紙切れになぞ振り回されてたまるか
魔力測定でSを出した……ことになっている私は、ヒース君たち3人がいる特進クラスに配属された。でも基本的な座学を叩き込むまでは、手の空いている講師の方と一体一で、ということになったらしい。もーね、私記憶力無いったりゃありゃしないから、4日経ったけど未だに2、3個しか紋が描けない。あ、でも力加減はだいぶ覚えたよ!まぁ……覚える過程で1回だけ教室爆散したけど。大変だったー、いや私より先生が大変だったか。私とその時の講師に治癒魔法かけてくれた先生、体力使い過ぎたって次の日お休みしてたもんね。そんで私は私で、目が覚めた後はめちゃくちゃ修復魔法叩き込まれて、教室自分で直したの。おかげで修復魔法だけは完璧よ。
あ、そうそう。この世界のMPってHP直結なんだね。魔法何回も使うと、物理的に疲れてくるのよ。ヒース君は生命力の問題って言ってるけど。セイメイリョク……私に一番欠けてるやつだ……覇気がね……無いからね……。紋は覚えないし、体力は無いから本当に大変。ヒース君に唆されて「私は記憶力がいい」「私は体力がある」って改ざんしてみようとしたけど、残念ながらこの世界に来る前の私のキャパは変更不可能らしかった。無念。メモリーも覇気も変えられなかった。外付けハードディスクが欲しい人生でした。
魔法の上達と同じくらいノートの解明も進んでないんだよなぁ。放課後色々と議論してるけど、ドラゴンのことはまだ全然分からない、というか、思い出せない。ただ、日に日にPhoenix校の記述がノートに増えていくおかげで、向こうの3人が何をしているのかはよく分かる。毎日昼休みにヒース君達はPhoenix校にちょっかいをかけに行ってるから、初日以降はヒース君にノートは見せてない。増えてるよ、って言うだけ。うっかり向こうの3人しか知らないようなことをヒース君が知っちゃって、そんでそれを誰かに言っちゃったら、面倒くさいからね。ヒース君にストーカー疑惑がかかってしまう。それにまだヒース君達は向こうの3人と敵対している。私はどちらの味方でもないから、Phoenix校に不利になる行動は取らないつもり。その点はヒース君も渋々同意してくれた。ちなみにちょっかいをかけに、って一体何をしているのかは教えてくれないんだよな。
んで、授業以外の時間をヒース君と共に過ごすと、必然的にヒース君以外の本校のトップ3とも一緒に過ごすことになる。まずヒース君と同室のウィズ君。本名はウィスタリアだけど、長いからウィズって呼ばれてる。初日はヒース君の番犬よろしくガルガルされたけど、もうお互い慣れて威嚇されなくなってきた。どころか今ではいい友達だ。そしてもう1人がプルメリア姉さん。話しているところを滅多に見ない。ヒース君曰く、必要に駆られた時に二言三言話すくらいなんだそう。何を考えているかよく分からないけど、表情豊かだし、目が合ったら笑ってくれるし、何しろ美味しそうにご飯を食べるから好き。我が校で1番頭が良くて魔法を使うのが上手いから、勝手に姉さんって呼んでる。このヒース君、ウィズ君、プルメリア姉さんが学校のトップ3。彼らは基本特進クラスにいるけど、一部の授業は3人だけで、学校長直々に教わっているらしい。まぁ私今はマンツーマン状態だから、どの授業がみんなと違うのか分かんないんだけどね。人気者と一緒にいるから、よくある学園もののやっかみを受けるかと思ったけど。追っかけはヒース君にしかいないし、節度ある追っかけしかいないから平和だった。というか節度ある追っかけすらウィズ君に追い払われていた。
ヒース君にくっついてまわってるからってだけじゃなくて、部屋が近いのもよく一緒にいる一因かも。寮の階段のすぐ隣が私の部屋、階段の正面がプルメリア姉さんの部屋。その隣、私の部屋の正面がヒース君とウィズ君の部屋。私の部屋の隣は突き当たりで壁だし、他の部屋は階段と御手洗を挟んで向こうだからよく知らない。それにしても女子寮とか男子寮とかないんだな。まぁきっとかつての私は、寮のイメージあんまり持ってなかったんだろ、なにせ小学生だし。ありがたいことに部屋が近いおかげで、放課後はヒース君と部屋に籠り作戦会議が出来る。まぁノートを開けているから、周りからはヒース君が私の部屋に入ってすぐ出ていくように見えるんだろうけど。
さて今日、私がこの世界に来てから初めての週末。2日目に無事私の私物を届けに来てくれた馬車のおかげで部屋に物は揃っているけれど、やることもないからヒース君とウィズ君の部屋にお邪魔して3人で神経衰弱をしていた。……ちなみに馬車の御者さんとグリフォンは並んでユーストマさんに叱られていた。ごめんね。
さっきウィズ君が購買にジュースとおやつを買いに行ってくれたから、今は彼が離席している間2人でスピードでもやろうとトランプを色分けしている。
「ねぇヒース君。やっぱり昼休み何しに行ってるのか教えてよ。ストーリー思い出すきっかけになるかもしれないでしょ。」
朝はよく4人で学校へ向かうし、昼休みに3人がPhoenix校から帰ってくれば一緒にお昼を食べるし、こうして部屋で遊んでるし、4日間でかなり馴染んできたけれど。でも3人はPhoenix校で何をしているか教えてくれないし、私はヒース君以外の2人に自分のこともノートのことも教えていない。トランプの山を作りながらヒース君に聞けば、彼も私と同じように顔をあげないまま、うーん、と困ったような声を出した。
「後で部屋に行ってもいいか?ノートがある状態で話そう。」
「いいけど。話してくれるの?」
「考えておく。カエデの言う通り、きっかけにはなるかもしれないからな。」
ヒース君に赤のトランプの束を渡せば、彼は無言で黒のトランプの束を私に差し出した。軽く切って、4枚机に並べる。
「「スピード」」
ド、と同時にお互い1枚トランプを出す。私が5、ヒース君がキング。1枚も出せない。ヒース君がキングにエースを乗せたので、2、3、と続けて4を出そうとしたらニュッと横から4が差し込まれた。そこでお互い出せるカードが無くなる。顔を上げたら、してやったりと腹立つ笑顔を浮かべたヒース君と目線がかち合う。んのやろ、ホントにこの顔腹立つんだよね。
「「スピード」」
「あれ、なになにー?2人だけで盛り上がってるの?」
ドアが開いてウィズ君が顔を出す。私がそっちに気を取られた瞬間、ヒース君がバババッと山にトランプを積み上げていく。
「ちょっ、ヒースこら!ずるいよ今の!」
「あはは、いいよいいよ、この試合は無しで。グラス出すからカエデはトランプをしまってくれ。」
ヒース君が笑いながら立ち上がって食器棚の方へ向かう。ここは2人部屋用だから私の部屋より少し広くて、そして私の部屋より遥かに家具が多い。寮の部屋に立派な食器棚置く奴がいるとは私は知らなかったよ。いやまぁ、寮生活したことないんだけどね。
「あれ、カエデってヒースのこと呼び捨ててたっけ。」
「え?ううん。」
腕をがっと机全体に滑らせてトランプをまとめる。ウィズ君が空いたスペースにジュースの瓶とお菓子を並べながら首を傾げた。にしてもこの世界に来てからペットボトルにお目にかかってないけど、小学生の私は時代設定をどの辺に定めていたんだろ。
「さっきヒースって言わなかった?」
「ホント?怒って咄嗟に出たからなぁ。」
無事トランプを箱に詰め終わったので、机の端に置いておく。早速お菓子の紙袋を……ああそう、紙袋なの。この世界プラの包装も見当たらないんだよ、ってどうでもいいか。ともかくお菓子の紙袋を割いて大きく広げたウィズ君に、グラスを持ってきたヒース君がムッとした顔をした。
「ウィズ、置く所がない。」
「あ、ごめんごめん。」
お菓子の袋を少し避けてできたスペースに、ヒース君がグラスを3つ並べる。瓶と栓抜きを引き寄せて開けようと、ん?
既視感。
なんだろ、こう、初めて見たんじゃない感じがすんな。デジャヴってやつ?まぁ多少脳みそが違和感を覚えたところで手の方はサクサクと瓶を開栓する、グラス3つに注ぎ入れる、お菓子の袋をずらしてそれぞれの前にグラスを押しやる、と動いていく。
「俺は呼び捨てで構わないからな。」
腰を下ろしながら言うヒース君も、私知ってる気がする。この先何があるかは全然ピンと来ないんだけど……何かアクションが起こる度にさ、あれ、これ前にも、って気持ちになんのよ。
「ヒースが呼び捨てなら僕もウィズね。」
「分かった分かった。2人とも呼び捨てでいいのね。」
「プルメリアのことも呼び捨てにしていいよ、多分。」
ちらっとヒースく、ヒースの方を見る。ヒースもちょっと変な顔をしてこっちを見た。ウィズは気にせずにジュースを飲んでいる。ウィズはデジャヴを感じていないのかな……?あ、今はデジャヴしない。なんだろホントに。
おやつを食べてまたトランプして、部屋を出たのは十五時くらいの事だった。ヒースにまた十八時頃部屋に来て貰うように耳打ちしてからドアを開けて手を振る。ほらまただ。うーん、自分の言動にしろ2人の言動にしろ、どうも既視感が凄まじい。
自分の部屋のドアを開けようと鍵を取り出した時、プルメリア姉さんが部屋から顔を出した。
「あ、プルメリア姉さん。今度から呼び捨てにしてもいい?」
さっきの話を思い出して尋ねてみる。あ、可愛い笑顔、これも見たような。
「いいよ。また明日、カエデ。」
「また明日、プルメリア。」
ドアを開けて部屋に入る。ん?あれ?また明日、って言った後うっかり姉さん呼びして眉を寄せられたから、慌てて言い直したのは何時の話だっけ?
