで?喉まで来た言葉を無理やり飲み下す。ヒースの居心地の悪そうな顔を見たら、なんとなく追求する気にならなかった。
他愛のない話をしていれば時間はすぐ過ぎる。二人ともカップを空にしてしばらくした頃、最初にロビーにいたスタッフがこちらにやってきた。
「お連れ様が……」
「今はどこに?」
「上の部屋にお通ししました。」
目配せされて、深く息を吐く。いよいよだ。
「彼女だけ連れて行ってくれ。」
スタッフの後ろをついて歩く。テーブルが並ぶ部屋を出て、ロビーを通り抜ければ階段があった。
「後でお飲み物のおかわりをお持ちしましょうか。」
階段を上っている途中に、前を行くスタッフが尋ねてきた。ああそっか、それなりに長く話すかもしれないんだもんな。
「えぇと、コーヒーを。モカで。」
思わず口をついたのはさっきヒースが飲んでいたやつ。ずっと香りを嗅いでいたから、だと思う。スタッフは一つ頷いて、またそれきり黙った。階段を登りきったところで右に曲がる。廊下はそんなに長くなくて、左右の壁に2つずつ、合わせて4つのドアがあった。左の壁の手前を、スタッフが軽くノックする。返事はない。
「では、あとでモカをお持ちしますね。」
スタッフが階段の方へ戻っていくのを横目に、ゆっくりとドアを引いた。寮の部屋より少し広い部屋だ。ドアの正面の、大きな出窓が目に飛び込んできた。名前を知らない花が花瓶に飾ってある。部屋の中央には下と同じテーブルがあったが、イスではなく1人がけのソファが二つ並んでいた。そのひとつに、こちらに背を向ける形で座っているのがランタナだろう。読んだとおりの青い短髪が見える。
「……こんにちは。」
なんて声をかけるべきか悩んだけれど、取り敢えず挨拶してみる。考え事でもしていたのか、驚いたように彼の肩が跳ねた。
「すみません、気が付かなくて。カエデさんですね?」
立ち上がりこちらを向いたランタナは、予想に違わない柔和な顔つきの美少年だ。ごく自然に差し出された白い手を、思わず受け取る。
「はい、ランタナさんですか?」
「ええ。今日はよろしくお願いします。」
私インタビューにでも来たんだっけ。びっくりするほど警戒心がない様に、逆に緊張する。促されるままに彼の向かいのソファに座る。ドアが見える方を譲られたことすら、彼の気遣いのような気がしてきた。
「取り敢えず、軽く自己紹介させてください。ヒースの手紙には私の名前しか書いていなかっただろうから。」
「そうですね、同じ特進クラスだけれどこちらへの襲撃には関わっていない友人、と書かれていましたよ。」
なんというか、ホントによく来たなこの人。そんなアバウトな説明のよく分からない相手に会いに来れる勇気がすごい。
「ええと……私、この学校につい先週転入してきたんです。色々あってヒースと知り合って、なし崩しに貴方達との揉め事も聞きました。」
控え目なノック音。どうぞ、と声を上げればスタッフがトレーを持って入ってきた。私の前にコーヒーカップを置き手際よくランタナの前にあった空のティーカップに何かを注ぎ、一礼して退出する。
「……失礼、話が途切れましたね。続けて下さい。」
静かにランタナが言った。ティーカップを持ち上げて飲むだけの動作すら、洗練されている。この世界の奴らは学生すら貴族が板に付いているんすかね?嫌味な感じじゃないのが逆にすごい。
「ええ。それで、話を聞いて不思議に思ったんです。仲が悪いことは知れ渡っているのに、その原因も、トップ同士が毎日揉めていることも誰も知らない。」
「それで、ヒースにあの手紙を?」
「私が書かせたわけじゃないですよ。尋ねたら、彼も理由を探る気になったようです。」