しばらく部屋に寝転がって教科書を読んでいたら、控えめなノックの音がした。立ち上がってドアを開ければヒースと目が合う、直後に目の前に紙袋が突き出された。視界が茶色い。近い近い!とりあえず手を上げて紙袋を引っ掴む。お、ぬくぬくしてる。
「食堂まで行くの面倒だろ。夕飯買ってきた。」
「ありがと。入って。」
ヒースを招き入れてから、机の上のノートを指さす。
「食べてからでいいよね。」
「ああ。」
彼が買ってきてくれたのはサンドイッチだった。フランスパンのサンドイッチ。部屋中にいい香りがする。
「「いただきます。」」
そう、笑っちゃうけどいただきますの日本文化はここにも根付いているらしい。さすが小学生の私。世界観がガバガバしてるな。まぁ初日私がカレーライスにしちゃった時点でだいぶ日本的だけどさ。
「そういえば、今日なんか変じゃなかった?」
サンドイッチを頬張りながら尋ねる。ヒースがちょっと眉を寄せたから、大方食いながら口を開くなと思ったんだろうね。手は添えて口隠したのにダメか。慌てて飲み込んでから続ける。
「時々すごく既視感があったんだけど。」
「あぁ、確かにあった。ウィズの言葉なんて特に1度聞いたことがあるような気がすることばかりで……ただ、先が予想出来るわけではなかったんたが。」
つまりこの既視感、ちょっと座りが悪いけど、困りもしないし役にも立たないって感じ。ヒースの言葉に頷いて、とりあえずサンドイッチをもう一口。サンドイッチ美味い、美味いけどこれも初めて食べる味だと思わな……いやでもサンドイッチ的な味はここ来る前にも経験してるしなぁ……。
「聞き終わってから見た事あるな、と思うんだ。」
「そうそう、あれ?ってなるんだよね。」
「ウィズにも聞いてみたんだが、特に感じないと言っていたぞ。」
「そっかぁ。」
じゃあ、やっぱり。もう一口サンドイッチを齧ってから、口をもぐもぐさせながら机の上を指さす。ヒースももぐもぐしながら頷いた。ノートが何か関わっているとしか思えないよね。
「食べ終わったらよく見てみる必要があるな。」
「だねぇ。」
私一人だったら今開いちゃうけど、ヒース割と行儀がいいから。物食べながらなにかしたりすると怒るんだよね、さっきのトランプもおやつ食べながらはNGだったし。
「ごちそーさま、なんか飲む?」
「コーヒー。」
「うぃー。」
私が昨日挽いてちょい残っていたコーヒーを入れている間、ヒースが机の上を片付ける。ちなみにプルメリアとウィズは挽きたてじゃないと怒るんだけど……。私とヒースはコーヒーの味がすりゃなんでもいいっていうタイプだから、昨日のでもいいだろ。ポットのお湯をペーパードリップの上の豆に少し回しがけて、少し待つ。三十秒ほどで蒸れるから、またお湯を回しがけていく。
「はいコーヒー。」
「ありがとう。ノート、見てみてくれよ。」
「うん。」
コーヒーカップを小さいテーブルの上に置いてから、机の上に放ったノートを取る。パラパラと捲って、ん?
「え、あれ?」
「どうした?」
思わず声が出た。え、待って待って、いつもはもう少しずつ……
「えっとね、2日分進んでるっぽい。」
「は?」
「だからね、」
私はゆっくりノートから顔を上げた。
「明日、日曜の話がもう書いてあるの。」
ノートの話、最初からちょっと整理しよっか。ここに来た時に既に埋まっていた冒頭部分は、初日と次の日の途中、つまり……月曜の昼前から火曜日の始業前程度だった。月曜の一部が私とヒースのせいで書き変わった以外は小学生の私の文字のままだったから、物語通りつつがなく進んだんじゃないかな。まぁ、ほとんどPhoenix校の3人の行動を追っているんだからこっちのことはあんまり関係ないんだろうね。火曜日の始業後、って言っても書き込まれるのは授業の一部と休憩中の3人の会話、あとはいつもの昼の襲撃って感じだから、うーんなんて言うの……物語に関係しないところは書かれてないんだよ多分。一挙一動って感じじゃない。ともかく火、水、木、金は印刷したみたいな字で向こうの3人の様子が増えていったんだけど……そ、確かに昨日はその日の寮での会話で終わってたよ。でね、土曜日の、つまり今日の3人の行動が何ページか書いてあるんだけど、その後に、ほら見て。章が変わって、私たちの方、Monstrosity校の話が進むの。途中で日曜って言ってるし、それに明らかに今日の話じゃないんだよ。いや、拾い読みしただけだけど。だってヒース今日プルメリアと会ってないでしょ。……うん、ここではヒースとウィズとプルメリアが一緒にいる。
こうやって、一通りヒースに説明し終えた後、前を読まないように念を押して2章目のページを開きテーブルに置く。ヒースと2人で内容を確認することにした。あ、ヒース意外と読むの遅いんだな。彼がページめくるのに合わせればいいか。
どうやら明日ヒースとウィズは、月曜日に変わらずに校長の言うことを聞いてPhoenix校に行くかどうかで喧嘩をするらしい……校長の言うこと?
「そういえばヒース、あの話してない。」
「え?」
「昼休み。Phoenix校の校長室に奇襲する理由だよ。」
開いているノートの記述を指で刺す。
「これ。うちの校長がなにか噛んでるの?」
ヒースの目が少し泳いだ。読み進めれば、行くことを反対するのはウィズの方だし、ヒースはかなり校長の命令に責任感を感じているようだし……言い難いんだろう。
「まぁいいや。最後まで読も。」
ヒースとウィズの口論は、「校長が指示するからにはなにか理由があるはずだ」と思うヒースと「理由も言わないで他校の攻撃を促すのはおかしい、正当な理由なら僕らがコソコソする必要もない」というウィズの一点張りで、結局ヒースがその場から離席して終了。その後はウィズとプルメリアが言葉を交わし、明日……つまり月曜日か、その時校長にもう一度理由を訪ねてみようと決めるところでノートは止まっている。
「説明お願いします。」
「いや、説明っていうか、まぁこの通りだよ。」
「分かんないから聞いてんだよ。」
私はノートを開いたまま机の上に戻し、クッションに寄りかかりながらコーヒーを啜った。
「校長が、Phoenix校の校長室に奇襲しろって言ってる、ってことだよね。」
「ああ。」
「なんで?」
「分からない。」
思わず眉を寄せる。でもヒースも困った顔をしてコーヒーカップを見つめるばかりで、しばらく部屋に沈黙が横たわった。
「襲撃自体今年からなんだ。……あぁいや、多分去年は卒業した3年生が行っていたんだろうが。」
「君らに依頼されるようになったのは今年から、ってことね?」
「ああ。カエデが書いたなら知っているかもしれないけれど、この学校もあっちの学校もシステムはほぼ同じ。学年のトップ3として別枠で扱われるのは3年生になってからだ。」
「いやしょーじき覚えてないや。一、二年にはそういうのないんだ。」
「ない。特進クラスがあるだけだ。」
じゃあ、毎年毎年3年のトップが校長にけしかけられて奇襲しに行ってるわけか。あれ、じゃもしかして。
「それさ、ここと向こうが喧嘩してるのって全面的にこっちのせいってこと?」
「まぁ……そうともいうな。いや、なんつーか……うちの生徒はPhoenix校を敵視していて、向こうは敵視されたから警戒している。」
「なんでうちの生徒は向こうが嫌いなの。」
ヒースはまた困った顔でちょっと唸った。
「当たり前の事を聞かれると難しいものだな。……まず、元々Monstrosity校では闇属性の魔法を、Phoenix校では光属性の魔法を専門にしているんだ。」
「うっ!」
「どうした。」
「古傷が抉れた。気にせず続けて。」
右目が疼くやつだ。うん、覚えある覚えある……え、そのうち草とか水とか炎とか出てくる?それはスマホパズルゲームの話か。いやそう……そうね、敵対してたら大抵主役側光で相手闇にしときゃなんとかなるみたいな節、無きにしも非ずだわな。分かる。5万回見た。
「世間一般的にはどっちがなんだということはない。魔法を分類すると2種類に別れるってだけで、どちらも使う奴だっている。ただ相性が悪いから、光魔法は闇魔法に特化した魔法使いにダメージが大きいし、逆もまた同じだ。」
「へぇ、禁じられた魔術がどうとかじゃないんだ。」
「なんだそれ。」
「気にしないで続けて。」
ついうっかり口を挟んじゃった。いやだってこういうのって闇魔法は禁じられた魔術だからそれを扱うMonstrosity校は以下略みたいなやつじゃないんかなって……思うじゃないっすか。
「この辺講義でやらなかったのか。」
「とりあえず基礎魔法教え終わってから魔法の仕組みは話すって言ってたから、その時じゃない?」
「かもな。」
「まだ何個か紋を叩き込まれただけだよ。」
あ、コーヒーが無くなった。時間を止めながら飲み食いすると、時間が戻った時に元の位置に飲んだはずの物も食べたはずの物も綺麗に戻ることは4日間で学習済みだ。自分が飲んだはずの物がどういう経路を辿ってまたコーヒーカップに鎮座するのかはあまり考えたくないけど、まぁそこまで気にならない。ただ瓶から注いで飲んだやつがまた瓶に戻るとなんとも言えない気持ちになる。だから時間を止めている間になにか飲み食いしたい時は、お皿やコップに物を用意してからノートを開くようにしてる。あ、ヒースがサンドイッチ食べ終わってからノートを開こうとしたのはそれもあるのかもな。さっきからヒースはコーヒーにあんまり手をつけてないし。私がコーヒーカップと睨めっこしていると、ヒースがそれに気がついて吹き出した。
「1回ノートを閉じるか?」
「あ、いやいいけど。……いや、閉じて続けない?普通に飲みながら話したいし、ヒースあんまり飲んでないし。」
「いや、それはダメだ。」
「え?」
何気ない提案だったんだけど、思ったよりも真剣に止められてしまった。真っ直ぐな目がこちらを見つめてきて、思わず少し身動ぎする。なんか変なこと言ったかな。そんなにやばいことは提案してないつもりなんだけど。
「口止めされていることだから、あまり時を止めないまま話したくない。時が動いている中で校長の名前は出したくないな。」
「……部屋の中でも?」
ヒースは神妙な顔で頷いた。それってつまり、誰かに聞かれるかもしれないってこと?ユーストマさん曰く、全部屋に防音魔法がかかっているのに?
「校長程の力なら、寮内の盗み聞きなんて容易いだろうから。」
「うわ、気をつけるね。」
「ああ。……俺のコーヒーは気にしなくていいし、このまま話そう。」
「やっぱり時間止めてる間は飲みたくない?」
笑いながら尋ねれば、ヒースも苦笑を返してくる。だよねぇ、飲んでも意味ないって感じするもんね。私なんかは2回飲めてラッキーって思っちゃうけど。
「どうせ戻ると思うとなんともな。」
「まぁね。それにしてもな、相性が悪いからって変に警戒することは無いと思うのに。」
話を戻して彼に振ると、彼はスッと目を細めた。おわ、忘れかけてたけど、この人悪役サイドだったね。これはなかなかヴィランの顔。いいね、すこ。ヲタクが脳内で拍手喝采してるのなんて知らずに、ヒースは内緒話でもするようなトーンで話し始めた。
「まず、俺ら3人以外は、つまり毎年のトップ3以外の生徒は、こちらが向こうに攻撃をしているのではなく、向こうがこちらに攻撃してきていると思っている。去年まで俺もそう思っていた。」
「え!?」
「そう教えられてるんだ。向こうの生徒は闇魔法を駆逐すべきとの信念を持つからこちらを攻撃してくる、見かけたらやられぬよう警戒せよ、とね。」
一度目をつぶり深いため息をついたあと、彼は頭をくしゃりとかいた。渋い顔をする気持ちも分かる。彼自身、そうやって2年間教わってきたのだ。でも実際は、真逆の事が行われていた。そしてそれに、加担することを求められた。
「蓋を開けてみればこちらの問題だった。手を出しているのはこちら側だったわけさ。だからウィズがおかしいと言い出すことも自然な事だ。ただ……」
「ただ?」
「理由がないのに命令はしないはずだ。理由は問うなと最初に言われているしな。だからこれは……無駄な話だよ。」
指でトン、と示された箇所はウィズとプルメリアが校長にもう一度理由を訪ねてみようと決める、ノートの最後の部分だ。ははん、明日の喧嘩はつまり……ヒースが、自分も変だと思っていたけれど、見ないふりをしていたところをウィズに突っ込まれて、ついカッとなったからキレた、ってところね。言ったら怒りそうだから言わないけど。
「分かった。どうして校長がそんなことをしているのか思い出すように頑張ってみる。あでも、とりあえずさ、明日ウィズがホントにこうやって言ってきたら、一緒に理由を考えてみない?」
首を傾げれば、ヒースは少し目を見開いた。
「2人に話すのか?」
「ううん、全部じゃなくて。2人にも校長の意図を考えてもらうの。2人だけで考えるよりも4人いた方がいいでしょ。」
「……それもそうだな。」
2人で頷きあってから、ノートを閉じる。私は机の前に立っている体制に戻ったから、そのままノートを机に戻した。振り返れば、うん、コーヒーカップは満杯だ。
「色々、頑張ろうね。明日時間があったら図書室とかでドラゴンのこと調べてみよ。」
「ああ。……そのためにも、喧嘩しないようにする。」
お互いしばらく無言でコーヒーを飲む。まだ時計は十分も進んでいない。何度やっても、不思議な感覚。
「雪だ。」
ヒースの声に顔を上げて窓を見た。んー、外が暗いから分かりにくいけど……あ、ほんとだ。どうりで寒いわけだ。
「雪……そうだ。ヒース、今何月何日?」
「は?3月6日だが。」
「いやだって曜日の話はしたけどここまで誰も日付の話してくれなかったんだよ。」
初日にユーストマさんに聞きそびれたきりだった。うーん、ドラゴンエンドまで一体どれくらいの時間が残ってるんだろう。全員学校に揃ってたってことは卒業前だよね……え、3月?やばない?明日とか明後日の話なのこれ?
「ねぇ待って、君ら何月に卒業するの?」
「7月だ。8月から夏休みだからな。」
「アッそこは海外仕様なんだ。」
「え?」
「気にしないで。」
良かったぁ……つまりあと4ヶ月前後のうちのいつかってことね。ま、勿論明日とか明後日の可能性もあるっちゃあるけどさ。ノートの進む速度からしてもまぁ1ヶ月以上はあると思っていいんじゃないかな。
「ちなみに春休みってある?」
「3月の最終週は春休みだな。」
後で余ってるカレンダーに予定を書いて渡してやる、というヒース。ありがてぇ。少し雑談をしているうちに三十分を回りそうだったから解散することにした。部屋に2人きりでいるのは時間が動いている時は三十分程度にするようにしている。何故って?何とは言わないけどウィズに疑いの目で見られるから。私、未成年に手ぇ出す趣味はないんだが……なんて言えないしな。
ヒースが帰ってから、1人でベッドに転がりながら今週見たノートの内容を反芻する。今ノート開くとヒースが怒るから、あくまで記憶をひっくり返すだけだけど。うーん……Phoenix校の3人の話を読む限り、向こうも「何故か攻撃してくるから守りに入る」というよりも「守れとお願いされているから守る」という感じなんだよな。ダメだァ、全然思い出せない。お互いが敵視する理由は何となく見えてきたけど、根本的なところが見えてこないな。どうしてMonstrosity校はデマを教育してるんだろ?それに向こうだって、全生徒がヒース達の襲撃を知ってるってわけじゃなさそうだった。なのに嫌い合う理由は?
襲撃するのはPhoenix校の校長室。命令するのはMonstrosity校の校長。つまりPhoenix校の校長とうちの校長の問題?うーん……全然ピンと来ん。まぁいいや、明日ウィズやプルメリアにも相談するんだし!姉さんならヒースが知らない知識を持ってるかもしれない。ウィズだってここ数日見てる限り発想は人一倍良いようだったからな。三人寄れば文殊の知恵とかいうし、四人寄ればなんとかなるでしょ。明日明日。そういえば、ヒースが部屋に来てからあんましデジャヴこなかったな。所々はあったけど……結局なんだったんだろ?
本日日曜日、爽やかな陽気。只今お昼時、場所は食堂なり。
「ねぇヒース、僕思うんだけど。」
来た。朝から昨日見たくデジャヴュかまされまくりで脳みそがバグり始めた頃。遂に昨日ノートの例のアレ、つまり第2章1行目に書かれていたウィズのセリフが。来た。プルメリアは顔もあげずに幸せそうにお昼のオムライスを食べている。お互いちょっと目配せをしてから、ヒースと私はウィズの方に向き直った。一応ちゃんとスプーンも置いとこ。
「やっぱり止めた方がいいんじゃないかなぁ。」
「……何を?」
ここまでは私がいること以外、ノート通り。ヒースさんや、あまり怒鳴ったりせずに事を進めてくれよ、ほんとに。いらない煽りをするなよ。穏便に、な?