うあー、こういう会話疲れるから嫌いなんだよな。元来コミュ障を極めている私にはこういうピリピリしたような会話はとてつもなくしんどい。
「では、本題に入りましょうか。お手紙の返事ですが……いえ、その前に。」
「はい?」
「どうせ同級生です。」
ニッ、と口の端を持ち上げて見せる表情は先ほどとは打って変わってやんちゃな少年を思わせる。お、この顔ヒースに似てる。
「敬語じゃなくて良くない?」
ランタナの提案に、思わず詰めていた息を吐き出した。伸びていた背筋がずるりと背もたれに落ちる。
「あぁー助かる。めっちゃやりにくかった。」
「あはは、あんまり同い年に使わないもんね。」
歳上なんですけどね、私。あ、もしやこの世界線って浪人とか留年とかあんのかな。だとすると分からないか。
「じゃあ手紙の話ね。本当は返事書こうかと思ってたんだけど……。ああ、動く手紙、結構心臓に悪かったよ。」
「ふふ、ヒースに言っとく。生きた化石みたいに動く手紙って、普通に嫌がらせだよね。」
「だから返事は目覚ましの音がする手紙にしてやろうかと思ってたんだけど。」
おわ、Phoenix校もなかなかに愉快なのが揃ってそうだな。ノート見る限りそんなにやんちゃ坊主感なかったけど……あぁまぁ他2人のボケ具合が凄いだけか。
「手紙渡すタイミングなかった?」
「サイネやセカモアにもバレたくなかったしね。」
ランタナが眉を下げて困り顔をつくる。コロコロとよく変わる表情が、とてもかわいい。ある程度警戒心は持っておくべきかもしれないけど、やっぱり私が書いたキャラクターだから、私の好みなんだよな、皆。
「2人には黙ってたんだね。」
「絶対話し合いにならないから。」
まぁ、うん、それは何となくわかる。ランタナにはノートのことは知られていないから、分かるとは言えないけども。
「さてと。まず僕らが聞いている分には、始まりはMonstrosity校の生徒が突然あの時間に校長室に襲撃に来たことらしい。迎え撃つようになった形だね。」
「それは、いつ頃?」
「創立の年の中頃。つまり、六年前くらいかな。」
「えっ、そんなに最近?」
思わず声を上げると、ランタナが不思議そうに目を瞬いた。
「え、知らないの?Phoenix校もMonstrosity校も、6年前にできたばかりでしょう。僕ら、4期だもの。」
……マ?もっと老舗だと勝手に思ってたんだけど。
「うん、ごめん。ホントに何も知らないんだ。なんて言うか、魔力だけで合格しちゃって。」
「そうなんだ。……あー、爆発には気をつけてね。」
ランタナ絶対今サイネのこと思い出したでしょ。一瞬遠い目になった彼に心の中で手を合わせてからコーヒーを啜る。
「それで、Monstrosity校は何をしに来てるって言われた?」
「いや何も。1期の先輩達……えっと1期の先輩って言っても、1期の先輩三学年分いるからな……三年1年間だけいた先輩達だね、その頃からずっと、とにかく来るのを追い払ってるみたい。」
「やっぱり、それってなんか変じゃない?」
私の言葉にひとつ頷いた後、ランタナはローブから杖を取りだした。
「良ければ、これちょっと聞いてくれる?」
さらさらと空に紋を書いていく。杖を振ると、紋がそのまま浮かび上がりテーブルの真上で静止した。雑音混じりの音が、紋がある辺りから響く。
「『どうして襲撃の事を公にしないんですか?明らかに迷惑行為ですから、領主様も動いてくれると思いますが。』
『お前たちが守ってくれているなら大丈夫さ。』」
ランタナの声に答える声は……若い女性の声かな。男性にしては高いけど、低くて太い、強い声。