「平日昼の日課だよ。大体目的達成出来た試しがないしね。今まで攻撃できたことある?」
「いや、ないね。いつも向こうの連中とやり合って時間切れになる。」
「でしょ?もういいんじゃない。行かなくて。」
ウィズはこっちを一向に見ない。ずっと手元を睨みつけている。彼も彼なりに勇気を出して言っているんだろうね。ヒースのリアクションは予想出来ているだろうしさ。オムライスとにらめっこしたまま、ウィズが続けた。
「向こうも僕らも疲れるだけだよ。理由も分からないのに馬鹿正直に言うこと聞くことないじゃない。だって……僕らが止めればあっちと喧嘩することも無いだろうし。」
「……向こうがこちらに攻撃するかもしれないだろう?」
「そんな素振りないでしょ。分かってるくせに。」
ノート通りの台詞、だけどヒースはかなり落ち着いている。……あれむしろなんか、面白がっているような節すらあるように見えない?まんま同じセリフ言われるからちょっと楽しくなってんだろうな、ホントに悪趣味なとこあるよこいつ。
「だいたい校長が、」
「ウィズ、声が大きい。抑えてくれ。」
「ほらそれ!」
あ、だいぶノートより譲歩した言い方にしたけどウィズのリアクションは全く変わんないや。食堂内に数名いた生徒の目線がこちらを向く。
「どーして僕達口止めされてるのさ!」
「それは何か、考えがあるんだろう。」
「攻撃しろって言ってるくせに理由は聞くな、なんて変だよ!」
「……分かった。ウィズの言いたいことは一理ある。ただ……」
ヒースが少し困ったような顔でこちらを見た。いや知らんよ、私本来この話1ミリも理解出来ないはずだし口挟めないって。目は口ほどに物を言うってやつだな。助けろ、いや無理っす、と私と無言の攻防を繰り広げた後、ヒースが諦めてウィズに向き直る。
「ウィズ、この話を彼女に聞かれたらまずいかもしれないだろ。口止めされているなら、なにか裏があるのかもしれない。」
「……どーゆうことさ。」
「そのままの意味だ。それともお前は襲撃を止めたいと彼女に直談判出来るのか?理由を尋ねられるのか?」
ウィズの目が泳いだ。ねぇ、私ずっと気になってんだけど校長ってそんなやばい人なの?え待ってよ、ウィズの今のリアクションでより不安になってきたんだけど。これもう校長ラスボスの流れ見え隠れしてるよね。いや見え隠れっていうよりももっと露骨に見えちゃってないか。
「……出来るよ。」
「無駄だと思うぞ。最初に理由は聞くなと言われているだろ。」
「じゃーヒースは何かきっとあるはずだ、ってだけでこれからも馬鹿馬鹿しい襲撃を続けようって言うわけ?」
「いや?」
ニヤッと笑ったヒースにウィズが目を見開く。そりゃそうだ、昨日の作戦会議がなきゃヒースがこんな風に言うことないと思うし、ノートの展開とも大きく変わる。プルメリアもいつの間にか食べるのを止めてヒースの方を見つめていた。
「聞いちゃいけないなら自力で見つけるしかない。理由を突き止めるまではひとまず従うよ、俺は。」
「それが、いいと思う。」
ウィズより先にプルメリアが呟いた。お、いい感触ですな。これでウィズさえうんって言ってくれればいいんだけど。
「……分かった。でも僕手ぇ抜くから。いいでしょ。」
「好きにしろ。」
「あのさぁ、これ私聞いてていい話?」
一段落したと思うし、なんの事やらさっぱりという顔を張りつけて声を上げる。あ?白々しい?知らねぇーよこっちはずっとあることないこと語っとるんや今更じゃい。
「いや忘れてくれ。」
気まずそうな顔をするウィズとは対象的に、1ミリもそう思ってなさそうな涼しい顔でヒースが答える。
「OK忘れる。」
同じく1ミリもそう思ってなさそうな顔で返しとく。ウィズとプルメリアがなんとも言えない顔してるけど、まぁ私の前で話しちゃったのはウィズだし、私しーらない。
「2人とも何か思いつけば教えてくれ。とりあえず俺は今日の午後図書室で何点か確認しておく。……まぁ、今後は誰かに聞かれてもいいような言い方を心掛けるんだな。」
ウィズの方を流し見て嫌味を言ってから、ヒースが食事を再開した。いやマジよく喧嘩にならずにすんだよ、なんで喧嘩しないっつってんのにこんなに煽るのかなこの人は。煽らないと死ぬ呪いにでもかかっているのかな?あ、てか私も図書室について行かなきゃいけないんだった。食事を終わらせねば、と慌ててオムライスを口に詰め込む。うん美味しい。
「気になることがある。今夜、集まらない?」
いつの間にか食べ終わっていたプルメリアの言葉に、3人揃って頷く。プルメリアはそのまま食器を下げに行ってしまった。多分、そのまま部屋に戻っちゃうだろうね。いつもそうだし。あれ?私頷いたけど話し合いに参加すんの?それ面白すぎない?
「僕が言い出したのに、僕ばっかりなぁんにも心当たりがないよ。面白くないな。」
ウィズがオムライスを突きながらぼやく。あっぶない、危うく吹き出すところだった。確かにね、ウィズはむしろ心当たりないからこそ止めよって話だったもんね。理由を探さないか?とか言われても困るよな。ごめんな。でも探さないと我々も困るのよ、なんたってなんでもいいからストーリー展開のヒントを拾っていかないと、ドラゴンエンドしちゃうから。
「色々今夜話そう。それでいいだろ。」
「いーけどさ……カエデ、なんかごめんね。」
「いいよ、忘れる忘れる。」
「あ、今夜のカエデも参加だからな。」
「マ?」
マ?何を言い出したのかとヒースの方を勢いよく向けば、奴は素知らぬ顔で肩を竦めて見せた。
「いつもの雑談だろ?別になにかコソコソやるってわけじゃない。」
あぁー私は話全部聞けるしいい感じにカモフラになるってことかー理解―!
「思ったんだけどさぁ。」
「何だ。」
「向こうの3人と話してみた方が良くない?」
ウィズと別れて食堂を出て図書室に向かう途中、人の少ない廊下を歩きながら提案してみる。案の定ヒースは形容しにくい顔でこっちを見た。そんな嫌そうにしないでいいのに。
「絶対に嫌だ。」
「いやいや、ヒースだって向こうの人達嫌う理由ないでしょ。」
「2年間教わってきた嫌悪感はもはや生理的に無理なんだよ。」
ヒースにしては低レベルな理由ですことぉ。ジト目で見つめても露骨に目を逸らされる。まったく。じゃあ私一人で勝手に行ってやろっかなと思わなくもないけど、如何せんヒースにどこまで行動を握られているのか分かんないんだよな。はぁー図書室で使い魔についても調べとこう。
「まぁ、思い出せればいいんだけどさ。まがいなりにも主人公いるし、あっちとも接触すればヒントが増えるかなって思っただけ。」
「……考えておく。」
うん、まぁヒースは嫌な奴じゃないんだよな。協力的だし。ただちょっと頑固って言うか融通ききにくいだけで。だから多分押せばそのうち折れるでしょ。
「カエデ、ノートは持ってきたか?」
「うん。ちゃんと持ってるよ。着いたら開いちゃおうか。」
「そうだな。っと、ここが図書室だ。開くまでは静かにな。」
わぁお、こりゃまたでかい図書室だ……ん?私ここ初めて来たよね。なんか、ここもデジャヴュするっていうか……どこかをモデルにして小学生の私はイメージしてたんかな。いやそれにしても、見た事ある気が。
先に進んでいたヒースが空いていた席を見つけたらしく、振り返って手招きしてきた。慌てて追いついて、その席にノートを広げ、っあ?
なんか、弾けて
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「ウィズ、置く所がない。」
「あ、ごめんごめん。」
お菓子の袋を少し避けてできたスペースに、ヒース君がグラスを3つ並べる。私は瓶と栓抜きを引き寄せて、瓶を開けてグラス三つに注いだ。お菓子の袋をずらして、それぞれの前にグラスを押しやるうちにヒース君も腰を下ろした。
「俺は呼び捨てで構わないからな。」
「ヒースが呼び捨てなら僕もウィズね。」
「分かった分かった。2人とも呼び捨てでいいのね。」
「プルメリアのことも呼び捨てにしていいよ、多分。」
おやつを食べてまたトランプして、部屋を出たのは十五時くらいの事だった。ヒースにまた十八時頃部屋に来て貰うように耳打ちしてからドアを開けて手を振る。自分の部屋のドアを開けようと鍵を取り出した時、プルメリア姉さんが部屋から顔を出した。
「あ、プルメリア姉さん。今度から呼び捨てにしてもいい?」
さっきの話を思い出して尋ねてみる。お、可愛い笑顔。すこ。
「いいよ。また明日、カエデ。」
「また明日、プルメリア姉さん。」
「……違う。」
「プルメリア!」
うっかり呼び間違えて眉を寄せられたから、慌てて言い直す。満足そうに頷いたプルメリアに手を振ってドアを閉めた。
しばらく部屋に寝転がって教科書を読んでいたら、控えめなノックの音がした。立ち上がってドアを開ければヒースと目が合う、直後に目の前に紙袋が突き出された。視界が茶色い。近い近い!とりあえず手を上げて紙袋を引っ掴む。お、ぬくぬくしてる。
「食堂まで行くの面倒だろ。夕飯買ってきた。」
「ありがと。入って。」
ヒースを招き入れてから、机の上のノートを指さす。
「食べてからでいいよね。」
「ああ。」
彼が買ってきてくれたのはサンドイッチだった。フランスパンのサンドイッチ。部屋中にいい香りがする。
「「いただきます。」」
そう、笑っちゃうけどいただきますの日本文化はここにも根付いているらしい。さすが小学生の私。世界観がガバガバしてるな。まぁ初日私がカレーライスにしちゃった時点でだいぶ日本的だけどさ。
「早速だけど、昼休み何しに行ってるか教えてよ。校長室に襲撃してるんでしょ?」
サンドイッチを頬張りながら尋ねる。ヒースがちょっと眉を寄せたから、大方食いながら口を開くなと思ったんだろうね。手は添えて口隠したのにダメか。慌てて飲み込んでから、もう一度なんで、と聞くと、ヒースは
「食べ終わってから、ノートを開いて話そう。」
とだけいってサンドイッチに視線を戻してしまう。まぁ、いいけど後でも。私もとりあえずサンドイッチをもう一口。美味い。
「ごちそーさま、なんか飲む?」
「コーヒー。」
「うぃー。」
私が昨日挽いてちょい残っていたコーヒーを入れている間、ヒースが机の上を片付ける。ちなみにプルメリアとウィズは挽きたてじゃないと怒るんだけど……。私とヒースはコーヒーの味がすりゃなんでもいいっていうタイプだから、昨日のでもいいだろ。ポットのお湯をペーパードリップの上の豆に少し回しがけて、少し待つ。三十秒ほどで蒸れるから、またお湯を回しがけていく。
「はいコーヒー。」
「ありがとう。ノート、開いてくれ。」
「うん。」
コーヒーカップを小さいテーブルの上に置いてから、机の上に放ったノートを取る。開いてとりあえずうつ伏せにテーブルの上に置いておく。
「はい、どーぞ話して。」
「どこから話せばいいか……あー、まず、俺ら3人は、うちの校長に命令されてPhoenix校の校長室に攻撃しに行ってる。つっても向こうの3人に阻止されるから、未遂だけどな。」
私はクッションに寄りかかりながらコーヒーを啜った。
「校長が、Phoenix校の校長室に奇襲しろって言ってるの?なんで?」
「分からない。」
思わず眉を寄せる。でもヒースも困った顔をしてコーヒーカップを見つめるばかりで、しばらく部屋に沈黙が横たわった。
「カエデが書いたなら知っているかもしれないけれど、この学校もあっちの学校もシステムはほぼ同じ。学年のトップ3として別枠で扱われるのは3年生になってからだ。で、別枠で扱われると同時に命令された。」
「いやしょーじき覚えてないや。一、二年には別枠ないんだ。」
「ない。特進クラスがあるだけだ。」
じゃあ、毎年毎年3年のトップが校長にけしかけられて奇襲しに行ってるわけか。あれ、じゃもしかして。
「それさ、ここと向こうが喧嘩してるのって全面的にこっちのせいってこと?」
「まぁ……そうともいうな。いや、なんつーか……うちの生徒はPhoenix校を敵視していて、向こうは敵視されたから警戒している。」
「なんでうちの生徒は向こうが嫌いなの。」
ヒースはまた困った顔でちょっと唸った。
「当たり前の事を聞かれると難しいものだな。……まず、元々Monstrosity校では闇属性の魔法を、Phoenix校では光属性の魔法を専門にしているんだ。」
「うっ!」
「どうした。」
「古傷が抉れた。気にせず続けて。」
右目が疼くやつだ。うん、覚えある覚えある……え、そのうち草とか水とか炎とか出てくる?それはスマホパズルゲームの話か。いやそう……そうね、敵対してたら大抵主役側光で相手闇にしときゃなんとかなるみたいな節、無きにしも非ずだわな。分かる。5万回見た。
「世間一般的にはどっちがなんだということはない。魔法を分類すると2種類に別れるってだけで、どちらも使う奴だっている。ただ相性が悪いから、光魔法は闇魔法に特化した魔法使いにダメージが大きいし、逆もまた同じだ。」
「へぇ、禁じられた魔術がどうとかじゃないんだ。」
「なんだそれ。」
「気にしないで続けて。」
ついうっかり口を挟んじゃった。いやだってこういうのって闇魔法は禁じられた魔術だからそれを扱うMonstrosity校は以下略みたいなやつじゃないんかなって……思うじゃないっすか。
「この辺講義でやらなかったのか。」
「とりあえず基礎魔法教え終わってから魔法の仕組みは話すって言ってたから、その時じゃない?」
「かもな。」
「まだ何個か紋を叩き込まれただけだよ。」
ボヤいてコーヒーを飲む。また鼻で笑われるかと思ったけど、ヒースは面白がってるみたいな随分人懐こい笑顔をうかべるだけだ。
「それにしてもな、相性が悪いからって変に警戒することは無いと思うのに。」
話を戻して彼に振ると、彼はスッと目を細めた。おわ、忘れかけてたけど、この人悪役サイドだったね。これはなかなかヴィランの顔。いいね、すこ。ヲタクが脳内で拍手喝采してるのなんて知らずに、ヒースは内緒話でもするようなトーンで話し始めた。
「まず、俺ら3人以外は、つまり毎年のトップ3以外の生徒は、こちらが向こうに攻撃をしているのではなく、向こうがこちらに攻撃してきていると思っている。去年まで俺もそう思っていた。「え!?」
「そう教えられてるんだ。向こうの生徒は闇魔法を駆逐すべきとの信念を持つからこちらを攻撃してくる、見かけたらやられぬよう警戒せよ、とね。」
一度目をつぶり深いため息をついたあと、彼は頭をくしゃりとかいた。渋い顔をする気持ちも分かる。彼自身、そうやって2年間教わってきたのだ。でも実際は、真逆の事が行われていた。そしてそれに、加担することを求められた。
「蓋を開けてみればこちらの問題だった。向こうがなにかしてきたことなんて一度もない。」
「じゃあなんで、従ってるのさ。」
「理由がないのに命令はしないはずだ。理由は問うなと最初に言われているしな。」
少しムッとしたような顔で顔を逸らす。……まぁ多分、彼も変だと思っていたけれど、見ないふりをしているんだろう。あんまり言うと怒りそうだけど、でもなぁ。
「分かった。私もどうして校長がそんなことをしているのか思い出すように頑張ってみる。ねぇ、ドラゴンのことも合わせてどこか……図書室みたいな所ない?調べてみようよ、何か見つけられるかもしれない。」
「それもそうだな。」
2人で頷きあってから、私は一通りノートを確認した。今日1日分、向こうの記述が増えている。うんまぁいつも通りではあるね。楽しそうな休日。ノートを閉じれば、私は机の前に立っている体制に戻ったから、そのままノートを机に戻した。もう4日間で慣れたとはいえ、勝手に元通り満杯になるコーヒーカップには笑ってしまう。ヒースとお互いしばらく無言でコーヒーを飲む。まだ時計は十分も進んでいない。何度やっても、不思議な感覚。
「雪だ。」
ヒースの声に顔を上げて窓を見た。んー、外が暗いから分かりにくいけど……あ、ほんとだ。どうりで寒いわけだ。
「雪……そうだ。ヒース、今何月何日?」
「は?3月6日だが。」
「いやだって曜日の話はしたけどここまで誰も日付の話してくれなかったんだよ。」
初日にユーストマさんに聞きそびれたきりだった。うーん、ドラゴンエンドまで一体どれくらいの時間が残ってるんだろう。全員学校に揃ってたってことは卒業前だよね……え、3月?やばない?明日とか明後日の話なのこれ?
「ねぇ待って、君ら何月に卒業するの?」
「7月だ。8月から夏休みだからな。」
「アッそこは海外仕様なんだ。」
「え?」
「気にしないで。」
良かったぁ……つまりあと4ヶ月前後のうちのいつかってことね。ま、勿論明日とか明後日の可能性もあるっちゃあるけどさ。ノートの進む速度からしてもまぁ1ヶ月以上はあると思っていいんじゃないかな。
「ちなみに春休みってある?」
「3月の最終週は春休みだな。」
後で余ってるカレンダーに予定を書いて渡してやる、というヒース。ありがてぇ。少し雑談をしているうちに三十分を回りそうだったから解散することにした。部屋に2人きりでいるのは時間が動いている時は三十分程度にするようにしている。何故って?何とは言わないけどウィズに疑いの目で見られるから。私、未成年に手ぇ出す趣味はないんだが……なんて言えないしな。
ヒースが帰ってから、1人でベッドに転がりながら今週見たノートの内容を反芻する。今ノート開くとヒースが怒るから、あくまで記憶をひっくり返すだけだけど。うーん……Phoenix校の3人の話を読む限り、向こうも「何故か攻撃してくるから守りに入る」というよりも「守れとお願いされているから守る」という感じなんだよな。ダメだァ、全然思い出せない。お互いが敵視する理由は何となく見えてきたけど、根本的なところが見えてこないな。どうしてMonstrosity校はデマを教育してるんだろ?それに向こうだって、全生徒がヒース達の襲撃を知ってるってわけじゃなさそうだった。なのに嫌い合う理由は?