「『我々とて完璧にお守りできる訳ではありません。現に先週は校長室の窓が割れたじゃないですか。』
『すぐ直ったからいいだろう。』
『何か公表したくない訳がおありで?』
『……ランタナ、お前には関係がない事だ。深入りするなよ。』」
紋が消えて、部屋に沈黙が降りる。……今の相手って、もしかして。
「Phoenix校の校長、だったり?」
「ご名答。手紙を貰ったあの日に、授業の資料を受け取るついでに聞いてみたんだよ。……なんか、変だよね。それもあって、今日来る気になったんだ。」
ヒース達と同じで、ランタナ達だってそういうものだと思えば指示に従うことにあまり疑問を持たなかったんだろう。ただ一度違和感を覚えれば、無視できるようなものでは無い。杖を仕舞って、彼はかわりに例の手紙を取り出した。封筒から取りだし、テーブルに広げる。
「だから答えは、『校長から、理由不明』って所かな。そっちとあんまり変わらない。」
なるほど。どちらも校長が勝手にって感じなのかなぁ。じゃあ私達の最初の予想があってたってこと……なんだけど、じゃあ公にしない理由は?少し悩んだけど、手紙の文をそっと指でなぞる。
「ここ、教師側の要請、って書いたけど。Monstrosity校の三人も、うちの校長に言われてやってるんだよね。他の教員は知らないと思う。」
「こっちと同じか。」
「そう、校長と校長なんだよね……」
じゃあ、どうするって言ってもね。取り敢えず両者話すところは話したから……手詰まりだな。時計が正午を指しているのを横目にみたランタナが、お昼お願いしようかと呼び鈴を鳴らした。スタッフが注文をとって下がったあと、彼がちょっと関係ない事言っていい?といってソファを少しこちらに寄せてきた。
「ちょっと髪の毛の色が気になっちゃってさ。触っていい?」
「いいけど、そんな珍しいかな。」
「んー、珍しい、っていうか。これ地毛?魔法?」
「地毛だよ。……え、髪色って魔法で変わるの?」
私の髪の毛を持ち上げて眺めているランタナ自身は、綺麗な青髪だ。染めたにしては綺麗だから、地毛だと思ってたけど。
「変わるよ。僕のはお店で変えてもらった。」
「魔法で?」
「うん。美容院の人の方がこういう魔法得意だし。」
はぁー、なるほど!ヒースやウィズの髪色もそういうことかもな。いやそれにしても、職業による魔法もあるんだね。え?昔の私ここまで考えてたのか?それとも勝手に充填されたんかな。
「カエデさんの、魔法で染めたにしては複雑な色だなと思ってさ。」
「呼び捨てでいいよ。」
「そう?じゃあ、僕も呼び捨てでいいよ。」
髪の毛がやっとこランタナから解放される。
「髪の色が変えられるなら、メイクとか、顔とか体つきも魔法でどうにかできるの?」
何気なく聞いただけだけど、相手はヒースじゃないんだから、この質問は一般常識が無さすぎてやばかったか?いまいち、この世界の世界観掴みきれてないんだよね。ちらっとランタナの顔を伺うと、少し驚いた顔をしていた。
「もしかしてカエデ、美容院とかサロンとか全く行ったことないの?」
「うん、ないね。」
自分で切ってたよ、と明後日の方向を見ながら嘯く。いや先月美容院行きましたわーハサミで普通に切ってもらいましたわー。
「まぁ髪切るだけなら鏡見て自分である程度整えられるものね。行けば分かるよ、髪を切るのも染めるのもメイクするのも大抵魔法だ。ごく稀に魔法を使わない人もいるけどね。」
職人のこだわりかなぁなんて思いながら頷く。実際髪を染めることに関しては、魔法の方がよほど綺麗に染まっているけどね。クオリティの問題じゃない部分もありそう。向こうの世界での、機械化問題的な感じかな?