襲撃するのはPhoenix校の校長室。命令するのはMonstrosity校の校長。つまりPhoenix校の校長とうちの校長の問題?うーん……全然ピンと来ん。まぁいいや、明日色々調べるんだし。まだドラゴンは先っぽいし。なんとかなるっしょ。
日曜日、朝ご飯を買いに食堂に向かっていた所をウィズに捕まり、4人でお昼ご飯を共に食べる約束をする。ついでにウィズに「お昼の後図書室に行こう」とヒースへ伝えてもらうようお願いして、午前中はプルメリアとお茶をした。彼女の相槌は少ないけれど、コロコロ変わる表情につい喋りすぎてしまう。そのあとは、外を散歩したり授業の復習をしたりしていた。昼時になったから食堂に向えば、食堂に入った瞬間ウィズの怒鳴り声がして驚く。
「どーして僕達口止めされてるのさ!」
見れば私以外はもう揃っていたらしく、少し奥の方に3人が座っているのが見える。まだご飯は買ってないみたいだし、私を待っていてくれていたんだろう、けど。うーん、近寄りたくねぇ雰囲気。
「それは何か、考えがあるんだろう。」
「攻撃しろって言ってるくせに理由は聞くな、なんて変だよ!」
「じゃあお前は止めると直談判出来るのか?理由を聞けるなら聞いてみろよ!」
うわ、喧嘩相手ヒースか。ていうか、ヒースって怒鳴るんだ。
「じゃーヒースは何かきっとあるはずだってだけでこれからも続けようって言うわけ!?」
「他にやりようがあるならやってみろ!……付き合ってられないな、俺は彼女の判断を信じる。」
ヒースが立ち上がってこっちに来る。あっやべ目が合っ、こっち来るこっち来る、痛ってまぁた腕掴みやがって!
「ヒース、ちょっと、ストップ!痛いって言ったでしょうが!」
無言でそのまま進んでいくので仕方なく後にくっついていく。もぉさぁ、お昼食べたいんだけど私……。廊下を歩いているうちに冷静になったのか、ヒースが小さい声で謝って手を離した。しばらく無言で彼の隣を歩く。彼も何も言い出さない。しょーがないっすねぇほんと。意外と中身は子供っぽいっていうか、まぁ多分みんな私より年下だもんな。うん。
「なぁんであんなにキレてたわけ。」
「……昨日、話したろ。俺らは理由を知らずに従ってるって。」
「うん、聞いた。」
「ウィズが、いい加減やめないか、と。」
あー……地雷踏んだんだなぁ。自分が見ないふりをしていたところに突っ込まれて、ついカッとなったからキレたってところね。
「一理あるんじゃないの。」
「どうしようもないことを言う方が悪い。最初から理由を聞くことは拒否されてるんだから……。」
「まぁ、とりあえず私が思い出すしかないかぁ。」
ヒースがふと立ち止まった。
「ここが図書室だ。……どうする?」
「あー、まぁどうせノート開いちゃうんだし、お昼は後でいっか。」
わぁお、こりゃまたでかい図書室だ……先に進んでいたヒースが空いていた席を見つけたらしく、振り返って手招きしてきた。慌てて追いついて、その席にノートを広げる。あ、ちょっと増えてる。……ん?
「ヒース、なんかノート、こっちの事書いてあんだけど。」
「え?」
「ほら見て、ここの昨日の所に戻るとわぁっ」
ヒースにノートを見せるべく、前のページを開いたまま彼の方に踏み出したら、立ち上がろうとしたまま固まったらしい生徒の足に思い切りつまづいた。あー、まぁたノート放り出しちゃったからこれは顔面から行くの回避できんじゃない、の
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「「あ?」」
ヒースと2人で顔を見合わす。いーま、なん、え?
「待て、分かった、なるほど。」
「ね、うん、分かった。」
……じわじわ脳みそが整理されてきた。そう、あのノートを落とした時にさ、ポーンって時間が飛んで、2周目だったんだな今。あーだからノートも増えてて、なるほど?デジャヴュも感じますよそりゃ、だって2周目だったんだから。それは分かったけども。
「……なんで?」
「いや、知らないが。」
「だよね。」
とりあえず、今や喧嘩は無かったことになってる訳だ。多分、他の生徒とか、あとウィズとプルメリアにとっては1周目の喧嘩した下りは知らないもの、存在しない出来事になってるんでしょ。知らんけど。
「え、これ、よかった、のかな?」
「さぁ。まぁいいんじゃないか、お前がいる時点で色々おかしいんだろうし。」
「それもそうか。とりま今回はご飯食べたんだし、ゆっくり調べましょうか。」
とりあえずノートは机に広げておいて、ヒースの方へ近づく。
「それにしても、キレてたねぇ、1周目は。」
「予想してなかったんだからしょうがないだろ。」
「はいはい。」
本棚の背を眺めながら、とりあえずドラゴンとか、ここの歴史とか、使い魔とかについて書いてありそうなものを物色する。お、ここの学校のパンフレットあるね。歴史乗ってるかな。ドラゴンは魔法生物図鑑があるからとりあえずこれ、あ、ドラゴン図鑑もある。
「カエデ。」
「なーにー?」
「もしかして、開くまでに内容を言えば変えられるんじゃないか。」
「……マジ?いやありえるな。」
「だろ。」
とりあえずお互いに気になった本を机に積み上げて、顔を見合わせる。とすると。
「じゃあドラゴンの弱点とかでっち上げられんのかな。」
「分からない。過去のお前がどこまで考えていたかによるな。」
「時間止めながらじゃ試せないし、とりあえず何個か見てみる?過去の私の思考がここにあるのかも。」
無難にまずは、ドラゴン図鑑からいくか。バランスを崩さぬよう山から1冊抜きとる。あ、視線が痛い。絶対、ちゃんと上のやつを退かしてから取れよ、って思ってる顔だ。
「上の、退かしてから取れよ。」
ほらぁ!
「言うと思ったァ。」
あ痛っ、叩くことないのに。無言で肩をしばかれた。不服。肘でお返しに小突いてからページを読み進めていく。ちらりと横目で見れば、ヒースは隣で別のドラゴン図鑑を開いていた。
「ノートには何かドラゴンの特徴、書いてあるか?」
「うーん、黒い。あと背中は鱗、お腹はちょっと色が薄い。羽はコウモリみたい。火を吹く。それくらい?」
「鱗と羽の話はドラゴン共通だ。黒い、火を噴くあたりがヒントになるな。」
意外と黒いドラゴンって居ないんだねぇ。ページをめくっても色鮮やかなドラゴンばかり出てくるし、火を吹くのも白や赤。うーん。
「黒いの、いる?」
「全然。というか、冷静になってみれば黒いドラゴンは聞いたことがない。」
「マジか。」
よく異世界ものには居るのに、黒いドラゴン。
「あ。」
「何、ヒース。」
「いや、これ。」
ヒースが読んでいた本を私の方へ押しやってきた。えーと、指さしてるところ、字が小さいなこの本……コラム?
「野生のドラゴンには、黒い個体はいない?……突然変異による魔力の異常か、ないしは創造生物である場合は黒い個体も有り得るって。」
「ああ。」
「え?創造生物って?」
ヒースはうーん、と唸ってから天井を見上げた。
「……簡単に言えば、魔法で作られた生物、だな。」
「ちょっと待って……え?じゃあ、この、最後のドラゴンって誰かが作ったってこと?どっかから来たんじゃなくて?」
一気に情報が増えたな、おい。じゃあ敵はドラゴンそのものじゃなくて、ドラゴンを作った誰か、になるわけだ。
「まぁ、突然変異の可能性はあるけどな。」
「……あのさ、一応聞いておきたいんだけど。黒いドラゴン作るのは、闇魔法なわけ?」
「分からない。大体、創造生物が作れるのなんてそれこそSランクの奴らくらいだから授業じゃ全く扱われないんだ。俺も偶然読み物で読んだだけで……」
ヒースは低く唸りながら机に突っ伏して続ける。
「うろ覚えではあるが、俺やウィズみたいなAじゃせいぜい小動物くらいだった。プルメリアもSとはいえドラゴンなんてでかいものは魔力不足だろうな。紋も複雑らしい。」
「先生達は?出来そうな人いる?」
「教師達はランク、つまり瞬発的な魔力より、技術や持久力……つまり力加減、紋のうまさや体力を買われているんだ。勿論高い魔力を持つ方も多いが、どんなに上手く魔法を使えても、お前くらいの魔力がなきゃドラゴンはきついんじゃないだろうか。」
……嫌な、こと思いついちゃったな。ヒースに言うか迷って、結局やめた。確信はないのにあんまり言うもんじゃない。でも、なんとなく、ここの校長が噛んでるんじゃないの、と思っちゃうんだよな。すごい魔法使いみたいだし、言えないような理由でPhoenix校に攻撃してるわけだし。
「じゃあ、ドラゴンって言うよりも、創造生物について調べた方がいいかな。」
難しい顔で頭を抱えている彼に、半ば無理やり明るい声をかける。
「かもしれない。……カエデ、なにか思い出せそうか?」
「うーん。ごめん、何しろ書いたの十年くらい前だから……あ、そういえば向こうの3人は?」
「え?」
「Phoenix校の3人の魔力はどのくらいなの?」
ってそんなこと知らないか。分かんなきゃいいよ、と付け足すと、ヒースは目をつぶって黙り込んだ。
「多分、ランタナが一番魔法を使うのが上手い。」
あぁ、今までの戦闘を思い出してくれてるんだ。ランタナ、は確か……唯一の男の子だな。うん、結構ツッコミというか、他二人のブレーキをしている印象を読んでいて受けたから納得。頭良さそうだもん。ヒースは目をつぶったまま天を仰いで、記憶をひっくり返しているようだった。
「一番魔力があるのはセカモアか。純粋に杖を振ったのを一度だけ見たんだが、あれはSだな。」
セカモア。白衣着てる、三つ編みの子だ。ノートを見る限り多分……マッド枠なんだよな。頭のネジいくつかかっ飛ばしてそうな感じ。
「サイネ、確か主人公だよな?彼女はセカモア程じゃないがSあるかもしれない。あー、一度自爆したのを見たんだが、中々だった。」
……紋、間違えたんだな。思わず自分が教室をぶっ飛ばしたのを思い出して遠い目。ノートを見ていてもサイネは結構ドジっ子属性ぽいから、まぁ一回や二回は教室飛ばしてそう。主人公だしそれなりに魔力も高いんだろう。
「ん?てことはやっぱりドラゴン程じゃ?」
「ない、と思う。ただ全力を出していたかは分からないから、なんとも言えない。」
「そっかぁ。」
じゃあやっぱり、6人以外に主要キャラ、多分ラスボス枠がいる可能性が高いな。もしくは意図して力を隠しているキャラがいるか。全然覚えてないんだけどね。
もう少し本を探す、とヒースが立ち上がった。とりあえず創造生物についてはヒースにお願いすることにする。彼が本棚を物色し直している間、私は校長についてなにか分かりゃしないかとここの学校のパンフレットを開いた。Phoenix校のもありゃいいんだけどね。うーん、闇魔法に特化しているって話はもう聞いたな。あ、校長の写真。まだ若い、三十代くらいの女性だ。写真だけで、全然校長の説明は書いてない。普通略歴くらい乗せてくれるもんじゃないの?