「顔や体を直接変えることも、まぁ値が張るけどお店があることにはあるよ。創造性物の応用魔法だね。」
「創造生物?あぁ、読んだことある。」
ドラゴンのあれか!そっか、元からいる生物の体を作りかえられるなら、人間にもやりようがあるよね。
「じゃあそれで別人になれちゃうんだね。」
「よほどリスクをとるなら別だけど、そんなに根本的には変わらないよ。面影は残る。」
頼んだお昼ご飯が運ばれてきた。ランタナはサンドイッチ、私はカルボナーラ。……なんかメニュー表のパスタのところにカルボナーラあると絶対頼んじゃうんだよね。自分であんまり美味しく作れないから。あれ待てよ、もしかするとこの料理も魔法で作っているのかな。なら面白いな。
「それにしても、校長の動きが妙だとして……私たち、どう動くべきかな。」
ご飯を食べながら、話を戻すべく聞いてみる。ていうかランタナソファ戻さないのか?めちゃ近いんだけど。ランタナは小さく唸り、首を傾げた。
「聞くな、って言われちゃうとなんともね。昔のことを調べるべきかな?学校が出来てすぐ揉めているなら、学校が出来る前の話が原因なのかもしれない。」
「あ、そっちの校長の略歴みたいなの分かる?今まで何してたかって。」
「学校のパンフレットに載ってたかな……見てみるよ。」
そう呟いたあとランタナがメモを取りだし、なにやら書き付けて一枚破った。私にそれを差し出す。
「遠距離会話、これで繋がるから。」
書きつけられていたのは彼のフルネームだ。……この世界、基本言語は日本語だしやり取りも日本語なのに、どうして大抵英語表記というかアルファベット表記の名前なんだろうね。カタカナだと恰好が付かないとか?まぁいいや。
この世界には電話っていう機械はなくて、遠距離会話用の魔法がその役割をしている。杖で紋を書いてから電話をかけたい相手の名前を書きつける必要があるから、フルネームを書いてくれたんだろう。ペンと紙を借りて、私の名前もローマ表記で書いて渡した。同姓同名はどうするのか、っていうと頭の中のイメージも必要だから、顔と性格が丸かぶりしていなければ問題ないらしい。まぁ……私も先生に聞いただけなのであまり詳しくは……。
「取り敢えず何か分かれば連絡するから。……あー、サイネとセカモアには、言った方がいいのかな。」
メモを受け取ったランタナが、首を傾げた。そういや、あの2人じゃ話し合いにならないって言ってたもんなぁ。
「うーん、感情的になっちゃって校長に何か言われると困ると思うけど。」
「それとなくどう思うか聞いてみて、リアクションによっては黙っておくね。」
ともかくランタナとは、協力体制が出来たって訳だ。あ、そうだ。
「この下にヒース来てるんだけど、会う?」
何気ない提案だったんだけど、やっぱりお互い喧嘩しているだけあって、あんまり会いたい相手じゃないのかな。名前聞いただけで、ピタリとランタナのご飯を食べていた手が止まった。彼の眉間にしわが寄る。
「ヒース、ってピンク髪の子だよね。」
「そうそう。」
「うーん、まだ遠慮しておこうかな。おいおい、ね。」
無理は言いたくないから大人しく頷いておく。しばらく学校の授業がどうとか、このあとの喧嘩はなるべく物を破壊しない方向で、とか話してるうちにご飯が食べ終わったから、そろそろ解散することにした。食器も下げられたし、あとはお互い2杯目の飲み物が少し残っているだけだ。
「それじゃ、授業終わりの時間は大抵一緒だから。終われば自室にいるはずだし、好きな時に連絡してくれていいよ。」
「うん。今日はありがとうね、ランタナ。」
お互い荷物も特に持っていなかったから身支度もない。飲み終わったカップをテーブルに残して外に出た。階段を降りながら、最後に聞いておきたかったことを尋ねてみる。
「そういえば、私は引っ越してきたって話したけど、ランタナの出身はどこなの?この辺?」
「いや、結構遠いよ。なんならド田舎って言っていい。南の山より向こうの……谷のガーデンって呼ばれてる場所分かるかな?あの辺なんだけど。そこにずっと住んでて、入学のためにこっちに来た。」
そういや何人かの先生の自己紹介で、北の山、西の山とか聞いたな。なんたらアルプス的な感じで有名な山があるのかな?今度ヒースに地理教えてもらわないといけないかも。
「分かんないなぁ、あっちの方は行ったことないから。」
まぁどこも分からないんですけどね!
「あのあたりは年中暖かいから、いろんな花が見られるんだ。色々落ち着いたら、見においでよ。」
ロビーでランタナと別れてから、そのままテラス席の方へ向かう。途中ですれ違ったスタッフにもう部屋を使わないことを伝えて、ガラス戸をあけた。
「1回もノートを使わなかったじゃないか。上手くいったってことか?」
「開口一番それかい。」
お疲れとか言ってくれてもいいのに、とボヤけば鼻で笑われる。腹が立ったのでランタナと話しながら取ったメモを顔に押し付けて、文句を聞き流しながら彼の正面に座った。
「向こうがPhoenix校の校長について調べてくれるのを待つしかないかなって感じ。喧嘩は向こうの2人が変わらず本気だから、上手いことやってって。」
「なるほどな。」
「あ、あとねぇ、ランタナは谷のガーデンあたり出身って言ってたよ。今度地名教えてよ……ヒース?」
メモをみていたヒースが、谷のガーデン、と聞いた瞬間に顔を上げた。目を見開いて、随分驚いた顔をしている。え、何?そんな驚くこと言ったの?
「どしたの?」
「あ、いや。……なんでも。」
「いやめっちゃ気になるって。」
「……違ったら気にならなかったんだが、そうか……同じか……。」
ぼそぼそと呟くヒースにムッとした。中途半端に気になるようなこと言っといて私には何も言わんのか?聞いてきたの我ぞ?口を開こうとした瞬間、ヒースが杖で例の紋を書いて、
「『この件に関しては聞かないでくれ。』」
「ちょぉっとぉ!ズルくない?」
「すまない、もう少し分かったらちゃんと言うから。」
はぁー。これだから使い魔はさぁ。初日以降食らってなかったからすっかり忘れていた。不貞腐れた顔をしてもヒースはそっぽを向いたきりだ。コノヤロウ。
微妙な収穫ではあったけど、ともあれ用事は済んだので、学校に戻ることにした。プルメリアの実家から出て、同じ道を辿りながら学校に向かう。
「この辺りだと稀に向こうの生徒もいるんだが……あぁほら少し遠いが。」
「あ、ほんとだ。制服がランタナと同じ。」
向こうの方におさげ頭が……おさげ頭?金髪?
「まってあれセカモアじゃない?違う?」
「セカモア?あの白衣野郎か?」
「いや言い方。」
遠目だからよくわかんないけど、それっぽい感じじゃない?でも白衣着てないんだよなぁ。
「待って待って、こっち歩いて来るよね?」
「俺たちに気がついてないっぽいな、あれ。」
「え?気が付かれる前に、逃げた方がいい?」
「どうす、待て見られたこっちに気が付いてるぞ、うわっほんとに白衣野郎だ。」
「めっちゃ走ってくるんだけど、逃げよ逃げよ!」
通りの向こうのほうから、セカモアらしき女の子が爆走してくる。慌てて2人で回れ右して学校の方にダッシュ!
「待って待って私めっちゃ足遅いんだよぉ、」
「箒の代わりになりそうなもんなんてないぞ!諦めて走れ!」
「てかなんで逃げてんの!?」
「知るか!追いかけてくる理由が分からん!」
おもむろに始まった鬼ごっこだけど、体力もやしの身にはマジできつい。後ろ見られないけど絶対追いつかれてる。
「この辺までくりゃ普通はあっちの生徒なんて来ないぞ!」
「ダメだよ足音するもん!」
「くそこっちだ、入るぞ!」
ヒースに腕を引っ張られて、角のところの雑貨屋さんのような場所へ入る。中は少し暗くて、お客さんはいないみたいだった。奥のカウンターに座っていたお姉さんが何事かと出てくる。
「あれ、ヒース君?どうしたの、」
「待って!なんもしないから!」
お姉さんの声を遮るような形で、入口から甲高い声がする。入口を振り返れば、そこには肩で息をするセカモアがいた。え、何ほんとに。私じゃないよな、ヒースだよな多分。
「……ここでお前と喧嘩する所以はないんだが。何の用だ。」
「あれ小悪魔んとこのヒースだ。」
ここにもいた煽り属性。小鳥ときたら小悪魔か。Monstrosityって別に悪魔って意味じゃないよな、魔物だっけ?まぁ言わんとしたいことは分かる気がするけど。
「いや、あんたじゃなくてさ、その隣の子。」
「……ゑ?」
私?思わず変な声出たわ。え、なんで?セカモアと会ったのは初めてだよね?