「ヒース、校長って校長になる前何してたか、とか知ってる?」
「全く。というか、彼女は自分のことについて何も言わないぞ。」
手詰まりじゃないの。じゃあヒースが戻ってくるまで使い魔のことでも調べるか。えーっと、使い魔は野生の魔法生物と契約するか、召喚術を使うかでつくる、と。ふむ。野生の魔法生物と契約するなら同意がいるけど、召喚術なら召喚した方が強制的に契約できるんだね。召喚の種類は、野生の魔法生物を呼ぶか、異界から引っ張ってくるか。野生の魔法生物を呼ぶと、その場にいない魔法生物を魔法陣の中に強制的にテレポート見たく出来るんだね……いや待って?異界って言った?異界から引っ張ってって、待って異界ってどこ?書いてないし。
「どうした、百面相して。なにかヒントでも見つけたか。」
「あ、いやね。使い魔のこと調べてたんだけど。ここ、ここ。この異界って何?」
「あぁ、悪魔とかを呼ぶ時の話だな。アイツらは異界にいるから。」
さも当たり前みたいな顔で言われましても。だからその異界が何って話なんだけど。
「異界、っていうのは、それ自体はなんなの。」
「うーん。こことは違う世界だからな、よく分からない。ただここにはいない魔法生物がいて、俺達はその一部を従える方法を見つけた。それだけなんだ。」
「それしかわかってないってこと?」
「ああ。」
パラレルワールド的なやつなのかな。もしくはホントにあるかはさておき天国とかのイメージ?まぁ、元の世界でも深海とか宇宙のことはよく分かんないのに行き来したり生物引きずり出したり石拾ってきたりしてたし、そんな感じかな、多分。
「異界って何種類もあんの?」
「分からない、がそんなようなことを言っていた悪魔がいたとは聞いたことがあるな。」
「ふぅん。」
あんまし私が人間なのにヒースの使い魔になっちゃった話の解決にはならなかったな。こちとら悪魔でもなんでもないんすわ。
ヒースが何冊か新しい本を机に積んで、椅子に座った。そっちを一緒に見るべく、開いていた使い魔の本を横に退ける。
「とりあえず、創造生物について俺が見たのはこの本だ。」
「じゃあ私これ読むよ。ヒースは1回読んだんでしょ。」
「ああ。もう少し詳しそうな本があったから、先にこっちを読んでおく。お互い何か気になるところがあれば伝えよう。」
「おっけ。」
えー、と。うん、確かにヒースの言う通りつくる生物のサイズによって使う魔力の量が違うみたい。これ私も無理だなぁ、一気に出せる魔力はSだけど、持久力というかスタミナないから。その場で倒れる。あれ?でも逆に時間をかけようと思えば紋さえ上手くかける人なら誰でも……いや、一気に必要なんだねやっぱり。授業でいくつかの魔法を除いては、一気に出力しなきゃダメって聞いたし、うん、書いてある。創造生物つくるのも一気にいかないといけないタイプだ。うーん、ドラゴンはここには全然書いてないな。小動物の紋がいくつかあるけど、この時点で気が滅入りそうな難しさ。
「なんかあった?」
「いや。ドラゴンは少し言及される程度で……」
「だよねぇ。」
それから体感数分、お互い本を眺めていたんだけど、さしたる収穫はないな。そろそろ諦め、ん?元からいる魔法生物の姿を変化させることも出来るんだ。魔法生物の同意がいるけど。これの方がちょっと楽そう。でもサイズアップは結局魔力が大きければ大きいほど必要そうだもんな……。
「ヒース、元々ドラゴンじゃないやつをドラゴンに変えたとしたら、多少は魔力少なくてもいいの?」
「まぁ、多少は。」
「多少だよねぇ。」
結局のところ私達にゃ無理そうか。うーん……読み終わってしまった本を端に寄せて、ノートをパラパラとめくる。なにか思い出せりゃいいんだけど、なぁんにも出てこない。校長、ドラゴン、使い魔……うーん……。
「……カエデ、空飛べるか?」
えっなに藪から棒に。ヒースのつぶやきに横を向くけど、彼は本から顔すらあげてない。
「えーっと、一応箒乗れるようになったけど。」
「じゃあ、明日昼休み一緒に行くか?」
「えっ?Phoenix校?」
「ああ。」
まじで唐突だな。まぁでもいつかは会っておきたいし、確かについて行くのも悪くないのかも?でもな……喧嘩してるところに行くんだよな……。
「ヒース達さぁ、いつも読んでる限り、結構派手に喧嘩してるでしょ。」
「まぁ、そうだな。」
「箒から落ちる自信しかない。」
「っふ、」
「笑ったな!?」
「すまない、想像したらつい。」
肩を揺らすヒースに1発肘を入れてから、机に突っ伏した。そのまま顔だけヒースの方に向ける。
「それに校長に怒られない?」
「それもそうか……あぁ、じゃあランタナ辺りのポケットに手紙をねじ込んでくる。」
「え、まじで?」
さっきはあんなに渋々だったのに、なんでいきなり向こうの3人に会う気になったんだろ。あってくれるのは有難いんだけども。
「まぁ、やろうと思えば出来るだろ。」
「なんで突然会う気になったの?」
「いや、ふとこっちの校長の思惑を考えるなら、向こうの3人が誰になんと言われて俺らを止めに来ているのかがヒントになるなと思って。」
「確かにね。」
うん、やっぱりヒースは良い奴だ。実に協力的。まぁ彼は彼なりに、校長のことを信じるためにも早いところ理由を探したいんだろうな。
「駄目だ、この本にも特に何も書いてない。」
「ダメかぁ。一旦やめにする?」
「あぁ。一応これは借りるとして、部屋に戻ろうか。」
借りたい本の名前を覚えこんでからノートを閉じる。机の上に広がっていた本は消え、私達はノートを開く前の体勢に戻り、周りの生徒たちが動き出す。ヒースは先程の創造生物についての本、私は使い魔についての本を探し出して借り、一度それぞれの部屋に戻ることにした。
何もやる気にならなくて、自分のベッドに転がり込む。明日は月曜日、ここにきてから丸々1週間が立つのか。これ、どうなんのかなぁ。ドラゴンエンドが回避出来たとしても……あれ、これ物語が終わったらどうなんだろ。終わったら帰れんのかな?うーん……。
いつの間にか寝落ちてたらしく、ノックの音で目が覚めた。ドアを開けると、ヒースと目が合う。
「プルメリアが部屋に来た。」
「おっけ、私もそっち行くね。」
ヒース達の部屋に行くと、ウィズとプルメリアがテーブルにご飯を広げているところだった。夕飯食うんかい。
「まだご飯食べてないでしょ。」
「うん、寝てた。……いくら?」
「気にしないでー。」
「なんか私最近ご飯貰ってばっかなんだけど。」
昨日はヒースに奢られたし今日はウィズか。我年上ぞ……と思わなくもないけど、冷静に考えて有り金最初の財布の分しかないしな。結構な金額あったから机に仕舞い込んでいるけど、あれで残り半年くらい持つのかとか授業料どうしてんのとかよく分かんないし、甘えとこ。
「じゃあまぁ、とりあえず食べながら話そっか。」
私とヒースが座ったのを確認し、ウィズがコップを持ち上げる。あ、乾杯するの。まぁ乾杯は日本特有文化じゃないしな、うん。プルメリアが少し待って、というように手を挙げた。そのまま杖を取りだし、さらさらと紋をかいて……あ、これは防音のやつだ。そして杖を振れば部屋の壁全体が光った。
「もう平気?」
ウィズの言葉にプルメリアが頷く。改めて全員でコップを持ち上げ、軽く当て合う。ガラスの音が心地いい。
「ここ、元々防音なんじゃないの?」
「まぁな。でも自分でかけた術なら破られた時に気がつくから、かけ直したんだろ。」
なるほど。最初から部屋にかかっていたのは学校側の誰かの魔法だから、破られても私達はすぐには気が付けないってわけね。その点かけ直しておけば無問題。
「俺らは収穫なしだった。プルメリアは気になることってなんだったんだ?」
ヒースの言葉に今日分かったことを思い返す。うんまぁ確かに、2人に共有できることはないな。
「今日、校長に二つ確認してきた。」
プルメリアの言葉に全員固まる。えっあの流れで校長に会いに行ったの?なんか強いね、諸々が強いねプルメリア!