「今探してたの、さっきランタナに会ったでしょ。」
「エッアッハイ、え?なんで分かったの?」
「だって痕があったから。」
「あとぉ?」
再び素っ頓狂な声を上げて首を傾げる私に、あぁ、とヒースがため息のような声を落とした。
「ここに残っていたんだな……同じ部屋にいる時、ランタナは魔法を使ったか?」
「あー、うん。音流したね。」
「それだよ。」
私の肩をヒースが払う。同時にふわっと何かの気配がして、すぐ消えた。あ、ほんとだ。何故って聞かれると分かんないけど、これランタナの気配って感じがすんね。
「たまに魔法のカスみたいなのが残るんだ。それが痕。わざと残すことも出来る。」
「へぇ。」
「私今めっちゃランタナ探しててさ、思わず追いかけてきちゃって、ごめんね。」
夢中だったからMonstrosity校の生徒だとは思わなくて、とセカモアが頭をかきながら店に入ってきた。気持ちヒースから距離をとっているのは、警戒心の表れかな?
「休戦だよね、今はさすがにね?」
……警戒しているのか、してないのか、イマイチ分からないね、この子は。ジリジリと近づいてくるセカモアに、心の底からって感じの、ふっかいため息をついてから、ヒースが頷いた。その瞬間セカモアは店の奥、私たちがいる方にズカズカ進んでくる。
「ね、ランタナこの後どこ行くっつってた?」
「えっ学校戻るって……。」
一応私もMonstrosity校の制服着てるんだけど。なんの警戒もなしに肩を掴まれてちょっとビビる。
「ほんと!?あーっすれ違ったな。ありがとう!」
「なんでそんな探してるの?」
「なんで、ってそりゃ、」
返事を聞いた瞬間に店を飛び出ようとしていたセカモアが振り返り、とってもいい笑顔をこちらに向けた。
「新作試してもらいたくて!」
颯爽と消えていったセカモアに、私は思わず頭を抱えた。ヒースは不思議そうにこちらに目をやる。
「新作、ってなんだ?」
「あー、ノート読んでる限りなんだけど……」
セカモアね。うん。マッド枠なのよ、ほんとに。
「多分、セカモアの趣味って魔法具?の発明なんだよね。私魔法具が何か分かんないけど、ちょいちょいランタナやサイネが試運転に付き合わされまいと逃げている描写が……」
そこまで言うと、ヒースにも思い当たる節があるのかぐっと眉を寄せた。そういや、戦闘時もたまに持ち出してたね、魔法具。
「魔法具っていうのは、杖の派生みたいなやつのことだよ。そうか、セカモアのあれ、自作だったのか。」
とするととんでもない奴だな、とヒースはため息交じりに呟いた。魔法具を作れる学生は珍しいらしい。
「はー、ビックリしたね、帰ろ帰ろ。」
「あぁその前に。」
ヒースは振り返って、お店のお姉さんの方を見た。あ、そういえばお店の人いたもんね。
「騒がしくしてすまない。」
「いいよ、いいよ。お客さんちょうど居なかったし。」
「いつも居ないだろ。」
「ちょっと?」
お姉さんさんとも知り合いなのか、ヒースは随分と遠慮がない。ムッとしたお姉さんを無視して、彼は何食わぬ顔でお姉さんと私の紹介を始めた。
「この店、顔馴染みなんだ。俺の杖もここで買った。で、彼女は転校生のカエデ。」
「こんにちは。」
「よろしく、気軽に遊びに来てね。」
ヒースは無遠慮に棚に近寄ると、ガラス戸をコン、と叩いた。
「ほら見ろ、この棚も全部魔法具ってやつだ。」
「へぇ、色々あるんだね。」
「この店にあるのは全部魔法具だよ。」
お姉さんが後ろから補足する。ほぁ、杖だけじゃなくて色々……いやほぼ形は武器だな。えっ待って、私こういうの凄いすこだよ!さっすが昔の私!分かってるぅ!銃めっちゃかっこいい!
「何か買っていく?」
「営業するなよ。帰るぞ、カエデ。」
「はーい、また機会があればきますね。お姉さん。」
後ろ髪引かれる思いではあったけど、とりあえず店を出て学校に戻る。道中ヒースがもう少し詳しく魔法具について教えてくれた。
「つまり魔法具ってのは、いちいち紋を書かなくても魔法が使える物って訳だ。」
「事前に仕込むってこと?」
「ああ。だからたいてい1つか2つの魔法しか使えないが、トリガーを引く、くらいの簡単な動作ですぐに魔法が使える。」
なるほどね。万能だけど手間がかかるのが杖、ぱっと使える特化型が魔法具って訳か。
「武器が多いようにみえたけど。」
「ああ、攻撃特化は多いかもな。杖を振るより狙いを定めやすかったり、範囲が広かったり、逆に範囲は狭いが威力を上げたりすることが出来る。」
「攻撃特化以外にもあるの?」
「あるぞ。職業によってはああいうものを多用する。時短になるからな。」
あー、じゃあ髪を染める魔法具もあるんだろうな。ランタナの話を思い出して頷く。
「まぁ俺は杖しか持ってない。学生のうちはそれで困らないと思うぞ。」
「なるほどね。」
「あぁ、この間ランタナにやられた後ここに貼っていたのもまぁある種魔法具だ。即席だけどな。」
相槌と共にヒースの顔を見て、そういやこの人頬に怪我してたんだったと思い出す。確かにすっかり綺麗になっていた。
「ただの絆創膏じゃなかったんだ。」
「治癒魔法を軽く仕込んだだけで、ほぼただの絆創膏だな。あんまり、杖で自分に魔法をかけるのは得意じゃないんだ。」
「言ってくれりゃ治癒魔法くらいかけたのに。」
「いいんだよ、慣れてるから。」
ヒラヒラと手を振る彼を見て、今度は勝手にかけてやろうと心の中で呟く。森に踏み入れれば、すぐそこが学校だ。道を曲がれば大きな門が見える。
「今日は疲れただろ。地名を案内するのは今度にして、もう休め。またよければ適当なタイミングで夕食に呼ぶよ。」
「ほんと?ありがとう。じゃあお言葉に甘えて部屋に戻ろうかな。」
正直セカモアに追いかけ回されたのでかなり疲れたんだよね。寮に戻ってヒースと別れ、自分の部屋に入る。まだ3時くらいだ。ダラダラしていたら少々激しめのノックが聞こえてきた。これは多分ウィズだな。
「はーい。お、やっぱり、ってみんな居たんだ。」
ドアを開けた先にはウィズ、とその後ろにプルメリアとヒース。この人達なんでこんなにワクワクしてんの?目が煌めいてるんだけど、ヒース以外。
「明日、グリフォン乗りに行こうよ!」
……はい?ウィズの言葉に首を傾げると、後ろのヒースが補足する。
「さっき、明日あたりカエデに空から地名を教えるってぽろっと漏らしたら乗り気になってしまって……せっかくなら箒じゃなくてグリフォン乗りに行きたいんだと。」
「グリフォンって、初日に私が落ちたやつか。」
「大丈夫、観光用のグリフォンにはちゃんとベルトついてるから!」
ウィズの間髪入れないフォローに思わず笑う。そんなに行きたいのかい、お前は。でもまぁ、乗馬とかワクワクしたし、遊園地のアトラクションは楽しいし、彼らにとってはグリフォンがそういう感じなんだろうな。
「いいよ、案内してくれるなら行こうよ。」
「やったね!じゃあ明日7時くらいには起きてね。あ、その前に今日も夕飯一緒に食べるんだよね!十八時に来てよ!」
まくし立てるウィズに、赤べこみたく頷く。いい笑顔で自分の部屋に回れ右した彼を見て、プルメリアも明日ね、と言って部屋に戻った。入る?とジェスチャーで示せば、ヒースはドアの隙間からするりと部屋に入ってくる。