「まず、昼休みじゃなくてもいいか。次に、特に校長室のどこを攻撃したらいいのか。」
ここで一度言葉を切って、プルメリアはジュースを飲んだ。あ、そうだご飯あるんだった。食べながら聞こうと思って自分のお皿におかずをよそっておく。
「多分、校長はPhoenix校の校長を狙いたいんだと思う。」
「校長室にある何か、とかじゃなくてか?」
彼女は小さくヒースの言葉に頷く。珍しく彼女はすらすらと言葉を重ねる。
「時間は変えないで欲しいってことと、校長室全体、できれば広範囲に攻撃するように言われた。お昼休みには向こうの校長が校長室にいるはず。だから、きっと狙いは校長。」
「確かに時間にこだわるなら、そう考えた方が自然かもね。校長室結構大きいけど、最初から校長室の場所を教えられただけだったし。」
ウィズが口をもぐもぐさせながら同意する。あ、ヒースのこの顔は例のごとく口に物入れたまま話すな、だな。
「今日確認できたのは、それだけ。」
ヒースの視線などお構いなく、ウィズは頬を膨らませながら口を開いた。おいせめて口元を隠しなさい。
「小鳥ちゃんとこの校長とうちの校長ってなんか接点あるのかな?」
もちろん誰も知らないので一斉に首が傾く。というか、パンフの略歴すらなかったしな。あれ、ちょっと待てよ?そんな話あったな。なんか、先生の昔の話、みたいなターンを当時友達に語ったような気がしないでもないでも。うーん、なんやったかな。
「まぁ、みんな知らないよねぇ。」
「校長は自分のことを話さないからな。仕方ない。今の段階では向こうの校長に何かありそうだと言うくらいしか分からないな。」
しばらく無言で各自が夕食を頬張る。……ねぇウィズさんやい、よそう用のスプーンあるんだからそれ使いなさいよ、自分のスプーンでつつくな。無言でスプーンを持つ手を抑えたら、ウィズはすんごい納得いかないって顔で自分のスプーンを引っ込めて、大皿に乗っていたスプーンに手を伸ばす。プルメリアの肩が揺れている。ウケるところ違いますよ姉さん!
「あぁそうだ。一つ言っておかなきゃいけないことがあった。」
沈黙を破ったのは私とウィズの攻防を凄い顔で見ていたヒース。まぁうんヒースにしてみりゃ自分のスプーンで大皿つつくなんて絶対ありえない行為だよね、きっと。すごい顔にもなる。で、言っておかなきゃいけないことだって?3人の目線がヒースの方に集まる。
「明日、ランタナ辺りのポケットに手紙をねじ込んでこようかと思って。」
言うんかぁあいそれ!ほらぁ、2人とも固まっちゃったじゃないか!もう私は知らない、私はご飯食べるのに忙しいからね。
「え?ランタナってあの……え?小鳥ちゃんとこの青髪ボーイ?」
ウィズの言葉にヒースは頷く。そして自分の爆弾発言の威力は十分分かってるくせに、何食わぬ顔でドリアを咀嚼している。こ、こいつ……ウィズをおちょくるのが趣味なのか……?
「待って待って、え??ホントに?なんで?なん、え?え?なんで手紙?」
ウィズはウィズで見事にその手のひらで転がされている。推しを前にしたヲタク並に語彙力失ってるし。お前は俺か?語彙力の失い方に親近感しか湧かない。え?しか語彙がなくなるの分かりみが深い。
「いや、1回聞いてみようかと思ってさ。」
「何を!?」
プルメリアはそのうちにヒースがちゃんと言うことを知ってるんだろう。食事を続けながら2人の様子を落ち着いて見守っている。まぁ3年も一緒にいりゃヒースの扱いも覚えるか。ウィズはどちらかといえばヒースに扱いを覚えられちゃってる側みたいだけど。
「誰に、なんて言われて俺らを止めに来ているのか、ってさ。」
「……そりゃ、校長なんじゃないの。小鳥ちゃんとこの。」
「いやぁ?だとしたらもっと大々的に止めてもいいんじゃないのか?お互いこそこそしてるんだ、もし向こうの校長だとしても訳ありだぜ。」
まぁ確かに。校長と校長が喧嘩してるにしては、あまりにも……なんというか、生徒を手駒にちまちまとやり合っている感じがする。
「なるべく襲ってることを伝えたくないのは分かるんだが、向こうの他の生徒が俺らの襲撃のことを知っているようにも思えない。何故向こうは防衛している事実をもっと声高に訴えないんだ?」
「それもそうかぁ。」
「……でも、聞いて、教えてくれる?」
黙って聞いていたプルメリアが口を挟む。私も大きく頷いた。そうそう、ずっと気になってたんだよね。
「ランタナに当てでもあるの?絶対手紙出しても怪しまれるだけだって。」
「当て……という訳じゃないが、あいつは多分賢いからな。」
そう言ってヒースは立ち上がり、引き出しから便箋の束を取り出した。
「正直に腹を割って話せば向こうも疑問は理解してくれるんじゃないかと思っただけだ。」
「小鳥ちゃんが?えー?」
ウィズが苦虫を噛み潰したような顔をしている。まぁ、そうね、ヒースの言わんとすることも分かる。ランタナのキャラクター的に、確かに話は通じそうだ。でも突然めっちゃ歩み寄るな。ホントにどうした。
結局、ランタナに渡す手紙には大きく3つのことを書いて封をした。こちらは教師側の要請で攻撃しているものの理由を教えて貰えていないということ。そして其方はなぜ攻撃されているのか、何を守るよう指示されているのかということ。そして、私、カエデに会わないかという打診。3つ目は2人が反対して大モメしたんだけど、最終的に「いざと言う時は正当防衛で1発ぶちかませ」という物騒なコメントともに許可が下りた。向こうが応じるかはさておき、1番穏やかに話し合えるのはヒースでもウィズでもプルメリアでもなく私だろうという理由で決定。正直なところは、私が会っておきたいだけなんだけど。
月曜、いつも通り授業を受けてから食堂に向かう。3人は十分ほどPhoenix校と喧嘩してくるはずだから、いつもの様に席を確保しておく。いやでも、気になる。手紙ねじ込むって、どうやったんだろ。上手くいくもんなのかな。ぼーっと席に座っていたら、いきなり上から緑頭が降ってきた。
「うわっ」
「席ありがと!」
ウィズが後ろから覗き込んできた、らしい。逆さまの顔から距離を取ろうと椅子を引いたら、呻き声と共に顔が引っ込んだ。
「あ、ごめん椅子当たった。」
「うーうん、こっちこそ脅かしてごめん。」
「何してんだ、ウィズ。」
声に振り返れば、後から歩いてきたプルメリアとヒースが手を挙げた。挙げ返してからふと変化に気がつく。
「あれ、ヒースここどうしたの。」
ここ、と自分の頬を指す。あぁ、とヒースが同じように自分の頬を指した。切り傷のような、赤い線が1本ついている。
「あの青頭、なかなかに素早くてな。」
ヒースが苦笑しながら椅子を引いた。プルメリアはすぐ昼食を買いに行くつもりらしく、立ったまま荷物だけ置いて椅子にもたれかかった。ウィズは相変わらず私の後ろでしゃがんでいる。
「2人に気を引いてもらっているあいだに、バレないようにポケットに入れたつもりだったんだが……気がついた向こうが振り向きざまに1発。」
「まぁ避けられて良かったよね。」
「頬、抉れそうだった。」
ウィズとプルメリアの補足に頬が引き攣る。穏やかじゃねぇー、絶対その場にいたくない。
「まぁ、ポケットに入れたのは気が付かなかったらしいから大丈夫だろ。」
「そのまま気が付かないかもよ?」
「いやまさか!」
何気なく言うとヒースが声を出して笑った。珍しく、嫌味のない屈託のない爆笑だ。
「今頃生きた化石よろしくゴソゴソ動き始めたはずだぜ!」