「……まぁ、お前の出身地くらいは決めておくと楽かもな。」
「そーだね。おすすめの場所ある?」
「おすすめって。まぁ、西の方は人が少ないし家も森の中に点在している感じだから誤魔化しが聞くかもな。」
「西?」
「西の山の向こうに、迷いの森がある。そこから来たっていえばいいんじゃないか。」
時計をちらりと確認する。十六時半前、まぁ一七時前に別れればいっか。
「結局……ノートの使い道はよく分からないままだな。」
ヒースの言葉に、机の上のノートに視線をうつす。着々と増えて、突然時を戻した、それ。
「どうして時間移動したんだろうね。」
「直前に何をしていたか覚えているか?」
「1周目ラストってことだよね?コケたよ。」
「それは知っている。」
えー、何したって言ってもなぁ。手動のコーヒーミルをガリガリ回しながら、先週のことを思い出す。
「何を言ったか、とかどこに触ったとかそう言うやつだ。」
「ヒースに見せに行ったんだよね、昨日のところがーって。」
「昨日、って言ったのがまずかったのか?」
「うーん。今試す?」
挽き終わった豆をドリップに移して、ポットのお湯を回し掛ける。お湯、本当は沸かしたてがいいとかあるのかな、知らんけど。
「いや、あのデジャヴは出来れば避けたい。」
ヒースの顔が分かりやすく歪んだ。だよねぇ、私も避けたい。
「まぁいざと言う時試してみよ。そういや開く前に宣言すれば本の内容を変えられるか、ってのも試してないしさ。」
「そうだな……ある程度でいいからドラゴンの目処が立つといいんだが。」
「だよね。」
コーヒーカップを持ってテーブルの方へ向かって、と振り返ったそこに光る紋があった。
「っわ何これ、あ待ってランタナ?」
「遠距離会話か?」
「うんそうみたい。」
取り急ぎカップをテーブルに置いて、杖で受け取る為の紋を書く。
「……カエデ?」
紋からランタナの声がした。この間の録音よりクリアに聞こえる。
「うん、聞こえてるよ。」
「良かった。誰か他にそこにいる?」
「ヒースがいる。」
「彼なら大丈夫かな。映像繋いでもいい?」
いい?と目でヒースに尋ねる。彼が頷いたので、了承してこちらも映像の為に紋を書き足した。いそいそとヒースは写りこまないようになのか私の正面に移動している。そんなに顔を合わせたくないのか。
「あの後校長の来歴について調べたら、やっぱりパンフレットに載っていたんだ。見てもらったほうが早いと思って。」
宙にスクリーンが浮いているような感じでランタナがうつる。凄いなんか、近未来テクノロジーっぽくてかっこいいな。確かスクリーンイコールカメラだから普通に目を見て話せばいいんだよね。授業で習った時に1回実践させてくれりゃよかったのに。私が脳内でブチブチ先生への文句を並べている間に、スクリーンいっぱいにパンフレットの一ページがうつる。
「見える?」
「うん、この校長の紹介……あれ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか……そのままで待ってて、ねぇヒース。」
手招きをするとめちゃくちゃ嫌そうな顔をされる。いやほんと、気持ちは分かるんだけど。だってこれ、絶対そうだもん。
「いやほんと見て、わたしパンフでしか見てないけど、これほぼうちの校長じゃない?」
「「え?」」
ヒースとランタナの声がハモる。慌ててヒースもこちら側に来て、スクリーンを覗き込んだ。
「本当だ、少し違うが……よく似ているな。」
そう、画面のパンフに写っている校長は、同じ顔という訳では無いけど、双子が兄弟かってくらいMonstrosity校の校長とそっくりだった。